学位論文要旨



No 113223
著者(漢字) 伊藤,洋一
著者(英字) Itoh,Yoichi
著者(カナ) イトウ,ヨウイチ
標題(和) 近赤外線によるおうし座分子雲に付随した低光度YSOの観測
標題(洋) Near-Infrared Studies on Very Low-Luminosity Young Objects in the Taurus Molecular Cloud
報告番号 113223
報告番号 甲13223
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3369号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学(併) 教授 村上,浩
 東京大学 教授 辻,隆
 国立天文台 教授 中野,武宣
 国立天文台 助教授 福島,登志夫
内容要旨

 ごく最近の、G1229Bなどの褐色矮星や51Pegをはじめとする系外惑星の発見を考えると、非常に低質量の天体は普遍的に存在するのかもしれない。しかしながら星の初期質量関数(IMF)が0.2付近でピークを持つか否かはいまだに定かではない。IMFに関する多くの研究は80年代初頭までに得られた写真乾板によるデータに基づくもので、見直すべき時期に来ている。特に、高感度近赤外線検出器の発展により、低光度で低温の天体の観測が可能になった今、星形成領域において生まれたばかりの星のIMF、とりわけその低質量エンド、を研究することは重要である。

 そこで、修士課程においては、近傍の星形成領域であるおうし座分子雲の一部(Heiles Cloud 2をほぼカバーする約1平方度の領域)をサーベイ観測し、測光を行った。その限界等級はJバンドで14.5等で、以前の同領域の観測よりも4等も深い。その結果、赤外超過を伴う、すなわち、星周ディスクを持つ天体の光度関数(Luminosity Function)は限界等級までターンオーバーが無く、既知のTタウリ型星よりも低光度な若い天体が多数あることがわかった。では、これらの天体はどうして低光度なのか?最も魅力的な解釈は、それらの天体が若い超低質量天体である可能性である。天体の年齢を典型的なTタウリ型星と同じく105〜106年と仮定し、最新の進化トラックを用いると、ほとんどの天体が0.3以下、いくつかの天体に対しては0.08以下と求まる。つまり若い褐色矮星である。しかし、低光度天体は比較的年齢が古い(108年程度)という考え方も否定できない。この場合は、従来考えられていたよりも10倍以上長くディスクが生き延びることになる。

 残念ながら、上記のサーベイ・測光観測からだけでは低光度天体の質量と年齢は同時に求めることができず、従って、IMFは正確には求められない。そこで、博士過程においては、これらの低光度天体を近赤外波長において分光観測することにより、天体の有効温度を推定し、各低光度天体をHR図上にプロットすることに成功した。それに基づき、年齢と質量とを同時に決定することができる。その結果、これらの天体の年齢はTタウリ型星と比べ著しく年齢が古いわけではなく、「低光度」は天体の質量がより軽いことを意味することがわかった。そして、Heiles Cloud 2領域のIMFは褐色矮星までターンオーバーが見られないことが結論できた。

 さらに、既知のTタウリ型星の半分以上が連星系をなすことから類推して、上記のおうし座低光度天体も伴星を持つ可能性が高いと考え、高解像度の近赤外撮像観測を行った。その結果、いくつかの非常に暗く(J〜17mag)かつ赤外線超過を持つ伴星候補天体が見つかり、その連星率はTタウリ型星と同程度に高いことがわかった。この伴星候補天体は、主星の低光度天体よりもさらに暗いことから、必然的により軽いことが予想される。これらの天体は若い褐色矮星でもとりわけ質量の軽いものであり、最も軽いものは巨大惑星の質量領域に限りなく近い。 以下に、この2つの観測・研究の詳細を述べる。

1.低光度YSOの近赤外分光観測

 低光度天体の有効温度を求め、天体の質量と年齢を求めることを主目的とし、Kバンド(2.2m)の中分散(R〜1000)分光観測を、ハワイ島マウナケア山頂にある英国赤外線望遠鏡UKIRTと近赤外分光器CGS4を用いて行なった。露出時間は100秒から2000秒にわたり、Kバンドで13等より明るい低光度YSO候補天体21個を観測した。ほかに、有効温度のテンプレートとして近傍の低質量矮星を、YSOのテンプレートとしてTタウリ型星をそれぞれ数個観測した。典型的なS/N比は約70である。

 21の低光度YSO候補天体中、11の天体についてはBrakett が吸収線を示さない、または輝線を示し、天体の活動が活発であることからYSOSと確認できた。近傍の矮星の観測と過去のデータ、および大気モデル計算をあわせることにより、大気の透過率の良い波長に位置するカルシウムとナトリウムの吸収線は、有効温度が3500度以下の矮星、巨星、YSOに対し、有効温度の良い指標であることが証明できた。特にこれらのラインは近い波長にあることからライン比をとることによって、若い天体にみられる星周ディスクによるベーリングの効果を打ち消すことができる。一方で、2.05〜2.15mの水の吸収バンドの強さも、天体の表面重力にも依存性があるものの、特に低温の天体に対し有効温度の関数となることがわかった。近赤外域にあるこの2つの温度の指標、すなわちカルシウムとナトリウムのライン比および水バンドの強度から求まる、可視光で見える既知のTタウリ型星の有効温度は、スペクトルタイプが晩期のものに対しては、可視光の分光から求められたスペクトルタイプと矛盾しないことがわかった。こうして得られる有効温度は±300度程度の不確定さを持つ。

 この結果、YSOであると確認できた11個の天体の多くが3000度程度の低い有効温度を持つことがわかった。こうして求められた有効温度を以前の測光観測の結果とあわせ、天体をHR図にプロットし、最新の進化トラックと比べることにより、その質量と年齢を推定した。低質量の天体は有効温度が低いために、分子やダストが吸収係数に大きく関わり、進化経路の計算が難しい。いくつかの現在使用可能な進化モデルによって、求められる質量、年齢はファクターで異なるものの、多くの天体が0.1〜0.2の質量と105〜107年の年齢を持つことがわかった。さらに、ある一つの天体の質量は0.08以下である確率が非常に高く、若い褐色矮星である可能性が高い。

 このようにして分光観測から求められた天体の質量は、測光観測の結果から、年齢を仮定して求めた質量とファクター2程度の誤差しかなく、両者に矛盾のないことがわかった。測光観測から、星間吸収を補正したJバンドの光度関数は暗い天体にむかい単調増加で、ピークを示さないことから、おうし座分子雲Heiles Cloud 2に付随する若い天体の質量関数は、少なくとも測光観測の限界等級に対応する0.05まで、軽い天体にむかい単調増加を示すことが推測できる。このことは、星はフラグメントのジーンズ長程度の長さでの分裂により生まれ、おうし座分子雲では形成される天体の質量が典型的に0.1であるという、単純な理論のシナリオでは説明できない。

2.低光度YSOに付随する伴星の探査

 おうし座分子雲に付随すると思われる23の低光度のYSO候補天体に対して、JHKバンドの深い撮像観測を行ない、その伴星を探査した。このサンプルの一部は分光観測のサンプルと重複する。観測はマウナケア山頂にあるハワイ大学2.2m望遠鏡に1024×1024HgCdTe素子を持つQUIRC赤外カメラを取りつけて行なった。またガイド星がある場合には副鏡tip-tiltを用い分解能をあげた。ピクセルスケールは0.061"/pixで視野は62.5"四方である。Tip-tiltを用いた場合、星像のFWHIは0.4"、用いない場合は0.8"程度であった。典型的な露出時間は10分で、限界等級はKバンドで18等ないしは16.5等である。観測は一部、パロマー5m鏡を用いても行なわれた。

 連星系の探査は過去にも多くの観測があり、手法も多岐にわたる。現在までに行なわれた手法の主なものは、直接撮像のほかに、アストロメトリー法、ドップラーシフトを用いたもの、スペックル法、ルナオカルテーション法などがある。これらの手法は主星のごく近傍にある伴星まで検出できる反面、離角の大きなものが検出困難であったり、主星との光度差が大きいもの(ダイナミックレンジを必要とするもの)を検出できない面がある。直接撮像は、従来、シーイングサイズでその検出限界が決められており、多くの場合中心天体から2"以内にある天体は検出できなかった。しかし、近年のアダプティブオプティクスおよびtip-tiltに関する著しい進歩により、星像が0.5"以内に収まり、直接撮像により主星から1"以内の伴星も検出が可能になってきた(おうし座分子雲の距離では100AU以内)。本来、直接撮像法はダイナミックレンジの大きな観測手法であり、中心星に低光度YSO候補天体を選ぶことにより、非常に暗い伴星が発見される期待が持てる。

 今回の観測では中心天体からの離角が0.6"以上で、光度差がKバンドで7等以下の天体に対してほぼ完全な検出ができることがわかった。1視野に対し、約1個の背景星または背景銀河が受かることが予想されるが、JHKの2色図から赤外超過を持っている天体のみを伴星とした。これらの天体は星周円盤を持つ若い天体である。観測の結果、中心天体との離角が2から8秒、Kバンドの等級が13ないし17等の若い伴星候補天体が6個見つかった。Jバンドの等級から求めた天体の質量が、分光から求めた質量と比較的良い一致を示すことが、分光観測からわかったため、これらの非常に暗い若い伴星候補天体についても、最新の進化トラックを用いて質量を推定した。天体の年齢を106年、または107年と仮定すると、いずれの伴星候補天体も質量が0.08以下であり、褐色矮星の候補であることがわかる。さらにそのうちの3個については質量が0.015以下と推定され、巨大惑星の質量領域にせまりつつある。

 観測した低光度YSOの連星系率は、サンプル数が少ないものの、同じ進化段階にあり、より質量が重いTタウリ型星の連星系率と矛盾しない。この観測では質量が0.006以上で、中心星との離角が1.5"以上の伴星に対してコンプリ-トである。伴星の軌道が円軌道でランダムな傾斜角を持って分布していると仮定すると、軌道周期が107〜108年の連星系率はである。この数値はスペックル観測から得られたおうし座分子雲のTタウリ型星の数値と矛盾はなく、近傍の低質量星の連星系率より有意に高い。

 以上の二つの観測から、星形成領域に非常に低質量の若い天体が多数存在すること、さらにその中には、若くて軽い褐色矮星が含まれる可能性のあることがわかった。

低光度YSO候補天体のスペクトルの例。この波長域に顕著なライン、バンドを示してある。低光度YSOsのHR図。D’Antona & Mazzitelli(1994)の進化トラックの一つに重ね合わせた。大半の天体が0.1〜0.2の質量を持つことがわかる。低光度YSO候補天体に付随する伴星のKバンドイメージの例。一枚の視野は約1分である。連星周期と連星系率の関係。低光度YSOsが黒点、Tタウリ型星が白丸と点線のヒストグラム、近傍の矮星が実線の曲線で表わしてある。
審査要旨

 本論文は、低光度YSO(Young Stellar Objects)の近赤外分光観測と低光度YSOに付随する伴星の探査について研究したものである。低質量の天体が多数存在するのかどうかは、わが銀河系の進化やいわゆるミッシング質量の問題ともからんで天体物理学上重要であり、星の初期質量関数(IMF)の低質量域での振る舞いが調べられてきた。IMFについての研究は、従来写真観測のデータに基づくため低光度すなわち低質量の天体の観測ができず、不十分であった。しかし、高感度近赤外線検出器の登場により、低光度、低温度の天体の観測が可能となった。論文提出者は、近傍の星形成領域であるおうし座分子雲の一部を従来より4等級も深い測光観測を行い、赤外超過を示す天体(星周ディスクを持つ)の光度関数は限界等級までターンオーバーを示さず既知のTタウリ型星よりも低光度の若い天体が多数存在することを発見し修士論文にまとめた。これらは、若い低質量(0.3-0.08太陽質量)の星か、比較的年齢が古い低光度の天体かのいずれかの可能性が考えられるが、測光観測からだけでは決めることができない。

 この問題を明らかにするには低光度天体の質量と年齢を同時に求めることが必要である。論文提出者は、これら低光度天体の分光観測を行い、有効温度を求めHR図上に各天体をプロットすることに成功した。また、理論の進化トラックと比較することにより年齢と質量を同時に求めることができた。その結果、ほとんどの低光度天体は0.1-0.3太陽質量の質量を持ち、年齢105-107年であることを示した。IMFについて明確な結論を得るには数を増やす必要があるが、本論文はIMFの問題解決に向けた方向性を示すことができたことは高く評価できる。また、本論文では、このような低温度星に対して分光観測から有効温度を求め、質量と年齢を同時にきめる方法論を近赤外域で初めて提案しており、今後の研究の方法論に道筋をつけたことも評価できる。

 本論文は、4章からなり、1章では低質量星の研究のレビューが詳しく述べられ、2章では低光度YSOの近赤外分光観測が論じられ、3章では低光度YSOに付随する伴星の探査について論じられている。今後の研究の展望が4章に述べられている。

 分光観測は英国の赤外線望遠鏡(UKIRT)の近赤外分光器(分解能350)を用いて21個の低光度天体に対して行われた。得られたスペクトルから有効温度を決めるため、温度の分かったテンプレートの星をいくつか観測し、モデル大気の計算と比較することにより、カルシウムとナトリウムの吸収線がYSOにおける有効温度のよい指標になっていることを見いだした。また、両者の比をとることにより若い天体にみられる星周ディスクによるベーリングの効果を取り除くことができることも示し、温度の決定の確度をあげた。波長2mにある水の吸収バンドも低温の天体に対してよい温度指標になることも示した。その結果YSOと確認できた11個について多数のものが有効温度3000度程度であることを見いだした。これらの分光データから得られた質量と年齢は、測光観測から求めたものとファクター2の範囲で矛盾のないことを確かめた。0.1-0.05太陽質量まで天体の数が増加する傾向を示し、IMFが低質量へ向かって増加していることを予見させる。しかし、結論をくだすには統計的にはまだ数が不足している。

 ハワイ大学の2.2m望遠鏡とパロマーの5m望遠鏡を用いて23個のYSO候補天体に対しJHKバンドにおける深い撮像観測を行なった。詳細な検討の結果、中心天体からの離角が0.6秒角以上で、光度差がKバンドで7等以下の天体に対してほぼ完全な検出が可能であることを示した。その結果、中心天体との離角が2-8秒角、Kバンドの等級が13-17等級の若い伴星候補天体を6個発見した。Jバンドの観測とあわせ、年齢を106-107年として仮定するといずれの候補天体も質量が0.08太陽質量以下で褐色矮星である可能性が指摘されている。また、これらの天体の連星率は、Tタウリ型星の連星率と矛盾しないことが示された。

 以上のように本論文は、多数の低光度YSOの分光観測を系統的にはじめて行なった点で独創性があり、IMFについて明確な結論を導けなかったが、IMFの問題解決に向けた方向性を示した点で評価できる。また、本論文の一部は、田村元秀との共同研究であるが、論文提出者が全体にわたり主体的に観測、解析、計算、分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54618