本論文は、第1章Introduction,第2章Adsorption properties of thiophene molecules(C4H4S)on Cu(111),Cu(100),Pd(111),Pd(100)and Ni(100)surfaces,第3章Refinement of beamline and experimental chamber for measurement of the C,N,O-XAFS,第4章XAFS studies of Self Assembled Monolayerの4章から構成されている。 第1章は、本研究の目的及び本研究で用いた測定手法X-ray Absorption Fine Structure(XAFS)に関して、測定手法としての歴史などをふまえて詳しく書かれている。また、金属表面上の分子吸着の研究がいろいろな観点から研究されていることをひとつひとつの例を挙げて示し、最後に本論文中で分子と基板との相互作用に的を絞った例として金属基板上のチオフェン分子吸着、分子分子間の相互作用が重要になる系の例としてアルカンチオールの吸着を研究したことを述べている。 第2章では、超高真空チェンバー内で単分子層以下でチオフェンを様々な基板金属上に吸着させ、SK吸収端NEXAFS,SEXAFS測定を行った結果について述べている。この章は大きく2つに分けられているが、前半ではCu(100)とNi(100)上のチオフェンの吸着状態を調べ、金属種の違いによる影響を明らかにしている。SK-吸収端NEXAFS,SEXAFSから両面では共に寝て吸着しており、イオウはbridge siteに吸着していることが分かった。しかし、基板から分子の*軌道への電荷移動、またそれに伴うS-C結合の伸びは、Ni(100)上の方が明らかに大きく、CuよりもNi上の方で分子と基板との相互作用が大きいことを示した。この理由として、Ni(100)面ではCu(100)面に比べるとdバンドの状態密度がフェルミ面付近に集中しており、それが容易にチオフェンの*軌道と相互作用を持てることを挙げている。後半では、更にCu(111)面上での結果を示した上で、前出のCu(100)面上での結果と比較し、ミラー指数の違いによる影響について報告している。Cu(111)面上ではやはり分子は寝て吸着している結果を得たが、同時にCu(111)面上の方がCu(100)面上のものに比べると分子と基板の相互作用が小さいことを示している。一方、このセクションでは本論文の筆者が共同研究で行ったPd(111),Pd(100)上の結果も示しているが、その2面上でのチオフェン分子の吸着状態はほとんど変化がない。この理由として、Pd上では局在化した4d軌道がおもに分子と相互作用するのに対し、Cu上では4spバンドが分子と相互作用するのが原因であると結論している。このように金属基板上でのチオフェン分子の吸着状態の違いを詳細なパラメータをもとに系統的に考察し、チオフェン分子吸着の一般的な性質を明らかにした。 第3章では、C,N,Oのような軽元素のXAFS測定を行うために、つくば市の高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所内にある東大スペクトル化学研究センター所有の回折格子型ビームラインBL-7Aの改造を行った過程とその結果について記している。第4章で述べるアルカンチオール分子などの吸着状態を調べるにはCK吸収端XAFSの測定は欠かせない。しかしC,N,Oのような軽元素領域のXAFSの測定は、Sなどの比較的重い元素のXAFSに比べると難しい。解析に耐え得る軽元素XAFSのデータをとるためには良い検出器と光源が必要になる。現行のBL-7Aでは放射光の照射によってビームライン上にある前置鏡が熱変形して光路が経時変化したり、鏡面の平滑性が不十分なために試料位置で光のエネルギーが単一でなくなるという問題があった。そこでそれらの問題を解決するためにダイヤフラムの設置、金属製ミラーの導入、ラミナー型gratingへの交換などを行い、結果、十分に信頼性の高いスペクトルが測定可能になったことが記されている。 第4章では、まず前半でCu(100)面上でメタンチオール分子(CH3SH)が立って吸着し、S原子は4-fold hollow siteに吸着しており、Cu表面は全く表面再構成を起こしていないことを明らかにしている。これは大きい表面再構成を起こすCu(111)面上の結果とは対照的で、その違いの理由を表面stressの大きさの違いとして説明している。後半ではCu(111)上での2種の鎖長(CH3(CH2)n-1SH(n=6,12))アルカンチオール吸着のSとCのK吸収端XAFSを用いた研究結果を報告している。CK吸収端NEXAFSからは分子はほぼall-trans型でアルキル鎖は12°±10°傾いていることを明らかにしている。SK吸収端SEXAFSからは、S原子が通常の3 fold hollow siteに周りのCu原子を押しのけて埋まり込んだような状態で吸着していることを明らかにした。仮にSの周りの3個のCu原子が表面平行方向にだけ移動しているとすれば、〜0.5Åも動いていることになり、表面が大きな再配列構造をとっていることを示唆している。 以上、本論文ではSとCのK吸収端XAFSを用いて分子の吸着状態を詳細に調べることによって、これまで他の測定手法では分からなかった性質や構造を体系的に明らかにした。これらの研究結果は、金属表面上の分子吸着の本質を解明し理解するために大きく寄与すると判断される。なお、本論文は太田俊明、横山利彦、北島義典、近藤寛、八木伸也、武中章太、松井文彦、都築健久、伊澤一也等との共同研究を含むが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行った研究であり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |