学位論文要旨



No 113269
著者(漢字) 森,淳
著者(英字)
著者(カナ) モリ,アツシ
標題(和) Collb-P9の複製と維持に関する研究
標題(洋)
報告番号 113269
報告番号 甲13269
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3415号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 助教授 正井,久雄
 東京大学 講師 飯野,雄一
内容要旨

 生物にとってDNA複製は遺伝情報の伝達を保証する最も基本的な機能のひとつである。DNA複製は開始、伸長、終結、分配の各段階に分けられ、それぞれの段階が細胞の内外の条件と連絡して厳密に制御されていると考えられている。

 大腸菌プラスミドColIb-P9の複製は93399bpのゲノム中の一箇所から開始され、一方向に進行し、ゲノムDNAを一周して終結する。ColIb-P9の複製は約3kbのDNA断片に担われており、そこには複製開始蛋白質をコードするrepZ遺伝子とその発現を調節することにより、プラスミドDNAの複製開始頻度とコピー数を規定している制御領域が存在している。repZの下流の配列はColIb-P9の複製にとって必須であり、さらには大腸菌の複製開始蛋白質DnaAの結合配列DnaA boxが存在していることやAT塩基に富んでいることから複製起点にあたると考えられている。さらに複製起点の下流には大腸菌のDNA複製終結配列Ter(宿主Tus蛋白質が結合)や、一本鎖DNAで複製を開始するssi領域(宿主DnaG蛋白質が結合)が存在している。

 ColIb-P9の複製開始頻度はrepZの発現量に比例することが明らかにされている。repZの発現はアンチセンスRNAにより制御される。repZの発現にはその先導域に重なって存在する小さなORF(repY)の翻訳が必要である。repYの翻訳により、RepZ mRNAがrepZの翻訳を開始できるシュードノット構造に変化する。アンチセンスRNAはシュードノット構造の形成とrepYの翻訳を阻害する。このようにColIb-P9のrepZの発現制御機構は詳細に解析されているのに比べ、複製開始や、その後の複製過程についてはほとんど不明である。本研究はrepZ発現後のColIb-P9の複製過程をin vivoで解析した結果をまとめたものである。

oriの同定

 研究を始めるにあたって、repZが作用するoriの同定を行った。ColIb-P9は宿主のDNAポリメラーゼI(polA遺伝子産物)に依存せず複製できる。そこで、DNAポリメラーゼI依存性のレプリコンであるベクターpUC118に、ColIb-P9断片をクローニングしてpolA1変異株での複製能を検定した。repZ下流の非翻訳領域を下流側から欠失させていくと、塩基番号1786までの欠失では形質転換能は親株に比して1/5に低下するも、コピー数はほぼ同じである。これに対し、塩基番号1755まで欠失させると複製能は大きく低下した。従って塩基番号1786がoriの3’境界にあたると判断した。次にoriの5’境界を決定する為にori領域を含むと考えられる複製能のない0.5kbのDNA断片をpUC118にクローニングし、DNAポリメラーゼI非依存性のレプリコンにクローニングしたrepZからトランスにRepZ蛋白質を作用させる系の確立を試みたが成功しなかった。このようなRep蛋白質のシス特異的作用は他のアンチセンス型プラスミドでも報告されている。これに対し、0.5kbのori断片をrepZ上流に挿入したプラスミドは複製したので、repZ上流でoriを5’側から欠失させ、oriの5’境界を塩基番号1662と決定した。以上によりColIb-P9のoriはrepZより178bp下流の125bpの領域であることを明らかにしたこの領域はAT塩基に富んでおり、10塩基からなる繰り返し様配列が3箇存在していた。DnaAの結合配列DnaA boxは必須ではなくoriには含まれなかった

spacer領域の機能

 oriをrepZ下流に接続したプラスミドを作製して複製能を検討したところ、repZとoriの間の約180bpのspacer領域の欠失が複製能を低下させることを見いだした。spacer領域を逆向きにしたプラスミドも複製能が低下した。spacer領域にどのような機能が必要であるのかを知るため、この領域の詳細な内部欠失プラスミドを作製して複製能を検討した結果、どの欠失プラスミドも複製能が低下することから、spacer領域には特定の重要な塩基配列はないと判断した。

 一方、RepZ mRNAの3’端をS1マッピング法で決定したところ、repZ下流60塩基で転写終結していた。そこには非依存性ターミネーター構造はみられなかった。大腸菌の転写終結因子はrC塩基含量が高いRNAに非特異的に結合し、そのヘリカーゼ活性により転写を終結させる。ColIb-P9のspacer領域の転写終結活性を測定したところ、99%の転写終結活性がrho201変異株中では70%にまで低下した。そこで、spacer領域にC-to-T塩基置換を多数導入し、依存性転写終結活性を下げたプラスミドpSB3914を作製し、複製能を調べたところ、polAI変異株の形質転換効率が1%にまで減少していた。spacer領域を依存性ターミネーターtRIまたはtrp l’で置換したプラスミドpBATRI、pBATRPは複製可能であった。

 次に複製の依存性を検討するためColIb-P9の複製能をrho201変異株中で測定した。ColIb-P9の複製領域1.8kbはrho201変異株で複製した。pBATR1、pBATRPはrho201変異株でほとんど複製能がなかった。pSB3914の変異spacer断片にtrp a 非依存性ターミネーターを挿入したプラスミドpSB3914TはpSB3914より高い複製能を持っており、rho201変異株でも複製した。

 これらの結果はspacer領域の転写終結活性がターミネーターの依存性にかかわらずrepZ遺伝子産物のoriへの作用に必要であることを示唆している。

Ter配列の機能

 野性型ColIb-P9は1〜2コピー/宿主ゲノムで存在する。能動的なプラスミド分配が行なわれないならば、細胞分裂時にプラスミドはランダムに2つの細胞に振り分けられる。ColIb-P9複製領域3kbは無選択培地でもランダム分配の予想より安定に維持された(プラスミド保持菌が100世代で90%)。複製領域3kbのori下流側から欠失を導入するとORF4(塩基番号2661-2939)の欠失でプラスミドはやや不安定化した(100世代で70%)。ORF4は既知のプラスミド安定化蛋白質とは相同性を示さなかった。ssi領域を欠失すると、プラスミドはさらに不安定化した(100世代で30%)。塩基番号2020から2040に存在するTer配列をも欠失するとプラスミドは非常に不安定となった(60世代で0%)。高コピー数変異C334Aを持つ場合(15コピー/宿主ゲノム)はランダム分配の予想通り全く脱落せず安定である。この高コピー数プラスミドを用いて同様にori下流側から欠失を導入すると、Ter配列まで欠失するとプラスミドが不安定化した。この時プラスミドDNAは多量体化していた。プラスミドDNAが多量体化することにより分配される単位としてのコピー数が低下し、プラスミドの維持が不安定になったと考えられる。

 ori下流領域がColIb-P9複製領域3kbの維持に果たす役割を検討するため高コピー数プラスミドを用いてori下流領域にランダムに塩基置換変異を導入し、プラスミドの維持が不安定になった変異株を30株選抜した。これらのプラスミド変異は全てTer配列内にマップされた。これらの不安定化変異プラスミドDNAは多量体化していた.

 トランスポゾンTn10を宿主染色体遺伝子にランダムに挿入し高コピー数プラスミドの維持を不安定化する宿主側の変異を分離した 得られた変異株6株中、2株がtus遺伝子内に変異がマップされた.

