学位論文要旨



No 113228
著者(漢字) 徂徠,和夫
著者(英字)
著者(カナ) ソライ,カズオ
標題(和) NGC 253における分子ガスの分布・力学と星形成
標題(洋) Distribution and Dynamics of Molecular Gas and Star Formation in NGC 253
報告番号 113228
報告番号 甲13228
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3374号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 教授 宮本,昌典
 東京大学 教授 中井,直正
 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 国立天文台 教授 石黒,正人
内容要旨

 可視光で見える銀河の光度の大半は大質量星に起因するが、大質量星を含め星は分子ガスから生まれてくる。それゆえ、銀河の中での分子ガスの分布や運動を知り、星の分布・運動と比較することで、星はどこで生まれたのか、また、これからどこで生まれるのか、ということを明らかにすることができる。これは、銀河の進化や誕生といった天文学上極めて重要で根元的な問題の解明への一つのアプローチとなり得る。

 分子ガスの大半を占める水素分子は、星間雲のような低温下では輝線を出さない。ゆえに、分子ガスの観測は主にCO分子輝線などをプローブとして行われる。このようなミリ波の輝線観測は、大口径の望遠鏡や干渉計でなければ高い空間分解能が得られない。一方、高い空間分解能で拡がった天体を観測するには多大な時間が必要となる。この制約のために、近傍の系外銀河の高分解能マッピング観測は、これまで殆ど行われてこなかった。野辺山宇宙電波観測所の45m望遠鏡は、複数の点を同時に観測できるマルチ・ビーム受信機を搭載しており、高分解能・広範囲のマッピング観測を可能としている。

 そこで、私は45m望遠鏡を使って近傍の棒渦巻銀河NGC 253のCOマッピング観測を行い、数100パーセクというこれまでにない高い空間スケールで棒渦巻銀河の全体像を分子ガスと星形成という観点から捉えることにした。NGC 253は中心核領域で非常に活発な星形成活動が起こっているスターバースト銀河の典型であり、中心部の活動性と銀河全体のスケールで見た分子ガスとの関係を調べるのに適した銀河である。

 観測から得られたCO輝線の分布を図1に示す。分子ガスは銀河の中心部と棒状構造に強く集中している。一方、銀河の半径方向の分子ガスの分布は図2に示すように中心の強いピークとともに半径2-kpc付近に第2のピークを持っている。このピークの半径は、H輝線で見えるリングやバーの端の位置と一致している。2kpcリングより外側では、分子ガスの動径分布は、バーによるガス軌道の共鳴もしくは、ガスの粘性によって説明可能であるが、いずれの場合にも、銀河の外側からリングへとガスが溜まることを示唆している。また、リングより内側ではバーによってガスが中心へと落下していると考えられる。

図1 12COの積分強度図図2 分子ガス(●印)及び原子ガス(○印)の動径分布。

 輝線スペクトルから求めた速度場はバーの近くで円運動からの大きなずれを示している。また、スペクトルの線幅もバーでは非常に広く、複数のピークを持つものなど輪郭も複雑である。これは、バーにおける分子ガスの運動が激しいことを示唆している。バー領域で観測された典型的なダブル・ピークの輝線輪郭を2つのGaussianでフィットして得られるそれぞれの線幅は、銀河系内の分子雲の線幅よりもはるかに広いので、異なる運動をするガスがビーム内で混在していることが予想される。2つの成分の視線速度の差が100km s-1以上あるだけでなく、それぞれの線幅は、たとえガスがビーム内に満遍なく分布していたとしても純粋な円運動だけでは説明できない広さを持っている。バー領域内でこの2つの速度成分を分離して得られる視線速度場は、バーの先行側の縁に沿った衝撃波領域に突入していくガスと、衝撃波を受けた後、ダーク・レーンに沿って運動していくガスを表していると考えられる。

 一般に観測からわかる視線速度の情報だけから、銀河内のガスの運動を推定することはできないが、仮に衝撃波を受けた後のガスがダーク・レーンに沿って直線運動すると仮定すると、その速度は46-128km s-1となる。銀河の回転速度が通常200km s-1前後であることを考えると、これはバーの中でのガスの運動が非常に激しいことを意味している。

 分子ガスと星形成との関係を探るには、その分布や運動だけでなく、温度、密度といった物理状態を考慮することも重要である。一般に、分子ガスの物理状態は、同一分子の異なる遷移による輝線強度、同位体分子の輝線強度、あるいは異なった分子輝線間の強度の比較で診断される。NGC253の場合、多くの種類の分子輝線の観測から、中心のスターバースト領域の分子ガスは密度が104-105cm-3、温度が100K以上あることがわかっている。

 私は、中心核領域とディスク領域の物理状態の違い、また、ディスク内でのバーやリング、渦状腕に付随する分子ガスの物理状態に違いがあるかどうかを探るために、45m望遠鏡を使って、13COとHCN輝線の同時観測を行った。観測は、NGC253の中心核領域、バー、リング、渦状腕と考えられる場所を13点選んで行った。両輝線の強度比HCN/13COは中心核で高い値を示し、ディスク領域では比が下がっていく傾向がある(図3)。これは、高密度分子ガスの割合が中心で高いことを示唆している。

図3 銀河の中心からの距離の関数としての輝線強度比。●は中心核、○はバー、■はリング、□は渦状腕を示す。

 簡単な一層モデルによると、HCN/13CO比が1より高いガスは分子の密度が104cm-3以上、温度が40K以上である。また、この比が0.7程度より低い場合は、密度が104cm-3より低く、また、温度によらず輝線強度比の高低が密度の高低を表す。観測結果は、スターバースト領域の分子ガスがディスクのガスと明らかに異なり、温度・密度が高いことを示している。また、ディスク内では、バーやリング、渦状腕の間で分子ガスの性質の有為な違いが認められないことがわかった。ただし、13COもHCNも密度の高いガスを選択的にトレースするために、12COの臨界密度程度の密度の違いについては、この解析からは明らかでない。

 これまで、分子ガスの分布、運動、物理状態について述べてきたが、大局的な視点から見た分子ガスと星形成の関係はどうであろうか。若い大質量星をトレースするH輝線は銀河のディスク内で星間塵による減光を著しく受け、観測で得られた分布が実際の分布を示しているとは限らない。そこで、このような吸収を殆ど受けない電波連続波のデータをCOのデータと比べる。電波連続波の強度を電離光子の数にやき直すと、単位質量の分子ガスから1年間に太陽質量の星が生まれる個数(星形成効率)が求められる。領域ごとにこの効率を見てみると、中心では非常に高いが、渦状腕やリングに比べてバーでは低いことがわかる(図4)。これは、Handa,Sofue,& Nakai(1991)が近傍の捧渦巻銀河M83で見つけた結果と同じ傾向である。

図4 星形成効率

 先に示したように,バーの内部では、数100pcのスケール内で100km s-1以上の速度差がある分子ガスの塊が運動しており、分子雲が非常に強いシアーを受けるために合体できないことが予想される。バーの衝撃波領域を除く部分で星形成が抑制されている原因は、このようなバーでの激しい分子ガスの運動によるものと考えられる。

 NGC253は典型的なスターバースト銀河であり、電波連続波や遠赤外線などから求めた星形成率は1 yr-1程度である。また、OH輝線ではガスのアウト・フローが見えていて、その質量放出率は3yr-1である(Turner 1985)。一方、スターバーストの年齢はRieke,Lebofski,& Wsalker(1988)により赤色超巨星の年齢から2-3×107yrと推定されている。スターバーストに直接関係していると考えられる中心核の分子ガス・バーの質量が7であるので、既に半分以上のガスが消費されたことになる。

 スターバーストの年齢を推定する手段としてNH3のオルト・パラ比を考える。NH3は狭い周波数領域に複数の反転遷移を持つために、精度よくガスの温度を求めることができる。NH3は、その核スピンからオルト(主量子数K=3n)とパラ(K≠3n)の2種がある。この両者の転換は非常にゆっくりしており106yr程度であることがわかっており(Cheung et al.1969)、またその比は温度に強く依存する。45m望遠鏡によるNGC253の中心の観測(Takano,Nakai,Kawaguchi 1997)から求まるオルト・パラ比は4.5である。この比は、NH3の温度が9Kの場合に実現される。また、NH3が気相で生成された場合は高い活性化状態を経るためにオルト・パラ比が1に近づくので、この比の値はNH3がダスト上で生成されたことを示唆する。つまり、少なくとも106年前はスターバースト領域のダストの温度が非常に低かったことになる。若い大質量星は強い紫外光によって周囲のダストやガスを温める。このため、スターバーストのように多量の星が一度に生まれる環境の下では、ダストの温度が10K以下になることは考えにくい。言い換えれば、NGC253の中心でのNH3のオルト・パラ比は、106年前にはスターバーストが始まっていなかったか、あるいは開始直後であったことを示唆する。つまり、NGC253のスターバーストはこれまで予想されていたより若い段階にあることになる。スターバーストに直接かかわっていると考えられる中心核バーの分子ガスが消費し尽くされるタイム・スケールは107年である。一方、バーのタイム・スケールは、バー内の分子ガスが中心核領域に落下し尽くすまでの時間程度であり、これは109年である。つまり、バーの年齢はスターバーストの持続期間よりはるかに長く、この期間中ガスを中心部へと供給し続けるため、一旦ガスを消費し尽くしても、再びガスが溜まってスターバーストが繰り返されることが予想される。

 このようにNGC253では銀河の外部領域から分子ガスが中心核領域へと供給され、そこにある程度溜まると、Wada & Habe(1992)などが指摘するように自己重力によって分子ガスが一気に中心と崩落し、周期的にスターバーストが繰り返されると考えられる。

審査要旨

 本論文は、近傍にあるNGC253と呼ばれる銀河についての観測研究である。NGC253は、中心核領域で、スターバーストと呼ばれる活発な星生成活動を示す銀河の一つである。このスターバースト現象がどのようにして起こるのかが論文提出者の研究の視点である。これを調べるために提出者は、国立天文台野辺山観測所の45m電波望遠鏡を用いて、星生成の材料である分子ガスの分布、運動、物理状態に関するデータを取得した。また、国立天文台岡山観測所の望遠鏡を用いて、星の分布をよく表す近赤外線の画像も得た。これらのデータを中心に、他の人々によって得られた中性水素原子ガスの観測データ、星の生成率の指標である水素のH輝線画像および電波の連続波強度分布、など多様なデータも併用して、スターバースト現象を解明することを試みた。

 論文は6章よりなる。第1章は、研究の動機と対象に選んだNGC253銀河の既知の諸性質を提示する序章である。第2章に、申請者達が行ったCO分子ガスの観測と近赤外線の観測が述べられている。今回のCOガスの観測の最大の特長は、銀河中心領域だけでなく、可視光で見える銀河の広がりの大部分を、最高で200パーセク(pc)という高い空間分解能でマッピングしたところにある。このような観測を比較的短時間で可能にしたのは、野辺山観測所で開発された4チャンネル受信機である。ちなみに、この程度の空間分解能でこのように広い領域の分子ガスを観測した例は、まだ2-3銀河しかない。近赤外線の画像には、明るい中心核と可視光ではほとんど見えなかった棒状構造(バー)が明瞭に見える。また輝線の画像には半径2Kpcのリング構造が見える。CO分子は、銀河の中で最も多量に存在するH2分子のトレーサーであり、COガスの分布から全分子ガスの分布を推定できる。NGC253では、分子ガスは中心核領域とバーで他の領域より高密度になっている。

 第3章ではCOガスの運動が調べられている。輝線スペクトルから求めた速度場は、バーの領域で円運動からのズレを示し、その規模は100kms-1のオーダーである。また、バー内では、スペクトル線の速度幅が200-300kms-1に達し、複数のピークを持つものもある。分子ガスの分布と速度場の特徴は、ガスがバーポテンシャルによって衝撃波を作り、角運動量を失って次第に中心核に落ち込んで行くとする数値シミュレーションの描像と定性的に合致し、また定量的にも矛盾しないことが示されている。第4章では、中心核領域、バー、リング、及び渦状腕における分子ガスの物理状態を12CO、13CO、HCNの輝線強度比を使って調べた。その結果、バー、リング、渦状腕というディスク中の異なる構造間では顕著な差異は見つからなかったが、スターバーストを起こしている中心核領域では、分子ガスの密度がディスクの中より10倍以上高いと推定された。

 第5章ではNGC253における星生成について大局的考察を進めた。電波の連続波強度から星生成率を推定し、材料である分子ガス量と比較して、単位分子ガス量あたりの星生成の効率を求めた。中心核領域はディスクの中より2倍以上効率が高いことがわかった。ここで、提出者はNH3のオルソ・パラ比を使って過去の星生成史を探る方法を提案した。この比は20K以上では1でほぼ一定であるがそれ以下では低温になるほど大きくなる。また、オルソ・パラの転換には106年程度かかるとされている。NGC253におけるこの比はすでに4.5と観測されている。これは9Kの温度のダスト上でNH3が形成されたことを示すのに対し、現在のダストの温度は赤外線の観測から40Kと求まっている。ダストの温度は大質量星の生成率を反映するので、この温度の違いは、オルソ・パラの転換時間程度の過去の時点で星生成率が大幅に上昇したことを意味する。これは、まさにスターバーストが起こったことを明確に示す観測的証拠である。

 また、今回観測された中心核領域の分子ガスの量は5.6×107である。一方、バーによる中心核領域へのガスの落ち込み(供給)は少ないのに(0.19程度)、中心核領域の星生成(1程度)と観測されているアウトフロー(2.9)による消費はこれを大きく上回っているので、現在ある分子ガスは1.5×107年で消費し尽くされることになる。これがNGC253の現在のスターバーストの寿命である。またガスの流入の原因であるバーの寿命は3×109年よりも長いと推定され、その間中心部ではガスが蓄積され続けたことになる(その量は現在のスターバーストを起こしているガスの量より1桁多い)。このことから、スターバーストは間欠的に起こる現象であることが強く示唆される。

 以上見たように、本論文は、高い空間分解能のCOマッピングデータを中心に、広範なデータをもとに、NGC253銀河のスターバースト現象を研究したものであるが、単なる1銀河のケーススタディにとどまらず、星生成史を探る新しい方法を提案するなどスターバースト現象の理解に本質的な貢献をしたものである。なお、本論文の2,3,4章は、中井直正、久野成夫、西山広太との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分に大きいと判断する。

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク