学位論文要旨



No 113205
著者(漢字) 小西,健久
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,タケヒサ
標題(和) Ce金属間化合物の光電子・逆光電子分光
標題(洋) Photoemission and inverse-photoemission study of Ce intermetallic compounds
報告番号 113205
報告番号 甲13205
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3351号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柿崎,明人
 東京大学 助教授 辛,埴
 東京大学 教授 石川,征靖
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 助教授 桑島,邦博
内容要旨

 Ce及びその化合物は、Ceの4f軌道がまわりの状態とわずかに混成することによって、価数揺動、重い電子系、近藤絶縁体などの多様な振る舞いをしめす。光電子分光などの高エネルギー分光の手法は、これらの物質の電子構造の理解のために大きな役割を果たしてきた。この研究では、大きく2つにわけてつぎのような性質をもつ物質に注目し、その電子状態を高エネルギー分光の手法を用いて明らかにすることを目的とする。

 一つは、基底状態でCeが磁気モーメントを失わず、磁気秩序(とくに強磁性)を示すものである。固体中のCeは近藤効果によって低温では磁気モーメントを失う傾向があるが、それと競合するなんらかの磁気的相互作用がある場合、Ceがモーメントをもつ磁気秩序が実現することが多くみられる。この研究では、CeFe2及びCeRh3B2を対象とした。

 もう一つは、基底状態で系が絶縁体あるいは半導体的挙動を示すものを扱った。これらのうち、近藤絶縁体とよばれる、低温にしてゆくと、近藤効果が起こったあと、あるいは起るとともに、系が絶縁体となる一連の物質が存在するが、ここではCeNiSnをとりあげる。

 これらの物質に対して、内殻の光電子スペクトル、X線吸収スペクトルの測定、共鳴光電子放出現象を用いたCe4fスペクトル、それ以外の成分のスペクトルの測定、逆光電子分光の実験による非占有状態のスペクトルの測定、高分解能(〜20meV)での光電子スペクトルの測定を行なった。

 スペクトルの解釈において、Ce化合物では、とくにCe4f状態と周りのバンド状態との混成の比較的大きい場合、しばしばCeの価数が試料表面でバルクと異なった値をとり、スペクトルは試料表面の影響を強くうける可能性が指摘されている。このため、光電子の固体中での平均自由行程の運動エネルギーに対する依存性を利用して、励起光のエネルギーが大きく異なるCe4d-4f共鳴光電子分光、Ce3d-4f共鳴光電子分光を行ないスペクトルを比較したが、とりあげたすべての物質について、スペクトル形状に大きな差があることを見い出した。

 次に、実験結果から電子状態に関する定量的な情報を得るために、Ce化合物の光電子・逆光電子スペクトルの解析で、現在、標準的な手法となっているアンダーソン不純物モデルによるスペクトル計算を行ない、スペクトルをバルク成分と表面成分の重ね合せと考えることによって、表面、バルクのそれぞれ1組のパラメーターで、内殻、価電子帯のスペクトルを統一的に再現し、それぞれの物質についてモデルハニルトニアンのパラメーターを決定した。

 また、4f軌道の混成が特に大きいCeFe2について、不純物モデルとは異なった出発点であるバンド計算と光電子・逆光電子スペクトルの比較を行ない、どちらの方法がよりよい描像を与えるか検討した。

 以下に扱った各物質について述べる。

CeFe2

 CeFe2はRFe2(R:希土類元素)の系列から予想されるよりかなり低いTCをもち、強磁性相でFeの磁気モーメントとCeの磁気モーメントが反平行になっていることが特徴的である。バンド理論の立場からは、Ce4f状態がFe3d状態と強く混成することによってバンドを形成することにより、軌道磁気モーメントが大部分クエンチしているためであると説明されており、中性子散乱の実験はこの立場を支持しているが、X線磁気円二色性の実験では、Ceのモーメントは、orbital dominantであると結論されており、これについては未決着である。

 この系のeVスケールの電子構造を決めているパラメーターを決定するために、内殻X線光電子分光、Ce4d-4f共鳴光電子分光、軟X線逆光電子分光のスペクトルを測定し、さらに、試料の表面の効果を見るため、Ce4d-4f共鳴光電子分光よりバルク敏感であると思われるCe3d-4f共鳴光電子分光、Ce3d内殻X線吸収分光の実験を行ない、その結果をもとにして、それぞれのスペクトルをバルク、表面の2成分からなるとして、バルク、表面の2組のパラメーターを使って、すべてのスペクトルを同時に再現することができた。このパラメーターによれば、試料の表面ではバルクとかなり異なった電子状態が実現されている。

 高分解能での光電子分光の測定も行ない、低エネルギーの電子構造を観測した。

 さらにバンド計算の結果とスペクトルとの比較を行なったが、Ce4f状態に関しては、バルク敏感なCe3d-4f共鳴光電子分光と軟X線逆光電子分光の結果はバンド計算でも不純物モデルと同程度にかなり良く再現された。Fe3d状態についてもバンド計算の結果と光電子スペクトルとの比較を行なったが、モデル自己エネルギーを用いてもフェルミ・レベル付近での一致はよくなかった。

CeRh3B2

 CeRh3B2はCeと非磁性元素との化合物では最も高いTCをもつ。この物質については、その結晶構造から、Ce4f状態にはたらく大きな結晶場の存在が予想され、このことがこの系の異常な磁性のおもな原因となっていると考えられる。この系については、すでに光電子分光の結果が報告されていたが、スペクトルにおける表面の影響の問題があり、より正確な議論を行なうために、Ce3d-4f共鳴光電子分光と軟X線逆光電子分光の実験を新たに行なった。

 その結果をもとに、表面の効果をとりいれたアンダーソン不純物モデルによるスペクトル計算を行ない、バルクと表面のパラメーターを決定した。

 また、フェルミレベル近傍の高分解能での光電子スペクトルの測定を行なった。その結果、大きな結晶場に起因すると思われる構造を観測した。これに対して、結晶場をとりいれたアンダーソン不純物モデルによるスペクトル計算を、上でえられたパラメーターを用いて行なったところ、混成の異方性を結晶場として扱い、その他は等方的とした簡単なモデルでは、このエネルギースケールでのスペクトルの構造は、よく再現できないことがわかった。

CeNiSn

 CeNiSnについてもすでに光電子分光の報告があるが、新しく、よりバルク敏感なCe3d-4f共鳴光電子分光とCe3d内殻X線吸収分光の実験を行なった。その結果、Ce4fの混成が比較的小さいこの物質においても、バルクのCe4fスペクトルは、以前報告されているものとはかなり異なった形状をもつことがわかった。

 上の2つと同様に、表面の効果をとりいれたアンダーソン不純物モデルによるスペクトル計算を行ない、バルクと表面のパラメーターを決定したが、このモデル計算では実験で得られたスペクトルをよく再現できなかった。

 この物質についても、高分解能での光電子スペクトルの測定を行ない、低エネルギー電子構造を観測した。

審査要旨

 本論文は6章からなり、第1章は序論にあてられ、第2章は高エネルギー分光実験で得られるセリウム化合物の電子状態について、第3章は光電子分光、逆光電子分光など、種々の高エネルギー分光の実験方法について述べられている。第4章は、価数揺動物質であるCeFe2の光電子、逆光電子スペクトルおよび高分解能光電子分光スペクトルとその解析結果に基づいてセリウムの4f電子状態について議論されており、第5章は、強磁性体であるCeRh3B2の実験結果とセリウム4f電子状態について、第6章では、近藤半金属であるCeNiSnの実験結果とセリウム4f電子状態について述べられており、第7章は論文全体のまとめである。

 セリウム化合物が示す価数揺動、高密度近藤効果、ヘビーフェルミオン、近藤半導体などの物性のおもな原因は、ランタン系列の中でも空間的な広がりが比較的大きいセリウム4f電子と他の価電子との混成の大きさの違いに大きく依存している。セリウム化合物の4f電子状態については、光電子分光、逆光電子分光、X線吸収分光などの高エネルギー分光実験を用いた研究がこれまでにもなされてきている。特に最近は、高分解能光電子スペクトルに現われるフェルミ端近傍での素励起の解析や、バルクと表面のセリウム4f電子状態の違いなどが注目されている。しかし、バルクと表面のセリウム4f電子状態の違いを考慮して光電子スペクトルを解析した例は少ない。

 本論文では、セリウム4f電子の遍歴性が比較的大きく価数揺動を示すCeFe2、遍歴性が小さく強磁性を示すCeRh3B2、4f電子が局在して近藤半導体であるCeNiSn、の3種の4f電子状態の異なるセリウム化合物をとりあげ、それぞれ対してX線内殻光電子スペクトル、Ce4d-4fおよび3d-4f共鳴光電子スペクトル、軟X線逆光電子スペクトル、X線内殻吸収スペクトル、高分解能価電子帯光電子スペクトルを測定し、スペクトルに含まれるバルクと表面の4f電子状態を分離し、得られたバルクのセリウム4f電子状態とこれらの物質のしめす物性との関連を明らかにしようとした。実験でえられたスペクトルの解析には不純物アンダーソンモデルを用い、4f電子構造の異なるセリウム化合物それぞれについて、内殻光電子スペクトル、価電子帯光電子スペクトル、逆光電子スペクトルのスペクトルの形状をバルクと表面の成分を含めて統一的に再現するモデルハミルトニアンのパラメータを決定した。その結果、セリウム4f電子の局在性が増加するとともに4f電子と他の価電子との混成が小さくなり基底状態での4f準位の結合エネルギーが大きくなることを見い出した。一方、セリウム化合物の表面では、4f電子と他の価電子の混成の大きさは、バルクの約半分程度であること、基底状態での4f電子の結合エネルギーがバルクに比べて約1eV大きいこと、バルクにおける4f電子の局在性の差異によらず表面のセリウム1原子あたりの4f電子数がほとんど1であることを明らかにした。

 また、セリウム3d内殻スペクトルの形状解析に基づいて得られ、これまで議論があったCeRh3B2のセリウム4f電子と他の価電子の混成の大きさについても約0.4eVとすることができた。

 なお本論文の第4章および第5章は他の研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験結果の解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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