学位論文要旨



No 113256
著者(漢字) 笹原,亮
著者(英字)
著者(カナ) ササハラ,アキラ
標題(和) Pt/Rhバイメタル表面の構造とNO+H2反応に対する触媒活性の研究
標題(洋) Structure and Catalytic Activity for NO+H2 Reaction of Pt/Rh Bimetallic Surfaces
報告番号 113256
報告番号 甲13256
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3402号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,虔一
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 助教授 吉信,淳
内容要旨 (緒言)

 金属触媒に別種の金属を添加することで触媒活性や選択性が著しく改善される例が数多く知られている。その促進作用については多くの場合、それぞれの金属の特性の複合である(アンサンブル効果)、あるいは、金属原子の電子状態の変化に起因する(リガンド効果)、等と説明がなされてきた。しかし、これらの表現は金属の組み合わせや添加量による活性や選択性の変化を構成金属の特性から説明しようとするものであり、複合金属触媒を構成金属とは全く異なる特性を持つ、新しい触媒として捕らえなければならない場合も考えられる。

 Pt-Rh触媒はNOx、CO、炭化水素を除去する三元触媒として利用され、少量のRhの添加がPtの触媒作用を飛躍的に向上させることが経験的に知られている。我々は、超高真空系でのPt-Rh合金単結晶表面に関する非常に興味深い研究結果に注目した。Pt-Rh合金を真空中で加熱した場合、900Kより低温では表面数層での組成の変化は見られないが[1]、O2中で加熱すると熱的には組成変化の起こらない400Kで表面のRh量が増加し、NO還元反応に対して高い触媒活性を示すようになるのである[2]。これらの結果は、Pt-Rh触媒の機能が、単純なPtとRhの触媒機能の複合効果、あるいは電子状態の変化等では議論できないことを意味する。即ち、Pt-Rh触媒における高活性構造表面が、新しく形成された表面である可能性を示すものである。

 本研究ではPt単結晶表面にRh、あるいはRh単結晶表面にPtを析出させて原子層単位で規定された層状構造をもつPt/Rhバイメタル表面を合成し、表面構造および組成の変化とNO+H2反応に対する触媒活性を調べることでPt-Rh触媒の高活性表面の形成、および構造を解明することを目的とした。また、Pt/Rhバイメタル表面の電気化学的手法によるキャラクタリゼーションを試みた。バイメタル表面の電流-電位曲線(サイクリックボルタモグラム)の測定を、表面構造や触媒活性と合わせて検討した報告例はこれまでになく、電極表面構造を非常に敏感に反映することが知られているサイクリックボルタモグラムが表面構造についてどのような情報を与えるかは非常に興味深い研究対象である。

(結果及び考察)

 Pt触媒への微量のRhの添加がどの様な意味をもつのかを明らかにするため、Pt(100)およびPt(110)清浄表面にRh量を制御して析出させ、5.8×10-9 Torr NO+1.6×10-8 Torr H2のフロー中で室温から760Kまで1K/sec.で昇温し、N2の生成を観察した。Pt(100)面では約400KからN2の生成が観察されるが、Pt(110)面ではN2は生成されず、Pt単結晶面のNO+H2反応に対する触媒活性は構造に敏感であることがわかった(Fig.1)。一方、Pt(110)面に被覆率0.5のRhを析出させ10-7 TorrのO2中760K中で加熱して得られたp(1×2)Rh/Pt(110)表面をNO+H2中で昇温すると400KからN2が生成され、Pt(100)面に1MLのRhを析出させてO2中400Kで加熱して準備したp(3×1)Rh/Pt(100)面と同程度の高い触媒活性を示した(Fig.2)。しかし、Pt(110)面に13原子層量のRhを析出させた場合にはN2の生成は約600Kから始まり、少量のRhの添加がPt単結晶面のNO+H2反応に対する触媒活性を結晶面によらず高めることがわかった。Rh=0.7および1.5原子層量のRhを析出させて準備した高活性p(1×2)Rh/Pt(110)面のサイクリックボルタモグラムは、いずれも-0.20V(SCE)に共通のピークを持つ対称な酸化還元波を与えた(Fig.3)。Rh単結晶面は非対称な酸化還元波を与えることが知られており、Pt単結晶上のRhがRh単結晶の表面Rh層とは全く異なる性質を持つことがわかり、Rhの量によらず共通の活性サイトが形成されていることを示唆する。

Fig.1 Pt(110)(○)およびPt(100)(●)清浄表面上でのNO+H2反応。Fig.2 Rh/Pt(110)(Rh=0.5) (○)およびRh/Pt(100)(Rh=1.0)バイメタル表面上でのNO+H2反応。

 また、Rh量を制御してPt(100)面に析出させ、NO還元反応に対して高活性なp(3×1)周期構造表面を形成できるRh量を調べたところ、Rh=0.8の場合にもp(3×1)LEEDパターンが観察された。p(3×1)Rh/Pt(100)面の表面構造はH2との反応性、NO還元反応に対する触媒活性から、既にSTM像が報告されているp(3×1)Pt0.25/Rh0.75(100)合金単結晶表面[3]と同様の原子配列を持つと考えられる。Rhの被覆率を変えてサイクリックボルタモグラムを測定した結果から、Rh=0.8のp(3×1)Rh/Pt(100)表面ではRhがPt結晶中に拡散せず表面に存在することがわかり、以前にSTM像から推察されたモデルに矛盾点があり、STM像から新しいモデルを構築した。

Fig.3 高活性p(1×2)Rh/Pt(110)バイメタル表面の0.05M H2SO4中でのサイクリックボルタモグラム。Rh=1.5 monolayer:(a)、Rh=0.7:(b)。

 以上のRh/Pt(110)およびRh/Pt(100)面の実験結果から、Pt層上に少量のRhが存在する場合にNO還元反応に対する活性が向上することがわかった。実用Pt-Rh触媒でこの様な層状構造を形成させる必要がないことから、高活性構造がどの様に形成されるかは興味深い問題である。従って次にRh(110)面にPtを析出させてPt/Rh(110)バイメタル表面を合成し、表面構造、および組成の変化を調べた。

 Pt/Rh(110)面を真空中760Kで加熱した場合、周期構造は現れず、表面での組成の変化も観察されないが、1000Kで加熱するとPt量が急激に減少し、p(1×1)LEEDパターンが観察された。一方、O2中760Kで加熱すると表面でのRh、Oの増加が確認され、c(2×2)LEEDパターンが現われた。この結果はOの化学反応によりRhが表面に移動したことを示す。表面にRhが移動したPt/Rh(110)面をNO+H2中で昇温すると400KからN2が急激に増加し、550KからN2の生成がみられるRh(110)面に比べ非常に高い触媒活性を示した。1000Kで加熱して得られたp(1×1)Pt/Rh(110)面においても400KからN2の生成が始まるが、400K以上ではO2で加熱したPt/Rh(110)面に比べて触媒活性が低いことがわかり、Pt層がRh結晶中に拡散してしまったと考えられる(Fig.4)。以上の結果はNO+H2反応に高い触媒活性を示す構造が、RhとOの化学反応によりRhが表面に移動することで形成されたことを示す。また、注目すべき点は、この高活性Pt/Rh(110)面がp(3×1)Rh/Pt(100)、p(1×2)Rh/Pt(110)と全く同じ高い触媒活性を示すことであり、これらのバイメタル表面上にPtとRhにより共通の高活性サイトが形成されていることを示唆する。

Fig.4 Rh(110)清浄表面およびPt/Rh(110)でのNO+H2反応。Rh(110)面(●)、O2中760Kで加熱したPt/Rh(110)バイメタル表面(○)、真空中1000Kで加熱したPt/Rh(110)バイメタル表面(▲)。

