学位論文要旨



No 113232
著者(漢字) 宮田,隆志
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,タカシ
標題(和) 地上観測用中間赤外分光撮像装置の開発およびミラ型変光星まわりの星周塵の放射形状および変光の研究
標題(洋) MICS : A NEW MID-INFRARED CAMERA AND SPECTROMETER FOR GROUND-BASED ASTRONOMY AND DUST FEATURES AND VARIABILITY OF 18 MIRA VARIABLES
報告番号 113232
報告番号 甲13232
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3378号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中田,好一
 東京大学 助教授 尾中,敬
 東京大学 助教授 田中,培生
 国立天文台 助教授 出口,修美
 国立天文台 助教授 山下,卓也
内容要旨

 星周・星間ダストは宇宙の主要な構成要素の一つであり、宇宙における様々な物理化学過程に影響を与えると考えられている。これまでの観測や室内実験などによって、ダストに対する大まかな描像は得られて来たものの、まだダストが関与する星間現象を説明できるまでは至っていない。中でもダストの生成過程はダストのライフサイクルを考える上で非常に重要ではあるが、今だ不明瞭な点が多く、さらなる観測的研究を必要とする段階である。

 このダストの観測的研究を、我々は大きく分けて2つのアプローチによって行って来た。1つはダストの観測を主目的とした観測装置の開発であり、もう1つはミラ型変光星周りのダストシェルの観測研究である。本論文ではこの2つの研究について観測の背景と得られた結果を述べ、考察を行った。本稿では各々の要旨を以下に述べてゆく。

1中間赤外分光撮像装置の開発

 Nバンドは波長8-14mの、大気の窓と呼ばれる大気の透過率の高い領域である。この波長域には多数のダスト起源の放射が存在しており、ダストの物性を決める上で重要な波長域と考えられる。例えばシリケイトはアモルファス形状の場合には9.8mをピークとした広がった放射形状を示すのに対し、結晶化してオリビンになると11.3mに鋭いピークを持つ。この様な差異はダストの生成や進化に対して有用な情報となる。他にも未同定赤外バンド(8.6,11.3,12.7m)や炭化硅素など、この波長帯によって観測できるダストは多種存在する。

 我々はこのNバンドでの観測的研究を主目的とした地上望遠鏡用の装置を開発した。我々の開発した装置の性能を表-1にまとめる。

 この装置の特徴は撮像モードと分光モードの両方を備えている点にある。分光モードではNバンド全域を一度の積分でカバーする事ができる。波長分解能はR〜100程度であり、ダスト放射の波長構造を分解するに足る波長分解能を有する。空間分解能はほぼ望遠鏡の回折限界を達成する事ができ、United Kingdom Infrared Telescope(UKIRT、口径3.8m)に取り付けた際には1 arcsec程度の空間分解能を達成できる。1 arcsecの空間分解能はこれまでの中間赤外観測の中でも高い値であり、この装置によって他波長(特に可視光や近赤外)の高空間分解イメージと中間赤外のイメージの直接的な比較が可能になる。

 検出器としてはRockwell製のSi:As 128x128 BIB(Blocked Imupurity Band)アレイ検出器を用いている。これは低ノイズ、低暗電流で高い量子効率をもっており、現存する中間赤外用検出器の中でも最も優れた検出器の1つである。実験室での評価実験から検出器のノイズは読みだし回路を含めても600e/frame程度と見積もられ、背景放射によるショットノイズよりも充分低く押えられている。暗電流は7.7×105e/secと高めであるが、観測時に予想される背景光起源の電子の1/100以下であり、実用上問題ないレベルにあると思われる。

 装置の性能を確かめる為、望遠鏡に取り付けての試験観測を97年9月にUKIRT3.8mを用いて行った。この観測で達成された空間分解能は約1 arcsec、波長分解能は約100であり、ほぼ設計性能を達成する事が分かった。感度は点源に対する検出能力を1siglsec(1秒間でSN=1となる明るさ)で表すと広帯域撮像観測(〜1m)で約400mJy、分光観測では約1.0Jyであった。

 この装置はJoint Astronomy Centreとの提携により、98年度からUKIRT3.8m望遠鏡用の共同利用観測装置の1つとして広く天文観測に使われる予定である。

表-1 中間赤外分光撮像装置MICSの性能図-1:得られたスペクトルの1例(Y Cas)(a)観測されたNバンドのスペクトル10m付近は大気のオゾンの吸収が激しい為削除してある。また点線は星からの放射をモデルでフィットしたものを示す。(b)星を差し引いてshell放射のみとしたもの。10,11,13mに放射のピークが見える(c)IRAS LRSのデータとの比較。各々の線がLRSで得られたスペクトルを示す。右上の数字は各々の変光フェイズを示す。図-2:変光phaseと各放射の寄与縦軸は星の放射強度で規格化されたダストシェルの放射強度を表す。また線で結ばれた点は同一天体のデータである事を示す。(a)10micron放射の規格化された強度とフェイズとの関係(b)11micron放射の規格化された強度とフェイズとの関係
2ミラ型変光星の星周シェルのダスト放射と変光

 我々は前述の観測装置を用いたの初期観測プロジェクトとしてミラ型変光星の星周シェルの中間赤外分光観測を行った。

 ミラ型星は強い質量放出現象を示す天体であり、その放出ガスからはダストが大量に生成されると考えられる。そこで生成されるダストは星の化学組成に依存しており、酸素過多星の周りでは酸化物を主成分としたダストが生成されると考えられている。我々はダスト生成現場としてのミラ型星星周シェルに注目し、酸素過多ミラ型星18個について中間赤外域での分光観測を行った。得られたNバンドスペクトルの多くは主に強いシリケイト放射を示すが、シリケイト放射の他に11mと13mをピークとした放射構造を持つ星も複数個見つかった(図-1(b)参照)。

 これらのシェル放射を解釈する為に、単純なシェル構造を仮定してのモデルフィットを行った。その結果、観測された全てのシェル放射は2種類のダスト放射の足し合わせで説明できる事が分かった。これはミラ型変光星周りのシェル放射が主に2種類のダストから放射される事を示している。

 フィットに用いたダスト放射の一方は10mのに強い放射構造を持ち、他方は11mに放射を持つ。放射構造をこれまで知られているダスト放射のプロファイルと比較する事で、これら放射の放射源の検討を行った。その結果10mの放射の起源はアモルファスシリケイトである事が示唆されたが、11m放射はこれまで知られているダスト放射で合致する物が無く、物質を特定する事はできなかった。しかしながら、アルミナ起源と思われる13m放射とこの放射が良く相関している事、またアルミナの中には近い放射形状を持つ物が存在する事などから、11m放射の起源はアルミナかそれに関連した物質である事が推測される。特に-Al2O3は放射ピークが10.8mであり、放射の形状も11m放射と同様に長波長側が強い非対称な形をしている事から、もっとも有力な候補の1つと思われる。

 このようにシェル放射は星ごとに様々な形状を持つ。その一方でミラ型のような変光星は星の変光に伴ってシェルの放射形状も変化することが知られている。我々はこのシェルの変光を定量的に評価するために、我々の取ったデータとIRAS LRSで得られたスペクトルの比較を行った。その結果、ミラ型星の幾つかで星本体の変動よりも激しい変光が確認された。またシェルは強度だけでなく放射形状も変光フェイズによって変化し、中心星がもっとも明るい時により青いカラーを持つ傾向にあることが分かった。

 この変光を先の2成分モデルをもとに解析すると、ダスト放射の変光は10m放射と11m放射で大きく異なる事が分かった。図-2に星の連続光強度で規格化したダストの強度とフェイズとの関係を示した。この図から分かるように、10m放射では強い変光を示すものがあるのに対して11m放射では星の明るさに対する比が変光フェイズによらず一定となっている。

 単純なシェルモデルを仮定すると、ダストシェルの内径はダストの昇華温度で決まっており、ダストが受ける星からの放射量が大きい程シェルは明るくなることが示される。これらの星では変光に伴って星の温度が変化しており、放射強度は、黒体放射のRayleigh-Jeans側にあたる長波長よりもWien側にあたる短波長側の方が激しく変化すると考えられる。したがって短波長側に強い吸収があるダストは星から受け取る放射量が変光によって大きく変化し激しく変光すると推測される。実際、一般的に用いられているシリケイトは近赤外に強い吸収を持つのに対し、アルミナは強い吸収を持たない。したがってダストによって変光の様子が違うのは近赤外域の吸収の差によって定性的に説明することが可能である。

審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は中間赤外分光撮像装置の開発、第2章はミラ型変光星の観測について述べられている。

 第1章で述べられている中間赤外分光撮像装置は波長7.6mから13.6mに渡って、天体の分光観測および撮像観測を行うことを目的に開発された。地球大気による光の吸収および放射は天文観測にとって大きな障害であるが、この帯域は大気の透過率が比較的高く、Nバンドと呼ばれ赤外線観測にとって貴重な波長域である。天体のスペクトルを調べる上からも、Nバンドでは星周塵からの輻射がその組成や環境に応じた特徴を示すので、高精度の観測データの取得が強く望まれている。

 今回完成した装置はSi:As 128x128アレイ検出器を用いて、低ノイズ、低暗電流、高量子効率を実現した。実験室での実測によれば、ノイズは呼び出し回路を含めて600e/frame、暗電流は7.7×105e/secであった。この装置には二つの観測モードがある。一つは撮像モードで、ハワイにあるUKIRT望遠鏡に取り付けた場合、50"×50"の視野と1 arcsecの空間分解能を達成可能である。もう一つは分光モードで、Nバンド全域を同時に波長分解能0.1mで観測可能である。UKIRTにおける試験観測の結果によれば、この装置の感度は露出1秒でS/N=1の条件に対して撮像モード(=0.1m)では0.4Jy、分光モードでは1Jyである。本装置を用いて今後天文学上重要な発見が数多くなされると期待される。

 第2章ではこの装置をUKIRTにつけて、1997年9月に行ったミラ型星の観測結果についての考察が述べられている。ミラ型星は、宇宙における珪酸塩および酸化金属の微粒子の重要な供給源と考えられているが、実際にミラ型星の周囲でどのような微粒子が形成されているかはいまだに明らかでない。

 本論文では、明るいミラ型星18個が選ばれ、そのNバンドスペクトルが得られた。次に波長8mでの放射が恒星本体からの光と仮定して、微粒子からの放射が取り分けられた。この、微粒子放射スペクトルは恒星毎に強度も形も様々であるが、論文提出者はこれら見かけの変化は実は、2種類の放射スペクトルの足しあわせであることを示した。第1の成分は10mに放射ピークを持ちシリケイト組成の微粒子から放射されていると考えられる。第2の成分は11mにピークを有する。この成分はまた13mにも放射ピークを示している。これらの特徴を示す物質について検討を加えた結果、ある種のアルミナ微粒子が有力な候補としてあげられた。この研究は高いS/Nのスペクトルに基づいて、微粒子輻射を解析する際のテンプレートを与え、今後様々なタイプの星についても、研究の出発点となるであろう。

 続いて、赤外観測衛星IRASによるデータを援用して放射スペクトルの変光位相による変化が研究された。先に提案された微粒子輻射の2成分モデルに基づき、10m放射成分と11m放射成分のそれぞれについて調べた結果、10m成分は一般に恒星の光度変化を上回る振幅で強度が変動するのに対し、11m成分は大体恒星光度に対し相対強度は一定であることが示された。これら相異なる振る舞いは、星周雲の簡単なモデルを用いて理解できることが示された。それによると、10m成分を担うシリケイト成分微粒子は近赤外域に吸収帯があり、中心星の温度変化の影響を強く受ける。一方、11m成分を担う微粒子は温度変化の影響が弱い長波長側に吸収帯があるので、強度変化が小さくなるのである。

 ここに述べられたように、論文提出者が開発した中間赤外撮像分光装置は、天体観測上極めて強力な機器であることが明らかになった。また、本研究によって星間物質の重要な構成要素である宇宙固体微粒子の理解は大きく前進した。なお、本論文第1章は片座、山下、岡本、尾中、芝井、田辺、中村との共著、第2章は片座、山下、岡本、尾中、田辺との共著であるが、論文提出者が主体となって分析検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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