学位論文要旨



No 113230
著者(漢字) 釣部,通
著者(英字)
著者(カナ) ツリベ,トオル
標題(和) 回転原始銀河雲の収縮に伴う分裂・角運動量輸送と中心核形成
標題(洋) Collapse,Fragmentation and Formation of the Central Core of Primordial AGN Clouds
報告番号 113230
報告番号 甲13230
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3376号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 宮本,昌典
 国立天文台 教授 家,正則
 筑波大学 助教授 梅村,雅之
内容要旨

 通常、銀河中での星形成はその形成率をガス密度の巾乗に比例するなど、現象論的に取り扱うことが多い。しかし、このような簡単な取り扱いの正当化するためにも、回転原始雲の動的進化を調べることによって、この分裂基礎過程を明らかにすることが重要である。この点は原始活動銀河核の宇宙論的形成にとって重要な点であるが、特定のモデルの数値実験は存在するものの、系統的な理解は得られていない。CDMモデルによる宇宙の構造形成においては、質量が105から106太陽質量のガスが最初に収縮しておおよそ赤方偏移が10から100の間に原始天体を形成すると予想している(Tegmark et al.1996)。自己重力的に収縮する原始ガスは、初期のゆがみ、または線形時に潮汐相互作用によって獲得した角運動量の作用によって第一段階として鉛直方向への自由落下により円盤状の構造を形成する。その後の進化としては、動径方向への動的収縮、熱、角運動量の輸送、分裂といった過程が複雑に非線型に関与する。これらの基礎過程を解明することは、現在、銀河中心で観測されている活動銀河中心核、および観測されている最古の天体であるQSOの起源を理解することと密接に関連している。本研究では、原始ガスの収縮に基礎過程として重要な動的収縮に伴う力学的進化を考察した。最大の目的は動的進化に伴う分裂の性質を明らかにして、宇宙論的な構造形成形成の初期段階において銀河中心核の形成に対する示唆を得ることである。

 まずはじめに、収縮するガスの自己相似解へ収束性を考察した。この収束性は重要な流体力学的性質である。なぜならば相似解へ収束する系は初期条件にあまり依存しない進化をすると考えることができるからである。本研究ではまず、球対称等温の場合の解として有名なLarson-Penston解への収束性に関する新しい性質を明らかにした。方法は平衡解が従うLane-Emden方程式を拡張することにより、特徴的な質量を導出した。この質量はJeans質量の3.18倍である。次に数値計算によって、この質量が上記のLarson-Penston解への収束性の境界となる値であることを確認した。球対称等温のガスはこの臨界質量より質量の小さいもののみがLarson-Penston解へ収束し、より質量の大きいものは収束しない。この収束性に関する性質の発見は多次元の現象において分裂が起こるかどうかの知見を得るための大きな手がかりとなる。

 次に、第一段階の収縮の結果として得られる回転平板の収縮過程を半解析的に考察し、非定常自己相似解を導出した。その解によると円盤の中心部には、中心核およびその周りを取り囲む円盤が形成され、円盤から粘性によって実効的粘性の強さに依存するが典型的には1年に1太陽質量程度の質量降着率で中心核に質量が蓄積して行く。さらに、準平衡降着円盤の周囲には、動的に収縮する円盤状のガスの流れがあり、それが衝撃波を通じて内側の円盤へ質量を供給していることがわかった。円盤の安定性は内側の実効的粘性によって影響をうけ、もし実効的粘性が大きい場合には、分裂をせずに中心核へ降り積もることも定量的に分った。

 次に、線形解析によって、周囲のダークマター重力が中心核附近の円盤に対して及ぼす影響を考察した。その結果として、円盤の中心密度と背景密度の比をパラメータとする分散関係が求まった。それによると、ダークマターのような背景密度が存在すると円盤は分裂に対して安定化されるということが分った。この事実は、平衡解の分析によって、以前から知られていた事実であったが、今回の解析によって、安定化の程度が定量的に予言できるようになった。回転則が背景密度によって決定されている場合、安定化の効果は重力を通じての直接の安定化とコリオリ力を通しての安定化があるが後者の方が寄与が大きいことがわかった。中心核近傍では、ガスの密度が背景密度に比べて同等かそれ以上であることが期待されるが、ガスが自己重力的に回転している場合には、背景密度による安定化の効果は、ガス円盤それ自身の回転によるコリオリ力による安定化に比べて無視できるほど小さい。以降、回転中心核を考察する際には、背景密度の効果は無視して考察する。

