内容要旨 | | 銀河中心領域に存在する星間物質の、もっとも主要な存在形態である分子ガスは、そこでの様々な活動的現象、すなわち、「スターバースト」や「活動銀河核」へ供給される「燃料」であると考えられている。特に、密度が104cm-3を超えるような「高密度分子ガス」は、星形成の直接的母胎であり、また一方で、活動銀河核を掩蔽する役割を担うなど、これら銀河中心領域での活動的現象と密に関係していると予想されている。しかしながら、スターバースト銀河における分子ガスの観測的研究は、これまで主としてCO輝線を用いた「ガスの運動学」に興味が集中し、複数の分子輝線による高空間分解能観測は、M82やNGC253といったいくつかの有名天体に限られている。また、セイファート銀河の分子ガスについては、これまで低い空間分解能の電波望遠鏡を用いて「総量」を調べることに主眼がおかれ、干渉計を用いた高い空間分解能の観測は、NGC1068などわずか数天体においてのみ行われてきた。 このような状況を踏まえ、本研究は、「比較的近傍にあるスターバースト銀河やセイファート銀河において、活動的現象の大きさ・広がりと同じ程度、あるいはそれに近い空間スケール(数100pcからそれ以下のスケール)で、分子ガスの分布、運動、および物理状態を調べ、活動的現象との関係を明らかにすること」を目的として行われた。観測には野辺山ミリ波干渉計を用いた。CO(1-0)輝線で新たに観測された銀河は7天体であり、いずれもセイファート銀河である。HCN(1-0)輝線での観測は、スターバースト銀河およびセイファート銀河あわせて9天体に及ぶ。 まず、スターバースト銀河4天体について、HCN輝線の結果とCO輝線の分布とを比較したところ、4天体すべてにおいて、両者は有意に異なっていることを発見した。さらに、HCN輝線の分布は、CO輝線よりも星形成領域に空間的によりよく対応していることがわかった。特に、進化の進んだ(スターバースト開始後〜109年近く経過した)銀河、NGC4736では、多量の分子ガスが中心に残っている一方、CO輝線と比較してHCN輝線がきわめて弱いことがわかった。このような進化の後期段階にあるスターバースト銀河では、CO輝線で観測される希薄な分子ガスはなお存在しているものの、星形成の直接的材料となる高密度分子ガスがほとんどないと考えられる。これまで、系外銀河の中心領域における高密度ガスが(1)星形成と関係しているのか、(2)銀河中心部における高い外圧と関係しているのか、あるいは、(3)そのトレーサーであるHCN分子の存在量異常であるのか、について、盛んに議論されているが、本研究の結果は(1)の解釈を支持する。 この解釈をより定量的に評価するため、輝線強度から銀河中心領域での「星形成効率」を求め、これをHCN/CO輝線強度比で表される「分子雲中に占める高密度分子ガスの割合」と比較したところ、両者はよい比例関係にあることがわかった。このような相関は、遠赤外線光度が異常に大きい銀河において、かつ〜10kpcという大きな空間スケールの観測ですでに知られていたが、それよりも数桁弱い星形成しか示さない銀河においても成り立つこと、さらに、数100pcスケール(活発な星形成領域の典型的な空間スケール)においても成り立っていることを、はじめて示すことができた。 では、このように星形成と密接に関係している「高密度分子ガス」は、いかに形成されるのであろうか。広がった星形成領域を持つ銀河、NGC6951において、この形成メカニズムを考察した。まず、注目すべき観測事実として、「異なるガスの軌道が交わり、強いショックの存在が期待される領域」においては、強いCO線が検出されているにもかかわらず、HCN/CO輝線強度比は有意な上昇を示していないことが分かった。一方、そのショック領域の下流側において、ガスの速度分散が小さくっており、HCN/CO輝線強度比も上昇していることを見出した。これらHCN/CO輝線強度比のピーク付近で、ToomreのQ値を評価したところ、Q値は1を有意に下回っており、ここではガスの重力不安定性が成長できることがわかった。銀河中心領域における高密度ガスの形成メカニズムとして、大別して(1)ガス軌道の集中・交差に伴うショック、(2)ガスの重力不安定性、の2つのシナリオが考えられるが、本観測の結果は、前者はあまり有効でないこと、一方で、「ガスの重力不安定性」が重要であること、を示している。 セイファート銀河では、CO輝線で観測した7天体、さらに、文献から調べた他の観測例4天体、合計11天体すべてにおいて、その中心付近に存在する分子ガスが、その分布・運動いずれの面においても、非軸対称ポテンシャルに強い影響を受けていることを発見した。この中には、これまで「棒状構造がない」と分類されてきたセイファート銀河、NGC5033も含まれる。