学位論文要旨



No 113227
著者(漢字) 清水,壮一
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ソウイチ
標題(和) 矮新星光度曲線の数値実験
標題(洋) Numerical Simulations of Light Curves of Dwarf Novae
報告番号 113227
報告番号 甲13227
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3373号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 尾崎,洋二
 国立天文台 教授 安藤,裕康
 国立天文台 教授 藤本,真克
 国立天文台 助教授 梶野,敏貴
内容要旨

 数十から数百日に一度,爆発的な増光-アウトバースト-を繰り返す天体がある。これを矮新星という。典型的なアウトバーストの大きさは,2から5等級である。矮新星の他にも,新星や新星状天体を含めて,激変星という。激変星は白色矮星(主星)とロッシュローブを満たした赤色矮星(伴星)からなる近接連星系であることが知られている。激変星の公転周期は最も短い系でおよそ80分,長い系でも数時間程度である。伴星からあふれたガス流が,白色矮星のまわりに降着円盤を形成する。

 激変星の光源として4つを数えることができる。(1)白色矮星,(2)伴星,(3)降着円盤,そして(4)伴星から供給されるガス流と降着円盤の衝突点-ホットスポット-である。矮新星についての観測的な研究の結果,アウトバースト時の増光のほとんどが降着円盤の寄与分であることが明らかになった。現在では,矮新星アウトバーストは,降着円盤の急激な増光,つまり,降着円盤を通じた白色矮星への間欠的な質量降着を原因として引き起こされると考えられている。

 矮新星の爆発の仕組みに関しては2つのモデルが提案されている。ひとつはBath(1973)による「質量輸送爆発モデル」(Mass Transfer Burst Model;MTBモデル)である。このモデルでは,伴星から降着円盤への質量供給率が,準周期的でかつ爆発的に増大し,その結果として,降着円盤内の質量輸送率が増大し,アウトバーストが観測されると考える。そして,もうひとつのモデルが,Osaki(1974)による「降着円盤不安定モデル」(Disk Instability Model;DIモデル)である。このモデルでは,質量供給率は一定であるが,降着円盤自身の不安定が提案されている。降着円盤の内在的な不安定を原因として,白色矮星への間欠的な降着がおこる。

 これら2つのモデルは,1970年代には激しく対立した。しかし,「熱的不安定」と呼ばれる降着円盤自身の不安定がHoshi(1979)によって発見された。降着円盤の完全なリミットサイクル不安定はMeyer and Meyer-Hofmeister(1981)によって発見された。彼らは,矮新星アウトバーストが,現在ではS字曲線として知られる熱平衡曲線に基づいた熱的なリミットサイクルで説明されることを示した。その後,多くの研究者が,矮新星のアウトバースト光度曲線をDIモデルに基づいて再現することに成功した。今日,DIモデルが広く一般に受入れられている。さらに,アウトバーストには非常に変化に富んでいて,U Gem型,SUUMa型,ER UMa型,新星状天体など,異なった激変星以下の小分類がいくつか存在する。Osaki(1996)は,このような変化に富んだ激変星をDIモデルによって統一的に説明できることを示した。

 非常に成功をおさめたDIモデルでも,3つの問題が未解決である。それは,(1)「再起周期問題」,(2)「紫外線の遅れ問題」,(3)「静穏期のX線の強さ問題」である。

 まず,再起周期問題とは次の通りである。DIモデルによると,アウトバーストの再起周期は基本的には伴星からの質量供給率で決定される。質量供給率は連星系パラメーターと粘性によって定まる。一般に,質量供給率が小さいほど再起周期は長い。しかし,標準的な粘性パラメーターを採用する限り,アウトバーストの間隔には上限が存在して,数百日であると見積もられている(Ichikawa and Osaki1994)。観測的には,WZ Sge型とよばれる非常に静穏期の長い矮新星が存在する。WZ Sge自身のアウトバーストの再起周期はおよそ30年(〜104日)である。標準的なDIモデルによって,この様に長い再起周期を説明することは困難である。これを「再起周期問題」という。

 次が「紫外線の遅れ問題」である。いくつかの矮新星に観測によると,アウトバーストはまず可視域で始まり,紫外域での立ち上りは可視域での立ち上り比べておよそ0.5日遅れる。ところが,標準的なDIモデルに基づいた数値実験によるとでは,可視域と紫外域の増光はほとんど同時に始まる。

 最後が「静穏期におけるX線の強さ問題」である。いくつかの矮新星が,静穏期にX線で観測されている。静穏期のX線放射は,白色矮星の質量降着が作っていると考えられている。実際,van der Woerd and Heise(1987)は,SU UMa型矮新星VW Hyiの静穏期における白色矮星表面への質量降着率が,およそ5(±2)×1014g/sであると見積もった。この値は標準的なDIモデルの予言値よりも,102-3倍も大きい。

 これらの問題を解決するためには,標準的なDIモデルでは考えられていない何らかの拡張的な取り扱いが必要である。例えば,WZ Sge型矮新星の非常に長い再起周期を説明するために,静穏期に特別小さな粘性を導入することが提案されている(Smak1993,Osaki1994,1995,Howell,Szkody and Cannizzo1995など)。また,Mineshige(1988)は,熱平衡曲線においてホット状態とクール状態の間に中間的な「暖かい状態」を考慮することによって紫外線の遅れ問題を説明した。

 DIモデルのこれらの困難を解決する見込みのある提案の一つが,降着円盤の白色矮星周辺領域が静穏期に失われているモデルある。標準的な降着円盤モデルでは,降着円盤の内縁は白色矮星表面に到達している。しかし,もし降着円盤の白色矮星周辺領域が何らかの仕組みによって失われていて,その結果,降着円盤の内縁が白色矮星半径の数倍に位置するなら,矮新星アウトバーストの振舞いに対して,影響を与えるかもしれない。これ以降,このモデルを「白色矮星周辺領域が切り取られた降着円盤モデル」(Inner Truncated Disk Model;ITDモデル)と呼ぶ。本論文の中心的な目的は,このモデルを詳細に調べることである。

 この様なモデルを最初に提案したのはMeyer(1990),Meyer and Meyer-Hofmeister(1992)である。彼らは,静穏期にある降着円盤の白色矮星周辺領域がコロナによるサイフォン流によって取り除かれ,紫外線の遅れ問題がこのモデルに説明されることを提案した。紫外線は降着円盤の内縁付近から強く放射されるのに対し,可視光は外縁付近から強く放射されるが,アウトバーストに内側のホールが埋め尽くすのに時間が必要となるからである。彼らは,また,同じモデルが,静穏期におけるX線の強さを説明できることを示唆した。なぜなら,降着円盤の内縁の半径が十分大きければ,十分な質量降着率を得ることができるからである。

 さらに,このモデルに基づいて,WZ Sge型矮新星の再起周期を議論したのは,Lasota,Hameury and Hure(1993)である。彼らは,白色矮星周辺領域が切り取られた降着円盤モデル(ITDモデル)によって,質量供給率が小さい場合は,表面密度は降着円盤全体で臨界値に到達せず,安定化することを示した。彼らはアウトバーストの契機として質量供給率の増大が必要であると主張した。これに対して,Warner,Livio and Tout(1996)は,ITDモデルを考える時に,質量供給率の増大がなくてもDIモデルの枠内で,WZ Sge型矮新星の非常に長い再起周期を再現できることを示した。

 降着円盤の白色矮星周辺領域が切り取られる物理的な仕組みについて,3つの提案がある。(1)降着円盤上方にできるコロナによる降着円盤蒸発モデル(Meyer1990),(2)磁場による角運動量抜き取りモデル(Livio and Pringle1992),そして(3)白色矮星の照射効果によるモデル(King1997)である。

 本論文の目的は,矮新星光度曲線の数値実験を通じてITDモデルを詳細に調べることである。これによって,矮新星アウトバーストの振舞いにどのような影響を与えるのかを調べる。特に,ITDモデルが前述したDIモデルの3つの問題を解決できるかどうかについて検討した。

 実際に行った手順は,次の通りである。まず,標準的なDIモデルに基づき,先行研究と矛盾しない結果が得られることを確認する。次に,このDIモデルをITDモデルへ拡張する。その際に,白色矮星周辺領域が失われる3つの異なる取り扱い-(1)白色矮星よりも大きな固定された降着円盤内縁半径を仮定する「固定内縁モデル」,(2)コロナによるサイフォン流によって白色矮星周辺領域が失われる「コロナによる降着円盤蒸発モデル」,(3)白色矮星磁場のトルクによって同領域が失われる「磁場による角運動量抜き取りモデル」-のそれぞれについて考察を行う。それぞれの立場で,独立した研究はすでに行なわれているが,ITDモデルの矮新星アウトバーストの振舞いに与える影響を系統的に調べたのは今回が初めてである。

 また,今回は新たに,降着円盤の内縁の半径を外縁と同様に可変とするコードを作成し,特に,アウトバーストも含めた内縁半径の時間変化を扱えるようにした。そして,このスキームによって,矮新星アウトバーストの振舞いについて調べた。特に,U Gem(U Gem型矮新星)とZ Cha(SU UMa型矮新星)という2つの最も代表的な矮新星のバラメーターで実験した。それぞれの場合について,様々に異なった伴星からの質量供給率の光度曲線の計算をすることによって,アウトバーストの振舞いの傾向を明らかにした。標準的なDIモデルの場合と3つの取り扱いによるITDモデルについて考察した。

 こうして,いくつかの点が明らかになった。(1)標準的なDIモデルおよびITDモデルにそれぞれ基づいた質量供給率-再起周期関係を得た。ITDモデルによって,標準的なDIモデルよりもはるかに長い静穏期の長さを再現できた。(2)これと関連するが,SU UMa型矮新星で,スーパーサイクルが長いほど活動度(スーパーアウトバーストに対するノーマルアウトバーストの出現数の比)が減少するという観測的傾向を,ITDモデルによって再現できた。(3)その極端なケースとしてWZ Sge型矮新星の長い再起周期を,ITDモデルによって実現することができた。(4)また,U Gemの観測で指摘されているような,降着円盤外周部から始まるアウトバースト傾向を再現できた。(5)最後に,静穏期のX線の強さ問題についても解決を与えた。

 しかし,ITDモデルでも,説明が困難な点が残されている。ITDモデルによって,WZ Sge型矮新星の非常に長い再起周期を再現できるのであるが,それを実現する質量供給率の範囲が非常に狭いことである。また,ITDモデルでは,WZ Sge型矮新星の非常に長いアウトバーストの継続時間を再現できない。そして紫外線の遅れについても,ITDモデルで解決することはできないことが明らかになった。

 結局,ITDモデルはDIモデルで未解決の多くの問題を解決するのに有効であるが,ITDモデルでも解決できないいくつかの問題が残されている。我々にとって,矮新星アウトバーストの数値実験によって,さらにこのモデルを検討することが必要である。

審査要旨

 矮新星は、典型的には数10日に1回の割合で爆発的な増光減光を繰り返す星である。これらは白色矮星と赤色矮星からなる半分離型近接連星系で、赤色矮星から流出したガスが降着円盤を経由して白色矮星に降り積もっていく際に降着円盤が突然輝き出すのが、アウトバーストと呼ばれる爆発的増光である。増光のエネルギー源は降着ガスが開放する重力エネルギーであり、突然の増光は降着量が突然増加するからであるが、その原因は降着円盤自身に潜む不安定性にあるとするモデルが広く受け入れられている。矮新星の爆発はいくつかの型に分類される程変化に富んでいるが、この多様性も円盤不安定性モデルによって統一的に説明できる。このように、このモデルは大きな成功を収めているが、以下の3つの問題が未解決のまま残されている。

 (1)「再起周期問題」:爆発の再起周期は、連星系パラメータと粘性を与えた場合、赤色矮星からの質量供給率で決定され、質量供給率が小さい程再起周期は長い。しかし、標準的な粘性パラメータを採用する限り、爆発の間隔には上限が存在して、数百日である。にも拘わらず、観測的には、非常に静穏期の長い矮新星が存在する。

 (2)「紫外線の遅れ問題」:観測によると、爆発はまず可視域で始まり、紫外域での立ち上りは可視域での立ち上りに比べて約半日遅れる。ところが、標準的な円盤不安定モデルに基づいた数値実験では、可視域と紫外域の増光は殆ど同時に始まる。

 (3)「静穏期のX線の強さ問題」:いくつかの矮新星で、静穏期にX線で観測されていて、これは、白色矮星への降着円盤からの質量降着によるものと考えられている。この観測から矮新星の静穏期における白色矮星表面への質量降着率を見積もると、円盤不安定モデルの予言値よりも、百〜千倍も大きい。

 これらの問題を解決するためになされている提案の中で最も見込みのある提案が、降着円盤の白色矮星周辺領域が静穏期には失われているとするモデルである。標準的なモデルでは、降着円盤の内縁は白色矮星表面に到達しているとする。しかし、もし降着円盤の白色矮星周辺領域が失われていたなら、アウトバーストの振舞いに、影響を与えると考えられる。このモデルを「白色矮星周辺領域が切り取られた降着円盤モデル」(ITDモデル)と呼ぶ。本論文は、このモデルを詳細に調べ、3つの未解決問題を解決できるかどうかについて検討したものである。標準的モデルをITDモデルへ拡張する際に、白色矮星周辺領域が失われる3つの異なる取り扱い-(1)降着円盤内縁半径を時間的に一定と仮定する「固定内縁モデル」、(2)コロナによるサイフォン流によって白色矮星周辺領域が失われる「コロナによる降着円盤蒸発モデル」、(3)白色矮星磁場のトルクによって同領域が失われる「磁場による角運動量抜き取りモデル」-のそれぞれについて考察を行った。それぞれの立場で、独立した研究は既に行われているが、ITDモデルがアウトバーストに与える影響を系統的に調べたのは今回が初めてである。

 本論文により、降着円盤不安定モデルに関する上記3つの未解決問題に対し、次のような結論を得た。(1)ITDモデルによって、「再起周期問題」は解決できる。一般的に、標準的な円盤不安定モデルよりもはるかに長い静穏期の長さを再現できる。特に、WZ Sge型矮新星の長い再起周期を再現できる。(2)ITDモデルによって、「紫外線の遅れ問題」を解決することはできない。(3)ITDモデルによって、「静穏期のX線の強さ問題」に解決を与える。その他、ITDモデルには、以下のような優れた点があることを明らかにした。(4)SU UMa型矮新星で、スーパーサイクルが長い程スーパーアウトバーストに対するノーマルアウトバーストの出現数の比が減少するという観測的傾向を再現できる。(5)U Gem型矮新星の観測で指摘されているような、降着円盤外周部から始まるアウトバーストを再現できる。しかし、同時に、ITDモデルでも説明困難な点があることも明らかになった。即ち、(6)ITDモデルによって、WZ Sge型矮新星の非常に長い再起周期を再現できるが、それを実現する質量供給率の範囲が非常に狭い。また、(7)WZ Sge型矮新星の非常に長いアウトバーストの継続時間を再現できない。

 以上要するに、本論文は、矮新星のアウトバーストのモデルとして広く受け入れられている円盤不安定性モデルにおいて、未解決の3つの問題について、円盤の中央部に穴があるとするモデルでどこまで説明が可能か、精査した仕事であり、天文学に新たな知見をもたらしたと認められる。本論文は、尾崎洋二との共同研究であるが、論文提出者が主体となって数値計算及び分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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