超新星爆発は大質量星で生成された重元素を星間ガスとして放出し、銀河や銀河団の化学進化と深い関わりを持つ。超新星爆発の際に放出されるガスの化学組成を正確に求めることは、個々の超新星爆発の特徴を知る上でも重要だが、それに留まらず、より大きなスケールを持つ天体を研究する上に於いても基礎的なデータを提供することになる。本論文では、主に重力崩壊型の超新星爆発を取り扱う。 現在までに、大質量星や超新星爆発に関する多くの数値計算が行なわれてきた。それらの計算は、個々の超新星の観測データや太陽組成との比較から、非常に精度の良い計算であることが証明されてきた。特に、太陽組成に関して言えば、質量数が16から70程度までの殆どの安定核に対して、factor2-3以内の精度で組成の再現が可能であることが示されてきた。宇宙物理学の世界に於いて、星と超新星爆発の元素合成の数値計算は最も信頼度の高い分野の一つとなっていることは間違いない。ところが、昨今の観測機器の発達に伴い、多くの観測データが提供される中、従来の元素合成の数値計算では説明出来ないような観測事実の報告が相次いでいることも又事実である。 例を挙げれば、大マゼラン星雲で爆発した重力崩壊型超新星、SN1987Aのbolometric light curveの観測は、爆発後900日付近以降、数値計算の予言に比べて実際の超新星残骸の方が明るく輝いていることを示している。この明るいlight curveを説明するためには、数値計算では実現されていない程の多量の放射性元素、44Tiを必要とする。44Ti以外の光源としては、超新星残骸の中心部に存在すると思われるパルサーからの放射も候補として挙げられているが、どちらの効果が効いているのか、或はそれとは別のメカニズムが働いているのか、議論が行なわれている最中である。 我々の銀河内にある超新星残骸、Cassiopeia A(Cas A)もまた、多量の44Tiを含んでいる可能性があることが、最近のCOMPTELやOSSEの観測から明らかになりつつある。同時に、それだけ多量の44Tiが超新星残骸に含まれていた場合、56Niは少なくとも0.05程度は超新星残骸中に存在したことが数値計算から推定される。それ故、56Niの崩壊に伴い、Cas Aは-4等級程度の超新星として輝いたはずであるのだが、1680年頃の記録を見るに、Cas Aは6等級程度の暗い超新星としてしか観測されていない。 元素合成とは直接の関係はないが、SN 1987Aは、爆発中に超新星残骸が大規模な物質混合を起こしていることを観測的に示した最初の超新星としても有名である。物質混合を起こす物理的なメカニズムとしてはレイリー・テイラー不安定性による揺らぎの成長が有望視されており、その成長の様子を検証するための数値計算も数多く行なわれてきた。しかし、揺らぎの成長を起こすためにはまず、揺らぎの種が必要なのであるが、その位置と程度について詳しいことは分かっていない。又、数値計算に於いて、観測されている鉄のline profileを再現しようとする試みが行なわれてきたが、観測されているような3000-4000km/sec程度の高速度成分の再現が出来ていない。 太陽系の化学組成は、星と超新星の数値計算の信頼度を測るための重要な試金石であり続けてきた。初めにも述べたが、数値計算の結果は質量数が16から70程度までの殆どの安定核に対して、太陽系の組成をfactor2-3程度の誤差内で説明出来ることが示してきたが、それでも尚、幾つかの核種に関しては、観測と数値計算の結果に10-100倍の開きがある。 銀河団ガスも又、最近のX線観測によってその組成が測られ始められ、数値計算との比較が行なわれ出している。最近の4つの明るい銀河団との比較では、Type Ia supernovaの寄与の程度がどの程度あるか、またはないのかということが議論されてきた。同時に、銀河団ガスの化学組成では、硫黄の量が少なめであるという報告がされている。 これらの問題を解決する一つの手掛かりとして、本論文では重力崩壊型超新星に於ける、軸対称爆発の効果を考察した。従来の元素合成の数値計算では、コンピューターの性能の限界という理由とあいまって、爆発は球対称なものと仮定されて続けていた。だが、親星の角運動量や、磁場、或は非対称なニュートリノ放射などを考慮した重力崩壊型超新星のダイナミクスを扱った数値計算では、爆発が球対称ではなく、ジェット的な軸対称爆発を起こす可能性が指摘されている。又、観測面に於いても、SN1987AやSN1993Jの散乱光から偏光成分が確認されたことや、Cas Aの非対称な超新星残骸像など、爆発が球対称ではなかったことが示唆されるものは数多く報告されている。本論文では爆発が軸対称的であるとし、2次元の流体計算とそれに合わせて爆発的元素合成を数値的に計算し、球対称爆発を仮定した計算結果と比較することを行なった。 まず、本論文では20程度の星の元素合成を扱い、SN1987AやCas Aの観測との比較を行なった。この程度であったからである。数値計算の結果として、軸対称な爆発の下では44Tiが球対称爆発の時に比べて多量に出来ることが確認された。これは、軸対称爆発の場合、極付近に高エントロピーな領域が出来る為、alpha-rich freezeoutが活発に起こるからであると結論された。観測との比較の結果、SN1987Aのbolometricなlight curveのtailを説明することが出来る程度、或はCas Aの観測から推定される程度の44Tiが、軸対称爆発では生成可能であることが示された。 また、20の星に関しては、レイリー・テイラー不安定性による揺らぎの成長を数値的に計算した。流体計算は軸対称を仮定し、2次元の計算を行なった。それと上の爆発的元素合成の結果を併せて、56Niのline profileを計算し、SN1987Aの観測との比較を行なった。結果として、従来の球対称爆発では説明出来なかった高速成分を軸対称爆発では再現可能であることが示された。同時に、極度の軸対称爆発を仮定すると、line profileの形が観測から大きくずれる為、SN1987Aに於ける軸対称爆発の程度に対しても上限が与えられることが示された。揺らぎの種としては、その程度として、かなり大きなものが必要とされることが確かめられ、そのような大きな種を生み出すメカニズムとしては、コアの崩壊のダイナミクス自身に起源を求めることが最も有望であることも示された。 引き続いて10-50の星に対して軸対称爆発の下での元素合成の計算が行なわれた。その結果をSalpeterのinitial mass funcutionの重みを付けて積分し、報告されているI型超新星爆発の元素合成の数値計算の結果と合わせて、太陽系の組成や銀河団ガスの組成の再現を試みた。軸対称爆発の主な効果は質量数でA=45,A=65付近の核種の増加であることが確認され、結果として44Ca,48Ti,59Co,63,65Cu,66Znなどの核種が、より太陽系の組成比に近付くことが示された。又、軸対称爆発を採用した場合でも、元素合成の結果が太陽組成からかけ離れたものを予言することは無く、重力崩壊型超新星のダイナミクスから予言されるジェット状の爆発が、元素合成の立場から否定されないことが示された。銀河団ガスの解析では、I型超新星の寄与を考慮した方が、より銀河団ガスを説明することが出来ることが示された。又、硫黄が少ないという報告も、軸対称爆発の効果を考えると、無理無くその量を説明出来ることが示された。太陽組成や銀河団ガスの解析から、軸対称爆発は特異な現象でなく、一般的な現象である可能性があると結論された。 星と超新星爆発の元素合成には様々な不定性が伴っている。本論文では、軸対称爆発の効果の位置付けをより明確にするため、現在の元素合成の不定性についての考察を行なった。特に、本論文では衝撃波の初期条件の与え方の影響について、幾つかの数値計算を行なった。従来の元素合成は衝撃波背後の物質に与える爆発エネルギーとしては熱エネルギーだけを与えていたのだが、その必然性は特にない。今回の計算では20の星を取り扱い、親星の構造に手を加えることなく、SN1987Aで観測された57,58Ni/56Ni比の再現が、適当な初期条件を与えることで可能であることが示された。今までの数値計算に於いては、熱エネルギーだけを初期条件として与えると同時に親星のelectron fractionを操作することで、観測量の再現がされていたのだが、今回の結果により、親星の進化の計算と超新星に於ける爆発的元素合成の計算が無矛盾になり得ることが示された。同時に、要求される衝撃波の初期条件は鉄コアの重力崩壊のダイナミクスの計算にとっての制限となることが示唆される。 最後に、本論文では、今回の自分達の計算を含め、世界で行なわれてきた超新星の元素合成の計算結果をそれぞれ比較した。太陽組成の再現という観点から眺めてみると、質量数A=45とA=65付近の核を増加させる軸対称爆発の効果は、有意な意味を持ち、その他のモデルよりも軸対称爆発は44Caや48Tiの量を良く説明することが示された。又、銅や亜鉛については、軸対称爆発の場合、爆発的元素合成によって充分太陽組成を説明出来ることが示された。これは従来の、親星の進化中にこれらの核種を生成するという説に対して、再考を促しているものだと結論された。 |