近年、大型望遠鏡や人工衛星望遠鏡の稼働に伴い、銀河の中心核が比較的高い分解能で観測されるようになり、活動銀河中心核における巨大ブラックホールの存在が観測的に示唆されている。一方、活動銀河中心核の理論モデルとしては、巨大ブラックホールとそれを取り巻く降着円盤というモデルが有力とされている。しかしながら、巨大ブラックホール-降着円盤という系が、宇宙進化の中でどの様に形成されたかについては、これまで理論的取り組みがほとんどなされておらず、未解決の問題となっている。 現代宇宙論では、膨張宇宙における重力不安定性によって構造が形成されるという立場をとるが、構造形成の非線型段階においては、ガスの進化は熱的、力学的に複雑なものとなり、まだ十分な物理的結論を得るには至っていない。現在、宇宙の構造形成の標準理論とされているCold Dark Matter(CDM)モデルでは、赤方偏移が10から100の時代に質量が105から106太陽質量のガス雲が最初に収縮して原始天体を形成すると予想されている。ここで形成される母天体は収縮とともに冷却し、更に収縮するが、その後それが分裂して星の集団になるのか、あるいは大質量の核を作るのかは明らかにされていない。この問題は、銀河中心核の種となる天体の形成史に関わる重要な未解決問題である。本論文では、この問題を解明するために、自己重力的に収縮する原始ガス雲の力学進化を調べ、分裂が起こる条件と角運動量輸送に注目して、原始ガス雲における中心核の形成について解析を行った。本論文では、中心核形成の過程を1)動的球対称収縮、2)動的円盤形成、3)自己重力粘性降着円盤、の3つの段階に分け、各章でそれぞれの段階において鍵となる基礎物理過程を明らかにするという形で考察している。 構成は全体で6章からなっている。第1章では、最近の活動銀河核の観測と宇宙論的な第一世代天体の形成に関する理論をまとめている。第2章では、宇宙の晴れ上り時のJeans質量程度の密度揺らぎのうち、角運動量の比較的小さな揺らぎが初期に経験する球対称収縮に関して考察した。特に、収縮するガス雲の自己相似解への収束性について解析した。相似解へ収束する系は初期条件にあまり依存しない進化をすると考えることができる。球対称等温の場合の自己相似解として、有名なLarson-Penston解があるが、その解への収束性に関する新しい臨界質量(Jeans質量の3.18倍)を導出した。球対称等温のガスはこの臨界質量より質量の小さいもののみがLarson-Penston解へ収束し、より質量の大きいものは収束しない。この収束性に関する性質の発見は多次元の現象において分裂が起こるかどうかの知見を得るための手がかりとなるという意味で重要である。 第3章では、球対称収縮の後に考えられる進化として、回転円盤の形成と分裂に関して考察を行った。3次元自己重力流体の非線型計算を駆使して、中心核の形成に伴うガス雲の分裂が起こる条件について解析した。初期に中心集中が大きい場合には、中心コアが先に形成され、後から周りに円盤が形成される。この中心コアの存在のため、形成されたガス円盤は、従来信じられていたものよりも非常に分裂しにくく、初期の熱エネルギーが重力エネルギーの2割程あれば分裂は起こらないことがわかった。さらに,回転ガス円盤の中では、渦モードの重力トルクにより効率よく角運動量が輸送される結果、中心領域への質量降着が起こり、周りの自己重力円盤をさらに安定化する。初期にわずかでも非軸対称性があった場合には,ことさら強い渦状構造を形成することになる。これによる質量降着の結果、たとえ分裂が起こる場合であっても分裂片は中心のものがより大きな質量を獲得することもわかった。本計算結果は、原始ガス雲の中心集中度、非軸対称性、および角運動量輸送が中心核形成に果たす役割を明らかにしたもので、学術的意義の高い新しい結果である。 現在標準理論とされているCold Dark Matterシナリオに従えば、ダークマターは広がった背景重力場として寄与する。第4章では、ダークマター中のガス円盤の重力不安定性を線形解析によって調べた。円盤の中心密度と背景密度の比をパラメータとする分散関係を求め、ダークマターによって円盤は分裂に対して安定化されることを定量的に示した。現実的には、中心核近傍では、ガスの密度が背景ダークマター密度に比べて同等かそれ以上であり、背景密度による安定化の効果は、ガス円盤それ自身の回転によるコリオリ力による安定化に比べて無視できるほど小さいことも示した。 第5章では、中心核形成の最終段階として、十分に収縮した回転円盤で重要となる粘性角運動量輸送と、これに伴う質量降着を考察した。ここでは、自己重力粘性降着円盤の進化を解析的に調べ、非定常進化に関する自己相似解を発見した。この解析解によって、円盤の安定性は内側の実効的粘性によって影響を受け、実効的粘性が大きい場合には、分裂せずに中心核へ降り積もることを定量的に押さえることができた。 第6章では、主な結果を以下のようにまとめている。宇宙晴れ上り時におけるJeans質量程度の天体のうち、角運動量の比較的小さいものが、第一世代の天体となりうる。それらの進化は、以下のシナリオのようになる。(1)初期段階にはほぼ球対称に収縮し、初期の質量が、Jeans質量の3倍程度以下であれば、その段階で密度の高い領域のみが他の部分に先行して収縮する。その結果、最初に形成される中心核はJeans質量程度となる。(2)形成直後の小さな中心核の周りに動的な降着が起こり、内側から回転平衡円盤が形成される。回転ガス円盤の分裂は起こらず、非軸対称モードによる角運動量輸送の結果、中心コアはさらに増大する。(3)十分に収縮した円盤系では、粘性降着が支配的になり、中心核の質量を増加させ、大質量ブラックホールへと進化する。 以上のように、本論文提出者は、中心集中度のある場合の回転ガス円盤の分裂条件を3次元流体シミュレーションと解析的考察の双方を相補的に駆使してはじめて明らかにし、初代天体形成時に伴う円盤の安定性に対する理解を進展させた。更に、円盤の内部での中心核の成長と自己重力による回転則の変化も考慮に入れた粘性円盤の自己相似解をはじめて導出し、中心核の大質量ブラックホールへの成長の過程を明らかにした。これらの成果は、原始銀河核形成に関わる重要な物理過程を明らかにしたという意味で高く評価できる。 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。 |