学位論文要旨



No 113204
著者(漢字) 河野,昌仙
著者(英字) Kohno,Masanori
著者(カナ) コウノ,マサノリ
標題(和) 強相関極限での電子系の基底状態の性質
標題(洋) Ground-state properties of electron systems in the strong-correlation limit
報告番号 113204
報告番号 甲13204
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3350号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今田,正俊
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 助教授 高木,英典
 東京大学 助教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 小形,正男
内容要旨

 電子相関によって引き起こされる現象には様々なものがあるが、近年特に、低次元強相関電子系の低温での性質に注目が集まっている。その理由として、高温超伝導体を始めとする擬2次元系や擬1次元系と見なせる物質が、実験的に合成されるようになったことや、数値計算により、低次元系について多くの情報が得られるようになったことなどの技術的側面が挙げられる。また、量子多体効果が顕著に現われるので、従来の平均場的解析で理解されない新しい現象が見いだせる可能性があることも注目を集めている理由の1つであると考えられる。この論文では、電子相関の強い極限を考えることによって、低次元強相関電子系のいくつかの基本的な側面を明らかにすることを目的とする。議論を単純化するために、この論文では、バイパータイトのハバード型の模型の基底状態に話を限ることにする。

 この論文は大きく分けて2つの部分から成る。第1部では、斥力ハバード模型を、第2部では、近接サイト間斥力を含む引力ハバード模型を考える。第1部の始めでは、1次元電子系の特徴であるスピンと電荷の分離を実感するために、U→+∞ハバード鎖についてのベーテ仮設法の結果をレビューする。続いて、ハバード鎖の特殊性を部分的に排除した模型として梯子ハバード模型を考える。特に、U=+∞での強磁性と1/4フィリングでの金属-絶縁体転移に注目し、ハバード鎖の性質との類似点と相違点について考察する。また、2次元強相関電子系との関連をみるために、2次元t-J模型の基底状態について、現在までに報告されている事柄を簡単にまとめる。第2部では、超伝導-絶縁体転移を議論するために、近接サイト間斥力を含む引力ハバード模型を考える。引力が大きな極限では、有効模型としてイジング異方性をもつスピンXXZ模型が得られるので、拡張U→-∞ハバード模型の超伝導-絶縁体転移を調べるために、それと等価なスピンXXZ模型の磁化過程を調べる。始めに、1次元スピンXXZ模型の磁化過程についてのベーテ仮設法の結果を簡単に紹介する。続いて、2次元、3次元でのスピンXXZ模型の磁化過程について数値的に調べた結果を報告する。以下、この論文の中心部分である、U=+∞梯子ハバード模型の基底状態と、2次元、3次元のスピンXXZ模型の磁化過程について述べる。

図1(a)U=+∞梯子ハバード模型の基底状態の磁化に関する相図。n→1は、長岡の定理より、完全強磁性状態。t/t→∞で、n0.5では、スピン-重項、n>0.5では、完全強磁性状態が基底状態。SS、FF、PFは、それぞれ、スピン-重項、完全強磁性状態、不完全強磁性状態の領域を表す。nは電子濃度で、n=1がハーフフィリングである。(b)U=+∞梯子ハバード模型の1/4フィリングでの電荷ギャップ△c(I)U=+∞梯子ハバード模型における強磁性。

 1次元ハバード模型では、Lieb-Mattisの定理により、強磁性状態は実現しないことが知られているが、梯子ハバード模型では、強磁性状態が有限のホール濃度で実現し得ることを解析的、数値的手法を用いて示すことができた。まず、U=+∞梯子ハバード模型について、鎖間ホッピングtが鎖内ホッピングtに比べて大きな極限(t/t→∞)を調べる。電子密度n0.5(1/4フィリング以下)では、梯子模型のt2/tのオーダーまでの有効模型が、U→+∞ハバード鎖のt2/Uまでのオーダーの有効模型と一致することが示せるので、t/tが大きな極限では、偶数電子系で基底状態がスピン-重項になることが分かった。一方、電子密度n>0.5に関しては、Perron-Frobeniusの定理を用い、tに関して1次オーダーのまでの有効模型が強磁性基底状態をもつことを厳密に示すことができた。以上より、t/tが大きな極限でのU=+∞梯子ハバード模型の基底状態が、n0.5では、スピン-重項になり、n>0.5では、強磁性状態になることが分かった。有限のt/tの基底状態については、密度行列繰り込み群(DMRG)法という数値計算方法を用いて調べた。その結果、図1(a)に示すように、有限のt/tでも、強磁性状態が基底状態になり得ることが分かった。また、t/tが大きな方が、強磁性状態が安定であることも、この図から推測される。さらに、梯子t-J模型についても同様な計算をしたところ、反強磁性的相互作用Jを導入しても、不完全強磁性状態が有限の領域で存在することも、DMRG法の精度の範囲内で確かめることができた。

