表面科学においては、複雑な現象を解明するために単結晶などの理想的に均一な規定された表面が用いられ、超高真空下での表面構造や電子構造、あるいは固体表面上における気体の吸着構造などに関して多数の知見が得られてきた。従来、表面キャラクタリゼーションに用いられてきた回折法や分光法は、超高真空下での表面の長距離秩序や平均的な電子状態を与える手法である。しかしながら実際の固体表面で起こる化学反応や結晶成長などの動的な現象は、特定の活性点での反応あるいは核形成やその成長過程などに見られるように必ずしも均一に進行するとは限らない。最近になりこのような表面上での動的過程はPEEM(Photoemission Electron Microscopy:光電子放出顕微鏡)やLEEM(Low Energy Electron Microscopy:低速電子顕微鏡)で、顕微鏡の動画像としてとらえられた。この例として注目を浴びたのはG.ErtlとH.H.RotermundらによるPt表面上でのCO酸化反応に伴う、ダイナミックな変化をPEEMでとらえたことである。また、このようなダイナミックな化学過程では、異種の元素が共存し、その化学状態が刻々と変化していくが、これらの顕微鏡法には後に述べるように元素分解能がない。従って、表面現象の化学過程を直接とらえるためには以下の特徴を持つ手法を開発する必要がある。 ・元素種と化学状態およびその分布が分る ・リアルタイムイメージが観測できる感度を有する ・in-situ観察が可能である ・光源を変えることにより同一表面で様々な情報が得られる。 以上の条件を満たすためにXPEEM(X-ray Photoemission Electron Microscopy:X線光電子放出顕微鏡)および表面複合イメージングシステムの開発に取り組んだ。またこのイメージングシステムを使用してAg/Si(100)表面上のAgの昇華過程のリアルタイム観察に成功した。XPEEMは、反応中の表面の仕事関数によるリアルタイムイメージ法であるPEEM法を基本に新たに設計・作製したもので、X線により励起した光電子像をもとにして、表面の元素分布・化学状態分布が実空間像として得るものである。新しい顕微鏡はさらに電子線源を装着し、照射エネルギーが可変である。低速電子を照射したときには、表面構造に敏感な低速電子回折を画像化したLEEM、照射源のエネルギーに対してサンプル側を負に印可して表面上の等ポテンシャル面を鏡面反射を見るMEM(Mirror Electron Microscopy:ミラー顕微鏡)が使用できる。さらに1.5kVのエネルギーを照射するとAuger電子など様々な電子やX線などが励起され、その中で2次電子を選択して結像するSEEM(Secondary Electron Emission Microscopy:2次電子放出顕微鏡)、および化学情報を含むAuger電子を選択し、画像化することで化学マッピングができる。これをAEEM(Auger Electron Emission Microscopy:Auger電子放出顕微鏡)と言う。さらに紫外線も装備をし、従来のPEEMも測定可能にした。今まで述べた手法をそれぞれを同一表面について使用できるようにし、様々な手法を複合化した。 図1 XPEEM及び表面複合イメージングシステムの概念図。 XPEEMおよび複合イメージングシステムの装置概略を図1に示す。X線源にはAl-K線を用い、集光分光器を通して試料上に集光して照射される。紫外線源としては重水素ランプを、電子線源はLaB6電子銃を搭載した。試料ステージが-10.1kVから-8.5kVの間で印可電圧が可変できる。試料ステージに低速電子から高速電子を照射するために電子銃が10kVに固定して印可されている。試料ステージからの電子をグランドに落ちている対物レンズまでの間で加速させ、レンズ系へ有効に導入する。これはカソード対物レンズとよばれる。また非点補正のためにステイグメーター(STG)として4極子コイルが装備している。試料からの電子の結像を第1スクリーン(SC1)に結像する2段の中間レンズ(IL1,IL2)として、2段の磁界レンズを用いている。また角度制限と視野制限の絞りが装備され回折パターンによる暗視野像の観察などが行えるようになっている。試料からの電子のエネルギー分析および特定のエネルギーを持つ電子像を結像するためにエネルギーフィルターとしてWien Filterが装備されている。高分解能を実現するために減速レンズ(RL)により、電子の運動エネルギーを減速しWien Filterを通したリターデイングタイプのアナライザー方式を採用した。Wien Filterにより波長分散を起こし、エネルギー選別スリットの位置で各エネルギーに集光するように電子線の経路を描く。これによりある運動エネルギーをもつ光電子のみを選別でき、3段の投影レンズにより拡大されMCPで強度が倍増され、その電子が蛍光板のスクリーン(SC2)へ結像される。最終スクリーンの画像はTVカメラまたは冷却型CCDカメラで記録することができる。 in-situで表面での化学反応過程を追跡できる性能評価として、はじめに単色X線源を光源としたエネルギーフィルターを用いないt-XPEEMを図2に示す。これはSi表面上に30m四方のAuメッシュをのせた物にX線を照射し、表面から放出される全光電子像を結像したものである。ここでは原子番号が大きいほど2次電子放出が大きいので金のアイランドが明るく見えている。また、アイランドの周りのぼけは2次電子がブロードであるため色収差が生じたためである。 図2 Au/Si(100)表面のt-XPEEM像。 LEEM,MEM,PEEMおよびAEEMではその空間分解能が達成することができた。SEEMとt-XPEEMは色収差のため、それらより分解能が下がっている。 本装置はWien Filterを用いて電子のエネルギー分析を行うことができる。Wien Filterは荷電粒子について電場と磁場が釣り合うと直進する性質を利用したFilterである。必要な電子が直進し光軸が保たれるために、操作性が向上している。 Au/Si(111)表面にX線を照射し、光電子分光を測定した。その結果Au4fについてスペクトルが観察できた。それを図3に示す。Au4f7/2と4f5/2のそれぞれ84.0と87.7eVのピークが分散して見えている。 図3 Au/Si(111)表面のAu4fの光電子分散像。図4 Agを蒸着したCu400メッシュのAgMNNのAuger電子分散像。図5 Agを蒸着したCu400メッシュのAEEM像。 光源に電子線を使用し、表面に1.5keVの電子を照射して、表面からAuger電子を励起した。Agを蒸着したCuの400メッシュを用いた時の結果を図4に示す。この試料の細孔は30m四方である。Wien Filterを通してエネルギー分散させると、350eV付近のAgMNN Auger電子ピークが観測された(図4)。このAugerスペクトルで、エネルギー選別スリットを入れて必要なエネルギーを持つ電子を選別し、投影レンズ系の光学条件を変えてスペクトルから2次元画像へと切り替えて得たのが図5のAEEM像である。以上の性能について次の表1にまとめる。 表1 本装置の性能と得られる情報 Ag/Si(100)表面上の加熱を行い、その昇華過程の表面ダイナミクスをin-situ観察した。試料は30m四方のAgアイランドを蒸着によりSi(100)表面に作製し、試料を約1100Kに加熱した。その時の表面においてのAgアイランドの経時変化をSEEMで調べ、そのリアルタイムイメージをビデオで記録した。その結果Agが拡散することなく昇華していく様子が観測され、昇華の前にAgアイランドの収縮が観察された。さらに、Agアイランドがある大きさに達した後に、アイランドと基板のコントラストの差がしだいに小さくなっていく様子がリアルタイムで観測された。また最終的に表面に2次電子の放出のコントラストが異なる領域が残り、新しい物質相が生成したと考えられる。 以上のように、マッピングのできる複合表面顕微鏡の開発を行った。本顕微鏡システムは、表面反応や結晶成長あるいは表面拡散や新物質相形成などの表面動的現象について、特にガス雰囲気下でおよび加熱下で同一領域から様々な情報が、複合的に得られる新しいその場観察表面解析システムであり、表面化学過程の解明に幅広く利用できるものである。 |