学位論文要旨



No 113237
著者(漢字) 亀,伸樹
著者(英字)
著者(カナ) カメ,ノブキ
標題(和) 地震停止機構の理論的研究 : 複雑な形状の断層破壊の新しい計算法を用いて
標題(洋) Theoretical study on arresting mechanism of dynamic earthquake faulting : A new method of the analysis of spontaneous rupture growth with geometrical complexity
報告番号 113237
報告番号 甲13237
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3383号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊地,正幸
 東京大学 教授 山下,輝夫
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 宮武,隆
 防災科学技術研究所 主任研究官 福山,英一
 建築研究所 主任研究員 芝崎,文一郎
内容要旨 ・はじめに

 破壊強度が一様均質で歪みが蓄積した線形弾性体中に亀裂があり、破壊成長を始めるぎりぎりの臨界状態にある。この状態からいったん動的な破壊が始まってしまうと、破壊成長は急激に加速され飽和速度に達しそのまま高速で伝播し続ける。すなわち一度始まった破壊成長は永遠に停止しない。これは線形破壊力学に基づく従来の考察であるが、そこでは解析の困難さから暗に直線形状の亀裂が仮定されている。この枠内で破壊成長が止まるためには(1)歪みエネルギーの蓄積していない領域、または、(2)極端に破壊強度の高い領域へ亀裂先端が進展する必要があった。しかし、これら二つの不均質の観点から地震:断層の剪断破壊現象をみてみると、地殻歪みが十分広範に蓄積されている状況下においてもほとんどの地震は止まっている。また、線形破壊力学の考察によれば亀裂が成長し大きくなればなるほど亀裂先端にはそれだけ強い応力集中が生じるため、動的破壊開始後急激に大きくなる亀裂の破壊成長を止めるには破壊開始時より桁違いに大きい破壊強度が必要になる。だが、このような極端な破壊強度領域の存在は現実的ではない。すなわち、従来の力学断層モデルでは地震断層の破壊成長停止を説明することができなかったのである。これは従来のモデルには破壊停止にとって本質的な要素が欠けていることを意味する。本論文ではこの破壊成長停止を担う本質的な要素として、複雑な破壊形状の形成過程を取り上げる。例えば1943年の鳥取地震の地殻測量による推定断層面は破壊停止端で大きく屈曲している。また、直線亀裂の破壊伝播問題の解析解によれば、破壊速度が高速化すると亀裂の先端付近の最大剪断応力の向きが亀裂面からずれ始める、すなわち、亀裂は自ら曲がろうとする性質がある。しかし、従来は解析することが数学的に不可能であったため曲がろうとする亀裂を不本意ながらまっすぐ破壊させてきたのである。このような直線形状の破壊モデルで考える限り破壊の本性の理解に至ることはできないであろう。

・計算方法

 本論文では(1)将来の破壊経路を予め仮定することなく、且つ、(2)これから進む向きに全く制限のない動的な自発的破壊成長を計算する新手法を開発した。定式化には亀裂形状を自由にとれる境界積分方程式法(Boundary Integral Equation Method:BIEM)を採用し、2次元P-SV剪断型亀裂の自発的破壊成長問題を取り扱った。亀裂面上の滑り速度場は要素内で時空間的に一定の関数形で離散化する。BIEMで数学的に問題となる超特異積分は、将来の破壊経路に自由度を持たせた場合その評価が困難になるが、超関数理論で定義される有限部分の概念を適用することにより解決をはかる。破壊基準として、(a)破壊方向の基準:最大剪断応力の向きに破壊進展する、(b)破壊進展の基準:亀裂先端の剪断応力値が基準応力値を越えると破壊進展する、を採用した。静的平衡状態にある臨界亀裂を用意し時刻0から動的破壊成長を開始させる。破壊規準を満たす方向に次なる新たな離散滑り要素を置くことを繰り返し、破壊成長の時間発展を数値計算により解析した。このような形状自由な自発的破壊計算は世界で初めての試みである。

・結果

 計算開始後、臨界亀裂から始まる動的な破壊成長は、急激に加速され高速に伝播するようになる。そして、この高速破壊伝播の最中に亀裂は自発的に曲がりはじめ、広角に亀裂面の向きを変えた後に進展を停止する結果となった。この高速破壊伝播中に起きる剪断型亀裂の自発的停止機構は次のように考えられる。新たな破壊面が生じて剪断応力が解放されることにより放射される波動は最大剪断応力軸を亀裂面からずらす効果があるが、その効果の継続時間はわずかで波動が遠ざかるとただちに最大剪断は静的な最大方向(亀裂面と同じ方向)に戻ってしまう。しかし、破壊速度が高速化すると新たな破壊面が次々に生成され、亀裂先端付近では波動の伝播にともなう応力場が卓越する状態が現れる。この段階では亀裂先端の剪断応力軸が亀裂面方向からずれ、亀裂は自発的に曲がり始める。破壊進展にともなう波動は屈曲以前の直線亀裂の進展方向に沿って卓越しているが、亀裂がこの卓越方向からずれ始めると波動はただちに亀裂先端付近から遠ざかっていく。この応力波動が亀裂先端を通過していく過程で亀裂面はより広角に屈曲を深める。2方向からの圧縮応力場における剪断破壊では亀裂面の角度がある敷居値よりも広角度になると剪断応力を解放する亀裂面上の滑りの向きが反転する。従って、広角に屈曲した後の亀裂面ではもはや破壊が進展しても剪断応力が解放されなくなり破壊成長が自発的に停止する結果となる。本論文の結果は、従来の線形破壊力学の考察とは異なり、破壊はすぐに止まろうとすることがむしろ本性であることを示す。この自発的な破壊停止機構の発動に対して破壊パラメタ分布の不均質性は、破壊成長を継続さすためにこそ必要な要素であり、これは従来の考え(破壊の停止には強い破壊パラメタ分布の不均質が必要)とは全く正反対になる。本論文が明らかにしたこの新しい破壊停止機構の観点によって、これまで力学的説明が困難であった多くの地震現象は自然な解釈が可能になる。

