学位論文要旨



No 113246
著者(漢字) エルフィキ,ガマル・サーベル・アーメド
著者(英字) El-Fiky,Gamal・Saber・Ahmed
著者(カナ) エルフィキ,ガマル・サーベル・アーメド
標題(和) 新しい手法を用いた東北地方の地殻変動の時間変化とプレート間カップリングに関する研究
標題(洋) Temporal Change of the Crustal Deformation and Interplate Coupling in the Tohoku District,Northeast Japan : A New Approach
報告番号 113246
報告番号 甲13246
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3392号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島崎,邦彦
 東京大学 教授 瀬野,徹三
 東京大学 助教授 加藤,照之
 東京大学 助教授 佐藤,比呂志
 東京大学 教授 松浦,充宏
内容要旨

 本研究においては、東北地方における、最近30年間の地殼変動の総合的研究を実施した。このために「動的網平均法」(Dynamic adjustment)と「最小二乗予測法」(Least Square Prediction)という新しい観測データの解析法を導入した。これを国土地理院によって繰り返し実施された測地測量データ適用し、地殻ひずみの連続的な空間分布とその時間変化を明らかにした。さらに、このような地殻変動の時空間変化がプレート相互作用の空間的不均質とそのゆらぎに起因するものと考え、得られた地殼変動資料を用いてインバージョン解析を行い、プレート間カップリングの空間分布とその時間変化を明らかにした。

 まず手始めに、上下変動データに対して動的網平均法を適用した。この方法は、ある観測期間(エポック)のデータに対し単に高さに対する補正を実施するだけでなく、変動速度をもパラメータとして推定しようというものである。変動速度は各水準点において、解析期間(エポック毎)に一定の速度を持つものと仮定した。このような方法を用いることで、ある測量期間の間に急速な地殻変動があった場合にも正確に補正を行うことができる。この方法を東北地方において1966年から1995年の間に4回実施された3観測エポックの水準測量データに適用した。この際、水準測量網に沿って設置されている潮位観測所の海面変化データも用いた。自由網平均法、一点固定法、多点固定法などを比較したが、最後の多点固定法がもっとも残差が小さくなることが示された。

 次に、こうして得られた解析結果に対し、最小二乗予測法を適用し、データに内包されている信号を抽出することを試みた。一般的に、水準測量路線は主要国道に沿って約2kmおきに設置されているが、水準路線相互の間隔は山岳などによって遠く離れている。一方、観測された上下変動には観測誤差や地下水の汲み上げなどの局所的な変動などかなりの雑音が重畳している。そこで、このような雑音を除去し、かつデータ点間を補間するためのデータの整約法として、重力データの処理に用いられてきた最小二乗予測法を適用した。これによって水準測量データから雑音を分離してテクトニックな原因による信号を取り出すことができる。この技法ではデータの中の信号(ここでは上下変動速度)を、信号は空間的相関をもち、雑音は空間的相関をもたない、という仮定をおくことによって統計的に求める。このような空間的な相関はデータの共分散をとり、それに経験的共分散関数をあてはめることによって抽出することが可能である(Fig.1(a))。このような共分散関数にはいろいろな種類が考えられるが、ここではGaussian関数を用いた。このようにして定義した経験的共分散関数を用いて東北地方の上下変動の空間分布を推定した。また、それを上記3エポックに適用して地殼上下変動の時間変化をも推定した。結果として、東北地方が全体として東の方に向かって定常的に傾動していること、東北地方の南西部に隆起部分があること、などが見いだされた。さらに、これらの上下変動速度が時間と共に有意に変化していることが判明した(Fig.1(b))。また、共分散関数の形から、地殻変動の相関距離が約150km程度であることがわかった。これは東海地方で得られている約50kmとは有意に異なっている。この原因としては地殼の有効弾性厚の差などが考えられるが、モデル計算では東北地方でこのような有効弾性厚が15kmとなって地震学的なデータとよい一致を示すが、東海地方では5km程度と薄く、かならずしもこのモデルが正しいかどうかは不明である。

