反強磁性ハイゼンベルグ模型の研究の歴史は長い。それは、多くの磁性体の性質がこのモデルによって良く説明されるからである。三次元では、低温で長距離秩序が存在するため、スピン波理論が非常に良い近似になっている。一二次元は、有限温度では磁気秩序がないことが厳密に示されているが、二次元に関して言えば、繰り込み群などの結果から絶対零度では磁気秩序は存在すると信じられている。 一次元では、量子ゆらぎが大きいために絶対零度でさえ反強磁性秩序はない。が、逆にその量子効果が多様な現象を示す。最近では、Haldane予想に関連した話題が絶えない。Haldane予想とは、スピンの大きさSが整数か半奇整数かによって、基底状態の様子が全然異なると言う主張である。具体的には、Sが半奇整数の場合は、基本的にはS=1/2(この時はBethe仮説による厳密解がある。)と同じで、基底状態と第一励起状態の間にはギャップはなく、criticalである。一方、Sが整数の場合には励起に有限のギャップ(Haldaneギャップ)が生じる。Kennedyと田崎(KT)は、S=1の一般のXXZ鎖に、あるnonlocalなユニタリー変換を施すと、ハミルトニアンは(x-軸まわりの回転とz-軸まわりの回転に対してのみ不変な)Z2×Z2対称性をもった形に変換されることを示し、Haldaneギャップは、その隠れたZ2×Z2対称性が自発的に破れた時に現れると説明した。 擬一次元系では、このZ2×Z2対称性が本質的に顔を出す相転移がある。S=1ボンド交替鎖(最隣接相互作用の強さが1つ置きに強弱しているものを言う。)のHaldane-dimer転移はその典型例である。強弱の差が小さいうちは、基底状態は依然としてHaldane相に留まっているが、ある程度その差が大きくなると、強い方の各ボンド内でシングレット-ペアが形成され、基底状態はdimer相に入る。二相ともギャップがあると言う意味では同じだが、Z2×Z2対称性に決定的な違いがある。Haldane相ではZ2×Z2対称性が自発的に破れているのに対し、dimer相ではまったく破れていない。つまりは、Z2×Z2対称性は二相を区別する指標となっている。 図1:基底状態の相図(左)S=1/2、(右)S=1。 本論文では、似たような交替相互作用を持つ系として、交替磁場中のスピン鎖(主にS=1)を扱い、その基底状態で起こる可能な相転移について議論した。現実問題として、交替磁場を掛けると言うのは不可能に思われるだろうが、物理としては全くの無関係と言う訳でもない。例えば、鎖間が弱く反強磁性的相互作用した二次元正方格子は、平均場近似の観点から見れば、交替磁場中の一本のスピン鎖とみなせる。(もっとも、この場合、self-consistencyが付くが。)我々が考察するハミルトニアンを以下に定義する。(第4章第1節) まずは手始めに得た我々のS=1/2の相図を図1(左)に示す。Ferroは強磁性相、XYはmassless相、そして、AFは反強磁性秩序を持つmassive相を表す。二重縮退した基底状態を持つNeel相は太線(>1,=0)の一次転移線に化けている。ところで、このS=1/2の相図を書いたのは、我々が最初ではない。既に、Alcaraz-Malvezzi(AM)らの数値計算の仕事があり、同じ様な絵を求めている。ただ、彼らはXY-AF転移の相境界を現象論的繰り込み群(PRG)で決めている。ところが、岡本-野村らが指摘したように、そこは二次転移ではなく、むしろBerezinskii-Kosterlitz-Thouless(BKT)転移であると思われる。PRGは二次転移には有効だが、BKT転移への応用は不適切であることは昔から知られいる。そこで、我々はレベル-スペクトロスコピー(LS)の方法(第3章第2節参照)で、XY-AF相境界を調べ直した。このLSはBKT転移には抜群の威力を発揮する最新の方法で、従来のスケーリング仮説に基ずいた方法とはまったく異なる、BKT転移点上でのSU(2)/Z2対称性に着目した理論である。これにより、厳密対角化で扱える程度の有限系のデータから、十分な精度でBKT転移点の見積もりが可能になった。