内容要旨 | | 地球上空の電離層や、さらに、はるか高空の磁気圏における電流によって、地上に電磁場の変化が生じる。一方、そのレスポンスとして、導体である地球内部に誘導電流が発生し、同時に地上に誘導電磁場を生じさせる。この結果、地表あるいは海底では外部磁場と誘導による内部磁場の和としての磁場変化が観測されるが、本研究では、その観測値を使い、誘導磁場を生じさせた元となる地球内部電気伝導度の異常構造を求めた。研究の対象とする地域はインド亜大陸の東側に存在するベンガル湾である。 本研究の特徴は、ベンガル湾においては初めての試みである地磁気の海底アレイ観測を実施したこと、観測域が磁気赤道に近いことによるエレクトロジェット現象の障害を避けるため夜間の観測値のみを使用したこと、地下構造を推定する方法としてインバージョン法とforwardモデリング法を共に適用したことである。 ベンガル湾は地震探査によって10kmにも及ぶ厚い堆積層が見い出され、また、東経90度線上と東経85度線上に顕著な海嶺が存在するとみなされている。東経90度海嶺はベンガル湾に至るまで、明瞭な海底地形として表われているが、ベンガル湾の北部において海底堆積物に埋もれている。一方、東経85度海嶺は海底上に表われている部分は全くなく、すべて堆積物に覆われ、地震探査と重力探査によってのみ、その存在が推測されたものである。 図1にはベンガル湾およびその周辺の地形と海底磁力計設置地点とを示す。海底磁力計は、東京大学海洋研究所(瀬川ら)が開発したOBM-S4型(3成分、自己浮上型磁力計)を使用した。アレイ観測は1991、1992、1995年に行われ、1991、1992年度は東経85度海嶺を中心として5台の磁力計を東西に設置し、1995年には東経90度海嶺の北端において4台の磁力計を東西に設置した。また、陸上の基準観測点として、Selam(1991)、Annamalinagar(1992)、Tirunelveli(1995)の各地磁気観測所のデータを使用した。海洋観測のために使用した船は、インド地質調査所のR.V.Samudra Manthanとインド海洋開発庁のO.R.V.Sagar Kanyaであった。 データ解析には次の5種の方法を適用した。すなわち、 1)地磁気垂直構造調査(Geomagnetic Depth Sounding:GDS) 地磁気異常変化の垂直成分と水平成分との線形的関係から、地下の水平構造異常を求めるもので、その関係の係数よりChaveらのRobust Remote Reference Algorithmを使って磁場変化の周期毎に「誘導ベクトル」を導き、地下電気伝導度の水平構造を調べた。この解析で必要とする「remote reference point」としては海底アレイ観測点の中で、1点だけ特に距離が離されている点を使用した(図1参照)。 2)地磁気垂直勾配法(Vertical Gradient Sounding:VGS) Poehls and Von Herzen(1976)らによって、地磁気変化の垂直勾配から地下のApparent Resistivityや位相が求められることが提唱された。この変化の勾配は、海水面と海底での測定から求められるはずであるが、海面での測定は不可能であるので、それに代わる陸上の基準観測点(前述)でのデータを使ってもよいと考えられた(Weaver,1963)。この方法による実際の計算は、Utada(1987)によるMonte Carlo Technique1次元インバージョンによって行った。 3)地磁気水平勾配法(Horizontal Spatial Gradient Method:HSG) 地磁気垂直成分と(地磁気水平成分変化の水平勾配)との比から誘導応答関数を求め、それからApparent Resistivityを求めるという方法は、Lilley and Sloane(1976)らによって提唱された。本研究のデータについてもこの方法を適用し、有意義な結果を得た。 4)薄層モデリング 海と陸との違いを薄層で表現し、各層のconductivity anomalyをMcKirdy et al(1985)の方法で積分をして、海洋のconductanceを評価する。また、海底下深部については、前述のVGS、HSGで得られた構造を仮定して、やはり、薄層モデリングにより、conductanceを評価する。以上のモデリングで得られた電気伝導度構造から、種々な周期帯における誘導ベクトルを求め、海底地磁気観測値データのインバージョンによる誘導ベクトルと比較した。この結果は、ベンガル湾中央部においては両者は調和的であり、沿岸近傍においては食い違いが大きいことが分かった。このことは、海陸境界域における電気伝導度構造が全く未知であると言うことに由来するもので、今後の観測に期待するところが大きい。 5)3-D Forwardモデリング ここでは、Mackie et al(1994)による極小残差弛緩法にもとづく差分演算法を採用した。ベンガル湾を含む、考える領域を50x50x16=40000ブロックに分け、ブロックの水平間隔を55kmとなるようにした。また、深部の電気伝導度構造は、薄層モデリングの場合と同じように、インバージョンの結果を援用した。この方法の取り柄は、海底の厚い堆積層の効果や、深部の地質地球物理学的特性を容易に考慮に入れられるということである。このモデリングの結果は、観測結果を十分に説明するものとなった。特に、厚い堆積層の下に埋もれた東経85度海嶺の両側(東西)での顕著なResistivityの変化が明瞭にえられ、1-Dインバージョンと3-D ForwardモデリングによるResistivityの鉛直構造がかなり調和的なものとして得られた。 