 非軸対称的な効果および分裂に関する考察するために、3次元自己重力流体の非線型計算を駆使して、中心核の形成に伴うガス雲の動的な振る舞いを調べた。分裂は円盤の厚みに敏感なので2次元でなく3次元にすることは重要である。ここでは、流体力学的進化に焦点をあわせるため、熱進化はポリトロープ則を仮定した。動的に収縮する球対称な原始ガスの熱的過程は、水素分子による冷却によって、広い密度領域にわたり、ほぼ等温に近い状態が実現されることが研究されている(Palla et al.1984)。ガス雲の動的進化は初期の様々な状態によって分岐するが、ここでは、角運動量、初期密度の中心集中度、温度に対する分裂の起こる条件を調べた。特に、ガスの初期分布の中心集中度と回転の大きさと初期の微少な歪みの、存在に着目して進化の経路を系統的に調べた。初期に一様な密度を持ったガス球に対しては、分裂の条件は形成された円盤の厚みによって理解することができることが調べられており、分裂の条件が広く信じられている。それは、Miyama1992,Miyama et al.1984によるものである。しかし、初期に中心集中のある場合については、初期一様密度のガス球の場合とは進化が異り、上のように初期の円盤の厚みだけで理解することはできない。中心集中が大きい場合にはrun away collapseが起こる。この現象は、分布を持った自己重力系に特徴的で、内側と外側が時間的に別々に進化するというものである。その結果、中心核が先に形成され、周りに後から円盤が形成される。その際、始めには全体に対するごく一部の質量が回転円盤を形成するが、それは従来信じられていたものよりも非常に分裂しにくく、初期の熱エネルギーが重力エネルギーの2割程あれば分裂は起こらないというものであることがわかった。ガスは回転によって支えられた薄い形状をとると、まず渦を形成する。効率よく角運動量を輸送する結果、先に形成された中心核は質量を増加させ、さらに周りの自己重力円盤を局所的に安定化すると理解することができる。さらに、初期に微少なな非軸対称性があることを考慮すると、回転円盤は初期に非常に強い渦条構造を形成するその結果分裂が起こる場合でも分裂片は比較的に中心のものが大きな質量を獲得することもわかった。ここで新しく考慮された微少な初期の非軸対称性は、ガス雲が潮汐相互作用によって角運動量を獲得する際の過程で必然的に作られる。本計算結果は、角運動量を保存したと仮定して、平衡円盤を初期状態として用意する解析では、今まで得られなかった全く新しい結果である。図1に初期の微少な非軸対称性を考慮しない場合、図2に非軸対称性を考慮した場合に関する計算結果の一例を示す。本研究の結果は、原始活動銀河核が宇宙初期の揺らぎの収縮の結果として形成される可能性が従来考えられていたものよりも大きいことを示唆するものであり、さらに星形成過程に対して新たなな示唆を与えると思われる。

図1:3次元非線型計算結果の例。初期の非軸対称性を考慮しなかった場合。図2:3次元非線型計算結果の例。初期の非軸対称性を考慮した場合。
審査要旨

 近年、大型望遠鏡や人工衛星望遠鏡の稼働に伴い、銀河の中心核が比較的高い分解能で観測されるようになり、活動銀河中心核における巨大ブラックホールの存在が観測的に示唆されている。一方、活動銀河中心核の理論モデルとしては、巨大ブラックホールとそれを取り巻く降着円盤というモデルが有力とされている。しかしながら、巨大ブラックホール-降着円盤という系が、宇宙進化の中でどの様に形成されたかについては、これまで理論的取り組みがほとんどなされておらず、未解決の問題となっている。

 現代宇宙論では、膨張宇宙における重力不安定性によって構造が形成されるという立場をとるが、構造形成の非線型段階においては、ガスの進化は熱的、力学的に複雑なものとなり、まだ十分な物理的結論を得るには至っていない。現在、宇宙の構造形成の標準理論とされているCold Dark Matter(CDM)モデルでは、赤方偏移が10から100の時代に質量が105から106太陽質量のガス雲が最初に収縮して原始天体を形成すると予想されている。ここで形成される母天体は収縮とともに冷却し、更に収縮するが、その後それが分裂して星の集団になるのか、あるいは大質量の核を作るのかは明らかにされていない。この問題は、銀河中心核の種となる天体の形成史に関わる重要な未解決問題である。本論文では、この問題を解明するために、自己重力的に収縮する原始ガス雲の力学進化を調べ、分裂が起こる条件と角運動量輸送に注目して、原始ガス雲における中心核の形成について解析を行った。本論文では、中心核形成の過程を1)動的球対称収縮、2)動的円盤形成、3)自己重力粘性降着円盤、の3つの段階に分け、各章でそれぞれの段階において鍵となる基礎物理過程を明らかにするという形で考察している。

 構成は全体で6章からなっている。第1章では、最近の活動銀河核の観測と宇宙論的な第一世代天体の形成に関する理論をまとめている。第2章では、宇宙の晴れ上り時のJeans質量程度の密度揺らぎのうち、角運動量の比較的小さな揺らぎが初期に経験する球対称収縮に関して考察した。特に、収縮するガス雲の自己相似解への収束性について解析した。相似解へ収束する系は初期条件にあまり依存しない進化をすると考えることができる。球対称等温の場合の自己相似解として、有名なLarson-Penston解があるが、その解への収束性に関する新しい臨界質量(Jeans質量の3.18倍)を導出した。球対称等温のガスはこの臨界質量より質量の小さいもののみがLarson-Penston解へ収束し、より質量の大きいものは収束しない。この収束性に関する性質の発見は多次元の現象において分裂が起こるかどうかの知見を得るための手がかりとなるという意味で重要である。

 第3章では、球対称収縮の後に考えられる進化として、回転円盤の形成と分裂に関して考察を行った。3次元自己重力流体の非線型計算を駆使して、中心核の形成に伴うガス雲の分裂が起こる条件について解析した。初期に中心集中が大きい場合には、中心コアが先に形成され、後から周りに円盤が形成される。この中心コアの存在のため、形成されたガス円盤は、従来信じられていたものよりも非常に分裂しにくく、初期の熱エネルギーが重力エネルギーの2割程あれば分裂は起こらないことがわかった。さらに,回転ガス円盤の中では、渦モードの重力トルクにより効率よく角運動量が輸送される結果、中心領域への質量降着が起こり、周りの自己重力円盤をさらに安定化する。初期にわずかでも非軸対称性があった場合には,ことさら強い渦状構造を形成することになる。これによる質量降着の結果、たとえ分裂が起こる場合であっても分裂片は中心のものがより大きな質量を獲得することもわかった。本計算結果は、原始ガス雲の中心集中度、非軸対称性、および角運動量輸送が中心核形成に果たす役割を明らかにしたもので、学術的意義の高い新しい結果である。

 現在標準理論とされているCold Dark Matterシナリオに従えば、ダークマターは広がった背景重力場として寄与する。第4章では、ダークマター中のガス円盤の重力不安定性を線形解析によって調べた。円盤の中心密度と背景密度の比をパラメータとする分散関係を求め、ダークマターによって円盤は分裂に対して安定化されることを定量的に示した。現実的には、中心核近傍では、ガスの密度が背景ダークマター密度に比べて同等かそれ以上であり、背景密度による安定化の効果は、ガス円盤それ自身の回転によるコリオリ力による安定化に比べて無視できるほど小さいことも示した。

 第5章では、中心核形成の最終段階として、十分に収縮した回転円盤で重要となる粘性角運動量輸送と、これに伴う質量降着を考察した。ここでは、自己重力粘性降着円盤の進化を解析的に調べ、非定常進化に関する自己相似解を発見した。この解析解によって、円盤の安定性は内側の実効的粘性によって影響を受け、実効的粘性が大きい場合には、分裂せずに中心核へ降り積もることを定量的に押さえることができた。

 第6章では、主な結果を以下のようにまとめている。宇宙晴れ上り時におけるJeans質量程度の天体のうち、角運動量の比較的小さいものが、第一世代の天体となりうる。それらの進化は、以下のシナリオのようになる。(1)初期段階にはほぼ球対称に収縮し、初期の質量が、Jeans質量の3倍程度以下であれば、その段階で密度の高い領域のみが他の部分に先行して収縮する。その結果、最初に形成される中心核はJeans質量程度となる。(2)形成直後の小さな中心核の周りに動的な降着が起こり、内側から回転平衡円盤が形成される。回転ガス円盤の分裂は起こらず、非軸対称モードによる角運動量輸送の結果、中心コアはさらに増大する。(3)十分に収縮した円盤系では、粘性降着が支配的になり、中心核の質量を増加させ、大質量ブラックホールへと進化する。

 以上のように、本論文提出者は、中心集中度のある場合の回転ガス円盤の分裂条件を3次元流体シミュレーションと解析的考察の双方を相補的に駆使してはじめて明らかにし、初代天体形成時に伴う円盤の安定性に対する理解を進展させた。更に、円盤の内部での中心核の成長と自己重力による回転則の変化も考慮に入れた粘性円盤の自己相似解をはじめて導出し、中心核の大質量ブラックホールへの成長の過程を明らかにした。これらの成果は、原始銀河核形成に関わる重要な物理過程を明らかにしたという意味で高く評価できる。

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク