学位論文要旨



No 113267
著者(漢字) 魯,大凌
著者(英字)
著者(カナ) ル,ダーリン
標題(和) 溶液中で電極電位により変化する金属及び合金微粒子の晶癖と多重双晶粒子の生成機構に関する研究
標題(洋) Studies on Crystal Habit of Metal and Binary Alloy Particles Formed at Different Electrode Potentials and Mechanism for the Formation of Multiply Twinned Particles in Solution.
報告番号 113267
報告番号 甲13267
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3413号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,虔一
 東京大学 教授 濱口,宏夫
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 岩澤,康裕
 慶応義塾大学 教授 伊藤,正時
内容要旨 序言:

 Auを含むいくつかの金属の単結晶表面は、真空中で加熱すると不可逆的に表面再構成することが知られている。一方、Auの単結晶表面は溶液中で電位を変えるとAu(111)、Au(100)とAu(110)の単結晶表面はいずれも電位によって可逆的な構造の変化が起こることが明らかになった。即ち、負電位(SCE)にするとAuの単結晶表面は(111)、(110)、(100)のいずれの結晶面も再構成を起こす。しかし、負電位から正電位にすると再構成表面は再び(1x1)構造に戻る。このようなpotential-induced surface reconstructionは溶液中でAu表面の格子定数が電極電位によって変化するために起きることを示唆する。解釈が正しいとすると、電位下で成長するAu微粒子は電位によって異なる晶形あるいは構造を持つのではないかとの推論が生まれる。このような発想から、溶液中で電気化学的に成長するAu微粒子の電位による変化を電子顕微鏡で調べたところ、電位によって多重双晶粒子となったり、fcc単結晶粒子になることを発見した。即ち、正の電極電位(SCE)下で生成するAu微粒子は正八面体fcc単結晶とfcc多結晶であるに対し、負電位下で生成するAu微粒子は正十面体と正二十面体の多重双晶粒子となる。これらの結果を基にAu以外のfcc金属微粒子の生成に対しても電位の影響を調べ、同様の電位の効果があることを見つけた。一方、Cu2+イオンはAuの表面に単原子層UPD析出することが知られている。そこでAuイオンとCu2+イオンが共存する溶液中でAu-Cu合金微粒子のlayer-by-layer生成機構を明らかにし、生成微粒子の晶癖に対する電位の効果を調べた。

実験:

 透過電子顕微鏡用のAuメッシュにコロジオン膜を張り、その上にcarbon膜を蒸着した。このAuメッシュを作用電極として用い、それぞれの電極電位(SCE)下でcarbon膜の上に析出する金属及び合金微粒子の形、構造及び組成を透過電顕(H-9000およびH-700)で観察し検討した。

結果:

 [Au]:Auの微粒子は負電位で正十面体と正二十面体粒子の生成が優先し、正電位(SCE)ではfcc結晶が生成することが分かった。この結果をまとめると図1に示すように電位によるAu単結晶表面の再構成電位と良く一致していることが分かる。

図1電極電位のより誘起されるAu単結晶表面構造変化とAu多重双晶粒子の生成
[Pt]:

 真空中でPt(100)とPt(110)表面においては表面再構成が起こることは良く知られている。さらに最近Pt(111)面においても高温まで加熱すると配列構造が変わることが見つかった。これらの事実から考え、負電位でPt微粒子を作るとPtの多重双晶粒子が生成すると予想した。負電位でのH2の発生を抑えるために0.05M CsClO4+1mM PtCl4の中性溶液中でAuよりもさらに負電位下でPt微粒子を生成し観察した。予想通り、正電位ではfcc単結晶Pt微粒子が生成し、負電位では正十面体および正二十面体のPt多重双晶粒子が生成することを初めて見い出した。

 その他、Ir、Ag、Pd、Rh、CuとNiの微粒子についても負電位では多重双晶粒子が生成することを見い出した。

[Au-Cu合金]:

 負電位でAuの単結晶表面は再構成し正電位で(1x1)構造に戻ることから、負電位にするとAuの第一層の原子はバルクより約4%を縮むと推論される。この推論が正しいとすると、負電位下で生成するAu微粒子の表面第一層は常に縮んでいることになり、その結果、多重双晶粒子が生成すると考えた。一方、Au(111)表面へCu2+が特定電位でunderpotential deposition(UPD)することが知られており、しかもCu+で2/3MLUPD析出する電位とCu0が1MLUPD析出する電位の存在が知られている。このことを考慮し、Au-Cu合金微粒子の組成と多重双晶粒子の生成について調べた。HAuCl4およびCu2+イオンを含む過塩素酸および硫酸溶液中でCuのUPD電位でAu-Cu合金微粒子を生成させたところ、Auの微粒子ではfcc単結晶および多結晶しか生成しない電位でAu-Cu合金の正十面体および正二十面体の多重双晶粒子が生成することを見い出した(図2)。硫酸溶液中ではAu(111)電極表面へのCu2+のUPD吸着に二つの状態は、第一ピークと第二ピークの間の電位ではCu+が2/3MLUPD析出し吸着構造はを示す。また第二ピークと平衡電位の間の電位でのUPD析出ではCu0が1ML析出し吸着構造は(1x1)であることが知られている(図3)。Au(111)電極表面に第一ピークと第二ピークの間の電位でAu-Cu合金微粒子が生成する場合、合金微粒子の最外層のAu表面にCu+がUPD吸着し、layer-by-layer成長するので、Au表面に負電荷が誘起される。その結果、Auの電極を負電位にした場合と同様の効果になり表面の原子間距離縮み合金の多重双晶粒子を生成すると考えた。

図2Au微粒子の生成電圧とAu-Cu合金微粒子の生成電圧の比較図3硫酸溶液中でAu(111)電極表面にCuのUPDのボルタモグラム

 溶液のCu2+イオン濃度を変えた実験で得られた各電位で生成したAu-Cu合金微粒子の組成と析出電位の関係を図4に示す(E-Eがゼロになる電位はCuの平衡電位である)。この図からUPD領域とOPD(overpotential deposition)領域で明らかに生成機構が異なる。layer-by-layer析出するUPD領域では合金微粒子の組成は溶液中のCu2+の濃度に関係なく、析出電位で決まることが分かる。また電顕の観察からAu-Cu合金の多重双晶粒子は組成がCu-30%以下の時のみ生成する。このことはCu+が2/3ML

 UPD析出することと一致する。即ち、2/3MLのCu+構造で完全にlayer-by-layer機構で生成すると約33%の組成に近づく。Cu-30%のAu-Cu合金では格子定数はAuのバルクより3%短かい。Au(111)の再構成構造ではAuの表面格子定数がバルクより4%縮むことを考えると、表面第一層とバルクの格子定数の差が表面配列変化のDriving Forceであるので、Cuが約30%になると合金のバルク格子定数が縮み表面とバルクの格子定数の差は殆ど無くなる。その表面に生成するAuの収縮が相殺されるため多重双晶粒子は生成しなくなると考えた。しかし、Cu0がUPD析出する電位でもlayer-by-layer機構で成長するので予想通りAu-Cu合金微粒子の組成はCu-50%となった(図5)。これらの電位範囲はAuイオンにとってはOPD電位であり、微粒子の成長速度はAuの析出速度で決まるが、生成する微粒子の形状はAuの層の上にCu+あるいはCu0が(1x1)構造で速い速度でUPD析出しlayer-by-layerの成長することで制御される。その結果、Cuの平衡電位より負のバルク析出とは全く異なる組成分布と形状を持った粒子となる。

図4Au-Cu合金微粒子の組成と析出電位の関係(1mM HAuCl4)図5Au-Cu合金微粒子の組成と析出電位の関係(0.1mM HAuCl4)
結論:

 本研究で電位によって誘起される表面再構成が結晶の晶癖に直接関係する現象であることが分かった。即ち、溶液中で生成する微粒子は負電位では表面の原子間距離が縮むのでfcc構造よりもっと密の構造を持ち正十面体および正二十面体の多重双晶粒子が生成する。Au以外のfcc金属についても負電位では一般に多重双晶粒子が生成することを示した。特に真空中でこれまではっきり知られていなかったPtの多重双晶粒子の生成を明らかにした。Auの表面にCu+がUPD析出する電位では合金多重双晶粒子が生成するがCu0がUPD析出する電位では多重双晶粒子が生成しない。その理由はCu+がUPD析出することによるAu層の格子が収縮するからである。Cu2+のUPD電位ではlayer-by-layer機構でAu-Cu微粒子が生成する。

審査要旨

 本論文は、第1章 Introduction,第2章 Experimental,第3章 Growth of Au particles in solutions,第4章 Growth of other fcc metal particles in solutions,第5章 Growth of Cu2O,Cobalt and Iron particles in solutions,第6章 Growth of various binary particles in the underpotential deposition region of Cu2+ ion,第7章 Mechanism for the formation of multiply twinned particles in solution、第八章 Summaryで構成されている。