結論として、図2に示すように、ベンガル湾地域における深さによるResistivity(Ohm.m)の変化の最適モデルを提供する。その分布は、ベンガル湾、アンダマン海の地形を如実に表わし、さらに、東経85度、東経90度の両海嶺の存在を一層確実なものとし、マントルの深さに達すると、Resistivityが最大となり、マントルで深さを増すにつれ、温度上昇にともなうResistivityの低下が見事に表わされた。 図1:ベンガル湾の詳細な海底地形および観測点の位置。コンターの数値は水深(m)。 Figure1:Station locations with detailed bathymetery of the Bay of Bengal.図2:ベンガル湾の最適な3-Dモデル。Resistivity(Ohm m)のスケールを下に示す。 Figure2:Best fitting 3-D model for the Bay of Bengal.Subsurface has been divided in to 16 layers.Layer numbers and thicknesses are clearly marked. The resistivities (Ohm-m) are shaded according to the scale at the bottom |
審査要旨 | | 本論文は8章から構成され,海底電磁気観測によりインドの東側にあるベンガル湾の地下構造について述べたものである.第1章で電磁誘導を用いた地球内部電気伝導度構造の研究手法について総括的な説明を行ない,第2章において地球内部の岩石および鉱物の電気伝導度の機構および状態による依存性についてまとめている.第3章においては本研究で用いた地球外部起源の地磁気変動の観測に基づいて地球内部の電気伝導度分布を求める手法について解説し,第4章でベンガル湾における観測および得られたデータについて説明している.このデータによって地下構造を議論するのであるが,まず第5章においてベンガル湾およびその周辺地域の地質およびテクトニクス上の特徴をまとめ,第6章と7章でそれぞれ不均質薄層導体モデルおよび3次元モデルによる数値計算によってデータの解釈を試みている.第8章では,以上の研究を総括して結論を記述している. 本論文は,インド亜大陸の東側にあるベンガル湾における地下の電気伝導度構造の解明を,初めて海底における電磁気観測をもとにして試みたものである.ベンガル湾には,ところによっては20kmに達する厚い堆積層があり,その下にインド洋からつらなる東経90度と東経85度に沿った海嶺が存在することが地形調査や地震探査等により知られている.このような地質学的に顕著な特徴を有する地域において地下の電気伝導度構造を明らかにする事は,地域のテクトニクスを考える上でも重要な情報をもたらすものである.観測は5台の海底磁力計を使用して3回にわたって行なわれ,実際のデータ取得に本論文提出者は主要な貢献をしている.さらにデータ解析を行なって地下構造を求めるのであるが,対象としている地域が磁気赤道に近いことによるエレクトロジェットの影響を考慮して,夜間値のみを使用するなど,注意深く研究をすすめている. 本研究は,こうして得られた地磁気3成分変化のデータをもとに,3種類の応答関数を求め以下のような結論を得た. 1)不均質薄層モデルにより,観測データから求められた地磁気誘導ベクトルの空間分布および周波数特性は,ベンガル湾中央部においてはほぼ海底地形の影響で説明できることを示した.ただし東経85度に沿った海嶺の近傍の観測データは,海底下に電気伝導度の異常構造があることを示唆しており,次に述べる3次元的な解析を行った.観測値と計算値とは海岸部分でも食い違いが大きく,地下深部の異常構造の存在を示唆しているが,データが不足しておりその詳細については今後の課題としてとどめられた. 2)地磁気垂直勾配法と地磁気水平勾配法を適用して,2種類のインピーダンスレスポンスを求めた.各観測点で得られたこれらのレスポンスのうち,良好なものを用いてインバージョンによって1次元電気伝導度モデルを求めた.こうして得られた1次元モデルをもとに,海陸分布や海底地形なども考慮した3次元フォワードモデリングを実施して上部マントルの電気伝導度を推定した.この際,海深データを参照して海水分布を与えるだけではなく,地質学的情報である堆積層の厚さのデータを用いて電気伝導度と空隙率の関係を与える実験式に基づいて堆積層の電気伝導度を既知量として与えるという扱いをした.このような3次元モデルにおける堆積層の扱い方はこれまでにない新しい手法である.さらに観測値である2種類のインピーダンスレスポンスの周波数特性を複数の観測点で計算値とあわせるというフォワードモデリングを行なうことにより,結果の信頼性を高めるという工夫をした.その結果一意性の保証はないものの,最終モデルとして最上部マントルは比較的高比抵抗であるが地下約250〜400kmより深い部分は10・mという低比抵抗であることを示した.同地域においてこの結果と直接比較しうる他の観測データは少ないが,地震学におけるトモグラフィーにより最上部マントルにおける高速度領域とその下の低速度領域が見いだされており,それぞれ高比抵抗層と低比抵抗層に対応している.この結果に基づき,低比抵抗層はマントルの高温部分が部分溶融に近い状態にあるものと推論した. 本論文においては,観測・データ解析・解釈のすべてにわたって論文提出者が主体となって研究を進めたものであると判断することができる. よって,博士(理学)を授与できると認める. |