学位論文要旨



No 113238
著者(漢字) 亀山,真典
著者(英字)
著者(カナ) カメヤマ,マサノリ
標題(和) プレートテクトニクスの発現条件 : マントル対流・ジアゾーン形成からの制約
標題(洋) Conditions for plate tectonics inferred from numerical experiments of mantle convection and shear zone formation
報告番号 113238
報告番号 甲13238
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3384号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬野,徹三
 東京大学 助教授 小河,正基
 東京大学 助教授 栗田,敬
 東京大学 助教授 藤本,博巳
 東京大学 助教授 阿部,豊
内容要旨

 プレート運動をマントル対流数値計算で再現することは古来からの難問である。この問題は、現在のようなプレートテクトニクスがいつ始まったか、なぜ他の地球型惑星にはプレートテクトニクスが起こっていないのか、といった問題に答える鍵となる。プレート運動をマントル対流数値計算で再現するためには、プレートの挙動の特徴である(i)剛体的に運動するプレート、(ii)局所的な変形の起こるプレート境界、の2つを再現できればよい。本研究では、これらの条件を満たしうるマントル対流の様式を2次元マントル対流モデルと1次元シアゾーン形成モデルの両面から考察する。

「固いプレート」-マントル対流からの制約-

 プレートを構成する地表の固い部分(リソスフェア)は、マントル物質の粘性率が温度に依存することによりできている。過去のマントル対流数値計算の中では、リソスフェアは低温が故に粘性率の大きくなった熱境界層としてモデル化がなされてきた。しかし、粘性率が温度に強く依存するような対流の数値シミュレーションを横幅の狭い系で行なうと、低温の熱境界層は「固くて動かないふた」となってしまい、実際のプレートの動きを説明できなかった。そこで本研究では、粘性率が温度に強く依存するマントル対流の数値シミュレーションを2次元の長方形の領域内で系統的に行ない、粘性率の温度依存性の強さと対流パターンの変化を調べた。計算に用いたモデルはアスペクト比3の2次元矩形の箱とし、マントルの上下境界での温度は一定で、内部熱源はないものとした。底面の粘性率を用いて定義されるRayleigh数Rbを地球の全マントル対流、上部マントル内対流に相当する2つの値を用いた。粘性率は温度に指数関数的に依存するとし、マントル上下での粘性コントラストを最大1014までとって計算を行った。

 その結果、粘性率の温度依存性が強くなるに従って対流の様式は"whole-layer"、"moving-lid"、"stagnant-lid"という3つの対流様式に変化することが分かった。粘性率の温度依存性が強いときには、Stagnant-lid modeの対流が起こる。低温熱境界層の粘性率が非常に大きくなり、箱の上面に沿って動かないふたが発達する。深部の対流は、箱の上面のふたとはデカップルしており、アスペクト比が1に近いセルに分かれて起こる。低温熱境界層の傾きに起因する差応力が境界層内にはたらき、100MPa程度の差応力をもつ領域が広く分布する。粘性率の温度依存性が弱い(<1,log101=0.12(log10Rb-5.26)2+3.46)ときには、whole-layer modeの対流が起こる。このときの対流は粘性率が一定の流体における対流に近い。上下の熱境界層からプリュームが活発に発生し、低温の熱境界層はプリュームによって変形し、内部の対流と一体となって動く。このとき、低温熱境界層から沈んでいくプリュームの直上で大きな差応力がはたらき、その大きさは10MPa程度である。上の2つの状態の中間(1<<2)ではmoving-lid modeの対流が起こる。このときの対流は、(i)低温熱境界層のゆっくりとした動きによって維持されるアスペクト比の大きい対流セル、(ii)低温熱境界層の最下部から発生する小さなプリュームによって作られるアスペクト比の小さい対流セルの2つが合わさって起こっている。低温熱境界層は(ii)のプリュームによる変形を受けない程度には剛体的なふるまいを示す。このとき低温熱境界層が領域の側壁に接するところで大きな差応力がはたらき、その大きさは100〜150MPa程度である。この3つの状態の間の変化はbifurcation(状態の分岐)であり、状態の遷移において、流れのパターン、ヌッセルト数(熱輸送効率)、上面境界での流速が不連続に変化する。

 地球マントルにおけるRbの見積りから、地球のマントル対流はmoving-lid modeで起こっていると考えられる。

「プレート境界」-シアゾーン形成からの制約-

 プレートの変形は主に海嶺、沈み込み帯、トランスフォーム断層といったプレート境界で集中して起こる。本研究では、塑性変形領域で変形の局所化を起こすメカニズムとして、(i)粘性摩擦によるstrain softening、(ii)結晶の細粒化によるstrain softening、の2つのメカニズムに注目し、これらによって局所的な変形が起きる領域(シアゾーン)が形成される条件を調べた。

 計算に用いたモデルは、wet olivineで構成された横幅10kmの1次元領域とし、領域の外壁での温度は1000Kに固定し、時間的に一定な剪断応力の下での変形を考えた。変形速度は、温度、圧力、歪速度だけでなく結晶の大きさにも依存するとし、結晶粒径の小さいときは拡散クリープ(粘性の粒径依存性あり)、大きいときには転位クリープ(粘性の粒径依存性なし)で変形するとした。結晶粒径の時間変化は、動的再結晶と静的な結晶成長の両者で起こるとした。領域内の温度変化は、熱伝導による冷却と粘性散逸による加熱の双方を考えた。計算領域を1m間隔の一様なメッシュに区切り、温度、歪速度、結晶粒径の時間化を追跡した。

 静的な結晶成長の効果が弱い場合、動的再結晶による結晶粒径の低下が粘性率を低下させ、粘性摩擦による発熱が温度を上昇させ、さらに粘性率を下げる…、という正のフィードバックによって、幅数百mの領域に変形の集中が起きることが示された。またさまざまな条件で計算を行なった結果、静的な結晶成長がシアゾーンの形成を妨げることが分かったが、自然界で期待される結晶成長率のもとでは、100MPa程度の差応力がかかれば変形の局所化が起こりうることが分かった。

 以上の結果をまとめると、次のような結論となる。moving-lid modeの対流では、低温熱境界層はゆっくりとではあるが動いており、プリュームによる変形を受けない程度には剛体的にふるまう。また低温熱境界層の動きが妨げられるところで大きな差応力がはたらき、変形の局所化によってプレート境界をつくることができる。よって、3つの対流様式の中ではmoving-lid modeはプレート運動のモデルに最も適当である。

審査要旨

 本論文は4つの章からなる。第1章は序論であり、本論文の研究を行う動機となった背景について論じている。プレート運動をマントル対流数値計算で再現するために必要な条件として、プレートの挙動の特徴である、(1)剛体的に運動すること及び、(2)局所的な変形の起こるプレート境界、の2つを再現することが重要であり、それらを人為的な仮定なしに再現することの難しさを述べている。そして本論文では、これらの条件を満たしうるマントル対流の様式を2次元マントル対流モデルと1次元シアゾーン形成モデルの両面から考察することに主眼を置いている。

 第2章では、上記(1)で述べられている「剛体的に運動するプレート」について、2次元マントル対流数値シミュレーションから考察している。まず、過去に行なわれてきた、粘性率が温度に強く依存する流体の、小領域での対流シミュレーションから得られた2つの対流様式("whole-layer mode"、"stagnant-lid mode")のいずれもがプレート運動にふさわしいものではないことについて触れ、本章で横幅の大きい箱内で対流計算を行なうに至った過程を論じている。そして本章の計算で得られた、粘性率が温度に強く依存するマントル対流の数値シミュレーションを横幅の広い2次元の箱の中で系統的に行なったことにより、過去に得られていた2つの対流様式以外にもう1つの対流様式("moving-lid mode")が得られたこと、これら3つの対流様式の間の変化が「状態の分岐」であること、について述べ、その後各対流様式での対流の特徴について詳細に述べている。本論文の研究で新しく得られた"moving-lid mode"での対流は、低温熱境界層のゆっくりとした動きによって維持されるアスペクト比の大きい対流セル、低温熱境界層の最下部から発生する小さなプリュームによって作られるアスペクト比の小さい対流セルの2つが合わさって起こっており、低温熱境界層は小さいプリュームによる変形を受けない程度には剛体的なふるまいを示している。また、この"moving-lid mode"は、過去に行なわれた小領域内での対流シミュレーションでは原理的に再現できないことを指摘している。

 第3章では上記(2)で述べられている「局所的な変形の起こるプレート境界」について、1次元シアゾーンのモデル計算から考察している。本研究では、塑性変形領域で変形の局所化を起こすメカニズムとして、粘性摩擦によるstrain softening、結晶の細粒化によるstrain softening、の2つのメカニズムに注目し、これらによって局所的な変形が起きる領域(シアゾーン)が形成される条件を調べている。変形速度は、実際の岩石と同様、温度、圧力、歪速度だけでなく結晶の大きさにも依存するとし、過去の研究では考慮されていなかった結晶粒径の時間変化の寄与も物理的に正しい定式化で導入されている。静的な結晶成長の効果が弱い場合、動的再結晶による結晶粒径の低下が、粘性摩擦による発熱と、温度上昇による粘性率の低下の間の正のフィードバックを引き起こし、幅数百mの領域に変形の集中が起きることを示している。また、静的な結晶成長がシアゾーンの形成を妨げる効果があるが、自然界で期待される結晶成長率のもとでは、100MPa程度の差応力がかかれば変形の局所化が起こりうることを示している。

 第4章では、論文全体の内容をまとめ、本論文で得られた"moving-lid mode"が実際にプレート運動のモデルとして適当であること、及び地球と金星のテクトニクスの違いを生ぜしめた原因について論じている。

 本学位論文は、プレート運動をマントル対流内で再現する際に問題となっている2つの要素のそれぞれについて系統的な数値計算を行ない、それぞれについて重要な束縛条件を示している。本論文はマントル対流数値シミュレーションの大きな課題であるプレート運動のモデル化の手法を与えたという点において、きわめて優れた研究であり、審査委員全員で、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

 なお本論文の内容の一部は、共著論文として印刷公表がなされているが、論文提出者が主体となって研究及び数値シミュレーションプログラムの開発を行なったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断した。

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