本論文は4章からなり、第1章は、序論、第2章は、CO(J=2-1)輝線による銀河系外域の広域サーベイ、第3章は[CI]、C18O吸収線による低密度分子雲の観測について、そして、第4章では総合的な結論が述べられている。 銀河系に代表される円盤銀河の中の物質がどのような形態で存在するのかを知りたい、というのが著者の研究の動機である。銀河系の中の分子ガスについては、これまで主に、CO分子の輝線を用いて研究がなされてきたが、CO輝線強度の大きな領域、即ち銀河系の内側の領域に観測が偏る傾向があった。これは、その方が観測するのが容易であるためである。それでは銀河系の外域では分子ガスはどのような物理的な性質を持ち、どのように分布しているのであろうか。それを知るために、著者は、野辺山とラシヤ(チリ)にある2台の口径60cm電波望遠鏡を用いて自ら観測を行ない、ペルセウスアーム領域(銀河系第2象限)とカリーナアーム領域(第4象限)におけるCO(J=2-1)輝線の空間強度分布を調べた。その成果が第2章に述べてある。 まず、銀河系外域においてこの様な広域のサーベイが行なわれたが始めててあることを指摘しておく必要があろう。著者は、まず、CO(J=1-0)輝線強度が(銀経、銀緯、速度)空間中で、一定のレベルを超える閉じた領域を一つの分子雲と見なし、ペルセウスアームで13個、カリーナアームで19個の分子雲を同定した。それについてビリアル平衡にあると仮定して質量を求めたところ、いずれの領域でも105-6であった。これは銀河系内域の巨大分子雲とほぼ同じである。つまり、銀河系の外域にも、いわゆる、巨大分子雲が多数存在していることがわかる。けれども、CO輝線の強度は銀河系内域の分子雲と比べて、高々40-80%しかないことが判明した。また、二つの領域における分子雲は決して同じではなく、遠赤外線光度と分子雲の質量の比から推定される星の生成効率(LFIR/MCO)はペルセウスアーム、カリーナアームで、各々、38±15、1.8±0.8(10-3/)と、内域での値400(10-3/)に比べて一桁以上小さく、二つの領域の間でも一桁の違いがある。つまり、銀河系外域の分子雲における星生成は内域よりも不活発であり、また、領域間の分散も顕著である。さらに、領域全体の積分したCO輝線強度の内、分子雲が占める割合はペルセウスアームで76%、カリーナアームで48%である。即ち、カリーナアームでは輝線強度の半分以上が分子雲以外のガスからきていることがわかる。 著者は、次に、アームに沿ったガスの分布について調べた。その結果は特筆べきものがある。著者はペルセウスアーム、カリーナアームともに約1.5kpcおきにCO、HI(中性水素)輝線強度のピークが周期的に現れること、そしてCOとHIのピークがほぼ一致することを発見したのである。これは分子雲の成長を理解する上での画期的な発見といえよう。 ペルセウスアームにはさらに注目すべき現象が見られる。即ち、CO輝線のピークに輝線強度が集中し、それ以外の領域、つまり、ピークとピークの間の領域におけるCO輝線はほとんど検出されない。HIの場合にはピーク以外の領域でも有意に輝線が観測されている。これは、銀河系外域における特徴的な現象であると著者は考える。即ち、銀河系外域のように、CO輝線強度の弱い領域では、コンパクトな成分の間を埋める希薄な分子ガスからのCO輝線がきめわて弱いかまたは受からない。これは、この領域に分子ガスが存在しないか、或は、存在しても輝線を出す物理状態にないかの、いずれかを示唆する。 著者は次に、分子ガスが輝線を出さない状態で存在するのであれば、それは逆に明るい連続波源を背景とした吸収線で検出できるであろうと考えた。そこで、第3章においては、銀河系における低密度分子雲の吸収線観測の結果が報告されている。著者は、Sgr B2(M)(3kpcアーム)方向の[CI]、C18O吸収線を、ハワイマウナケア山頂のJCMTと野辺山宇宙電波観測所(NRO)45m鏡で観測し、見事にこれらの吸収線の検出に成功した。著者は、吸収線が見える領域の物理パラメータを調べるために、CI、C18Oの大規模な速度勾配を考慮した励起コードを作成して、観測データを解析した。その結果、CI吸収線が見えているガスの水素個数密度はn(H2)100-600cm-3、C18Oの計算からはn(H2)160cm-3という値が得られた。これは、これらの吸収線は低密度の分子ガスからきていることを意味する。3kpcアームで、これだけの分子ガスがあるにもかかわらず、CO輝線強度は理論値の約20倍低い。このことから、銀河系にはCO輝線で見えない分子ガスが大量に存在することが示唆される。 以上の観測結果を踏まえて、著者は「銀河系には、CO輝線では見えない分子ガスが多量に存在する可能性が高い」と結論している。これまで、分子ガスの検出はCO輝線の強度を唯一の手がかりとして進められてきた。けれども、本研究が明らかにしたように、それは高密度の分子ガスのみの検出であり、銀河にはさらに多量の低密度の分子ガスが存在するということになれば、本研究が星間ガス、星生成、銀河の形成と進化の研究に与える影響は甚だ大きいといわざるをえない。 なお、本論文第2章は、長谷川 哲夫、半田 利弘、林 正彦、阪本 成一、岡 朋治、瀬田 益道、そらい 和夫、森野 潤一、澤田 剛士との共同研究であり、第3章は、長谷川哲夫、Glenn J.Whiteとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |