学位論文要旨



No 113208
著者(漢字) 清水,太郎
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,タロウ
標題(和) 衝撃波と渦輪の相互作用における波の散乱現象の研究
標題(洋) Study of wave scattering in the interaction problem between a shock wave and a vortex ring
報告番号 113208
報告番号 甲13208
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3354号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 半場,藤弘
 東京大学 教授 小林,孝嘉
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 教授 遠山,濶志
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
内容要旨

 渦と衝撃波はそれぞれ粘性、圧縮性を示す流体の顕著な基本要素である。その相互作用で生じる散乱波は、例えばロケットや高速飛行物体の騒音の原因のひとつとして考えられている。また、その散乱波によって、渦の場所や強さ等を知ることは、安全な飛行のために実用的な意味を持つ。この様に渦と衝撃波の相互作用は、これらの現象の素過程として、長い間、実験、数値計算、理論解析の対象になっている。

 本研究の目的は、3次元的な構造を持つ、渦輪と衝撃波の正面衝突で生じる散乱波の音圧を、マイクロフォンを用いて遠方場で測定し、散乱波の強度の角度依存性を定量的に求めることである。またこれと解析的な計算を比較することで、相互作用で起こる音波発生のメカニズムを明らかにすることである。

 衝撃波と渦輪は、無隔膜衝撃波管に高圧窒素を充填して、電磁弁を瞬間的に開放して作られる。途中で2股に分かれたパイプを、対称軸上に向かいあった、円形の出口を持つノズルへと導くことで、渦輪と衝撃波の正面衝突を起こさせる。

 渦輪と衝撃波の正面衝突で生じる散乱波の存在は、これまで主にシャドウグラフ法等の光学的手法によって可視化されてきた。図1、2はシャドウグラフ法によって可視化された、右に進む衝撃波と左に進む渦輪の相互作用の様子を時間差をおいて、20ns程度の瞬間光源を用い、暗室で撮影した様子である。写真ではおよそ密度の二階微分に比例した濃淡が現れ、相互作用の断面が見てとれる。左右のノズルから、まず衝撃波が発生し、球面波状に広がっていく。右のノズルから発生した衝撃波は、既に写真より左側に進んでしまっている。上下に濃く丸い影を持つ棒状の影が渦輪である。右ノズルから出ている影は、写真用のトリガの熱線で、渦輪よりも奥にある。この時の渦輪の並進速度はおよそ83m/s、衝撃波はノズルの中でおよそ1.15のマッハ数をもつ。衝撃波は渦輪に近づくにしたがって、中央部が遅れ、大きく変形しはじめる。散乱波と呼ばれる、衝撃波と渦輪の相互作用で生じる波は、図2で、二つの渦輪の間に見ることできる波のことである。この波は右の渦輪の中を通って、入射衝撃波にまで繋がっていることが分かる。

図1:Shadowgraph.264s。図2:Shadowgraph.324s。

 相互作用の3次元的な構造のために、写真から密度場等の情報を得ることは難しい。そこで我々は、この散乱波の音圧をマイクロフォンを用いて遠方場で測定することした。図3は衝突中心から600mmの円周上で測定した音圧のデータを極座標表示したものである。動径方向は、外側から内側に向かって時間の経過を表し、角度は写真の対称軸から計った角度に対応する。図は片側のデータを軸対称に反転させて全体を示している。図で正の飽和した二つの信号は、早い方から右からの衝撃波と左からの衝撃波を表す。また、中央にある時間スケールの大きい信号は、渦輪同士の衝突で生じる渦音であり、四重極性を示していることがわかる。散乱波は2番目の衝撃波と渦音の間にある、ほぼ同心円状の信号であり、右側で強いことが分かる。つまり散乱波のうち、右からの渦輪の後ろの墳流を通ってきたものが大きな音圧をもち、およそ渦音と同じレベルである(10Paのオーダー)。

図3:マイクロフォンによって測定された音圧。

 さて、渦輪と衝撃波の音の発生を考える上で、2次元的な相互作用、つまり、平面衝撃波と円柱形の渦度場の相互作用についての研究が、重要な示唆を与える。発生する音波は四重極性を示し、衝撃波と渦の作る流れ場の相互作用が、大きな役割を果たすことが知られている[1,2]。

 そこで我々は平面音波の散乱理論[3]を拡張し、渦なしの場(衝撃波の作る流れ)と非圧縮の場(渦度の作る流れ)の相互作用で生じる圧力波の一般的な公式を与え、衝撃波の非線形性を考慮に入れ、入射衝撃波と渦度場が相互作用の間に変わらないとして(Born近似)遠方場で評価した。入射波として1次元のBurgers方程式の解を、渦度場としてGauss分布の渦度を持つ渦を考える。まず、2次元問題で知られている結果と比較する。

 図4は計算で求められた散乱波の極性を表し、図6には実験で知られている結果と、公式で得られた振幅の比較を示す。図でMは入射衝撃波の波面のマッハ数を示す。実験では1.29である。また-である。定性的には良く合う結果が得られたといえる。またこの場合、角度依存性は入射波の波形によらないことも分かった。

図4:計算で求めた、衝撃波と柱状渦の相互作用で生じる散乱波の極性。

 渦輪との相互作用の場合に計算を行なうと、ドーナツ状に渦輪のコアを中心に広がる波が生じることが分かった。対称性から明らかなように、振幅の角度分布は軸対称であるが、図5の散乱波の形から分かるように、波形は対称ではなくなる。は長さの次元を持つが、値がゼロの時、衝撃波の不連続面の中心と渦輪の中心が一致していることを表し、波形はの奇関数である。dは衝撃波の厚さを表し、散乱波の強度は衝撃波が薄いほど強くなることが分かる。散乱波の波形を決める上では、入射波として平面波解では十分でない。そこで、数値計算で知られている球面衝撃波の典型的な速度場[4]を用いて、散乱波の形を簡単のため2次元で求めてみた。図7はそれを基に計算した散乱波の波形と実験で得られた波形で、正の最大値で規格化してある。図中bはe-1 radiusで渦の半径を表す。これによると、速度場の立ち下がりが負の音圧を表すこと、また渦の半径が散乱波の正負のピーク間の時間スケールを変化させる要因になることが分かる。今の場合これは10s程度であり、実験で得られた平均値17sに比べて小さな値を与えるが、この差はおそらく散乱波が通過してきた右の渦輪の噴流が原因と考えられる。最後に散乱波の音圧の強度について比較してみる。図8は実験で得られた正の音圧と、理論的に得られた音圧を示している。前にも述べたように強度はマッハ数(衝撃波の厚さ)に大きく依存するが、強さの傾向は捉えられているといえよう。しかし、理論的な考察からは分からないことも多い。たとえば、渦輪のコアを中心にしてドーナツ状の散乱波が予想されたが、マイクロフォンの測定やシャドウグラフ写真でも球状の信号全ての存在は確認できていない。そして、衝撃波自身の回折による波の存在も忘れてはならない。だたし、散乱波の音圧に負の部分が存在することから、単なる回折とはいい難く、回折と速度場の相互作用、あるいは渦の作る圧力場との相互作用も考慮すべきであろう。また、解析では十分に取り入れていなかった渦輪の複雑な速度場の影響もあるであろう。数値計算等との比較によって、さらに原因を解明する必要がある。

図5:計算で求めた、衝撃波と渦輪の相互作用で生じる散乱波の波形。図6:散乱波の振幅の角度分布。Dosanjh and Weeksらの実験との比較。図7:散乱波の波形の比較。図8:散乱波の正の振幅の角度分布。図4:計算で求めた、衝撃波と柱状渦の相互作用で生じる散乱波の極性。参考文献[1]M.A.Hollingsworth and E.J.Richards(1955)A schlieren study of the interaction between a vortex and a shock wave in a shock tube, Aeronautical Research Council Fluid Motion Subcommittee Report ARC,FM,2323.[2]Dosanjh,D.S.and T.M.Weeks(1965)Interaction of a starting vortex as well as a vortex street with a traveling shock wave,AIAA J.3,216.[3]Kambe,T.and U Mya Oo(1981)Scattering of sound by a vortex ring,J.Phys.Soc.Jpn.50,3507.[4]F.Takayama et al.(1997)Waves scattered by shock-vortex interaction,The 2nd international workshop on shock/vortex interaction.
審査要旨

 渦は非圧縮性流れの基本要素であり、衝撃波は圧縮性が顕著な高速流の基本要素である。乱流はさまざまなスケールの渦から構成されており、乱流と衝撃波の相互作用が重要な研究テーマとして注目されている。例えばロケットや超音速飛行機の騒音の原因のひとつとして考えられる。相互作用による散乱波を観測することは、騒音の元となる音源の位置と強度をつきとめることに役立つ。しかし乱流の構造は複雑であり解析が難しいため、乱流の基本要素である渦と衝撃波との相互作用が騒音現象の素過程として実験、数値計算、理論解析の対象となってきた。

 これまで2次元問題として直線渦と平面衝撃波の相互作用がくわしく調べられてきた。実験方法としてはシャドウグラフ法などの光学的手法と遠方での音圧を測定する方法がある。一方、渦輪と球面衝撃波との相互作用は今まで主に光学的方法によって調べられている。しかしシャドウグラフ法では渦輪と衝撃波の可視化はできるものの、その3次元性のため密度場などの情報を定量的に求めることは困難である。そこで本研究では散乱波の遠方場の音圧の測定を行った。また理論的には平面音波の散乱理論を拡張し、渦度場と衝撃波の相互作用で生じる圧力波の公式を導き、実験結果と比較した。

 まず第2章と第3章ではシャドウグラフ法の光学系の実験装置とその原理について説明した。渦輪と衝撃波の可視化を行い、相互作用の定性的なふるまいについて調べた。渦輪を通過した衝撃波のうち渦輪内部のものは噴流により進行速度が減ること、期待される散乱波のうち一部は可視化されないことがわかった。また光線の幾何学理論を用いて得られる密度と写真の濃淡との関係式から、散乱波の像の強度を導き、実験との一致を得た。また第4章では渦による音の散乱と吸収について調べ、渦構造の違いによって吸収の有無が変わることを示した。

 第5章では遠方場の音圧を測定し音圧分布について考察した。渦輪と衝撃波の衝突点を中心とした円周上にマイクロフォンを用いて測定し、動径方向に時間経過を示した極座標表示の分布を求めた。この分布より二つの衝撃波、渦輪同士の衝突による渦音とともに、渦輪と衝撃波による散乱波が見つけられた。また各角度での散乱波の時間分布を調べ、散乱波は正負の二つのピークを示すことがわかった。

 第6章では平面音波の散乱理論を拡張し、渦度場と衝撃波による散乱波の理論解析を行った。速度場を衝撃波に対応する渦なし場と渦に対応する非圧縮場に分け、それぞれが相互作用中に変わらないという近似のもとに、散乱される圧力波の一般的な公式を導いた。さらに、入射する衝撃波として非線形を考慮した1次元のBurgers方程式の解を用いて圧力波の式を求めた。渦度場としては1本の直線渦、2本の直線渦、1つの渦輪の場合を考え、それぞれ渦度が中心に局在する場合とガウス分布の広がりを持つ場合を考察した。その結果散乱波の極性や音圧の角度分布が既往の実験とよく合うことがわかった。また衝撃波の厚さや渦核の半径が散乱波の時間分布に及ぼす影響を調べた。

 第7章では第5章で得られた実験結果と第6章で導かれた理論式の比較を行った。入射衝撃波としてBurgers方程式の解の代わりに現実の球面波に近い波形分布を仮定した。理論式によって得られた散乱波の波形は実験と比較的よく合い、時間についての非対称性は入射波の非対称性によることがわかった。正と負のピークの時間差は実験に比べてやや短い値が理論的に得られ、その原因のひとつとして渦輪に伴う噴流による影響が考えられる。また渦輪を断面に切ると2つの点からなりそれぞれを主音源として2組の散乱波が得られることが理論上示唆されるが、音圧の測定およびシャドウグラフ法による可視化では1組の散乱波しか観測されていない。原因としては相互作用による衝撃波の変形や回折、また渦輪の内部構造の複雑さなどが考えられるが、その解明は今後の研究課題となる。また1組の散乱波の正のピーク値の角度分布は実験とよく一致することがわかった。

 以上、本論文では渦輪と衝撃波の相互作用による散乱波の音圧を遠方で測定し考察を行った。また平面音波の理論を拡張し散乱波の公式を求め、実験と比較しよい一致を得てその妥当性を示した。これらの成果は流体物理学に大きく貢献するものである。なお、本論文は神部勉氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および理論解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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