本博士論文は、氷衛星の内部構造進化の新たなモデルを詳細な熱進化を求めることによって構築し、さらに内部構造進化に伴って地殻内に発生する応力も見積もったたものである。 ボイジャー探査機による外惑星探査によって、外惑星系の氷衛星に内因的な地殻変動の痕跡が発見された。単純に考えれば、大きな天体ほど、また多くの岩石成分を含む天体ほど(岩石成分は放射性元素の壊変によって発熱するために)長期間にわたって内因性の地殻変動が起こり易いと考えられるが、観測事実は必ずしもそのようになっていない。内因的な地殻変動の有無は衛星の熱進化・内部構造進化と密接な関係を持っている。そのためボイジャー以降、様々な熱進化モデルが提示されてきた。ところが、従来のモデルでは熱輸送や衛星内で発生する水-氷相変化の取り扱いが不十分であり、また地殻変動の応力源も解明されていない。更に現在進行中のガリレオ探査機による木星系探査は、ガニメデには融解金属内核が、エウロパには氷地殻下に内部海が存在することを示唆しているが、このような構造を説明し得る内部構造進化モデルは存在していない。本論文はガニメデやエウロパを含む分化した氷衛星(層状構造を持つ氷衛星)一般の内部構造を、統一的な視点から理解する進化モデルを提供することに成功したものである。 本論文は3章からなる。第1章では本研究の目的が着想の背景とともに述べられている。第2章は分化した氷衛星一般の熱進化・内部構造進化モデルの構築とその結果の吟味に当てられている。第3章は、第2章で述べられた熱進化・内部構造進化モデルに基づいて、氷衛星表面で発生する応力が見積もられる。 第2章では、従来のモデルで不完全であった水・氷の両層における対流熱輸送と水-氷相変化の効果を取り扱った詳細な氷衛星進化モデルが新たに構築される。分化した氷衛星は衛星形成時に内部で氷の融解が起こり、岩石成分と氷成分の重力分離が起こって層構造が形成されたと考えられる。本研究ではこのような層構造形成の段階は取り扱わず、岩石質のコアを水マントルが覆う状態を初期条件として、氷衛星の進化を追っている。このモデルでは、水マントルの固化の進行が氷Iが持つ融解曲線の圧力に対する負の傾きに強く影響を受けること、さらに水マントルが固化するまでの時間は、衛星のサイズや岩石成分の存在量よりも衛星内の氷の相図によって決定されることを明らかにした。この結果は相変化の取り扱いが不十分で、かつ氷層内の熱輸送を考慮していない過去の研究では得られなかったものである。特に、低圧下で発生する氷Iの融解曲線の負の傾きが水マントルの固化を遅らせるために、小さな衛星でも水マントルが衛星史を通じて維持される場合もあることが示された。本研究で得られた進化モデルからは、エウロパに現在も内部海(水マントル)が存在することが容易に説明できる。また、氷の高圧相が出現するために、衛星サイズや衛星内の岩石コアのサイズが大きくなると水マントルの寿命はかえって短くなる場合があることが示された。これは氷衛星のサイズと表面の地殻変動の痕跡の有無の間に単純な関係がないことと調和的である。 固相部分における対流熱輸送を、固相部分の厚さの変化や粘性率の温度依存性考慮して評価したため、コア内の詳細な熱進化も得ることが可能となった。その結果、あるサイズ以上のコアを有している氷衛星内には金属内核が存在可能であることが示された。この結果は、ガニメデ、エウロパ内には金属内核が存在するという観測事実と整合的である。 第3章では内部構造進化に伴って地殻内に発生する応力が見積もられる。地殻内応力は水マントルの固化に伴って生じる体積変化がもたらすものであり、第2章で得られた内部構造進化と組み合わせてこれを求めている。従来、水マントルの固化によって生じる応力は、地殻変動の有力な要因の一つとされながらも、その大きさが見積もられていなかった。今研究ではじめて、水マントルの固化による発生応力が氷地殻の強度に比べて十分大きい事が示された。水マントルの寿命が衛星のサイズによらず十分に長いことと併せて、この発生応力が衛星のサイズと単純な関係を持たない地殻変動の原因である可能性が非常に高いことが示された。 この論文は、分化した氷衛星の内部構造の進化について氷-水相転移の効果、氷層の厚さの変化や氷相の粘性の温度変化が熱輸送に及ぼす効果を詳細に取り入れたモデルを構築したことによって、観測事実を統一的な視点から説明することに成功したものであって、その成果は高く評価される。 本論文は全体として栗田敬氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって衛星内部構造進化モデルの開発、計算および結果の解析を行ったものであって、論文提出者の寄与が充分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 |