学位論文要旨



No 113240
著者(漢字) 熊谷,一郎
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,イチロウ
標題(和) マントルプルームの取り込み・混合に関する実験的研究
標題(洋) The Experimental Study on the Entrainment of the Mantle Plume
報告番号 113240
報告番号 甲13240
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3386号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 助教授 小河,正基
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 東京大学 助教授 栗田,敬
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨 はじめに

 短期間に非常に多くの火山噴出物を噴出するContinental flood basaltsやOceanic plateau basaltsなどの活動は,その活動の特徴から,球状の頭の部分に細いパイプ状の茎がついている,マントルプルームと呼ばれるマントル深部からの上昇流によって引き起こされると考えられている。近年,そのマントルプルーム起源と思われる噴出物についての地球化学的な研究から,マントルプルーム起源の物質以外に,そのプルームが上昇中に取り込んできたと思われる,周囲のマントル物質がともに含まれているという結果が報告されている。

 取り込み,混合といえば,一般に火山の噴煙やジェットなどの乱流領域での乱流混合を思い浮かべるが,地球のようなレイノルズ数が1よりも十分に小さい層流の領域における取り込み現象については,未だ不明な点がある。プルームの取り込みについての問題は,移動境界問題,時空間発展系の問題であり,こうした問題は,数値計算の苦手とする分野であり,本研究では,古典的ではあるが室内流体実験の手法を用いて調べた。

本研究の内容

 本研究は主に次の2つの部分で構成される。第一部は層流領域におけるプルームの取り込みについての実験的研究で,第二部は,実際の地球のマントルに見られるような,密度成層構造中において,プルームがどの様に上昇し,取り込まれた物質の行方がどの様になるのかについての研究である。

第一部:層流領域でのプルームの取り込みについての実験的研究1:実験方法

 透明な水槽に高粘性流体を満たし,水槽最下部より密度,粘性ともに小さい流体を一定流量で注入し続け,Starting Plumeを作成し,その挙動を調べた。使用流体の粘性比は10から90程度である。

2:実験結果

 本実験において,レイノルズ数が1よりも十分に小さい領域において,組成プルームの取り込み現象を確認した(図1)。図2は,実験画像から得られたデータを処理し,プルームの上昇速度と時間をプロットしたものである。この図には,与えた流量の異なる6つの実験結果が示されているが,共通して言えることは,プルームの上昇ステージには少なくとも3つのステージがあることである。各ステージにおける現象のタイムスケールはそれぞれ異なり,また取り込みの程度にも差が存在することが明らかになった。最初のステージ1は,プルーム頭部の「見かけ密度差」がほとんど変わらず,取り込みがあまり進まない加速ステージである。次のステージ2は,プルームが上昇した距離の-2乗で密度差が減少し,急激な取り込みが起こり,プルームの上昇速度が背後のパイプ流の平均流速程度で,ほぼ一定かあるいはやや減速するステージである。ステージ3では,再加速するステージで距離の-1/2乗で密度差が減少することが明らかになった。こうした一連の実験結果から本研究ではプルームの生成から消滅までの輪廻のモデルを提案した。

図1:取り込みを伴う組成プルーム。レイノルズ数は約4×10-3。図2:プルームの上昇速度と時間プロット。
3:マントルプルームへの応用

 実験結果から,各ステージにおけるマントルプルームの上昇時間を見積もった。パイプ直径が約100kmで,パイプの平均流速が約0.1m/yr,粘性比が約10程度の場合,プルームが上昇を始めてからステージ2に入るまでに,約3千5百万年程度かかり,ステージ2の継続時間は約2億2千万年程度であることがスケーリング則から推定された。

第二部:密度成層構造中を伝播するプルームの挙動についての実験的研究1:実験動機と方法について

 第一部では均質な媒質中を上昇するプルームが多くの外部流体を取り込むことを示したが,実際の地球のマントルは密度成層という不均質な構造を持っている。第二部では,こうした密度成層構造中をプルームが上昇した場合に,果たして取り込まれた物質の全てが地表まで運ばれ得るのかについて調べた。現在までのマントルの粘性,密度構造についての研究が示すところによれば,上部マントルの粘性は,下部マントルの粘性よりも低い。本実験においてもそのような成層構造を水槽中に作成し,プルームを伝播させて,その挙動を調べた。

2:実験結果

 密度境界までに取り込んだ物質の量(上の層とプルームの見かけ密度の差)によって全く異なる現象が起こる事がわかった(図3)。境界到達前にプルーム頭部に取り込まれた下部層流体の量が少なく,プルーム頭部の「見かけの密度差」が大きい場合には,プルーム頭部が密度境界を通過して上昇するPass-through mode(PTM)になった。このモードの場合,下部物質の取り込み量は少ないものの,上部層の表面まで下部物質を運搬した。さらに,境界を通過したプルーム頭部は,粘性の減少による上層での加速のために,背後のパイプ流とプルーム頭部が分離してしまい,背後のパイプ流の先端に,新たなプルームを形成した。このモードでは,結果的に2つのプルーム頭部が相互作用により生成され,表面まで到達した。また逆に取り込み量が多く,その「見かけの密度差」が小さい場合には,それまで取り込んだ物質をすべて境界で落としてしまうRebirth mode(RBM)になった。このことは,粘性,密度境界に達するまでに,大量の下部層物質をプルーム頭部に取り込んだからといって,逆にそれが密度成層などの影響で,その後の上昇を妨げてしまい,取り込み物質のすべてが取り除かれ,必ずしも表面まで取り込み物質が運ばれないことを示している。このRBMの場合には,上層で生成された一つのプルーム頭部だけが表面まで到達する。