 第一章では、これまでに報告されている清浄な金属単結晶表面の再構成について解説している。特に(100),(110),(111)の全結晶面で再構成を起こすことが知られているAu単結晶表面に注目し、表面再構成の原因について詳しく解説している。本研究は真空で加熱により生じる表面再構成と殆ど同じ再構成が溶液中で電位によりAu表面に誘起されることに注目し、微粒子の成長との関連を明かにした。このような現象を明かにしていく過程で溶液中での表面再構成に表面の電子密度が高くなるような電位勾配が重要であることが分かってきた。このことを証明する実験としてAu表面にCu+或いはCu0が一定の被覆率で吸着させながら合金微粒子を生成させる実験を行うために、Au表面に平衡電位より正の電位でCu2+が析出するUnder Potential Deposition(UPD)について解説している。これらの背景にたって本研究がAuの表面再構成と晶癖の関連を解明する目的で開始されたことを述べている。また、本研究での重要な発見の一つである電位に依存する多重双晶粒子の生成を理解のために、多重双晶粒子についても解説している。

 第二章は、本研究で開発した電子顕微鏡用のAuのメッシュを用いた電極反応の新しい実験法について解説している。

 第三章は、電子顕微鏡用のAuのメッシュ上に成長するAuの微粒子の晶癖が電位に大きく左右されることを電子顕微鏡写真で示している。HClO4溶液中でAuのメッシュ電極を負電位(SCE)に保つと正十面体及び正二十面体の多重双晶粒子が多量に生成し、正電位(SCE)では通常のfccのAu単結晶微粒子が生成することを発見し、多重双晶粒子の生成電位とAu単結晶の表面が再構成する電位とが一致することを明かにした。表面再構成と多重双晶粒子の生成機構について電位を負にすると、Au単結晶あるいは成長するAu微粒子表面に負電荷が増し表面原子の格子定数が縮むことが原因であると結論した。

 第四章では、Au以外の金属について同様の実験を行い、Rh,Ir,Ni,Pd,Pt,Cu,Ag,のfcc金属は全て金属に固有の敷居値があり、それ以下の負電位では多重双晶粒子を生成することを見つけ、電気化学的に成長する金属微粒子の晶癖に対する電場の効果はfcc金属に普遍的に見られる現象であると結論した。

 第5章では、fcc金属以外の金属としてCo及びFeについての実験結果を述べている。また、本研究で用いた実験法を溶液中でのpHと電位の相関図として分かっている系に適用することで特定の化合物を合成できることを、Cu2Oの単結晶微粒子が生成する現象とその反応機構で述べている。Coの微粒子は負電位でfcc金属で見られたような現象は起きず、最密充填の[001]面を基盤に平行にしたhcp結晶として成長する。一方、Feは-1.2V(SCE)では特徴的な十字構造をしたbcc構造の微粒子として成長するが-1.3Vでは十字構造の基本骨格に樹氷の様なデンドリック構造の成長がおきることを明かにした。

 第六章では、AuとCuイオンが共存する溶液で電気化学的に成長する合金微粒子の成長機構、組成、晶癖に対する電位の効果に注目した実験を行っている。特に、Cu2+イオンを含む溶液ではAu(111)単結晶表面に平衡電位より正電位でCu+或いはCu0が単原子層以下の一定量析出するUnder Potential Deposition(UPD)と呼ばれる現象に注目し微粒子の生成を行っている。その結果、電位をCu2+イオンのUPD電位に保ってAu-Cu合金微粒子を成長させると、Au-Cu合金微粒子がlayer-by-layer機構で生成することを実証した。更に、Auの表面にUPD析出したCu2+イオンがCu+である電位とCu0で析出する電位で合金微粒子の超癖は大きく変わり、Cu+がUPD析出する電位で生成する合金微粒子のみ多重双晶粒子になることを示した。この実験結果はAu表面にCu+がUPD吸着することで成長するAu微粒子の表面に負電荷が過剰になることを考えると、Auの多重双晶粒子の生成と同様、格子定数が縮むために起きる現象であるとした。これらの説明を裏付けるために金属の表面張力が電位により変化する現象について述べている。

 第七章は、電位に依存する多重双晶粒子の生成機構について考察し第八章で論文全体のまとめを述べている。

 以上、電極反応に透過電子顕微鏡法を用いると言う新しい手法で、電位下で成長する金属微粒子の晶癖と電位により誘起される表面再構成の現象が同一の現象であることを実験的に示した。さらに、Au表面にCu2+イオンがUPD析出する現象を用いてlayer-by-layer成長機構で合金微粒子を成長させることにより、UPD析出するイオンがCu+である場合のみ多重双晶の合金微粒子が成長することを明かにした。表面の再構成と微粒子の晶癖が金属表面の負電荷に良って引き起こされる共通の現象であることを示した本研究は極めて重要な新しい実験事実であると判断される。なお、本論文は田中虔一、荒叉明子、大川祐司、市原正樹、鈴木邦夫との共同研究を含むが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行なった研究であり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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