1はじめに 地球温暖化問題の解明・予測に向け、気候変動モデリングの研究が活発に行われ、温室効果気体による影響が次第に明らかになる一方で、新たな気候変動因子も見出されている。その中でも、エアロゾルの気候影響は、気候変動モデリングにおける最大の不確定性の1つとして、その重要性が認識されてきている。 エアロゾルは光を散乱・吸収することにより直接放射収支を変動させる。この直接効果によるエアロゾル全体として放射強制力は、温室効果気体による強制力を相殺する方向に作用するが、エアロゾルの種類により時空間分布が異なるため複雑な気候影響を引き起こす。また、強い吸収性をもつ煤煙エアロゾルは正の放射強制力をもたらし、組成によってもその影響は大きく異なる。更に、エアロゾルが雲凝結核として働くことにより、雲の微物理特性を変調させる効果に至っては、ほとんど解明されていない。 このようなエアロゾルの気候影響を評価するためには、エアロゾルの特性(時空間分布、粒径分布、組成、光学特性)を全球規模で把握する必要がある。地上観測を行い、物理及び光学特性を詳しく調べることも重要であるが、エアロゾルの寿命は短く、また濃度は非常に強い地域依存性をもつため、全球のエアロゾル特性を見積もることは困難であり、衛星からのエアロゾルのリモートセンシングが不可欠である。現在のところ物理量として全球で得られているエアロゾルに関するプロダクトは、静止衛星または極軌道衛星の1チャンネルを用いたエアロゾル量にとどまっている。これらのアルゴリズムではエアロゾルモデルを固定しているために、量的にも誤差が大きく、組成により異なる放射効果も表現できない。 本研究では、エアロゾルの気候影響を評価するために重要なパラメータ(エアロゾルの光学的厚さ・粒径分布・吸収係数)のうち、2波長の衛星データを用いてエアロゾルの光学的厚さと粒径の指標となるオングストローム指数の全球解析アルゴリズムの構築を行った。 2大気-海洋系における輝度合成法 衛星データを用いた広域解析において放射伝達方程式を直接解くことは、膨大な時間を要するため不可能である。そのため、あらかじめ計算して得られた輝度テーブルを参照するのが一般的であるが、計算精度・効率はどのような輝度テーブルを作成するかに大きく左右される。特に、オングストローム指数の推定は、2波長間のわずかな輝度差に依るため、高精度の輝度合成法が必要である。そこで、改めて物理的観点から放射伝達過程を見直し、角度依存性が小さく、支配パラメータが少ない量をテーブル化するよう、輝度テーブルの構成を再考した(Higurashi et al.,1997)。 放射量の強い角度依存性は大気中での1次散乱と海面による直達光の反射成分に起因するが、それらは解析解が既知であることに着目し、衛星の受信する放射量を1次散乱成分と多重散乱成分から構成されると見なした。1次散乱成分として分離された直達光の海面反射成分に正確な風速依存性を取り入れることで、海面反射の風速依存性が十分表現され、1次散乱量の分離は、テーブル化変数の角度依存性及び依存変数を減少させ、非常に有効であることが示された。また、従来のアルゴリズムでは線形化された1次散乱近似解を用いてエアロゾルの多重散乱成分を表現していたため、近似解が不適当となる太陽・衛星天頂角が大きい場合に大きな誤差が生じていたが、厳密な解析解を用いることでその誤差を大幅に減少させることが可能となった。更に、AVHRRの可視チャンネルはオゾン・水蒸気・酸素による吸収の影響を受けるが、オゾン・水蒸気量は全球で不均一な分布をするため、各吸収気体の量に応じた補正と偏光の影響を組み込む改良を行った(Higurashi and Nakajima,l997a)。このような検討結果を総合し、効率的かつ高精度の輝度合成法が確立された。最終的な合成精度は、衛星の受ける反射率において絶対誤差0.001以下で、AVHRRセンサーあるいはSeaWiFSの輝度合成合成に十分な精度であった。 3アルゴリズムの概略 エアロゾルの光学特性の推定アルゴリズムは、散乱効率の波長依存性が粒径により異なることを原理とし、AVHRRの可視2チャンネル(0.63m,0.84m)の関係から、光学的厚さとオングストローム指数を推定するものである(Nakajima and Higurashi,1997)。図1に理論計算から得られた様々な光学的厚さとオングストローム指数に対する、AVHRR Ch.1とCh.2の反射率の関係を示す。光学的厚さの増加とともに反射率も増加するが、2波長間の波長依存性は、オングストローム指数小さくなるについて、すなわち小粒子の寄与の増えるにつれ、増大する傾向を持つ。このような理論的関係と衛星データの比較により、光学的厚さとオングストローム指数の推定を行う。エアロゾルモデルは、粒径分布に地上観測値の代表的な値として0.17mと3.44mにモードをもつbimodal分布、複素屈折率は1.5-0.005iと仮定した(Higurashi and Nakajima,1997b)。この方法では、特に粒径の推定に関しては、両チャンネルの微妙な関係の違いを利用するため、輝度計算における波長特性上の僅かな誤差が、推定値に大きな誤差をもたらす。オゾン・水蒸気による吸収の補正には、解析日のTOMSから得られたオゾン量、NCEPの再解析データを用いた。解析は0.5度グリッドのセグメント化データから選ばれたclear-sky pixelに対して行う。clear-sky pixelは、channel-1の反射率、channel-4の輝度温度と地表面温度の比較、またchannel-4と-5の輝度温度差から判別する。この際、海面における鏡面反射及び泡の影響を除外するために、鏡面反射方向から30度以内のデータ、風速15m/s上のデータは含めない。 図1 AVHRR ch.1とch.2の反射率の関係。4衛星データ解析 開発されたアルゴリズムを1990年1,4,7,10月の4ヶ月分のAVHRR GACの全球データに適用し、エアロゾルの光学的厚さ及び粒径についての全球分布を得た(Higurashi and Nakajima,1997c)。 リモートセンシングの結果の検証データをとして、NASAが展開しているAERONET(AErosol RObotic NETwork)のSunphoto meterのデータとの比較を行った。AERONETのデータはここ数年のもので、解析期間は一致しないが、海上での放射観測が少なく、地上検証データを得ることが困難なため月平均値として比較を行った。解析期間が一致していないため、ばらつきは大きいが相関は示された。ただし、地上観測で0.2以下のオングストローム指数に対して、衛星ではかなり過大評価する傾向がみられた。これを改善するために、解析アルゴリズム中で仮定している粒径分布のパラメータ、センサーキャリブレーション係数の推定値に対する影響を調べ、調整を行った。図2に係数修正後の光学的厚さとオングストローム指数の地上観測と衛星観測の相関を示す。まだ地上観測で得られる小さいオングストローム指数に対して、いくらか過大評価の傾向がみられる。このような小さなオングストローム指数を示すのは砂塵性のエアロゾルであり、砂塵性エアロゾルの取り扱いについては課題が残された。 図2 地上観測と衛星観測から得られた光学的厚さ(左図)とオングストローム指数(右図)の相関 サハラ砂漠からの砂塵の影響は北アフリカ西岸から大西洋にかけてかなり広範にわたり強く、7月には輸送距離は最大となり、カリブ海にまで達する。輸送緯度帯はITCZの季節変化に伴い南北移動が見られる。夏季にはアラビア海に非常に強い砂塵性エアロゾルの影響が現れる。また、南アフリカ西岸には焼き畑起源のエアロゾルの影響が見られた。このような量的分布はこれまでの観測等から得られた知見と一致するものであり、特に砂塵性エアロゾルが支配的であるといえる。一方、今回新たに得られた粒径についての分布では、黒海・北アメリカ東岸・中国東岸など大都市域で非常に小さい粒径が卓越していることが示され、光学的厚さに対するインパクトは砂塵性エアロゾルに較べ遥かに小さい値であるが、都市汚染による人為起源エアロゾルの影響をはっきりと捉えることができた。 緯度平均を見ると、4,7月に北緯40度以北で光学的厚さでおよそ0.1,オングストローム指数で0.5と著しい増加が見られた。これらの地域は、人為的エアロゾル発生源の集中する緯度帯であり、夏季に気体の粒子化が促進され、2次生成粒子の寄与が増大よるためと考えられる。また、半球平均では、北半球は光学的に約0.05程厚く、夏季に0.2程度のオングストローム指数の増加が見られた。 図3 1990年の1,4,7,10月の光学的厚さ(上図)とオングストローム指数(下図)の平均値5今後の課題 本研究において確立されたアルゴリズムエアロゾルの光学的厚さとオングストローム指数の全球解析で、人為起源エアロゾルの影響がはっきりと捉えられた。このような解析結果の蓄積から、天然及び人為起源エアロゾルの長期変動を調べることが期待される。また、ADEOS/OCTS,EOS-AM1/MODIS,ADEOS2/GLIなどの改良型放射計の多チャンネルデータを用いて、粒径分布のモード半径、組成などのより詳細な光学パラメーターの推定を行うことが課題となる。 図4 1990年1,4,7,10月のエアロゾルの光学的厚さ(上図)とオングストローム指数(下図)の緯度平均値 |