学位論文要旨



No 113231
著者(漢字) 林,啓志
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ケイジ
標題(和) 惑星間空間磁場と太陽風プラズマのダイナミクスの研究
標題(洋) Nonlinear Dynamics of Interplanetary Magnetic Field and Solar Wind Flow
報告番号 113231
報告番号 甲13231
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3377号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾崎,洋二
 東京大学 教授 常田,佐久
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 東京工業大学 教授 長井,嗣信
内容要旨

 惑星間空間磁場(interplanetary magnetic field;IMF)と太陽風プラズマの構造と、太陽表面磁場の太陽周期の位相に応じた変化に対するIMFと太陽風の構造の変化を数値的に再現し議論を行なった。この研究は、フレアやCME(coronal mass ejection)等により引き起こされた擾乱の惑星間空間における伝播や地球への影響や、銀河宇宙線粒子の強度変化などIMFと太陽風プラズマが関係する様々な現象の研究の基礎となるものである。

 惑星間空間には太陽を起源とする磁場とプラズマ流が存在する。太陽表面近傍で百万度程度に加熱されたガスはその高い温度のために太陽の重力を振り切って外向きに流れ出し太陽風プラズマ流となる。太陽風プラズマ流は太陽表面磁場のうち極性が比較的一様な領域から伸びる磁力線を外側へ引き延ばすため、結果として惑星間空間は磁場と太陽風プラズマ流で満たされるのである。実際の太陽表面での磁場やプラズマの密度・温度などの分布は一様ではなく複雑な二次元的な構造であり、また時間的に変化するため、惑星間空間全体の磁場とプラズマ流の構造は三次元的で時間変化する複雑なものになる。

 これら惑星間空間における物理量を知る方法として、人工天体による直接測定や、電磁波がプラズマ流を通過する際におこる揺らぎを用いた地上でのIPS観測などさまざまな直接・間接的な測定方法があるが、時間・空間的に十分な密度と範囲で観測を行なうことは実際には困難である。特に惑星公転面から離れた高緯度領域での直接的な計測は現在のところ人工天体「Ulysses」でのみ行われたが観測の密度としては不十分である。

 一方で、理論的に惑星間空間での物理量を決定し磁場と太陽風プラズマ流の全体像を把握する方法についての研究が行われてきた。惑星間空間での磁場とプラズマ流の相互作用はMHD(電磁流体力学)で近似される。時間変化と実際の空間分布を考慮すれば時間に依存する三次元のMHD方程式で記述されるが、これは非線型であり解の振舞いは大変複雑で一般には解析的に解くことができない。

 そのため過去の多くの研究では、potential field modelでの物理的根拠によらない経験的な仮定や、定常状態を仮定するなどの簡略化された方法で議論が行われてきた。

 しかし、最近の計算機の性能の向上により、MHD方程式の時間発展を数値的に解くことが比較的容易に出来るようになった。そこで、差分法を用いたMHD方程式の三次元空間における時間発展を数値的に解くコードを作成した。これにより、物理学的に見てより合理的な仮定のみを用いて惑星間空間磁場と太陽風プラズマ流を数値的に決定することが可能となる。計算領域の内側の境界面を太陽表面とすることで、観測可能な太陽表面での磁場やプラズマの温度・密度などの値を境界条件として取り入れることができる。このことにより太陽表面の状態を強く反映すると考えられる惑星間空間磁場やプラズマ流をより実際に近い形で再現できる。また、外側の境界面を半径1.7AU(天文単位)にとったことで地球の公転軌道を完全に覆い、また頻繁に測定することが困難な高緯度領域も計算に含む事ができる。

 この数値計算法は惑星間空間磁場や太陽風プラズマ流の時間的変化を数値的に追跡できるので、太陽表面で起こったフレアやCME等によって引き起こされた擾乱の伝播を扱う事ができる。具体的には、前もって擾乱のないときの「静かな」惑星間空間を数値的に求めておき、それに、温度やプラズマ流の速度などの急激な変化を与えることで、擾乱の伝播を再現できる。

 磁場などの太陽表面での分布は太陽黒点相対数に見られるように、約11年の太陽周期で変化し周期の位相ごとにその分布の特徴は異なる。したがって、惑星間空間での磁場構造なども太陽周期の位相に応じて変化するはずである。実際、銀河宇宙線の地球への飛来量など惑星間空間磁場の影響を受けると考えられるものは太陽周期に呼応した変化を示す。太陽を起源とする磁場とプラズマは100AU程度の範囲で星間磁場・星間物質に対して優勢で、この領域を太陽圏(Heliosphere)という。そこでは磁力線は太陽の自転のために渦巻状の形状をしており、これが太陽圏外部から飛来する銀河宇宙線に対するシールドの役割の一端を担うと考えられる。このような現象を考察する上で、太陽周期における太陽圏全体の構造の変化を調べる事が重要になる。

 そこで、スタンフォード大学で観測された2太陽周期分(キャリントン自転数1648から1915、1976年4月末から1996年11月上旬迄)の太陽表面磁場のデータを境界条件として与えた数値計算を行ない、この21年に及ぶ期間での惑星間空間磁場とプラズマ流の太陽表面磁場の変化に対する反応を数値的に再現した。その際、プラズマ流に関する境界条件は太陽表面で一様であるとした。

 計算結果と、NASAの国立宇宙科学データセンター(NSSDC)にある地球近傍で行われた観測データを比較したところ、磁場に関してはほとんどの時期で一致することが確認された。また、プラズマ流に関してもその増減の傾向は多くの場合一致した。

 その一方で太陽活動の極小期では不一致が目立った。極小期での観測と計算結果を比較すると、地球近傍での磁場の向きがほぼ正反対となった。この時期の惑星間空間磁場の全体構造は双極子に近い形状をしていたと考えられるが、このような形状の場合、赤道面近くでの磁場の値、特に極性に関して計算を観測に一致させることは難しい。つまり赤道近傍では磁場の動径成分は緯度に対して敏感であると考えられるからである。また極小期の太陽表面磁場は全体的には双極子的な磁場構造を持つが、この極近くで強い磁場を地球からの観測だけで決定する事は、極表面を斜めまたは横から眺める事になるために不確実さを伴い難しい。Ulyssesが、太陽自転軸近傍で比較的一様な惑星間磁場を測定したことを数値的に再現する上でも重要な要素となる。

 また、異なるプラズマ温度での計算との比較から、太陽極小期での計算の場合、惑星空間磁場は温度に対して敏感である事が分かった。このことは、極小期での磁場構造をより正確に再現するためには、今まで簡略化のために考慮しなかった太陽表面上の現象を考慮することの必要性を示唆する。つまり、それまでの計算では太陽表面でのプラズマの温度や密度を一定・一様であると仮定していたが、観測で見られるように実際の太陽表面近くでは密度などの非一様性が顕著であり、計算にもプラズマガスの分布を与えることが必要であると考えられるのである。観測から、極小期では太陽表面磁場は一般にその他の時期より磁場が弱いことがいえるので、極小期では、太陽表面プラズマの非一様性が顕在化し、結果として磁場構造全体に差違をもたらすことが予想されるからである。

 また、太陽表面磁場の分布それ自体が、プラズマ分布の非一様性の遠因である事も考えられる。ここでいうプラズマ太陽表面分布とは太陽面でのコロナ加熱の大きさや、プラズマの密度も含む。ところでこのコロナ加熱の分布は観測だけから求めることはできない。しかしコロナ加熱と太陽表面上部での磁場との相互作用によって太陽近傍にはコロナの分布が現れ、その様子は観測されているので、加熱分布を仮定した計算結果とコロナ観測を比較し、その結果の傾向などからコロナ加熱のメカニズムや比較的浅い太陽の内部構造について議論することが将来可能となると考える。

