渦と衝撃波はそれぞれ粘性、圧縮性を示す流体の顕著な基本要素である。その相互作用で生じる散乱波は、例えばロケットや高速飛行物体の騒音の原因のひとつとして考えられている。また、その散乱波によって、渦の場所や強さ等を知ることは、安全な飛行のために実用的な意味を持つ。この様に渦と衝撃波の相互作用は、これらの現象の素過程として、長い間、実験、数値計算、理論解析の対象になっている。 本研究の目的は、3次元的な構造を持つ、渦輪と衝撃波の正面衝突で生じる散乱波の音圧を、マイクロフォンを用いて遠方場で測定し、散乱波の強度の角度依存性を定量的に求めることである。またこれと解析的な計算を比較することで、相互作用で起こる音波発生のメカニズムを明らかにすることである。 衝撃波と渦輪は、無隔膜衝撃波管に高圧窒素を充填して、電磁弁を瞬間的に開放して作られる。途中で2股に分かれたパイプを、対称軸上に向かいあった、円形の出口を持つノズルへと導くことで、渦輪と衝撃波の正面衝突を起こさせる。 渦輪と衝撃波の正面衝突で生じる散乱波の存在は、これまで主にシャドウグラフ法等の光学的手法によって可視化されてきた。図1、2はシャドウグラフ法によって可視化された、右に進む衝撃波と左に進む渦輪の相互作用の様子を時間差をおいて、20ns程度の瞬間光源を用い、暗室で撮影した様子である。写真ではおよそ密度の二階微分に比例した濃淡が現れ、相互作用の断面が見てとれる。左右のノズルから、まず衝撃波が発生し、球面波状に広がっていく。右のノズルから発生した衝撃波は、既に写真より左側に進んでしまっている。上下に濃く丸い影を持つ棒状の影が渦輪である。右ノズルから出ている影は、写真用のトリガの熱線で、渦輪よりも奥にある。この時の渦輪の並進速度はおよそ83m/s、衝撃波はノズルの中でおよそ1.15のマッハ数をもつ。衝撃波は渦輪に近づくにしたがって、中央部が遅れ、大きく変形しはじめる。散乱波と呼ばれる、衝撃波と渦輪の相互作用で生じる波は、図2で、二つの渦輪の間に見ることできる波のことである。この波は右の渦輪の中を通って、入射衝撃波にまで繋がっていることが分かる。 図1:Shadowgraph.264s。図2:Shadowgraph.324s。 相互作用の3次元的な構造のために、写真から密度場等の情報を得ることは難しい。そこで我々は、この散乱波の音圧をマイクロフォンを用いて遠方場で測定することした。図3は衝突中心から600mmの円周上で測定した音圧のデータを極座標表示したものである。動径方向は、外側から内側に向かって時間の経過を表し、角度は写真の対称軸から計った角度に対応する。図は片側のデータを軸対称に反転させて全体を示している。図で正の飽和した二つの信号は、早い方から右からの衝撃波と左からの衝撃波を表す。また、中央にある時間スケールの大きい信号は、渦輪同士の衝突で生じる渦音であり、四重極性を示していることがわかる。散乱波は2番目の衝撃波と渦音の間にある、ほぼ同心円状の信号であり、右側で強いことが分かる。つまり散乱波のうち、右からの渦輪の後ろの墳流を通ってきたものが大きな音圧をもち、およそ渦音と同じレベルである(10Paのオーダー)。 図3:マイクロフォンによって測定された音圧。 さて、渦輪と衝撃波の音の発生を考える上で、2次元的な相互作用、つまり、平面衝撃波と円柱形の渦度場の相互作用についての研究が、重要な示唆を与える。発生する音波は四重極性を示し、衝撃波と渦の作る流れ場の相互作用が、大きな役割を果たすことが知られている[1,2]。 そこで我々は平面音波の散乱理論[3]を拡張し、渦なしの場(衝撃波の作る流れ)と非圧縮の場(渦度の作る流れ)の相互作用で生じる圧力波の一般的な公式を与え、衝撃波の非線形性を考慮に入れ、入射衝撃波と渦度場が相互作用の間に変わらないとして(Born近似)遠方場で評価した。入射波として1次元のBurgers方程式の解を、渦度場としてGauss分布の渦度を持つ渦を考える。まず、2次元問題で知られている結果と比較する。 図4は計算で求められた散乱波の極性を表し、図6には実験で知られている結果と、公式で得られた振幅の比較を示す。図でMは入射衝撃波の波面のマッハ数を示す。実験では1.29である。また=-である。定性的には良く合う結果が得られたといえる。またこの場合、角度依存性は入射波の波形によらないことも分かった。 図4:計算で求めた、衝撃波と柱状渦の相互作用で生じる散乱波の極性。 渦輪との相互作用の場合に計算を行なうと、ドーナツ状に渦輪のコアを中心に広がる波が生じることが分かった。対称性から明らかなように、振幅の角度分布は軸対称であるが、図5の散乱波の形から分かるように、波形は対称ではなくなる。は長さの次元を持つが、値がゼロの時、衝撃波の不連続面の中心と渦輪の中心が一致していることを表し、波形はの奇関数である。dは衝撃波の厚さを表し、散乱波の強度は衝撃波が薄いほど強くなることが分かる。散乱波の波形を決める上では、入射波として平面波解では十分でない。そこで、数値計算で知られている球面衝撃波の典型的な速度場[4]を用いて、散乱波の形を簡単のため2次元で求めてみた。図7はそれを基に計算した散乱波の波形と実験で得られた波形で、正の最大値で規格化してある。図中bはe-1 radiusで渦の半径を表す。これによると、速度場の立ち下がりが負の音圧を表すこと、また渦の半径が散乱波の正負のピーク間の時間スケールを変化させる要因になることが分かる。今の場合これは10s程度であり、実験で得られた平均値17sに比べて小さな値を与えるが、この差はおそらく散乱波が通過してきた右の渦輪の噴流が原因と考えられる。最後に散乱波の音圧の強度について比較してみる。図8は実験で得られた正の音圧と、理論的に得られた音圧を示している。前にも述べたように強度はマッハ数(衝撃波の厚さ)に大きく依存するが、強さの傾向は捉えられているといえよう。しかし、理論的な考察からは分からないことも多い。たとえば、渦輪のコアを中心にしてドーナツ状の散乱波が予想されたが、マイクロフォンの測定やシャドウグラフ写真でも球状の信号全ての存在は確認できていない。そして、衝撃波自身の回折による波の存在も忘れてはならない。だたし、散乱波の音圧に負の部分が存在することから、単なる回折とはいい難く、回折と速度場の相互作用、あるいは渦の作る圧力場との相互作用も考慮すべきであろう。また、解析では十分に取り入れていなかった渦輪の複雑な速度場の影響もあるであろう。数値計算等との比較によって、さらに原因を解明する必要がある。 図5:計算で求めた、衝撃波と渦輪の相互作用で生じる散乱波の波形。図6:散乱波の振幅の角度分布。Dosanjh and Weeksらの実験との比較。図7:散乱波の波形の比較。図8:散乱波の正の振幅の角度分布。図4:計算で求めた、衝撃波と柱状渦の相互作用で生じる散乱波の極性。参考文献[1]M.A.Hollingsworth and E.J.Richards(1955)A schlieren study of the interaction between a vortex and a shock wave in a shock tube, Aeronautical Research Council Fluid Motion Subcommittee Report ARC,FM,2323.[2]Dosanjh,D.S.and T.M.Weeks(1965)Interaction of a starting vortex as well as a vortex street with a traveling shock wave,AIAA J.3,216.[3]Kambe,T.and U Mya Oo(1981)Scattering of sound by a vortex ring,J.Phys.Soc.Jpn.50,3507.[4]F.Takayama et al.(1997)Waves scattered by shock-vortex interaction,The 2nd international workshop on shock/vortex interaction. |