学位論文要旨



No 113213
著者(漢字) 土田,英二
著者(英字)
著者(カナ) ツチダ,エイジ
標題(和) 有限要素法に基づく大規模電子状態計算法
標題(洋) Large Scale Electronic-Strucure Calculations based on the Finite-Element Method
報告番号 113213
報告番号 甲13213
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3359号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 青木,秀夫
 東京大学 助教授 河野,公俊
 東京大学 助教授 常行,真司
 東京大学 教授 浅野,攝郎
 東京大学 教授 壽榮松,宏仁
内容要旨

 過去10年程にわたり、物性において密度汎関数法に基づく計算法は大きな発展を示している。この方法は平均場近似に基づく方法であるが、経験的なパラメータを一切使わずに電子状態および色々な物理量を計算することができるため,通常第一原理計算と呼ばれる。代表的な応用例としては、シリコンとゲルマニウムの電子状態・構造を精密に計算し、実験と非常に良く一致する結果を得た論文[1]から始まり、シリコン表面での化学反応[2]・固体-液体相転移[3]・Si(111)-7×7表面の大規模計算[4,5]などがあげられる。その他にも電磁場がある場合[6]・時間に依存する場合[7]・ポジトロン[8]・エキシトン[9]など、様々な範囲の物理現象に適用されている。

 ここで紹介した計算はおもに平面波や原子軌道(LCAO)を基底関数として行われてきた。これらの方法はそれぞれ長所をもっており、向いている系(例えば平面波では滑らかな周期系、LCAOは小さいクラスターなど)では非常に効率的である。しかし、最近コンピュータが進化し大規模計算が可能になるにつれて色々と不満足な点が指摘されるようになってきた。

 具体的に説明すると、理想的な計算方法には

 1.原子の付近で局所的に解像度を上げられること。

 2.100台を超えるような大規模並列計算機上でも高い性能を維持できること。

 3.基底関数同士の重なりができるだけ疎であること。

 などの性質が要求されるが、現在の標準的な計算方法はこれらのごく一部しか満たしていない。

 我々は工学の分野で広く使われている有限要素法に着目し、いくつか改良を加えることにより理想的な特長を持った、大規模な第一原理計算に最適の計算方法となりうることを示した。この方法の特長としては、まず曲線座標系の使用が挙げられる(Fig.1)。図から分かるように、原子付近で高い解像度が得られるようになっており、計算の効率を上げている。その他にも、効率的な数値積分法・高速なポアソン方程式の解法・大規模な並列化などの技法を組み合わせている。

 次に、この方法を使って色々な系について計算を行った結果を示す。まず他の方法と比較するために、モデル・ポテンシャル中にいる電子の基底状態のエネルギーを比較した(Fig.2)。これから分かるように、我々の方法は非常に少ない数の変数で高い精度を得ることができる。より現実的な応用として、フラーレン(Fig.3)の構造最適化へ適用した結果を示す(Table I.)。他の理論や実験値と良く一致しており、また分散が非常に小さいことから、精度も高いことが分かる。

 現在第一原理計算で扱える系の大きさは高々数百個と言われているが、我々の方法を拡張することによって千個程度の系まで現実的な時間で計算できると期待できる。そうすると、従来の方法では困難であった長周期の表面構造や結晶成長などの物理現象が扱えるようになる。

Table I.最適化されたフラーレンの結合長・結合角。Fig.1:左の図が、計算に使用する曲線座標系での一様なグリッド、右の図はユークリッド空間への射影図。原子の位置をダイヤモンドで示してある。Fig.2:実空間における計算法を比較したもの。横軸は変数の数、縦軸はエネルギー[Ry]。FDは差分法、FEMは有限要素法を表している。我々の方法はadaptive FEMに対応しており、非常に速い収束を示している。Fig.3:フラーレン(C60)の見取図。参考文献1.M.T.Yin and M.L.Cohen,Phys.Rev.B26,5668(1982).2.A.De Vita,et al.,Phys.Rev.Lett.71,1276(1993).3.O.Sugino and R.Car,Phys.Rev.Lett.74,1822(1995).4.I.Stich,et al.,Phys.Rev.Lett.68,1351(1992).5.K.D.Brommer,et al.,Phys.Rev.Lett.68,1355(1992).6.G.Vignale,et al.,in Advances in quantum chemistry vol.21,edited by S.B.Trickey(Academic Press,1990).7.E.K.U.Gross and W.Kohn,ibid.8.E.Boronski and R.M.Nieminen,Phys.Rev.B 34,3820(1986).9.F.Mauri and R.Car,Phys.Rev.Lett 75,3166(1995).
審査要旨

 本論文は7章からなり、第1章は序、第2章は従来の第一原理的電子状態計算、第3章は実空間法の方法論、第4章は実空間法の応用、第5章は誤差解析、第6章はオーダーN法、第7章は結論について述べられている。

 物性物理学の理論において、この数十年の中心的課題の一つは、凝縮体の電子的構造をいかに経験的なパラメータを使わずに第一原理から計算するか、ということである。標準的な方法として確立してきたのは、密度汎関数法である。この方法は基本的には平均場近似に基づいており、通常狭い意味で第一原理計算と呼ばれる。代表的な応用例としては、半導体のバンド構造、シリコン表面の原子再構成や化学反応、固体-液体相転移などがある。計算は無限結晶を想定して、平面波や原子軌道(LCAO)などを基底関数として行われる。

 しかし、最近より精密な計算や多彩な状況を扱う要求が増し、大規模計算が試みられるようになるに従い、従来の方法では不満足な点が指摘されるようになってきた。具体的には、望ましい計算方法には

 1.原子の付近で局所的に解像度を上げられること、

 2.基底関数同士の重なりができるだけ疎であること、

 3.大規模並列計算機上でも高い性能を維持できること、

 などの性質が要求されるが、現在の標準的な計算方法はこれらの一部しか満たしていない。

 本論文提出者は、従来の方法がおおむね波数空間での扱いに重点をおいていたのとは対照的に、実空間での扱いに着目した。すなわち、工学の分野で広く使われている有限要素法を用い、いくつか改良を加えることにより、上記の特徴を満たす大規模な第一原理計算に適する計算方法となり得ることを提案した。

 具体的には、やはり密度汎関数法を用いて、その中でも局所密度汎関数法を採用する。これに対して従来の平面波やLCAOとは異なり、実空間有限要素法を適用する。原子の付近で局所的に解像度を上げる点に関しては、原子の近傍に密であるような曲線座標系を採用する。基底関数同士の重なりが疎である点に関しては、空間の有限領域にのみ振幅をもつ関数を採用する。これらに対してスプライン近似を用いる。電子状態計算に必要となる積分や電荷による静電ポテンシャル・エネルギーに対してはそれぞれ、効率的な数値積分法、高速なポアソン方程式の解法を用いる。実際の計算機へのインプリメンテーションに対しては大規模な並列化を用いる。従来も、実空間法の試みはいくつか存在したし、有限要素法の仕事も存在するが、以上のような様々な技法を組み合わせ実際に大規模並列化インプリメンテーションを行ったのは、本論文提出者が初めてである。

 本論文では、この方法を使っていくつかの系について計算を行った結果も示されている。まず、モデル・ポテンシャル中の電子の基底状態のエネルギーに対しては、本方法は少ない数の変数で高い精度を得ることができる。より現実的な応用として、C60分子(フラレン)の構造最適化へ適用した結果も示された。他の理論や実験値と良く一致しており、計算精度も高いことが分かる。

 従来の第一原理計算で扱える系の大きさは、様々な近似を導入することにより高速化をはかっても高々数百個と言われているが、本方法を用いれば千個程度の系まで現実的な時間で計算できると期待される。この具体的な実行は本論文でなされるには至っていないが、方法論として従来の方法では困難であった長周期の表面構造や結晶成長などの物理現象が扱えることが望まれる。実際、第6章で論じられ512原子系に対して実行されているようにオーダーN法に拡張したり、密度勾配まで取り入れた汎関数法を用いればさらに適用範囲は広まると考えられる。本邦においては計算の方法論の開発が、方法の実際的適用に比べて軽視されてきたうらみ無しとしないが、この点においても本論文は高く評価される。

 なお、本論文は塚田捷教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって理論を構築したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって審査員全員により、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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