学位論文要旨



No 113220
著者(漢字) 求,幸年
著者(英字)
著者(カナ) モトメ,ユキトシ
標題(和) 強相関多成分系における絶縁体-量子流体相転移の数値的研究
標題(洋) Numerical Study of Insulator-Quantum Fluid Transitions in Interacting Multi-Component Systems
報告番号 113220
報告番号 甲13220
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3366号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高山,一
 東京大学 教授 高橋,實
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 助教授 桑島,邦博
 東京大学 助教授 和田,信雄
内容要旨 1序文

 絶縁体-量子流体間の相転移は、物性物理学における最も基本的でありながら難解な問題の一つである。特に、粒子間の強い相互作用に起因する、いわゆるモット転移は、古くから精力的に研究されてきた。そこでは、この相転移における臨界性質を理解することが重要な課題である。

 銅酸化物高温超伝導体の発見以来、この分野においてめざましい発展が続いている。超伝導発現機構の解明を目的として、特に反強磁性モット絶縁相近傍での金属相の異常な振舞いが注目され、多くの実験および理論の研究がなされている。この問題は、モット転移および強相関効果の本質的な理解を必要としている。この目的の下に、銅酸化物の周辺物質を含んだ多様なdおよびf電子系の研究が盛んに行なわれている。

 その中でも、ペロフスカイト型構造をもつ遷移金属酸化物は、その物性の豊富さと物質設計上の変数制御における利点から、精力的な研究が続いている。これまでにも、構成元素の組合せにより、電子数あるいはバンド幅などが実験的に制御され、理論的研究との比較から、絶縁体-金属転移に関する多くの知見が得られてきた。しかし、複数の電子軌道の存在が相転移に重要であると考えられる系においては、従来の理解の枠に収まらない現象も多く見られ、理論的にも十分な理解が得られているとはいえない状況である。そこでは、スピンの自由度と軌道の自由度の競合が見られ、それらの秩序や強い揺らぎがモット転移の臨界性質に大きな影響を及ぼしていると考えられる。

 本研究では、上述のような状況をふまえて、強い相互作用をもった多成分粒子からなる系における絶縁体-量子流体の相転移を議論する。この複雑な問題の普遍的な描像を得る目的で、フェルミ粒子系だけでなくボーズ粒子系についても考察を行なう。相転移の臨界性質に注目して、近似のない数値的手法を主に用いて研究をすすめ、平均場的な一体描像では理解の及ばない性質を浮き彫りにする。

2理論的手法

 強相関多成分系を扱う理論的な手法として、一体近似に基づく平均場的手法と、近似のない量子モンテカルロ法とを、ボーズ系とフェルミ系の両方に対して議論した。ボーズ系に対しては、平均場的手法として、グッツヴィラー変分法を多成分系に拡張した。また、フェルミ系に対しては、スピン以外の自由度をもつ模型、いわゆる軌道縮退ハバード模型に適用できる新しい補助場量子モンテカルロ法の枠組みを提案した。そこでは、軌道の自由度まで含めた粒子-正孔対称性を用いて、負符号問題の全く生じない条件を明示した。

3二成分ボゾン模型

 ボゾン系として、各ボーズ粒子がフェルミ粒子のスピンに対応する成分をもつ二成分模型の研究を行なった。現実にこのような系は現在のところないが、モット転移における成分の役割を理解する上で興味ある模型である。また、フェルミ系におけるモット転移の理解にも重要と考えられる。これまでに、ボゾンt-J模型に対する厳密対角化による研究がなされ、モット絶縁相近傍において粒子数の変化に対する密度感受率の異常な増大が指摘された。また、成分の交換項のないボゾンt-Jz模型も研究され、有限のホール濃度における成分秩序相への転移が調べられた。本研究では、最近接サイト間に対する相互作用を対角的な範囲でより一般的に取り入れ、成分の秩序と一成分的な密度秩序の両方を統一的に研究した。臨界性質を詳細に調べ、成分の果たす役割を議論した。

 量子モンテカルロ法による結果とグッツヴィラー変分法の結果との比較を通じて、以下の結果を得た。この系は粒子数の変化に対して、1/2フィリング近傍での成分秩序相と1/4フィリング近傍での密度秩序相への二種類の相転移を示す。モンテカルロ法の結果は変分法の結果と異なり、この双方が相分離を伴う連続転移であることを示唆した。このうち、有限のホール濃度における成分秩序相への転移では、超流動密度が連続的に異常に抑圧される振舞いが見られた(図1)。このことは、成分間の相関の発達と同時に有効質量が異常に増大することを示している。一成分系での相分離を伴った転移や、密度秩序相への転移ではこうした振舞いが見られないことから、この振舞いの原因はイジング異方性をもった成分間秩序にあることを結論した。この有効質量の増大の機構として、イジング性成分秩序によるホール捕捉を議論した。さらに、この機構がフェルミ系においても実現する可能性を考察し、Y1-xCaxTiO3の金属絶縁体転移における有効質量の増大を軌道秩序の観点から議論した。

図1:超流動密度の密度依存性。灰色と斜線の領域はそれぞれ成分秩序相と密度秩序相を示す。

 本研究にも見られるように、多成分ボゾン系の研究はモット転移の普遍的側面を議論する上で有用なものである。今後、1/2フィリング直上でモット転移を起こす模型も含めて、さらなる研究が必要である。

4軌道縮退ハバード模型

 多成分フェルミ系として、軌道縮退ハバード模型の研究を行なった。この模型は、dあるいはf電子系における豊富な物性と、そこでのスピンと軌道の自由度の競合を理解する上で、最も重要な模型の一つである。これまでに、ハートレー・フォック近似、グッツヴィラー近似、無限次元の方法、スレーブボゾン法などにより研究されてきた。しかし、この複雑な系での揺らぎや競合を理解し、モット転移の臨界性質を議論するためには、これらの近似法を超えた扱いが不可欠である。そこでここでは、本論文にて提案した新しい補助場量子モンテカルロ法を用いて研究した。これは、この手法による初めての系統的な研究にあたる。二重縮退した軌道をもつ一次元系について、負符号問題の生じない条件下で、化学ポテンシャルおよび軌道分裂を変化させた時の基底状態の性質を詳細に議論した。

 まず、モット絶縁相の性質を定量的に議論した。一体グリーン関数の虚時間依存性から電荷ギャップを計算し、相互作用依存性を示した。また、この模型の強相関極限がS=1ハルデン系であることより、スピンギャップの存在を議論し、実際のモンテカルロ法の計算結果も有限のスピンギャップを示唆することを示した。軌道の自由度については、擬スピンモーメントの軌道分裂依存性の計算結果より、ギャップレスであることを示した。

 このモット絶縁体の状態から化学ポテンシャルを変化させて、電子数変化によるモット転移の臨界性質を議論した。一体グリーン関数の実空間での距離依存性を絶縁相において転移点近傍まで計算し、そこから一電子の局在長を評価した(図2)。この局在長の発散の仕方は、相関長の臨界指数が1/2であることを示唆する。金属絶縁体転移に対するスケーリング理論を用いた解析から、このモット転移の臨界性質はz=1/=2であることを示した。ここで、zは動的臨界指数である。この結果は、一次元系に対するスケーリング理論の一般的な予測と一致する。

図2:一電子局在長の臨界性質。直線は、相関長の臨界係数を1/2としたときのフィッティングを示す。

 次に、軌道分裂を変化させた場合について、種々の相関関数の振舞いを調べた。運動量分布関数は軌道分裂に対して連続的に変化し、軌道間のセルフドーピングが生じていることを示した。これから求めた擬スピンモーメントには、軌道自由度にギャップがないことを反映して、軌道分裂のない時の0の値から連続的に成長し、軌道分裂が大きいところで1に近付く様子が見られた。これとともに、スピン相関のk=のピークは連続的に消失していく結果を得た。また、有限の軌道分裂に対して、異なるスピンおよび軌道間に対する波数のネスティングが重要であることを明示した。これらの結果は、軌道分裂に伴って、モット絶縁相からバンド絶縁相へのクロスオーバーが起きていることを示唆している。特にこの時、スピン相関は少量のセルフドーピングに敏感で、10%程度のセルフドーピングに対して相関が半減することが分かった。このことは、スピン状態およびスピンギャップの値が軌道分裂によるセルフドーピングに大きく依存することを示唆している。現実のハルデン物質における、この結果の重要性を議論した。

 本研究では、一次元軌道縮退ハバード模型のハーフフィリングでの基底状態の性質が明らかにされた。現段階では、実験との直接の対応には困難が残る。今後、二次元以上での詳細な計算が課題である。また、有限温度における物理量の振舞いを調べ、実験との比較を行なうことも興味深い問題である。

審査要旨

 銅酸化物高温超伝導体の発見を契機に、物性物理学の最も基本的かつ難解な問題として古くから知られていた電子間相互作用に起因する金属-絶縁体転移(モット転移)の新たな研究が精力的に展開されている。銅酸化物およびその周辺物質の実験的な探索において、電子のスピン自由度だけでなく、軌道自由度の考慮が不可欠と考えられるような相関効果が多く観測されている。しかし、複数の軌道の存在する粒子系(多成分系)に対する従来の理論的研究では、平均場近似などによっているため、その相関効果が正しく捉えられているとは言えない。理学修士求幸年提出の本論文は、この強相関多成分系における絶縁体-量子流体(金属)転移の問題を、主に、数値的解析によって追究したもので、英文で6章からなる。

 序論の第1章に続く第2章で、本論文で考察する強相関多成分系が定義されている。同一サイトの粒子間で働く無限大の斥力相互作用と最近接サイトの粒子間に働く相互作用とが存在するボゾン模型と、軌道縮退ハバード模型(多成分フェルミオン系)である。

 第3章は本論文で用いる理論的手法の解説に充てられている。特に、フェルミオン模型に適用する補助場量子モンテカルロ法は、本論文提出者が多成分系へ適用するために新たに開発したものである。適切なハバード-ストラトノヴィッチ変換を採用し、また、系の特性を担うパラメータの値に対する条件を詳しく吟味することによって、負符号問題を回避した量子モンテカルロ法として構築されたものであり、この手法の開発は本論文の成果の一つとして評価される。

 第4章では二成分ボゾン模型に関する研究が詳述されている。既に多くの研究がなされている一成分ボゾン模型に対して、二成分ボゾン模型の研究はまだわずかしかないが、この模型の研究から、強相関電子系における多成分効果に関する多くの示唆が得られるものとの期待される。

 本論文提出者は、二次元正方格子上の二成分ボゾン模型に関して、最近接サイト相互作用の強度と粒子密度を変えていったとき出現する秩序相をまずグッツヴィラー変分法によって調べ、1/2フィリング近傍での成分秩序相、1/4フィリング近傍での密度秩序(超流動固体)相を伴う相図を得ている。次に、世界線量子モンテカルロ法によって二つの相転移を解析し、特に、1/2フィリング近傍の有限ホール濃度における成分秩序相の出現に伴って超流動密度が著しく抑制されることを見出している。この超流動密度の低下は、粒子の有効質量の増大を意味する。このような顕著な相関効果は1/4フィリング近傍での密度秩序相への相転移や一成分ボゾン模型の相転移では見られていないことから、これを二成分系に固有な現象と捉え、その説明として、イジング性の成分秩序がある空間におけるホール捕捉の機構を提起している。

 第5章では軌道縮退ハバード模型に関する解析が展開されている。この模型は強相関電子系に対する典型的な理論模型の一つであり、既に平均場近似などによる多くの研究がなされている。1/2フィリングにおける問題の一つは、軌道分裂がバンド幅より十分大きいことによるバンド絶縁体と同一サイト斥力相互作用に起因するモット絶縁体との関係であり、二つの絶縁体相の間の転移が平均場近似などによって調べられている。

 本論文提出者は、空間次元1、軌道数2のこの模型を、自らが開発した補助場量子モンテカルロ法を用いて詳しく調べている。まず、軌道分裂のない場合について、電荷、スピンおよび軌道の自由度に対するエネルギーギャップや、モット絶縁体状態における1電子の局在長などを評価している。特に、化学ポテンシャルを変化させたときの局在長が、モット転移点に向かって指数1/2で臨界発散する結果を得ている。これは、軌道縮退の存在する系でもモット転移の臨界特性の普遍性が成立することを示すものである。次に、軌道分裂の増大に伴う、二つの軌道における粒子密度の変化(セルフドーピング)や種々の相関関数の振舞いを解析し、モット絶縁体からバンド絶縁体への連続的なクロスオーバー特性を明らかにしている。特に、スピンの反強磁性的相関が少量のセルプドーピングによって強く抑制されるといった特徴を見出している。

 本論文では、その第6章でまとめられているように、何の近似も含まない数値的解析によって強相関多成分系における多体現象を調べ、多くの新しい知見を得ている。中でも、ボゾン模型における成分秩序に伴う粒子有効質量の増大や、フェルミオン模型における軌道分裂に伴うスピン反強磁性的相関の減少などは、スピンと軌道の自由度が絡んだ相関効果として特に重要な結果である。具体的な実験結果との直接的な比較までには至っていないが、これらの結果は、強相関多成分系の絶縁体-量子流体相転移に伴われる特徴的な相関効果として初めて明らかにされたものであり、高く評価される。

 以上述べてきたように、論文提出者による本研究で得られた多くの新たな知見は今後この分野の研究の進展に大いに貢献するものと認められ、審査員全員により、博士(理学)の学位論文として合格と判断された。

 なお、本論文第3章から第5章までは、指導教官今田正俊教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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