本論文は4つの章からなる。第1章は序論であり、本論文の研究を行う動機となった背景について論じている。プレート運動をマントル対流数値計算で再現するために必要な条件として、プレートの挙動の特徴である、(1)剛体的に運動すること及び、(2)局所的な変形の起こるプレート境界、の2つを再現することが重要であり、それらを人為的な仮定なしに再現することの難しさを述べている。そして本論文では、これらの条件を満たしうるマントル対流の様式を2次元マントル対流モデルと1次元シアゾーン形成モデルの両面から考察することに主眼を置いている。 第2章では、上記(1)で述べられている「剛体的に運動するプレート」について、2次元マントル対流数値シミュレーションから考察している。まず、過去に行なわれてきた、粘性率が温度に強く依存する流体の、小領域での対流シミュレーションから得られた2つの対流様式("whole-layer mode"、"stagnant-lid mode")のいずれもがプレート運動にふさわしいものではないことについて触れ、本章で横幅の大きい箱内で対流計算を行なうに至った過程を論じている。そして本章の計算で得られた、粘性率が温度に強く依存するマントル対流の数値シミュレーションを横幅の広い2次元の箱の中で系統的に行なったことにより、過去に得られていた2つの対流様式以外にもう1つの対流様式("moving-lid mode")が得られたこと、これら3つの対流様式の間の変化が「状態の分岐」であること、について述べ、その後各対流様式での対流の特徴について詳細に述べている。本論文の研究で新しく得られた"moving-lid mode"での対流は、低温熱境界層のゆっくりとした動きによって維持されるアスペクト比の大きい対流セル、低温熱境界層の最下部から発生する小さなプリュームによって作られるアスペクト比の小さい対流セルの2つが合わさって起こっており、低温熱境界層は小さいプリュームによる変形を受けない程度には剛体的なふるまいを示している。また、この"moving-lid mode"は、過去に行なわれた小領域内での対流シミュレーションでは原理的に再現できないことを指摘している。 第3章では上記(2)で述べられている「局所的な変形の起こるプレート境界」について、1次元シアゾーンのモデル計算から考察している。本研究では、塑性変形領域で変形の局所化を起こすメカニズムとして、粘性摩擦によるstrain softening、結晶の細粒化によるstrain softening、の2つのメカニズムに注目し、これらによって局所的な変形が起きる領域(シアゾーン)が形成される条件を調べている。変形速度は、実際の岩石と同様、温度、圧力、歪速度だけでなく結晶の大きさにも依存するとし、過去の研究では考慮されていなかった結晶粒径の時間変化の寄与も物理的に正しい定式化で導入されている。静的な結晶成長の効果が弱い場合、動的再結晶による結晶粒径の低下が、粘性摩擦による発熱と、温度上昇による粘性率の低下の間の正のフィードバックを引き起こし、幅数百mの領域に変形の集中が起きることを示している。また、静的な結晶成長がシアゾーンの形成を妨げる効果があるが、自然界で期待される結晶成長率のもとでは、100MPa程度の差応力がかかれば変形の局所化が起こりうることを示している。 第4章では、論文全体の内容をまとめ、本論文で得られた"moving-lid mode"が実際にプレート運動のモデルとして適当であること、及び地球と金星のテクトニクスの違いを生ぜしめた原因について論じている。 本学位論文は、プレート運動をマントル対流内で再現する際に問題となっている2つの要素のそれぞれについて系統的な数値計算を行ない、それぞれについて重要な束縛条件を示している。本論文はマントル対流数値シミュレーションの大きな課題であるプレート運動のモデル化の手法を与えたという点において、きわめて優れた研究であり、審査委員全員で、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。 なお本論文の内容の一部は、共著論文として印刷公表がなされているが、論文提出者が主体となって研究及び数値シミュレーションプログラムの開発を行なったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断した。 |