 次に、地殻上下変動に加えて、東北地方の地殻水平ひずみを推定するために、1979/1982年と1989/1991年に実施された三辺測量データを用いて解析を実施した。水平ひずみの解析は地震の解析ばかりでなく広範な地球物理学の分野で重要である。水平ひずみを抽出する方法は数多く知られているが、それらはすべて離散的な方法、すなわち領域を三角測量に由来する三角形に分割しその内部が一様ひずみであると仮定する方法、に基づいている。実際には地殻は断層運動をのぞいては連続的に変形している。そこで、このような水平変動のデータにも最小二乗予測法を適用して地殻ひずみの連続表現を得ることができる。水平変動は2次元ベクトルとしてあらわされているので、最小二乗予測法を2次元に拡張する必要があるが、成分間のクロス共分散は共分散の10%程度と小さかったので、これを無視し、東西、南北の各成分が独立であるとして各成分毎に最小二乗予測法を適用した。こうして、東北地方の最近約10年間の地殻の水平ひずみの空間的に連続的な分布を得た。なお、この期間には1983年の日本海中部地震が含まれているので、この影響を受けている東北地方北西部のデータはあらかじめ除去して解析を行った。以上の結果、東北地方においては日本海中部地震の影響の他、北緯39°付近に大きなずりひずみを示す領域のあることがわかった。

 最後に、こうして得た地殻変動データを用いて、沈み込む太平洋プレートと、東北地方が乗っている大陸プレートの間のプレート間カップリングの空間分布とその時間変化を、いわゆるバックスリップインバージョンによって調べた。データに対応するバックスリップの分布にはそれがなめらかに変化するという拘束条件を適用した。拘束条件の程度はいわゆるハイパーパラメータによって制御される。このようなハイパーパラメータの最適な値は赤池のベイズ情報基準(ABIC)を最小にするという条件によって決定される。このような条件下では解は一意的に定まり、プレート間カップリングの強さの空間分布とプレート相対運動の方向を求めることが可能である。インターサイスミックの期間における観測データのインバージョン解析の結果、プレート間カップリングの強い地域が2つ推定された(Fig.3);一つは北緯40°付近の深さ20〜45kmの領域であり、もう一カ所は北緯38°付近の深さ25〜55kmの領域である。前者の領域ではバックスリップ速度は平均として5.5cm/yrであり、後者では約4.1cm/yrである。全体を平均するとプレート間のカップリング率は約30%であった。また、日本海溝におけるプレート収束の方位は北部でN71±3°W、南部でN48±5°Wと推定された。これは他の研究結果とも調和的である。なお、地殼上下変動データ3エポックによるインバージョン解析もあわせて実施し、地震時における影響やカップリングの時間変化を明らかにした。

 一般的な結論として、本研究からは以下のことが明らかになった;(1)地殻変動の時間空間変化は動的網平均法と最小二乗予測法の組み合わせによって可能である、(2)このような測地的手法によってより詳細な地殼変動や広域テクトニクスの研究が可能である。以上のようなアプローチは日本に最近展開されたGPS稠密観測網にも適用可能であり、このような解析に基づく地殻活動の予測も可能となろう。

Fig.1(a).Empirical local covariance function of the vertical crustal movements. Fig.1(b).Rates of vertical crustal movements for the interseismic period as estmated by least squares prediction technique(LSP),Fig.2.Maximum shear strain deduced from LSP.Fig.3.Distribution of the interplate coupling along the Japan trench.
審査要旨

 本研究は、東北地方の最近30年間の地殻変動資料を総合的に解析しプレート間の相互作用を論じたものである。このために著者は新しい解析手法を導入し、これを測地測量データに適用して上下変動と水平ひずみの連続的な空間分布とその時間変化を明らかにした。さらに、このような地殻変動の時空間変化がプレート相互作用の空間的不均質とそのゆらぎに起因するものと考え、インバージョン解析を行なってプレート間カップリングの時空間変化を論じた。

