マグマ中の気泡の膨張収縮運動や、気泡を含むマグマの弾性的性質を定量的に記述する理論は、噴火や微動などの火山活動をモデル化する上で非常に重要なものである。しかしながら、気泡の運動に関するこれまでの研究は、水のような低粘性の流体に集中しており、マグマのような高粘性の流体を対象とした理論や実験はほとんどない。本研究では、まず、既存の気泡力学の理論が高粘性の流体にも適用できるかどうかを検証するために、水の100万倍の粘性を持つシリコンオイルに気泡を混入してその挙動を調べる実験を行なった。その実験結果は、従来の理論の粘性係数を合わせただけでは、説明のできないものであった。本研究の目的は、流体の粘性の効果に注目して低粘性の気泡力学の理論を見直し、実験に用いたシリコンオイルを含めて、マグマのような高粘性の流体中の気泡や気泡群の挙動を記述する理論を構築することである。 一般に高粘性の流体には、弾性変形をする要素がある。この特性を、流体の粘弾性を表す最も簡単なモデルであるMaxwellの粘弾性モデルによって表現する。Maxwell型の剛性を持つ、非圧縮粘弾性流体中の気泡の膨張収縮運動は、Fogler&Goddard[1970]、Yoo&Han[1982]などによって定式化され解析されている。本論文では、更に流体の圧縮性の効果を採り入れて、気泡半径の変化を記述する以下の方程式を提示する。 R、Pg、Pinはそれぞれ、気泡半径、気泡内圧力、入射波を含む液体中の圧力である。rrはずれ応力であり、流体の変形との関係をMaxwellの構成則によって与える。関与する物性パラメータは、液体密度、流体中の縦波速度c、表面張力係数、そして、Maxwell要素の特性を決める剛性率と剛性の緩和時間である。式(1)及び、波動方程式を用いた直接計算法によって、気泡の固有振動数を計算した結果、流体の弾性的性質に支配的された振動モードに対する圧縮性の重要性が示され、本方程式の意義が確認された。 1000Pasのシリコンオイルに気泡を一つ入れ、衝撃波を当てた時の気泡周辺の液体圧力を圧力センサーで、気泡半径を高速度ビデオで測定した。結果を、図1abに示す。同図bの実線と破線は、シリコンオイルを、粘性率1000Pas及び30PasのNewton流体と仮定し、従来の方程式を用いて気泡半径の応答を計算したものである。低い粘性率を用いると、初期の応答は合わせられるが、全体の振幅の大きさや形は違ったものとなる。一方、シリコンオイルを、適当な剛性率と緩和時間を持つMaxwell粘弾性流体と仮定し、今回得られた方程式を用いて計算し直すと、実験結果がよく再現された(図2)。実際のシリコンオイルは、Maxwellモデルよりも複雑な特性を持つ粘弾性流体であり、物性値を特定するには到らなかったが、気泡半径の変化に、流体の粘弾性が重要であることが示された。 単一気泡の膨張収縮運動が、流体の粘性や弾性に支配されている時、多数の気泡を含む流体中の弾性波伝播特性にも、その影響が現れる。気泡流中の弾性波の分散関係を与える理論式に、従来の理論では正しく表現されていなかった、粘性や粘弾性の効果を採り入れ、その影響について評価した。また、シリコンオイルに多数の気泡を混入して実験を行ない、その中の弾性波の伝播が流体の粘弾性に支配されることを確認した。 マグマもMaxwellモデルに近い特性を持つ粘弾性流体である。本論文の理論を、以下の3つの問題に適用する。 第1に、マグマの音速について考える。気泡を含む流体中の音速や減衰は、一般に、気泡変形の時間スケールと相関のある、強い周波数依存性を示す。マグマの粘弾性パラメータの範囲では、粘性流動の時間スケールに対応するある値以下の周波数を持つ波に対して、伝播速度の顕著な低下が見られる。この場合、臨界的な周波数は、粘性率の逆数と圧力に比例し、気泡半径には依存しない。また、気泡の影響は低圧下ほど顕著で、音速の低下率、減衰率ともに大きくなる。このようなことは、従来のモデルの中でも考察されていたが、本研究により、定量的な予測が可能となった。地震学的に重要な、1Hz前後の波に注目すると、気泡の混入によって伝播速度が低下する可能性のあるのは、玄武岩質や安山岩質の比較的低粘性のマグマに限られると推定される。 低周波でスペクトルに固有のピークを持つ火山特有の地震の中には、気泡を含むことで音速の低下したマグマの固有振動によって生じるとされているものがある。第2の応用として、高粘性気泡流中の音波が示す周波数依存性を考慮した上で、気泡を含むマグマの固有振動について再考する。粘性の増加につれて、高周波のものから順に固有モードが消えていく(図3a)。また、圧力が下がると、固有周波数が低周波側に移動し、また、ピークは弱くなる(図3b)。これは、気泡流の音速が低圧下でより小さくなり、減衰が大きくなることを反映している。気泡を含んだマグマの音速が低下する臨界周波数は、低周波の固有振動を起こすことが出来るかどうかの判定基準としても利用できる。マグマの状態に応じて固有振動数が変化し消長する特性は、実際の火山現象においても重要であると考えられる。 爆発的な噴火の際には、急激な減圧により、気泡周辺に弾性応力が蓄積し、マグマが固体的に破壊される場合があると考えられている。第3に、粘弾性を考慮した気泡半径の変化を記述する方程式(1)を適用して、この問題を考える。低粘性のマグマの場合には、慣性による変形の遅れよりも、弾性応力の緩和時間の方が短いため、応力の蓄積は起こらない。従って、そのようなマグマにおいては、上に述べたような破壊のプロセスは発生しないと示唆される。 図1.シリコンオイルを用いた単一気泡の実験結果。(a)液体に加えた圧力変化。(b)気泡半径の応答の測定値と、ニュートン流体中の気泡に対する従来の理論を適用した計算の比較。図2.粘弾性を考慮した方程式による計算(実線)と実験(マーカ)の比較。シリコンオイルを、剛性率450kPa、緩和時間1.33msecのMaxwell粘弾性流体と仮定した。図3.気泡を含むマグマの固有振動数の、(a)粘性率依存性。(b)圧力依存性。 |