審査要旨

 本論文は,惑星間空間のプラズマの流れである太陽風と,太陽風により太陽表面とコロナから引きずられて形成される惑星間磁場の構造と時間的発展の特徴を研究したものである。そのため,論文提出者は,流れと磁場を支配する基本方程式を連立させてできる非線形系の方程式を数値的に解く計算コードを開発し,太陽表面の磁場を境界条件として与え解いている。本論文は8章からなっている。1章は太陽風と惑星間磁場について一般的知識を述べ,本研究の動機を述べている。2章は太陽風と惑星間磁場の歴史的モデルを述べ,その上で,本研究に使われているモデルの特性を述べている。3章は本研究のモデルの具体的な基本方程式群の差分方程式化と数値モデル化について述べ,数値計算コードの数値積分安定諸条件と特性を述べている。4章は初期条件から数値積分を始めて,物理量が定常的になることを確認し,太陽表面の磁場が観測によって与えられた場合,その表面磁場に対応する定常的太陽風と惑星間磁場を求める手続きを議論している。5章はこのように求められた太陽風と惑星間磁場に太陽表面近くのコロナで擾乱が起こった場合,その擾乱が惑星間空間をどのように伝旙するかを数値的に追跡する数値シミュレーション実験を実行し,本研究の数値モデルのいわゆる宇宙天気予報国際プログラムでの有効性を確認している。6章では,太陽周期2サイクルにわたって太陽表面磁場が変化したとき,惑星間磁場はどのように応答して変化するかを4章の定常解の時間シリーズとして計算している。表面磁場としては,スタンフォード大学で観測された,1976年から1996年までのデータを使っている。7章では,このように計算された太陽周期2サイクルにわたる惑星間磁場を様々な宇宙探査機で実測された惑星間磁場と比較して,本研究のモデルの有効性を検証し,現実をどの位表現しているかを検証している。また,同時に,いわゆるポテンシャル・モデルと呼ばれる,1960年代後期から現在にいたるまで,コロナと惑星間磁場の標準モデルとして使われてきたモデルと比較している。このポテンシャル・モデルは,コロナは真空で電流は無いが,太陽半径の2.5倍のところに,磁場は動径方向成分しか持たないとする境界条件をおいた近似モデルである.このようにすると,ポテンシャル・モデルの磁場は,コロナの磁場をよく反映するとされた日食時に観測されるコロナの形を,よく表現するため,一般のコロナの磁場をよく表現するとされたのである。しかし,コロナは真空でなく,ポテンシャル・モデルの物理的根拠は,まったく脆弱であった。このポテンシャル・モデルでは,惑星間磁場は,太陽回転の効果を考慮にいれ,太陽からの距離に比例して,螺旋状にその磁力線を曲げることによって表現される。論文提出者は,まず本研究の標準モデルで計算された磁場の地球近傍での極性と値が,ポテンシャル・モデルで計算されたものと太陽周期の極大期にも極小期にもよくあうことを示している。これは,物理的根拠が乏しいポテンシャル・モデルで計算された磁場も,少なくとも地球近傍までは,近似的に実際の磁場をある程度よく表現しうることを,物理的根拠がはっきりした本研究のモデルで,初めて示したことになる。一方,本研究で標準とされたモデルもポテンシャル・モデルも,太陽周期の極小期では実測された磁場をよく表現できないことを,論文提出者は見つけている。モデルで計算される磁場より,実測された磁場のほうが経度依存性が強く現われる。この原因を探るため,論文提出者は,幾つかの可能性を検討している。そのなかでも,本研究のモデルで採用したコロナの標準モデルよりコロナのプラズマのガス圧がより低い場合を仮定したモデルの計算を実行し,この場合,モデルは実測はよく合うことを示していることは特筆されるべきであろう。もし,これが現実の惑星空間の状況をよく表しているとすれば,太陽周期極小期の磁場はポテンシャル・モデルでは計算すべきでないことになる。ここで問題とされる定常状態の磁場は太陽周期各相における短時間の擾乱の伝旙などを研究する上で背景となる磁場であるから事柄は重要である。あるいは,地球から観測された磁場は,太陽の両極では精度が悪いので,太陽の両極の磁場は,観測された磁場より強く,しかも経度方向に波動構造をもっている可能性も示唆される。この場合,宇宙探査機Ulyssesのように,太陽の両極から直接,磁場を観測することが必要になるであろう。以上見たように,論文提出者の本研究は,太陽地球間物理学の最先端をゆくものであり,その結果はこの分野の発展に大きく貢献したと本委員会は判断した。したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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