このNGC5033について、ポテンシャルの歪みを検出すべく、近赤外線(JおよびK’帯)撮像も行ったが、銀河円盤の天球面に対する傾斜が大きいこと、および星間吸収が近赤外線でもなお無視できない大きさをもっていること、などから、近赤外線撮像のみでは、非軸対称構造の存在を断定できなかった。以上の結果は、銀河中心領域における非軸対称構造を検出する上で、「わずかなポテンシャルの歪みであっても、その分布や速度構造に顕著な応答が現れる分子ガス」を、高空間分解能で観測することが有効であることを示すと同時に、「非軸対称ポテンシャルがセイファート活動性にとって必要条件である」ことを示唆する。 活動銀河核のホスト銀河には、しばしば活発な星形成領域が観測される。これは「スターバーストと活動銀河核との共存」開係と呼ばれ、今最も注目を集めている話題の1つである。しかし、銀河核の周囲数100pcよりもより内側、すなわち「セイファート核のごく近傍において星形成がどう関係しているか」を調べることは、活動銀河核からの付与との区別が可視光では容易でなく、まだ観測的な検証はあまり進んでいない。一方、本研究では、中心核付近におけるガスの重力不安定性を調べることにより、その付近での爆発的星形成の有無を考察した。その結果、本研究で観測した多くのセイファート銀河における中心核付近のガスは、重力的に安定である傾向にあることがわかった。すでに本研究の中で明らかにしてきたように、ガスの重力不安定性は、多くのスターバースト銀河で星形成を支配していることを考えると、これらのセイファート銀河の中心核近傍では爆発的星形成は起きていないと考えられる。一方で、半径数100pcスケールにおいては、本研究で取り上げたセイファート銀河すべてにおいて、ある程度の星形成領域が付随している。「セイファート銀河において非軸対称構造が必要条件である」とすると、非軸対称構造によって中心核の周囲数100pcスケールでの星形成は必然的に起こるはずであり、「スターバーストと活動銀河核との共存」は非軸対称構造の存在によって自然に解釈することができる。 比較的近傍にある低光度活動銀河、M51の観測では、中心核方向において非常に強いHCN輝線を検出した。観測されたHCN/CO輝線積分強度比は0.4を超えている。これは、NGC1068での結果(0.6)につぐ、極めて高い値である。HCN輝線の速度構造を調べたところ、この高密度分子ガスは、「中心核から噴出するジェットの方向を軸とした回転運動]をしていること、また、この回転軸は、銀河円盤の回転軸とは有意に異なっており、「力学的に銀河円盤とは異なる構造」であることがわかった。視線方向での、分子ガスの柱密度は1024H2cm-2と大きく、硬X線の観測から求められた吸収物質の柱密度と同程度である。以上のことから、観測された高密度ガス円盤は、活動銀河の統一モデルでその存在が理論的に予想されている「掩蔽分子ガス円盤」の外縁を捉えている、と考えられる。この観測は、「掩蔽分子ガス円盤」が、これまでの予想よりも10倍以上外側まで広がっている例があることをも示している。他のセイファート銀河において、このような「異常に高いHCN/CO輝線強度比を示す天体」があるかどうか、を調べた。その結果、観測した6つのセイファート銀河のうち、3天体で有意に大きな(0.3あるいはそれ以上の)HCN/CO輝線強度比を検出した。文献から「HCN/CO輝線強度比が高いセイファート銀河」に共通する特徴を探したところ、これらの銀河はいずれも「kpcスケールに発達したジェット」を持つことがわかった。ジェットとその周囲の分子ガスとの相互作用が起きている可能性がある。 図1:野辺山ミリ波干渉計により得られた、6つのセイファート銀河の中心領域におけるCO(J=1-0)輝線の分布。セイファート核に分子ガスが集中しているもの(NGC3982,NGC4051)、セイファート核をまたぐような2つの分子ガスピークを持つもの(NGC4579,NGC5033,NGC6951)、広がったディスク構造を持つもの(NGC3982,NGC5033)、渦状腕構造を持つもの(NGC4579,NGC5033,NGC5194,NGC6951)、など、多様な分子ガス分布がみられる。しかし、これらの結果を、分子ガスの速度構造、さらには近赤外での撮像観測などとも比較すると、これらの分子ガスは、いずれも「非軸対称ポテンシャルに対する応答」として理解されることがわかった。 |
審査要旨 | | 本論文は申請者が国立天文台野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計を用いて行った銀河中心付近における高密度ガスの観測をもとに,その結果をまとめ,考察を加えたものである.CO(1-0)輝線で新たに観測された銀河は6セイファート銀河,HCN(1-0)輝線での観測は、スターバースト銀河およびセイファート銀河あわせて8天体に及び,いずれも高い水準の観測である.また論文は,査読つき学術論文として出版する価値のある内容となっている. 第1章は序として,研究の背景と目的が記されている.すなわち:銀河中心領域における星形成や活動現象の解明には,その燃料となる高密度分子ガスの観測的な研究が重要であることを述べ,本論文では,スターバースト銀河とセイファート銀河において、活動現象の空間スケールに匹敵する高い分解能で,高密度分子ガスの分布、運動、および物理状態を調べ、活動的現象との関係を明らかにすることが目的であることを述べている. 第2章では,スターバースト銀河について,HCN輝線の分布はCO輝線よりも星形成領域に空間的によりよく対応していることを明らかにしている.特に、スターバースト後期の銀河では、多量の分子ガスが中心に残っている一方、CO輝線と比較してHCN輝線がきわめて弱いことがわかり,希薄な分子ガスはなお存在しているものの、星形成の直接的材料となる高密度分子ガスがほとんどないと考えられることがわかった.この解釈をより定量的に評価するため、H輝線強度から銀河中心領域での星形成効率を求め、これをH分子雲中に占める高密度分子ガスの割合(HCN/CO強度比)と比較したところ、よい比例関係が数100pcスケールというスターバーストに典型的な空間スケールにおいて成り立っていることを、はじめて示した. さらに,高密度分子ガスの形成過程を明らかにするために,広がった星形成領域を持つ銀河NGC6951においてそのメカニズムを観測データをもとに考察している.注目すべき観測事実として、バーによる銀河ショック領域の下流側において、ガスの速度分散が小さくなっており、HCN/CO輝線強度比が上昇していることを見出し,この領域ではガスの重力不安定性が,高密度ガス雲の形成,ひいてはスターバーストの成因になっていることを明らかにした. 第3および4章では,より中心核活動の激しいセイファート銀河についての観測結果を述べている.すなわち,スターバースト銀河で確立されたガスの重力不安定性の議論を、活動銀河核付近のガスに適用し、その周囲における爆発的星形成の有無を考察している.その結果、セイファート活動性の有無によらず、銀河中心付近数100パーセク領域での星形成は、重力不安定性に支配されていることがわかった。また,セイファート銀河ではガスの分布と運動が,非軸対称ポテンシャルに強い影響を受けていることを見いだし,わずかなポテンシャルの歪みであっても、その分布や速度構造に顕著な応答が現れることを示した.多くのセイファート銀河において非軸対称構造に支配されたガスの構造が見られることから,しばしば観測される中心核活動と星形成の共存は、むしろ必然的な現象であると理解することができることを示している. 第5章では,セイファート銀河の中心付近にある分子ガスの物理状態を調べるため、HCN/CO輝線強度比を求めている.その結果、M51とNGC3079で、有意に大きなHCN/CO輝線強度比を検出した。さらにすでに出版されているデータも加えて,HCN/CO輝線強度比が高いセイファート銀河に共通する特徴を探したところ、これらの銀河はいずれも,kpcスケールに発達したジェットを持ち,ジェットとその周囲の分子ガスとの間に、物理的な結びつきが存在していることを示している. 第6章では,M51の中心で検出された強いHCN輝線の空間的分布および速度構造を調べるため、より高い空間分解能でHCN輝線の速度構造を調べた結果を述べている.高密度分子ガスは、中心核から噴出するジェットの方向を軸とした回転運動をしていること、また、この回転軸は、銀河円盤の回転軸とは有意に異なっており、力学的に銀河円盤とは異なる構造であることがわかった.さらに,高密度ガス円盤について,活動銀河の統一モデルでその存在が理論的に予想されている「掩蔽分子ガス円盤」の外縁を捉えており,それがこれまでの予想よりも10倍以上外側まで広がっていることを示している. 第7章では,これらの観測結果と考察にもとづいて,スターバーストとセイファート銀河の中心付近の高密度星間ガスの役割と活動性を誘起するにいたるメカニズムについて,中心回転ガス円盤における重力不安定性によって統一的に理解する描像を提案して,まとめとしている.本論文は国立天文台野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計による大規模な銀河観測の画期的な成果である。特に本論文申請者によるHCN輝線の高分解能干渉計観測によって,初めて高密度ガスの詳細な振舞が明かとなり,上記の統一的な描像を得ることができた点,高く評価することができる。 なお,本論文は川辺良平,奥村幸子,濤崎智佳,及びビラ・ビラロ・バルタサルとの共同研究であるが,本論文申請者は観測,データ処理,論文執筆にいたる各段階で主要な役割を担っていると判断する。 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。 |