本論文は不和合性能がInclグループに属するColIb-P9プラスミドの自律的複製を担う複製最小領域(3kb)を用いて、複製起点(ori)領域の複製に及ぼす効果、複製終結因子の役割、並びにプラスミドの安定維持に関与する遺伝子の解析をまとめたものであり、全体は4章から構成されている 第1章では本研究の背景と目的を複製開始蛋白質repZ遺伝子の発現制御と最近解析されたColIb-P9の全ゲノム(93.399bp)の構造に関連づけて述べている 第2章ではRepZが作用するoriの同定と、repZ遺伝子とoriの間のspacer領域の機能解析について述べている.欠失プラスミドを用いた解析によりColIb-P9のoriはrepZより178bp下流の125bpの領域であることをまず明らかにした。この領域はAT塩基に富んでおり、10塩基からなる繰り返し様配列が3箇存在していた。次いで、oriをrepZ下流の本来の位置に接続したプラスミドを作製して複製能を検討したところ、repZとoriの間の約180bpのspacer領域の欠失が複製能を低下させることを見いだした。 ColIb-P9のspacer領域にはRepZ mRNAの転写を終結する活性が認められ、その活性をガラクトース遺伝子の発現量を指標として測定したところ、99%の転写終結活性が認められ、さらに大腸菌の転写終結因子に変異をもつrho201株中では転写終結活性は70%にまで低下した。そこで、spacer領域に塩基置換を多数導入し、依存性転写終結活性が低下したプラスミドを作製し、複製能を調べたところ、形質転換効率が1%にまで減少していた。一方、spacer領域を依存性ターミネーターで置換したプラスミドは複製可能であった。そこで複製の依存性を検討するためColIb-P9の複製能をrho201変異株中で測定した.spacer領域を依存性ターミネーターで置換したプラスミドはrho201変異株でほとんど複製能がなかった。spacer断片を非依存性ターミネーターでおきかえたプラスミドはrho201変異株でも高い複製能を示した。これらの結果はspacer領域の転写終結活性がターミネーターの依存性にかかわらずrepZ遺伝子産物のoriへの作用に必要であることを示唆している。 第3章ではプラスミドの安定維持の観点からColIb-P9の複製を解析した結果をまとめている。ori下流領域が、ColIb-P9複製最小領域3kbをもつプラスミドの安定保持に果たす役割を検討するためori下流領域にランダムに塩基置換変異を導入し、プラスミドの維持が不安定になった変異株を選抜する方法を開発し、変異株の分離を行った。約30株のプラスミド変異は全て複製終結配列Terにマップされた。複製したColIb-P9のDNAを調べた結果、これらの変異プラスミドDNAは多量体化していた。プラスミドDNAが多量体化することにより分配される単位としてのコピー数が低下し、プラスミドの維持が不安定になったと考えられる。 次に、トランスポゾンTn10を宿主染色体遺伝子にランダムに挿入しプラスミドの維持を不安定化する宿主側の変異を分離した。得られた変異株6株中、2株がTer配列に結合する蛋白質をコードしているtus遺伝子内に変異がマップされた。この事実は、ColIb-P9のTer配列が宿主菌のTus蛋白と協同して、プラスミドの安定的維持に抗多量体化因子として作用していることを示している。 宿主の相同組換え能がプラスミド多量体化を起こす可能性を検討するため、プラスミド間の相同組換え能が低下しているrecFl43変異株中でのTer変異プラスミドの安定性を測定した。その結果Ter変異プラスミドはrecFl43変異株中では多量体化せず安定であることが明らかになった。 以上の結果は、ColIb-P9のTer配列とその結合因子である宿主のTus蛋白質が相同組換えによるプラスミドの多量体化を防止しプラスミドの安定的維持に働いていることを示している。これまで、Ter配列やtus遺伝子を欠失した大腸菌は野生型と同様に増殖し、その機能の欠損が明確な表現型を示すことがなかった。本研究では、Ter-Tusシステムがプラスミドの安定的維持のため相同的組換えによる多量体化を防ぐ因子として同定できたことの意義は重要である。 第4章では、自律複製領域外で、プラスミド安定化遺伝子の一つと予想されるresolvase遺伝子の機能解析を行った結果について述べている。ColIb-P9全ゲノム塩基配列の解析結果によるとColIb-P9のoriの約15kb下流にはFプラスミドのresD遺伝子と高い相同性を示すORF22が存在していた。FプラスミドresD遺伝子産物はrfsFと呼ばれる配列で部位特異的組換え反応を行いプラスミド多量体をモノマ-に解離する。ColIb-P9のORF22もそのような機能を持つかどうかを解析した。その結果、ORF22を含む断片をクローニングしたプラスミドはrec+株でも安定であったが、ORF22欠損プラスミドは多量体化し、不安定となった。従ってColIb-P9の複製において、Ter-Tusシステム存在下でも生じたプラスミド多量体はORF22遺伝子産物により解離されると考えられ、プラスミドのような寄生性因子が宿主細胞内で様々な戦略を用いて安定に維持される機構の一端を明らかにすることができた。 RepZの厳密な発現制御がどのようにして正確に複製開始頻度に反映されるのかを知り、ColIb-P9の複製開始制御の全体像を明らかにする上で、spacer領域の機能解析は重要な意味を持つものと考えれる また、複製終結配列Terの生理的機能は未知であり、本研究で見いだされた相同組換えによる多量体化防止機能が宿主染色体でのTerの機能として考えられ、非常に興味深く、今後の研究の発展が期待できる 以上のように、本研究はプラスミドの複製と安定的な維持に関して重要な学術的貢献をするものと認められる。このため、論文提出者は博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格があると判断された |