 本論文は6章から構成されている。第一章は導入部であり、ここでは著者の問題意識が提示されている。東北地方では既に多くの測地学・地球物理学的研究が実施されているが、これをさらにすすめてプレート間カップリングの時間・空間変化を明らかにするためには測地データに新たな解析手法を導入することの必要性が唱えられれている。

 第二章では、最近30年間の潮位記録・水準測量の資料を解析して東北地方の上下変動を論じている。ここで著者はデータ解析の手法として動的網平均法を導入した。この方法は、ある水準測量のデータに対し、単に高さだけでなく、変動速度をもパラメータとして推定しようというものである。この方法を用いることで、ある測量期間の間に地殻変動があった場合にも正確に補正を行うことができる。この方法を東北地方において1966年から1995年の間に4回実施された3観測エポックの水準測量データに適用した。この際、関連する潮位記録も用い、各種の網平均法を比較して、多点固定法がもっとも残差が小さくなることが示された。

 第三章では、前章で得られた解析結果からデータに内包されている信号を抽出することを試みている。一般的に、水準測量資料には空間的な不均質や観測誤差・局所変動などの問題がある。そこで、このような雑音を除去し、かつデータ点間を補間するためのデータの整約法として、新たに「最小二乗予測法」を導入し、適用した。この手法ではデータの中の信号を、信号は空間的相関をもつが雑音はもたない、という仮定によって統計的に分離する。信号はデータの共分散から定義される経験的共分散関数を用いて推定することが可能である。これを上下変動の3エポックに適用した結果、東北地方が全体として東の方に傾動していること、南西部に隆起部分があること、などの空間的分布と共に、その時間変動の詳細が明らかになった。また、共分散関数の形から、地殻変動の相関距離が約150km程度であることがわかった。著者はこれについて簡単な物理的考察をも加えている。

 第四章では、地殻上下変動に加えて、地殻水平ひずみを推定するために、1979/82年と1989/91年に実施された三辺測量データを用いて解析を実施した。ここでも「最小二乗予測法」が用いられるが、ここでは、従来の離散的な方法とは異なって最小二乗予測法を用いることで地殻のひずみを連続的に求めることができる、という点を強調している。水平変動は2次元ベクトルとしてあらわされているので、最小二乗予測法を2次元に拡張する必要があるが、成分間の共分散を無視し得るとして東西・南北の成分毎に同手法を適用した。こうして、東北地方の最近約10年間の地殻の水平ひずみの空間的に連続的な分布を得た。この結果、同地方においては日本海中部地震の影響の他、北緯39°付近に大きなずりひずみを示す領域のあることがわかった。

 第五章においては、前章までに得られた地殻変動データを用いて、東北地方のプレート間カップリングの時空間変化を、インバージョンの手法を用いて調べた。この結果、大きな地震を伴わない期間においてはプレート間カップリングの強い地域が北緯40°付近と北緯38°付近の二カ所にあることが判明した。全体を平均するとプレート間の固着率は約30%であり、プレート収束の方位は北部でN71±3°W、南部でN48±5°Wと推定された。これは他の研究結果とも調和的である。なお、地殻上下変動データ3エポックによるインバージョン解析もあわせて実施し、地震時における影響やカップリングの時間変化を明らかにしている。

 第六章の最終章では、一般的な結論として、ある地域の地殻変動の時間空間変化は動的網平均法と最小二乗予測法の組み合わせによって明らかにすることが可能であり、かつ、詳細な地殻変動や広域テクトニクスの研究が可能であること、等が述べられている。

 以上を要するに、東北地方を例にとりつつ、測地測量の資料に対して新たな手法を用いて解析し、当該地方の地殻変動を精細に論じており、これだけで極めて独創性に富む研究と考えられる。著者はさらに、これを地球物理学的な解析に応用し、東北地方におけるプレート間カップリングの時空間変化をはじめて明らかにした。これら一連の研究は極めて独創的かつ完成度が高く、本学博士号に適当と思われる。なお、本論文第2、3章は加藤照之、藤井陽一郎との共同研究、また第4、5章は加藤照之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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