 次に、NO+H2反応前後でのPt/Rh(110)面の表面構造の変化をサイクリックボルタモグラムにより観察した。被覆率0.9のPtをRh(110)面に析出させた直後のサイクリックボルタモグラムを0.05M H2SO4中で測定するとRh(110)面由来の-0.22V(SCE)のピークは小さくなり、-0.15V(SCE)に析出したPt層に由来する新しいショルダーが現れる。このPt/Rh(110)面を真空中760Kまで1K/secで昇温した後に測定したサイクリックボルタモグラムでは-0.15V(SCE)のショルダーはピークとなり、表面構造が変化することがわかる。一方、このPt/Rh(110)面をNO+H2中で昇温して触媒反応を行った後にサイクリックボルタモグラムを測定すると-0.22V(SCE)のピークが強く現れた。-0.22V(SCE)のピークはRhに由来するものであり、NO+H2反応中にもNOの酸素原子との化学反応によるRhの表面第1層への移動が起こることが確認された(Fig.5)。

Fig.5 Pt/Rh(110)バイメタル表面(Pt=0.9)の0.05M H2SO4中でのサイクリックボルタモグラム。Pt析出直後:(a)、真空中760Kまで昇温後:(b)、NO+H2中760Kまで昇温後:(c)。

 以上の結果から、Pt/Rhバイメタル表面では反応前の表面構造および組成によらず、RhとOの化学反応により全く新しい高活性サイトを形成できることがわかった。このPt/Rhバイメタル表面の特性はPt-Rh触媒の機能を説明するものであると考えられる。また、Pt/Rhバイメタル表面のサイクリックボルタモグラムの測定結果は、サイクリックボルタモグラムが他の分析手段と組み合わせることで表面構造に関する情報を得る有効な手段となりうることを示すものである。

(参考文献)[1]J.Siera,F.C.M.J.M.van Delft,A.D.van Langeveld and B.E.Nieuwenhuys,Surf.Sci.264(1992)435.[2]T.Yamada,H.Hirano and K.Tanaka,Surf.Sci.226(1990)1.[3]L-J.Wan,S-L Yau and K.Itaya,J.Phys.Chem.99(1995)9507.H.Tamura,A.Sasahara and K.Tanaka,J.Electroanal.Chem.381(1995)95.
審査要旨

 本論文は、第1章General Introduction,第2章Background of the study of Pt/Rh bimetal surfaces,第3章 Expereimental methods,第4章Elucidation of the properties of the Pt/Rh bimetallic surfaces,第5章Electrochemical diagnosis of the Pt/Rh bimetallic surface,第6章Conclusionで構成されている。

 第一章では、NOxを還元除去する触媒として優れた機能を持つPt-Rh三元触媒の機能は反応中に「触媒活性な局所構造を持つ表面が合成される」ことによって生じることを実証し、ここで導入される「高い機能を持った表面が合成される」とする新しい概念の重要性について述べている。

 第二章は、従来の研究で分かっているPt-Rh合金単結晶表面の特性について述べている。これまで格子振動の理論からPt-Rh合金の安定表面はPtが濃縮された表面であり、高温になるほどPt表面に濃縮されるとしてきた。しかし、実験結果は理論とは逆で、高温になるに従って表面のPt濃度は減少し約1400Kで表面の平衡組成は殆どバルク組成に一致することを述べている。一方、深さ方向の組成は、約1000Kで加熱したPt-Rh合金単結晶では第一層に濃縮されたPtに相当する量が第二層で不足し、その分Rhが濃縮される結果となるが第三層以下の組成は殆どバルク組成に一致することが述べられている。

 このようなPt-Rh(100)合金単結晶表面が平衡組成に達するには真空中で融点の約1/2の950K以上に加熱することが必要であり、900K以下では容易に平衡組成に達しない。しかるに、NOやO2の存在するところでPt-Rh合金表面を加熱すると、400Kの低温で容易に表面組成は変化し表面構造も変化することを実証し、このような事実から触媒作用を理解するためには反応条件下での表面変化が触媒作用にどのような影響を与えるかを明かにすることが重要であることを述べている。本研究はこのような視点からバイメタル表面の活性化機構を明かにすることを述べている。

 第三章は、本研究のために開発された電気化学反応用の溶液セルを備えた超高真空装置(EC-UHV)について説明し、PtやRhのような高融点金属を室温で自由に制御し基盤金属の表面に析出できるようになったことを述べている。このシステムはボルタモグラムの変化で析出量をコントロールきるだけでなく、吸着や反応に用いた表面の電気化学的特性を直接測定できるように設計された世界で唯一の装置であり、本研究では世界で初めての実験が多く行われた。その一つに、触媒として活性化された表面のボルタモグラムを測定し、反応中に表面構造或いは組成が変化することを診断できたと述べている。

 第四章では、NO+H2→1/2N2+H2O反応に対するPt及びRh単結晶の触媒活性は結晶面によって著しく異なり、Pt(100)>Rh(110)>Rh(100)>>Pt(110)の活性序列になることを実験的に示し、これらの単結晶表面に一定量のPtあるいはRhを析出させて作成したバイメタル単結晶表面の構造、特性及び触媒活性を詳細に調べている。Rh/Pt(100)バイメタル単結晶表面のRh原子は真空中で加熱すると容易にバルク内に拡散する。これに対し、Pt/Rh(100)バイメタル単結晶表面のPt原子は1000Kで加熱しても安定に表面に存在しているが、Pt/Rh(110)表面のPt原子は1000Kの加熱により容易にバルク内に拡散することが示された。一方、Pt/Rh(100)及びPt/Rh(110)表面はNO或いはO2中で加熱すると表面にRhが偏析し別の安定表面を形成することを明かにした。このようにして生成した表面はNO+H2反応に対し殆ど同じ触媒活性を示す。NO或いはO2中で加熱するとRh/Pt(100)及びPt/Rh(100)表面はp(3x1)LEED構造を示すのに対しPt/Rh(110)およびRh/Pt(110)表面はそれぞれc(2x4)及びc(2x2)のLEED像を示す。しかし、これらのRhが偏析したバイメタル表面の触媒活性はRh/Pt(100)Pt/Rh(110)Pt/Rh(100)RhPt(110)と構造に依存しない。この事実は、少量のRhの添加することで表面のPtは全て有効に機能することを示しており、極めて重要な結果である。このようにLEED像の異なる表面が同じ触媒活性を示す理由は、何れの表面もNO或いはO2との反応によってRhが表面に析出し同じ局所構造を持った活性点が形成されるためとし、STM像からPtに囲まれた4Rh原子から成るモデルを提出した。

 第五章では、ボルタモグラムが単結晶の表面構造に極めて敏感であることに着目し、バイメタル表面組成や構造の微妙な変化をボルタモグラムの測定によって診断すると言う全く新しい実験を試みた結果が述べられている。Pt(100)表面にRhを単原子層成長させた表面のボルタモグラムはRh(100)やPt(100)とは全く異なるが、この表面を酸素処理して得られるp(3x1)Rh/Pt(100)表面とも著しく異なり、H++eH反応に対する金属表面の触媒作用は極めて構造や組成に敏感であることが示された。同様にPt/Rh(100)表面を真空中で760Kに加熱した表面とNO+H2中で760Kまで加熱した表面のボルタモグラムと比較し、ボルタモグラムが新しい表面変化の診断法になりうることを示した。NO+H2反応に対し(3x1)Pt/Rh(100)とp(3x1)Rh/Pt(100)表面は同じ触媒活性を示すが、H++eH反応には異なる活性を持つことがそのボルタモグラムの違いで示された。このことは今後の興味ある問題である。

 第六章では、バイメタル表面の触媒活性とバイメタル表面のボルタモグラムに関する本研究を総括している。

 以上、本研究は溶液系の電気化学セルと超高真空系を直結させた装置を用いてバイメタル表面の構造や触媒活性を調べ、NO+H2→1/2N2+H2O反応に対するPt-Rh触媒の優れた触媒機能は反応中に活性な局所構造が表面に形成されることによることを明かにした本研究は、固体表面の触媒機能の解明のみならず新規触媒の設計と創成に極めて重要な指針を与えたと判断される。なお、本論文は田中虔一、田村裕之との共同研究を含むが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行なった研究であり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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