1背景 銀河団は、100個から1000個の銀河を重力的に閉じ込めた系で、宇宙で力学平衡に達している最も大きな階層である。1930年代にZwickyらによってはじめられたメンバー銀河の速度分散の測定は、それを閉じ込めておくには、銀河の質量の和よりも、数十から数百倍の総質量が必要であることが示している。これは、暗黒物質の存在を示す有力な証拠である。一方、1970年代に本格的にはじめられた宇宙X線の観測によって、銀河団には、高温(107〜108K)で希薄なプラズマ(10-4〜10-2protons cm-3)が満たされたいることが発見された。以下このプラズマをICM(Intra-Cluster Medium)と呼ぶ。その質量は、銀河に含まれている星の和の数倍に達している。このICMの密度と温度分布と静水圧平衡の仮定から、それを閉じ込めている重力ポテンシャル、あるいは暗黒物質の分布を測定することができる。これまでの研究では、銀河団全体では、星が5-10%、ICMが10-20%の質量を担い、残りは、暗黒物質が占めていることが示されている。全重力質量が、空間的にどのように分布しているかは、銀河団の形成や暗黒物質の正体を探る上で、不可欠の情報である。これまでは、その総量については、かなりの精度で測定されているが、その分布は、十分に測定されていない。 そこで、本研究では、できるだけ数少ない仮定のもとで、銀河団の中心(100kpc〜500kpc、あるいはビリアル半径の)での、ポテンシャルの分布を測定し、それを作っている暗黒物質の性質を議論する。 2測定方法 静水圧平衡に加え、球対称の仮定から、全ての半径での密度と温度、言い替えるとそれぞれの"殻(shell)"でのX線スペクトルが求まれば、ポテンシャルが決まる。これに対し、観測できるのは、これらを天空の2次元面に投影した各"輪切り"でのスペクトルである。ここで、ポテンシャルを求める方法は、2つに分かれる。一つは、deconvolutionと呼ばれるもので、それぞれの輪切りから、それぞれの殻でのスペクトルを逆に解く。これは、ROSATなどの空間分解能の優れた検出器の場合には、有効である。しかし、「あすか」の場合、比較的に複雑で広がった空間レスポンスを持ち、内側の輪切りの放射が、観測される外側の輪切りスペクトルの洩れ込むので、この方法は実際上、不可能である。 本研究では、上の方法とは逆に最初にICMの密度と温度の分布にモデルを立てて、それを観測データと比べる方法(forward Method)を用いる。この場合、物理的に意味がはっきりしており、単純なモデルを適応することが、重要である。本研究では、ポテンシャルの分布を議論することが目的であるので、ICMの温度のかわりに、重力質量の分布を2つの関数形であたえる。一つは、これまで広く用いられてきたKingモデルで、重力質量の密度totを(1+(/c)2)-3/2と仮定する。これは、自己重力に束縛された等温球の近似解であり、中心部でコア(c)を持つ。もう一つは、非散逸、無衝突系の粒子(暗黒物質)のN体計算から提案されているもので、tot∝を仮定する。これは、Kingモデルとは対照的に中心で特異点カスプを持つ。以下でこれをNFW(Navarro-Frenk-White)モデルと呼ぶ。N体計算の結果は、=1,=3であるが(Navvaro et al.1997)、より自由度を持たせるため、別の,についても調べる。N体計算では、実際の銀河団とは異なり、一種類の粒子(冷たい暗黒物質)の重力不安定による構造の形成のみを仮定している。観測とNFWモデルを比べることで、この仮定が初めて検証できる。 X線観測には、1993年に打ち上げられた「あすか」衛星を主に用いた。この衛星は、X線望遠鏡(XRT)4台と、検出部としてX線CCD(SIS)とガス蛍光比例計数管(GIS)を搭載している。これらにより、「あすか」は世界で初めて、0.5-10keVのエネルギーバンドでの撮像と分光を同時に可能にした。これに加えて、優れたエネルギー分解能と2keV以上のX線に対する高い感度によって、ICMの温度分布の測定の精度が格段に向上した。著者は、衛星の定常的な運用と、GISの軌道上での較正に貢献した。「あすか」に加え、より優れた空間分解能を持つROSAT衛星の、公開データを合わせて用いた。 観測とN体計算の結果と比べるため、できるだけN体計算での仮定している単純な系に近い銀河団を注意深く選定し、観測した。すなわち、(1)X線放射が対称的であり、部分構造がない、(2)銀河団の中心で主要なバリオン(散逸粒子)となる星の影響が少ない、すなわち大規模な中心銀河(cD)がいない、(3)ICMの放射冷却が無視できるように、その密度が小さい、ことを条件とした。これらの条件を満たすものは、一般的にX線で暗い。したがって、適当な天体はここで選んだA1060銀河団(z=0.01)がほぼ唯一のものである。 3解析の結果と議論のまとめ 1.X線望遠鏡のレスポンスを考慮にいれた解析をおこない、A1060のICMが、少なくとも中心から12’(120h-1kpc)以内では、3.1±0.5keVで等温であることがわかった。12’より外側では、温度が1keV程度下がっていることをデータは示唆している。 2.「あすか」のSIS、GISおよびROSATのPSPC検出器から得られた銀河団の中心部でのスペクトルを同時に解析した。その結果、A1060の場合は、他の銀河団で見られるような低温プラズマの割合が比較的に少ないことを確認した。低温プラズマが、1keVの温度を持つとすると、そのX線輝度は、全体の10%以下である。また、A1060は、一様な重元素の空間分布を持つ。このICMの一様な性質は、同じような規模の2つの銀河団;VirgoとCentaurus銀河団と対照的である。 3.PSPC検出器から得られたX線輝度分布から、等温のICMを仮定すると、Kingポテンシャル(モデル)は棄却できる。NFWモデルは、データと無矛盾である。 4.等温の仮定をはずして、ポテンシャルの分布を制限するために、「あすか」のX線スペクトルとROSATのイメージを同時に解析する新しい方法(forward method)を導入した。この方法によって、NFW型(図1)とKing型のポテンシャルの両方から、データを再現する解を得た。だだし、前者のモデルでは、プラズマの温度はおおよそ一様であるが、後者では、中心で温度が下がっている必要がある。 5.Kingモデルから得られた中心での温度の低下は、ICMの熱伝導を考えると安定に存在できない。また、この解での中心部での重力質量は、銀河の光度から予想されるものに比べ、3倍程度小さい。さらに、この解での温度は、外側に向かって上昇していき、プラズマが束縛されていないことになってしまう。これらの考察から、NFWモデルから得られた解の方がより自然であると結論する。この解では、totは半径r<20’-40’では、r-1.4に比例している。 6.NFWモデルから得られた重力質量から、メンバー銀河の星の質量と、ICMの質量を差し引き暗黒物質の密度分布を推定した(図2)。10h-1kpcr50h-1kpcという銀河のスケールでは、暗黒物質の密度分布は、r-1からr-2の傾きを持つ。これは、暗黒物質の「力学温度」が、中心に向かって下がっていることを示す。さらに、暗黒物質の粒子がお互いに効率的にエネルギー交換を行なっていないこと、すなわち、無衝突系の粒子であることと矛盾しない。これは、従来仮定されてきたKingポテンシャル、すなわち等温の自己重力系の描像と対照的である。一方、100h-1kpcr400h-1kpcの銀河団のスケールでは、暗黒物質、星、プラズマの密度分布の傾きは、お互いに近付き、おおよそr-2の傾きを持つ。これは、このスケールでの構造が、主に1つの過程、すなわち、重力不安定性によって作られたためであると我々は考える。さらに銀河団全体での暗黒物質の分布は、Navarro et al.(1997)などのN体計算の結果と良く一致している。したがって、N体計算の仮定、すなわち、「銀河団の構造が、冷たい暗黒物質モデルでの初期揺らぎから、重力によって階層的に作られ、現在平衡に達している」、ことが少なくともA1060については、観測と矛盾ない。 7.暗黒物質が、非バリオンであると仮定すると、我々の測定の結果、A1060でのバリオン比は、(10-30)h-1kpc以内では、(0.15-0.4)h-1、(100-400)h-1kpcまで積分すると、(0.04-0.05)h-1.5となる。これらは、他の銀河団の値と良く一致している。また、A1060は、代表的なcD銀河をもたないシステムであるが、バリオン比の分布は、cD銀河を持つFornaxやCentaurus銀河団(Ikebe1995)と大きくは変わらない。 図1:NFWポテンシャルを仮定した場合の最適のデータとモデル。GIS面上の半径、0’-3’,3’-6’,6’-9’,9’-12’,12’-20’での"輪切りスペクトル"(左;横軸はエネルギービン)とPSPCの輝度分布(横軸は、半径)。それぞれ、クロスがデータで、ヒストグラムが、モデル。下の2つの図は、=1とした残差。図2:NFWポテンシャルを仮定した場合の最適解。左の上から順に、重力質量(細い実線)、暗黒物質(太い実線)、中心銀河NGC3311の星の質量(点線)、ICM(細い実線)、メンバー銀河の中の星(ダッシュ線)。横軸は、1’に対応する10h-1kpcの単位。 |