本論文は4章からなり、第1章は、序説、第2章は、クラスター内アニオン重合反応の研究、第3章は、クラスターイオンと固体表面との衝突過程に関する研究が述べられ、第4章では研究のまとめを行っている。 第1章では、まず、クラスターを化学反応の前駆体と考えた場合、単一粒子では起こらないような衝突反応が起きることが期待される理由を掲げ、研究の動機を明らかにしている。さらに、気相や凝集相(液相)では見られないようなこれらの特異な反応に着目し、その反応機構を解明するという研究の概要を述べている。 第2章では、論文提出者は、真空中においてサイズ選別されたアクリロニトリルクラスター負イオン(AN)n-に対し光解離法および光電子分光法を用いて実験を行い、さらに、環状化合物1,3,5-cyclohexanetricarbonitrile(c-HTCN)の負イオンの光電子スペクトルを測定している。これらの実験結果をab initio MO計算の結果を併用によって解釈し、(AN)3-の構造を推定した結果、(AN)3-が環状の化合物であり、有機合成により得られたc-HTCNとはCN基の配向の異なる立体異性体である可能性が高いことを明らかにしている。このようなクラスター内アニオン重合反応では、液相中での通常の重合反応では見られないクラスターに特徴的な反応と考えられる。以上の結果をもとに、クラスター内重合反応の反応機構について考察を行っている。 第3章ではクラスターイオンと固体表面との衝突過程の性質を解明するため、電子構造が比較的単純なナトリウムクラスター正イオン(Nan+)とSiO2膜でおおわれたシリコン(Si)表面との衝突過程を取り上げている。衝突の際、入射クラスターイオンは表面上で解離し、その大部分は中性化され、中性化を免れた散乱イオン種が検出される。そのため、この解離性化過程を明らかにするために、衝突により解離生成するイオン種の生成量の衝突エネルギー依存性を測定している。そして、散乱過程を明らかにするために、衝突により解離生成したイオン種の速度分布を、それぞれ各クラスターサイズごとに測定し、衝突過程の検討を行っている。また、衝突の際に引き起こされる超高温状態は、通常の実験手法では達成できない特異な反応場であることを報告している。 以上、論文提出者の電子付着および固体表面衝突により誘起されるクラスターに特有な化学反応に関する研究は、独創性が高いものと認められる。なお、本論文第2章は、佃達哉、寺嵜享、近藤保との共同研究、第3章は、寺嵜享、安松久登、U.Kalmbach、小泉真一、山口仁志、近藤保との共同研究によるものであるが、いずれの場合にも、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、審査委員会は、論文提出者福田祐仁に博士(理学)を授与できると認める。 |