図3 PTMとRBMの連続写真。左がPTMで右がRBM。各図の左上の写真はプルーム頭部の拡大図。プルーム頭部内の色の薄い部分は,取り込まれた外部流体。右のプルームの場合渦巻き状に外部流体を取り込んでいる。各連続写真の矢印は密度境界を示す。右下のスケールは0.05m。写真の実験で用いた流体の物性(温度18.5℃)は,密度が上層1375,下層1385,プルーム物質が1337(kg/m3)で,粘性が上層7.6,下層29.4,プルーム物質が0.36(Pas)である。
3:マントルプルームへの応用

 以上のように,上部,下部マントルのような密度,粘性成層構造中をマントルプルームが上昇する場合には,プルームの取り込みの程度により,異なる伝播モードが得られることが期待され,マントルプルーム起源の活動と考えられるFlood BasaltsやHot Spotsなどの火成活動で得られた岩石試料の地球化学的特徴や、火山活動の時空間分布に,各相互作用の特徴が表れることが期待される。

審査要旨

 本論文は主文3章と付章1章からなり、第1章は本論文の全体構成について、第2章は粘性流体中を上昇する組成プルームの取り込みについて、第3章は粘性・密度成層構造中を上昇する組成プルームの挙動について、そして付章はプルームやソリトン同士の相互作用について述べられている。内容的には、特に第2章と第3章が本論文の主要な部分である。以下にその主要な部分について、審査結果の要旨を述べる。

 第2章は全7節で構成される。第1節は、現状におけるプルームの取り込みについての問題について、地球化学的、流体力学的なレビューを行い、問題設定の妥当性、絞り込みを行っている。この取り込みのダイナミクスの問題は、現在マントルプルームの取り込み混合に関する地球化学的なデータが出揃いつつある状況を鑑みると、まさにマントルプルームを研究している多くの地球科学者が求めている研究であると認められる。第2節は実験手法、第3節は実験結果、第4節はその結果に対する考察が述べられている。第3節で得られた結果として最も注目すべき点は、プルームの上昇速度の特徴から判定される少なくとも3つのステージ(加速期、定速度期、再加速期)があることが実験的に初めて示されていることである。今までのこの種の研究では、最初の加速ステージのみ示されていたが、後に続く2つの新たなステージの発見は、流体力学的な見地からも評価に値する。第4節の考察では、低レイノルズ数における組成プルームの取り込み現象について、過去の研究者による熱プルームの取り込みモデルと対比しつつ、その物理的なメカニズムを明らかにしている。さらに本論文では、その後の第4のステージを考察により予測し、これら4つのステージをもって一つのサイクルとする「プルームの輪廻」のモデルが提案されている。この第4ステージは未だ実験的に確認されているものではなく、今後のさらなる研究が望まれるが、プルームの上昇ステージを統一的に解釈する試みとしては大胆で興味深いモデルで評価に値する。第5節は、マントルへの応用が述べられている。ここではスケーリング則を用いて、マントルプルームの各ステージにおける継続時間が求められている。実際のマントルプルームは温度プルームの側面も併せもつが、ここで求められた時間スケールが、現在多くの研究者が考えているマントルプルームの上昇の時間スケールとかけ離れた値ではなく、妥当なものと判断される。第6節は全体のまとめ、第7節は参考文献が載せられている。

 第3章では、取り込みを伴う組成プルームが粘性・密度成層構造中をどのように上昇していくのか、について述べられている。第1節は序節、第2節は実験方法、第3節は実験結果が示されている。本論文の結果によれば、取り込みの程度によって全く異なる相互作用のモードが現われる。密度境界に達するまでの取り込みの量が少ない場合にはPass-Through Mode(PTM)、逆に取り込みの量が多い場合にはRebirth Mode(RBM)と名付けられた現象が起こる。PTMはプルーム頭部に取り込まれた下部層の流体を境界を通過し表面まで運ぶモードで、RBMは下部層の流体が密度境界で取り除かれ、取り込まれた流体が表面まで達しないモードである。どちらのモードが選択されるかは、プルーム頭部の平均密度の大きさと上層の密度の大きさとの大小で決まる。このモードを分ける理由についての考察が第4節でなされているが、結論への導出への過程は非常に単純明快で、妥当なものであると判断される。これらの実験結果の最も興味深い点は、本研究が取り込みという問題を扱っていることから、物質科学的な検証が可能である点にある。この点については特に第5節のマントルへの適用で述べられている。各相互作用による違いは、地質学的な証拠として現われることが期待されるため、マントルプルームを研究する岩石学者、地球化学者にとって興味深いモデルとなるだろう。第6節はまとめ、第7節は参考文献が載せてある。

 総じて言えることは、本論文の特徴は、実験的な手法を用いて今までにない新しい現象を発見していることにある。現在、計算機シミュレーションによる手法が主流となっているが、これらの多くは計算結果を現実に合わせることに力が注がれ、新しい現象を発見するような研究は稀である。科学の発展に於いて、こうした興味深い新事実の発見は不可欠である。本論文には、そうした部分が十分に示されており、地球科学の分野に限らず、流体力学的な分野にも貢献する論文であると判断される。

 なお、本論文付章は、栗田敬氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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