審査要旨

 地震は地下の岩盤の急激な剪断破壊によって引き起こされる。震源断層の長さは測定可能な範囲だけみても数mから数百kmの広範囲にわたるが、この大きさが何によって決まるかについて未だ確固とした定説はない。その大きな理由は一旦進み始めた破壊がどのようにして停止するかが不明なためである。本論文はまさにこの根本問題に焦点をあて、理論的観点から問題解明を試みた意欲的研究論文である。

 従来の直線形状の亀裂を仮定した線形破壊力学の考えでは、応力の充満した一様な材料中で動的な破壊が始まるとその破壊成長は停止することがない。破壊成長が止まるためには、極端に破壊強度の高い領域へ亀裂先端が進入する必要があるが、そこで要求される強度不均質の大きさは現実的に考えられるものからはほど遠い。このことは、従来のモデルが破壊の停止にとって本質的に必要な要素を欠いていることを意味する。

 本論文ではこの破壊停止を支配する要素として断層面の屈曲や分岐の形成過程を取り上げ、計算機シミュレーションによってその重要性を明らかにした。破壊面の屈曲や分岐の可能性についてはこれまで直線形状亀裂の動的進展の解析によって指摘されている。それによると、破壊速度が高速になると亀裂の先端付近の最大剪断応力の向きが亀裂面からずれ始め、亀裂は自ら曲がろうとする性質を持つ。しかしながら、実際の非直線的な亀裂形状の生成過程については数学的困難さからこれまでモデル計算を行うことができなかった。

 本論文の1つの大きな成果はこのような非直線形状の亀裂を扱い得る新しい計算手法を開発したことである。それは亀裂の進展経路を予め仮定することなく、且つ、これから進む向きについての制約を課さない亀裂の自発的破壊成長を扱うことができるものである。従来の手法の中に曲線形状の亀裂を扱ったものはあるが、それらはあらかじめ与えられた形状に沿って進展するものであった。定式化にあたっては、2次元P-SV剪断型亀裂を取り扱い、亀裂形状を自由にとれる境界積分方程式法を採用した。この種の方法で困難な点は、将来の破壊経路に沿っての超特異積分の評価の問題である。本論文ではこれを「超関数理論で定義される有限部分の概念」を適用することにより解決をはかっている。

 本論文のもう1つの成果は上記の手法を適用して得られたシミュレーション結果にある。均質な応力条件下で臨界長に達した亀裂から進展した破壊成長は急激に加速され高速に伝播するようになる。破壊伝播が高速化すると亀裂先端付近の最大剪断応力の方向はそれまでの進行方向からずれてくるため、破壊面は自発的に曲がり始める。破壊進展にともなう波動は屈曲以前の直線亀裂の進展方向に沿って卓越しているが、亀裂がこの卓越方向からずれ始めると波動はただちに亀裂先端付近から遠ざかっていく。この応力波動が亀裂先端を通過していく過程で亀裂面はより広角に屈曲する。2方向からの圧縮応力場における剪断破壊では亀裂面の角度が45度より広角度になると剪断応力を解放する亀裂面上の滑りの向きが反転する。よって広角に屈曲した後の亀裂面ではもはや破壊が進展しても剪断応力が解放されなくなり破壊成長が自発的に停止する。

 論文ではこの計算機シミュレーションによる知見を基に次のような重要な考察を行なっている。すなわち、破壊はすぐに止まることが本性であること、この自発的な破壊停止機構の発動に対して強度分布の不均質性は、破壊成長を停止させるためではなく、むしろ継続させるために必要な要素であることである。これは従来の考えとは正反対の全く新しい概念である。不均質な応力、強度分布の状況下でのシミュレーションは必ずしもまだ十分になされていないが、本論文に示された新しい破壊停止機構の観点は、これまで力学的な解釈が困難であったいくつかの地震現象を全く異なる視点から見る必要性とそれによる新たな展開を期待させるものである。

 以上を要するに、本論文提出者は、亀裂の進展に伴う自発的屈曲・分岐を扱う計算手法を開発し、それを適用した計算機シミュレーションから高速破壊はすぐ屈曲して停止する本性を持つことを明らかにした。これは地震学とくに震源の物理学に対して重要な貢献をなすものであり、審査員一同は、本論文提出者亀伸樹が博士(理学)の学位を受ける資格があるものと判定した。

 尚、本論文の一部は山下輝夫氏と共著であるが、本人の寄与が大きいものであり、さらに共著者山下氏より、この論文を博士論文の一部として使用することについて同意を得ている。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54619