結果(図1左)は、AMらの相図と定性的には殆ど同じであったが、我々は、XY-AF転移がBKT転移であることをしっかり確かめた。 図2:S=1の基底状態の相図(左)D=1、(右)D=3。 続いて、我々は本題のS=1の場合を調べた。相図は図1(右)に示してある。XY-AF相間はS=1/2の時と同じくBKT転移である。もう一つ、我々はGaussian転移の可能性も調べた。しかし、Gaussian臨界線はこのモデルには存在しない。つまり、Haldane相(0<<c2=1.18±0.02,=0)とAF相には何の区別もなく、同一相と見なせるのである。それでは、Haldane相とAF相の共通の対称性は何であろうか?残念ながら、我々の交替磁場中では、KTのユニタリー変換は使えず、従って、ハミルトニアンのZ2×Z2対称性の存在自体が自明でなくなる。そのため、ボンド交替鎖の例(Haldane-dimer)のように、Z2×Z2対称性を用いた各相の特定が困難である。が、それでもやはり、もし交替磁場中のどこかでGaussian臨界線を見つけることが出来たならば、それは何らかの離散的な対称性が関与していると考えるのが自然であろう。(連続対称性が破れる場合には、massless Goldstoneモードがあるはずだから。) そこで我々は、異方性D-項を導入する。(第4章第2節) =0の時には、少なくとも、Haldane相とは明確に区別できるlarge-D相(KTのZ2×Z2が破れていないmassive相)が存在し、この二相間でGaussian転移が起こることが知られている。つまりの狙いは、≠0でも、AF相とlarge-D相の間で同じ様なGaussian転移が起こるだろうと言う期待である。結果だけ先に示すと、図2の相図が得られ(左はD=1、右はD=3)、実際に我々は、AF相とlarge-D相の間にGaussian転移線を見い出すことが出来た。Gaussian臨界線の求め方だが、ここでは、ひねり境界条件(TBC)の方法(第3章第3節参照)を採用した。この方法の利点は、TBCを仮定すれば、Z22×Z2対称性を真面目に考えずとも、有限系の基底状態のparityやtime-reversalと言った良い量子数の固有値から直接各相を特徴付けられる点にある。これを、我々の系に応用すると、AF相では==-1となり、large-D相では==+1と一対一対応していることが分かる。そして、この二つのレベルの交点こそGaussian転移点に他ならないのである。Haldane相では==-1になるので、AF相とまったく同じ対称性を持つ。Haldane相とAF相に区別が無かったのはこれが理由である。(S=1/2の相図(図1左)のGaussian臨界線(点線)も、この方法で確かめてある。) XY-AF転移とXY-large-D転移はBKT転移で、LSを使って求めた。XY相、AF相、large-D相間のBKT三重臨界点ボンド交替鎖のXY相、Haldane相、dimer相間のそれと対応しているかに思える。(実際、=0の時には、large-D相とdimer相は連がっている。)ここからも、我々の系にも何らかのZ2×Z2対称性が存在するとこが示唆される。しかし、その明確な形は分からない。おそらく、AF相(Haldane相)ではそれが破れていて、large-D相では破れていないと推測される。 その他、我々の系に興味深い面が多々ある。一つには、部分的にスピンが揃った強磁性相(PFM)がある。この相の大部分(>0)は、全体の半分の磁化のを持つ状態で占められており、スピン相関関数の計算から、ここの基底状態は(0+0+0+0+…)の様な長距離秩序があることが分かった。Ising極限の類推から、すべてのD>0でPFM相が出現すると思われる。二つ目は、Neel相が≠0の領域には一切広がらないために、2次元Isingの臨界線が現れず、Ashkin-Teller模型に代表されるbifurcationが起きない。最後に、一次転移線とGaussian臨界線がぶつかる三重臨界点(D=3のAF-AF-large-D)については、今後の課題とする。 |