 宿主の相同組換え能がプラスミド多量体化を起こす可能性を検討するため、プラスミド間の相同組換え能が低下しているrecF143変異株でTer変異プラスミドの安定性を測定した.その結果Ter変異プラスミドはrecF143変異株では多量体化せず安定であることが明らかになった。

 以上の結果は、ColIb-P9のTer配列とその結合因子である宿主のTus蛋白質が相同組換えによるプラスミドの多量体化を防止していることを示している

resD類似遺伝子の機能

 ColIb-P9全ゲノム塩基配列が電気通信大学溝渕研究室において決定された.ColIb-P9のoriの約15kb下流にはFプラスミドのresD遺伝子と高い相同性を示すORF22が存在していた。FプラスミドresD遺伝子産物はrfsFと呼ばれる配列で部位特異的組換え反応を行いプラスミド多量体をモノマーに解離する。ColIb-P9のORF22もそのような機能を持つかどうか解析した。

 rec+株で不安定であるベクターpBR322に、ColIb-P9塩基番号2878-23465のSalI断片をクローニングすると、プラスミドはrec+株で安定となった。このプラスミドのSalI断片内のORF22を相同組換えを利用して破壊した。その結果、rec-株でORF22欠損プラスミドは多量体化し、不安定となった。

 ORF22を含む2kbのDNA断片をpBR322にクローニングしたプラスミドはrec+株で安定であった。

 以上の結果により、ColIb-P9の複製において、Tus-Ter系存在下でも生じたプラスミド多量体はORF22遺伝子産物により解離されると考えられる。

結論

 ColIb-P9のoriはrepZの下流に存在していた。RepZ蛋白質はin vivoでトランス位のoriに作用しなかった。repZとoriの間のspacer領域はin vivoでの複製に必要であり、spacer領域の転写終結活性が複製能と相関していた。spacer領域の転写終結活性はシス位に存在するrepZ遺伝子の産物のoriへの作用を促進すると考えられる。

 ori下流に存在するTer配列と宿主のtus遺伝子の変異によりColIb-P9は多量体化し、宿主での維持が不安定となった。相同組換え欠損株中ではこれらの変異が存在しても多量体化せず、安定であった。従ってColIb-P9のTus-Ter系は相同組換えによるColIb-P9の多量体化を防止すると考えられる。また、ColIb-P9ゲノムに存在するresD類似遺伝子もプラスミド多量体化を防止し、プラスミドの宿主での維持を安定化した。

審査要旨

 本論文は不和合性能がInclグループに属するColIb-P9プラスミドの自律的複製を担う複製最小領域(3kb)を用いて、複製起点(ori)領域の複製に及ぼす効果、複製終結因子の役割、並びにプラスミドの安定維持に関与する遺伝子の解析をまとめたものであり、全体は4章から構成されている

 第1章では本研究の背景と目的を複製開始蛋白質repZ遺伝子の発現制御と最近解析されたColIb-P9の全ゲノム(93.399bp)の構造に関連づけて述べている

 第2章ではRepZが作用するoriの同定と、repZ遺伝子とoriの間のspacer領域の機能解析について述べている.欠失プラスミドを用いた解析によりColIb-P9のoriはrepZより178bp下流の125bpの領域であることをまず明らかにした。この領域はAT塩基に富んでおり、10塩基からなる繰り返し様配列が3箇存在していた。次いで、oriをrepZ下流の本来の位置に接続したプラスミドを作製して複製能を検討したところ、repZとoriの間の約180bpのspacer領域の欠失が複製能を低下させることを見いだした。

 ColIb-P9のspacer領域にはRepZ mRNAの転写を終結する活性が認められ、その活性をガラクトース遺伝子の発現量を指標として測定したところ、99%の転写終結活性が認められ、さらに大腸菌の転写終結因子に変異をもつrho201株中では転写終結活性は70%にまで低下した。そこで、spacer領域に塩基置換を多数導入し、依存性転写終結活性が低下したプラスミドを作製し、複製能を調べたところ、形質転換効率が1%にまで減少していた。一方、spacer領域を依存性ターミネーターで置換したプラスミドは複製可能であった。そこで複製の依存性を検討するためColIb-P9の複製能をrho201変異株中で測定した.spacer領域を依存性ターミネーターで置換したプラスミドはrho201変異株でほとんど複製能がなかった。spacer断片を非依存性ターミネーターでおきかえたプラスミドはrho201変異株でも高い複製能を示した。これらの結果はspacer領域の転写終結活性がターミネーターの依存性にかかわらずrepZ遺伝子産物のoriへの作用に必要であることを示唆している。

