本研究は、東北地方の最近30年間の地殻変動資料を総合的に解析しプレート間の相互作用を論じたものである。このために著者は新しい解析手法を導入し、これを測地測量データに適用して上下変動と水平ひずみの連続的な空間分布とその時間変化を明らかにした。さらに、このような地殻変動の時空間変化がプレート相互作用の空間的不均質とそのゆらぎに起因するものと考え、インバージョン解析を行なってプレート間カップリングの時空間変化を論じた。 本論文は6章から構成されている。第一章は導入部であり、ここでは著者の問題意識が提示されている。東北地方では既に多くの測地学・地球物理学的研究が実施されているが、これをさらにすすめてプレート間カップリングの時間・空間変化を明らかにするためには測地データに新たな解析手法を導入することの必要性が唱えられれている。 第二章では、最近30年間の潮位記録・水準測量の資料を解析して東北地方の上下変動を論じている。ここで著者はデータ解析の手法として動的網平均法を導入した。この方法は、ある水準測量のデータに対し、単に高さだけでなく、変動速度をもパラメータとして推定しようというものである。この方法を用いることで、ある測量期間の間に地殻変動があった場合にも正確に補正を行うことができる。この方法を東北地方において1966年から1995年の間に4回実施された3観測エポックの水準測量データに適用した。この際、関連する潮位記録も用い、各種の網平均法を比較して、多点固定法がもっとも残差が小さくなることが示された。 第三章では、前章で得られた解析結果からデータに内包されている信号を抽出することを試みている。一般的に、水準測量資料には空間的な不均質や観測誤差・局所変動などの問題がある。そこで、このような雑音を除去し、かつデータ点間を補間するためのデータの整約法として、新たに「最小二乗予測法」を導入し、適用した。この手法ではデータの中の信号を、信号は空間的相関をもつが雑音はもたない、という仮定によって統計的に分離する。信号はデータの共分散から定義される経験的共分散関数を用いて推定することが可能である。これを上下変動の3エポックに適用した結果、東北地方が全体として東の方に傾動していること、南西部に隆起部分があること、などの空間的分布と共に、その時間変動の詳細が明らかになった。また、共分散関数の形から、地殻変動の相関距離が約150km程度であることがわかった。著者はこれについて簡単な物理的考察をも加えている。 第四章では、地殻上下変動に加えて、地殻水平ひずみを推定するために、1979/82年と1989/91年に実施された三辺測量データを用いて解析を実施した。ここでも「最小二乗予測法」が用いられるが、ここでは、従来の離散的な方法とは異なって最小二乗予測法を用いることで地殻のひずみを連続的に求めることができる、という点を強調している。水平変動は2次元ベクトルとしてあらわされているので、最小二乗予測法を2次元に拡張する必要があるが、成分間の共分散を無視し得るとして東西・南北の成分毎に同手法を適用した。こうして、東北地方の最近約10年間の地殻の水平ひずみの空間的に連続的な分布を得た。この結果、同地方においては日本海中部地震の影響の他、北緯39°付近に大きなずりひずみを示す領域のあることがわかった。 第五章においては、前章までに得られた地殻変動データを用いて、東北地方のプレート間カップリングの時空間変化を、インバージョンの手法を用いて調べた。この結果、大きな地震を伴わない期間においてはプレート間カップリングの強い地域が北緯40°付近と北緯38°付近の二カ所にあることが判明した。全体を平均するとプレート間の固着率は約30%であり、プレート収束の方位は北部でN71±3°W、南部でN48±5°Wと推定された。これは他の研究結果とも調和的である。なお、地殻上下変動データ3エポックによるインバージョン解析もあわせて実施し、地震時における影響やカップリングの時間変化を明らかにしている。 第六章の最終章では、一般的な結論として、ある地域の地殻変動の時間空間変化は動的網平均法と最小二乗予測法の組み合わせによって明らかにすることが可能であり、かつ、詳細な地殻変動や広域テクトニクスの研究が可能であること、等が述べられている。 以上を要するに、東北地方を例にとりつつ、測地測量の資料に対して新たな手法を用いて解析し、当該地方の地殻変動を精細に論じており、これだけで極めて独創性に富む研究と考えられる。著者はさらに、これを地球物理学的な解析に応用し、東北地方におけるプレート間カップリングの時空間変化をはじめて明らかにした。これら一連の研究は極めて独創的かつ完成度が高く、本学博士号に適当と思われる。なお、本論文第2、3章は加藤照之、藤井陽一郎との共同研究、また第4、5章は加藤照之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |