原始惑星系円盤は、太陽質量程度の前主系列星であるT Tauri型星の周りに観測される降着円盤である。円盤の質量及び半径が、我々の太陽系を形成したとされる原始太陽系星雲と類似しているため、この円盤は惑星形成の現場となると考えられている。そのため、原始惑星系円盤の進化を解明することは、惑星形成過程を理解する上で極めて重要となる。原始惑星系円盤のような降着円盤の進化や構造を決定付けている主要因は、角運動量輸送機構である。これまでにも、乱流粘性や重力トルク等が提案されているが、これらの機構がどのような条件で、どの程度有効であるのかを定量的に評価することが課題となっている。 角運動量輸送機構として、近年非常に注目視されているのが磁気応力である。磁場が無い場合、差動回転流体の局所的な安定性はRayleighの条件(dr2/dr>0)で与えられる。しかし、磁場が存在する場合には、磁力線を通して角運動量が輸送されるため、その条件はd/dr>0となる。したがって、Kepler回転している降着円盤は常に不安定に成りうる。これが磁気回転不安定と呼ばれるものである。成長率は回転角速度程度と非常に大きく、この不安定性の成長によって生じる複雑な磁場構造が磁気応力として働くのである。また、この不安定性は角運動量輸送に有効であると同時に、円盤内の磁場を増幅させるために、ダイナモ機構としても重要となる。Balbus & Hawley等によって、この不安定について線形、非線形の研究がいくつか行われており、理想MHDの仮定が成り立つような円盤では、角運動量輸送に有効であることが示されている。しかし、原始惑星系円盤は低温度、高密度のため、電離度が極めて低い。そのため磁場の散逸過程が無視できない。これは、一般に不安定を抑える効果として働く。そこで私は、磁場の散逸過程を考慮した磁気回転不安定の線形解析と非線形シミュレーションを行い、原始惑星系円盤において磁気応力による角運動量輸送がどの程度有効であるかを明らかにした。そして、円盤の構造や進化への影響について議論した。 線形解析では、円盤の鉛直方向の構造を考慮した大局的解析を行った。一般に原始惑星系円盤は幾何学的に薄い構造をしていると考えられるため、動径方向に物理量が変化する特徴的長さは鉛直方向のそれに比べて十分に長いと考えられる。そのため、動径方向には局所的近似を用いた。 その結果、不安定モードが存在するためには、局所的に最も不安定になる波長が、円盤の厚みHよりも短くなることが必要であることが示された。不安定になる波長は、Alfven速度Aと磁気粘性係数を用いて、/Aと表すことができるので、この条件は/AHとなる。 これを原始惑星系円盤に応用すると、ある臨界半径よりも外側の、比較的低密度な領域が不安定になることがわかった。内側の領域では、磁場散逸の時間尺度が円盤の力学的時間尺度よりも短くなるため、磁場の影響は無視できる。つまり、磁場による角運動量輸送だけでは、中心星までの質量降着が不可能であることがわかった。このことは、質量降着が原始惑星系円盤においては非定常であることを示唆している。さらに、この半径は惑星形成が実際に起こる円盤の、サイズを決めているとも考えられる。 臨界半径は円盤の物理状態、特に固体微粒子(ダスト)のサイズや存在量に依存する。私は様々な進化段階の円盤モデルを仮定して、円盤内の電離度の分布を計算し、臨界半径を求めた。京都モデルと呼ばれる原始惑星系円盤の標準的モデルの場合、この半径は約20天文単位になる。しかし、ダスト同士が合体してサイズが大きくなったり、ダストが赤道面へ沈澱することによって存在量が減少すると、円盤全体が不安定になる。すなわち、進化の後期段階において、より円盤が不安定になるという結果になった。また、円盤の質量が大きい程、安定な領域は広くなる。 続いて定量的な議論を進めるために、非線形シミュレーションを行った。計算は軸対称を仮定して、円盤の動径方向と鉛直方向の2次元で行った。過去の理想MHDを仮定した計算の場合、2次元計算では不安定の飽和は見られず、非線形段階においても磁場強度は指数関数的に増大する結果になっていた。また、3次元シミュレーションでは不安定の飽和は見られたが、その機構については理解できていなかった。しかし、今回の計算によって、磁場散逸の効果によって不安定が飽和することが初めて明らかになった。これによって、磁場の散逸過程が不安定の飽和レベルを決める一つの要因であることを示すことができた。 円盤モデルとしては、計算領域内の密度や圧力を一様にした局所的なモデルを用いた。磁場の散逸の程度は磁気Reynolds数と呼ばれる無次元量で特徴付けられる。そして、この磁気Reynolds数が1以下の場合には不安定が飽和することが示された。その場合の磁気エネルギーの時間進化は図1のようになる。初期の線形成長期に、磁場の動径、方位角成分が増幅される。その成長率は線形解析の結果と極めてよく一致している。その後、領域内の磁場の平均値は、ほぼ一定となる。この時、磁場の方位角成分が最も優勢となっているが、磁力線の構造は非常に複雑に絡み合った状態になっている。磁気応力による角運動量輸送量は、パラメータで10-2-10-3となった。この値は初期の磁場のエネルギーに反比例している。飽和状態での磁場のエネルギーの値は、不安定の成長率と磁場の散逸率がほぼ釣り合っていると考えることで理解できる。ガス圧は磁場の散逸のために時間とともに成長するが、飽和レベルでのガス圧と磁気圧の比(プラズマ値)はおよそ104-105程度となる。一方、磁気Reynolds数が1以上の場合には、非線形段階ではchannel flowが現われた。これは、理想MHDの場合に知られていたものと同様のものである。この状態は、散逸の効果を考えた場合においても不安定の飽和は起きず、成長し続ける結果となった。 なお、非線形シミュレーションの実行には、今回新しく考案、開発した磁気流体計算法を用いた。この計算法の主な特徴は次の通りである。 1.各メッシュ間で磁場を含んだRiemann問題を解くことにより、強い衝撃波等の不連続面を安定に解くことができる。 2.特性曲線法を用いることによって磁気流体波の伝播を正確に扱うことができる。さらに、差分の範囲で磁場の湧き出しが常に0になるよう工夫されている。 この計算法は、他の磁気流体現象の研究においても強力な道具となりうる。 図1:磁気エネルギーの時間進化。動径(x)、方位角(y)、鉛直(z)方向の各成分ごとに計算領域内の平均量で示している。横軸の時間に関しては、円盤の回転時間で規格化している。初期は鉛直方向の一様磁場で、=3200。磁気Reynolds数は0.6の場合の図である。約5回転までの線形成長期で磁場が増幅され、その後ほぼ一定値になっている。P0は初期のガス圧である。 |