(II)U=+∞梯子ハバード模型の1/4フィリングでの金属-絶縁体転移。

 U=+∞梯子ハバード模型の1/4フィリングについて、tが大きな極限では、2tの大きさの電荷ギャップが開くが、この電荷ギャップは、tを小さくしたときに、どのように振る舞うのだろうか。また、電荷ギャップがなくなるtの大きさはどのくらいなのだろうか。これらの点を明らかにするために、DMRG法を用いて調べたところ、図1(b)に示すような結果が得られた。この図から、弱相関の場合にギャップレスであった領域(t/t1)でも、電荷ギャップが開いていることが分かる。次に、ギャップがなくなるt/tを求めるために、基底状態のスペクトラルフローの振る舞いを調べた。その結果、t/t=0.001で既に絶縁体であることを数値的に示すことができた。U=+∞という特殊性を考慮すると、t/t≠0では、任意のt/tで絶縁体であることが推測される。ここで、これらU=+∞の性質をUが小さい場合と比較する。Uが小さいときには、有効的に結合バンドと反結合バンドで記述されるので、t/t>1の1/4フィリングでは、1次元ハバード模型と同じ金属-絶縁体転移が起こり、電荷ギャップの大きさは、Uが小さいところでは、指数関数的に小さいことが知られている。一方、U=+∞でtが大きなときも、1次元ハバード模型との対応がつくので、この場合にも同様な金属-絶縁体転移が起こることが期待される。しかし、上で調べたように、U=+∞梯子ハバード模型では、鎖間ホッピングtを相互作用Uと見なすような1次元ハバード模型に対応しているので、金属-絶縁体転移を引き起こす主な原因は、弱相関領域と強相関領域では、異なっていると思われる。つまり、弱相関領域では、結合バンド内でのUによる金属-絶縁体転移とみなせるのに対し、強相関領域では、バンド間のtによる金属-絶縁体転移とみなすことができると考えられる。

図2(a)2次元スピンXXZ模型の磁化曲線。異方性パラメータ=2。HmaxとMmaxは、それぞれ、飽和磁場と磁化の最大値を表す。縦線は、XY相とネール相との共存線を表す。(b)2次元、3次元のスピンXXZ模型の磁化の跳びMs。イジング模型の場合は、Ms/Mmax=1である。
(III)イジング異方性をもつスピンXXZ模型の磁化過程。

 1次元の場合には、磁場Hに対して磁化Mがのように振る舞い、2次の相転移であることが知られている。これに対し、無限次元で正当化されるような古典スピン系の場合には、スピンフロップと呼ばれる1次相転移を起こすことが知られている。それでは、2次元、3次元ではどのような相転移が起きるのだろうか。そこで、この論文では、2次元、3次元のイジング異方性をもつスピンXXZ模型の磁化過程について、数値的に調べた結果を報告する。数値計算方法は、クラスターアルゴリズムという量子モンテカルロ法と厳密対角化法を用いた。数値計算の結果、図2(a)に示すような磁化曲線が得られた。この図から明らかなように、2次元のイジング異方性をもつスピンXXZ模型は、1次相転移を起こすことが分かった。さらに、この1次転移における磁化の跳びMsの異方性パラメータ依存性を調べたところ、図2(b)に示すような結果が得られた。異方性パラメータは、=1がSU(2)ハイゼンベルグ模型、→∞がイジング異方性が大きな極限に対応している。この図から、>1では1次相転移を起こすことが分かり、また、イジング極限とイジング模型の場合とでは、磁化の跳びの大きさが有意に異なっているということも分かった。このことは、→∞での摂動を考えると理解できる。つまり、2次元以上の場合は、磁化が大きなところでは、0のオーダーの摂動が存在するが、磁化がゼロ付近では、-1のオーダーが最低次の摂動になっているからである。このことは、量子揺らぎがあるときには、イジング極限での磁化の跳びが、イジング模型の場合よりも小さくなることを意味している。実際、数値的に→∞での磁化の跳びMs(→∞)を評価すると、図3のようになる。1次元では、2次相転移であるため、Ms(→∞)=0であるが、2次元、3次元、…と次元を上げていくと、Ms(→∞)は次第に増大し、無限次元でイジング模型のもの(Ms=Mmax)と一致することが分かる。以上のことから、対応する拡張引力ハバード模型(U→-∞)について、有限次元では、近接サイト間斥力がどんなに大きくても、均一な超伝導状態が、有限の低電子密度領域で存在することが分かった。また、2次元、3次元では、この模型のハーフフィリングでの超伝導-絶縁体転移は1次転移であることも分かった。

図3(a)イジング極限(→∞)での1次の摂動エネルギー。直線は、マクスウェル構築によって決めたXY相とネール相との共存線を表す。(b)イジング極限での磁化の跳びMs。dは空間次元を表す。

 論文の主な結果は以下のものである。(i)バイパータイトのハバード模型の有限ホール濃度で、強磁性基底状態が実現し得ることを、解析的、数値的手法を用いて例証した。(ii)U=∞梯子ハバード模型の1/4フィリングでの基底状態は、|t/t|0.001のときに絶縁体であることを数値的に示すことができた。(おそらく、t/t=0を除くすべてのt/tで絶縁体であると推測される。)(iii)イジング異方性をもつスピンXXZ模型の磁化過程は、2次元、3次元では1次転移であることを数値的に確かめることができた。(iv)有限次元では、イジング異方性が大きな極限での磁化の跳びは、イジング模型のものとは有限の大きさの違いがあることが分かった。

 以上、強相関電子系の基本的な現象として、遍歴強磁性、金属-絶縁体転移、超伝導-絶縁体転移を取り上げて考察した。それぞれの問題について、強相関極限での簡単化した模型を扱ってきたが、その結果は、様々な強相関系に共通するいくつかの側面を表していると考えている。なぜならば、U=∞ハバード模型やスピンXXZ模型は、様々な模型の強相関極限とみなすことができるからである。例えば、U=∞ハバード模型は、近藤カップリングJKが大きな極限での近藤格子模型とみなすこともでき、また、スピンXXZ模型は、拡張ボゾンハバード模型のオンサイト斥力の大きな極限ともみなすことができる。

審査要旨

 河野昌仙提出の本論文は強相関極限での電子系の基底状態での性質を理論的に研究したもので、英文で7章からなる。

 低次元強相関電子系では、強磁性秩序、反強磁性秩序、超伝導、金属絶縁体転移などに代表されるように、強い電子相関効果が多様な揺らぎや相転移を引き起こしている。このため、近年さまざまな角度から集中的な研究対象となってきたが、一方でこの系では理論的に信頼できる取り扱いがむつかしいことで知られている。このため、実際の物質で生じる現象に対する簡単化された近似であるが、強相関の極限をとった研究が物理的描像を明らかにするためと、信頼できる取り扱いの範囲を拡大する目的で興味を集めてきた。この論文では特に2種類の副格子に分けられる(バイパータイトと呼ぶ)格子構造をもったハバード模型の強相関極限を研究課題としている。強相関極限は、ハバード模型においては同一サイトでの相互作用エネルギーUの大きさが無限大の極限に相当する。この論文の第1部(2、3、4章)ではUが正、すなわち斥力の場合、第2部(4、5、6章)では負、すなわち引力の場合を研究している。

 第1部の重要な内容のひとつは、梯子型の格子のある極限で厳密に強磁性状態が基底状態として実現されることを示した点であり、第3章に述べられている。梯子型格子で斥力無限大の場合、脚方向のホッピング積分tを有限に保ったまま、桁方向のホッピング積分tの大きな極限をとると、フィリング1/4(各サイトあたり電子数1/2の濃度)と1/2の間で完全偏極した強磁性状態が基底状態となり、0と1/4の間で一重項状態が基底状態となることを厳密な議論を用いて示した。またtが有限な場合も密度行列繰り込み群による数値計算によって、一重項状態、部分偏極した強磁性状態、完全偏極した強磁性状態の間の相境界を求め、tと電子濃度をパラメータとする2次元平面での相図を明らかにした。強相関電子模型で強磁性状態が基底状態であることを厳密に示せる例は長岡の強磁性などわずかである。強磁性状態を含む理論模型の新たな例を示し、基本的に信頼できる相図を求めたことの意義は大きい。次にフィリングが1/4のときに、tが有限の値を採用して、電荷ギャップをもつ絶縁体となることを、密度行列繰り込み群の方法を用いて数値的に示し、有限クラスターの基底状態のスペクトラルフローを追いかける手法によって、tがどんなに小さくても有限であれば、絶縁体である(すなわち絶縁体とならないのはtがゼロの時だけである)という推測が妥当であると考えられる解析結果を示した。

 後半の第2部での重要な結果は、引力無限大の極限でのハバード模型と等価なハイゼンベルグ模型、特に最近接サイト間の斥力も含めたハバード模型に対応する、XXZ模型の磁場下での性質の研究で得られた。この模型での有限磁場でのスピンフロップ転移が2次元、3次元の系で、1次転移となることを、クラスターアルゴリズムを用いた量子モンテカルロ法によって明らかにした。スピン模型での磁場はもとの電子模型での化学ポテンシャルに対応し、1次転移は相分離の存在を示している。1次元系では2次転移であることが知られているので、対照的な結果である。また1次元以外の有限次元系でイジング異方性が大きな極限での磁化の跳びがイジング模型でのそれと異なっていることも示した。

 以上のように論文提出者は強相関極限での電子模型について、厳密な議論、密度行列繰り込み群法、厳密な対角化を用いたスペクトラルフローを追いかける手法、およびクラスターアルゴリズムを用いた量子モンテカルロ法を併用しながら、それぞれの問題に応じた信頼できる手法によって研究し、興味深い性質のいくつかを明らかにしたものであり、この分野での研究の進展に大きく寄与している。

 以上の成果について議論した結果、本論文審査委員会は全員一致で本研究が博士(理学)の学位論文として合格であると判定した。

 なお本研究は、指導教官高橋実教授との共同研究の部分があるが、上に述べた成果の主要部分について論文提出者が主たる寄与をなしたものであることが認められた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54616