 第3章ではプラスミドの安定維持の観点からColIb-P9の複製を解析した結果をまとめている。ori下流領域が、ColIb-P9複製最小領域3kbをもつプラスミドの安定保持に果たす役割を検討するためori下流領域にランダムに塩基置換変異を導入し、プラスミドの維持が不安定になった変異株を選抜する方法を開発し、変異株の分離を行った。約30株のプラスミド変異は全て複製終結配列Terにマップされた。複製したColIb-P9のDNAを調べた結果、これらの変異プラスミドDNAは多量体化していた。プラスミドDNAが多量体化することにより分配される単位としてのコピー数が低下し、プラスミドの維持が不安定になったと考えられる。

 次に、トランスポゾンTn10を宿主染色体遺伝子にランダムに挿入しプラスミドの維持を不安定化する宿主側の変異を分離した。得られた変異株6株中、2株がTer配列に結合する蛋白質をコードしているtus遺伝子内に変異がマップされた。この事実は、ColIb-P9のTer配列が宿主菌のTus蛋白と協同して、プラスミドの安定的維持に抗多量体化因子として作用していることを示している。

 宿主の相同組換え能がプラスミド多量体化を起こす可能性を検討するため、プラスミド間の相同組換え能が低下しているrecFl43変異株中でのTer変異プラスミドの安定性を測定した。その結果Ter変異プラスミドはrecFl43変異株中では多量体化せず安定であることが明らかになった。

 以上の結果は、ColIb-P9のTer配列とその結合因子である宿主のTus蛋白質が相同組換えによるプラスミドの多量体化を防止しプラスミドの安定的維持に働いていることを示している。これまで、Ter配列やtus遺伝子を欠失した大腸菌は野生型と同様に増殖し、その機能の欠損が明確な表現型を示すことがなかった。本研究では、Ter-Tusシステムがプラスミドの安定的維持のため相同的組換えによる多量体化を防ぐ因子として同定できたことの意義は重要である。

 第4章では、自律複製領域外で、プラスミド安定化遺伝子の一つと予想されるresolvase遺伝子の機能解析を行った結果について述べている。ColIb-P9全ゲノム塩基配列の解析結果によるとColIb-P9のoriの約15kb下流にはFプラスミドのresD遺伝子と高い相同性を示すORF22が存在していた。FプラスミドresD遺伝子産物はrfsFと呼ばれる配列で部位特異的組換え反応を行いプラスミド多量体をモノマ-に解離する。ColIb-P9のORF22もそのような機能を持つかどうかを解析した。その結果、ORF22を含む断片をクローニングしたプラスミドはrec+株でも安定であったが、ORF22欠損プラスミドは多量体化し、不安定となった。従ってColIb-P9の複製において、Ter-Tusシステム存在下でも生じたプラスミド多量体はORF22遺伝子産物により解離されると考えられ、プラスミドのような寄生性因子が宿主細胞内で様々な戦略を用いて安定に維持される機構の一端を明らかにすることができた。

 RepZの厳密な発現制御がどのようにして正確に複製開始頻度に反映されるのかを知り、ColIb-P9の複製開始制御の全体像を明らかにする上で、spacer領域の機能解析は重要な意味を持つものと考えれる

 また、複製終結配列Terの生理的機能は未知であり、本研究で見いだされた相同組換えによる多量体化防止機能が宿主染色体でのTerの機能として考えられ、非常に興味深く、今後の研究の発展が期待できる

 以上のように、本研究はプラスミドの複製と安定的な維持に関して重要な学術的貢献をするものと認められる。このため、論文提出者は博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格があると判断された

UTokyo Repositoryリンク