学位論文要旨



No 113272
著者(漢字) 伊藤,暢
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,トオル
標題(和) GM-CSFレセプターの活性化とシグナル伝達機構
標題(洋) Mechanism of GM-CSF receptor activation and signal transduction
報告番号 113272
報告番号 甲13272
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3418号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨

 顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF、以下GMと略す)は、元々in vitroにおける顆粒球.マクロファージコロニーの形成を促進する因子として同定されたサイトカインであるが、その後の研究により、未熟な造血前駆細胞の増殖、分化の促進、生存維持、あるいは種々の成熟血球細胞の機能亢進等の多くの生理活性を有することが明らかとなった。GMの作用は、細胞膜上に発現する特異的なレセプターを介して標的細胞内に伝達される。機能的な高親和性GMレセプター(GMR)は、鎖と鎖の2種のサプユニットから成るヘテロ複合体であり、このうち鎖がGMに特異的であるのに対し、鎖はインターロイキン(IL)-3、IL-5のレセプターにも共有される。鎖、鎖共にサイトカインレセプタースーパーファミリー(I型)に属する一回膜貫通型の糖タンパク質で、リガンドとの結合に与る細胞外領域には、このファミリーに特徴的な4つのシステイン残基とWSXWSモチーフを有する。一方、シグナル伝達経路の出発点である細胞内領域には、キナーゼやホスファターゼ等の既知の酵素との相同性は認められない。GMRからのシグナル伝達には、鎖および鎖の両サプユニットの細胞内領域が必要とされるが、鎖の細胞内領域(約50アミノ酸長)に比して鎖のそれは約430アミノ酸長と大きいこと、前者の機能は後者により代替されうることなどから、後者が中心的な機能を担うと考えられている。

 鎖の細胞内領域(a.a.450-881)には2つの異なる機能ドメインの存在することが、細胞内領域をC末端側から段階的に欠失させた一連の変異体を用いた解析により既に明らかとなっている。すなわち、a.a.544を境として、膜近傍(N末端側)の部分は細胞増殖(DNA合成)や初期応答遺伝子c-mycの発現の誘導に必要であり、一方、これよりもC末端側の部分は、Ras/Raf/ERK経路の活性化やc-fos/c-jun遺伝子の発現誘導に関与している。膜近傍の領域には、多くのI型サイトカインレセプターで保存されるbox1、box2と称されるモチーフが存在する(図1)。他のサイトカインレセプター系での研究から、box1モチーフはJAKファミリーのチロシンキナーゼ(GMRの場合はJAK2)との会合に必要であると考えられている。JAKも含めて種々のチロシンキナーゼの鎖への会合が示唆されており、これに対応して、GMの刺激に伴い細胞内タンパク質の急速かつ一過性のチロシンリン酸化が誘導される。レセプターの鎖もリン酸化されるタンパク質の一つである。しかしながら、鎖のチロシンリン酸化の意義については、これまで明らかにされていない。

 本研究では、GMRの活性化機構と下流のシグナル伝達経路を明らかにするために、鎖のシグナル伝達に関わる機能ドメインの解析を行った。この目的で、ヒト鎖細胞内領域に種々の変異を導入し、これらの変異型鎖を野生型のヒト鎖と共にマウスBA/F3細胞に一過性または安定的に導入して発現させた後、ヒトGMで刺激した際の細胞増殖の誘導やシグナル伝達分子の活性化への影響を検討した。

結果i)膜近傍のbox1、box2モチーフの機能解析

 鎖のbox1、box2モチーフの機能を明らかにするために、それぞれのモチーフを欠失した変異体△box1および△box2を作製し、解析を行った。短期的な細胞増殖の誘導能についてMTTアッセイにより検討したところ、野生型の鎖あるいは△box2を発現する細胞ではヒトGMの濃度依存性の増殖が誘導されたのに対し、△box1では増殖反応は認められなかった。次に、c-fos遺伝子の発現誘導能について、c-fosプロモーターの制御下にルシフェラーゼ遺伝子を発現するレポーター遺伝子を用いて検討した。その結果、△box1ではレポーター遺伝子の発現が全く誘導されなかったことから、c-fos遺伝子の発現には、既に明らかにされていた領域(a.a.544よりC末側)のみでなく、膜近傍のbox1も必須であることが明らかとなった。ところで、ii)に示すように、c-fosプロモーター活性化に至るシグナルには鎖のチロシンリン酸化が関与すると考えられた。そこで鎖のチロシンリン酸化の誘導について解析したところ、△box1ではチロシンリン酸化は認められなかった(図2)。これは、box1が鎖をリン酸化するチロシンキナーゼの活性化に必要であることを示唆している。

図1. ヒトGM-CSFレセプター鎖の模式図細胞外領域は省略してある。Y、チロシン残基(数字はアミノ酸番号);1および2、box1およびbox2;TM、膜貫通領域。図2. 鎖のチロシンリン酸化鎖抗体による免疫沈降物をSDS-PAGEにて展開後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体(anti-PY)または抗鎖抗体(anti-)を用いてウエスタンプロット解析を行った。
ii)鎖のチロシン残基(Tyr577)の、シグナル伝達への関与

 C末端側からの欠失変異体も新たに作製し、解析を行った。c-fosプロモーターの活性化は、a.a.590よりC末端側を欠く変異体(589)でも野生型と同様に誘導され、589中で577番目のチロシン(Tyr577)一残基をフェニルアラニンに置換することにより失われた。一方、全長の鎖に同様のTyr577の置換を導入した場合には、c-fosプロモーターの活性化に著しい減少は見られなかったことから、このシグナルには、Tyr577と、a.a.590よりもC末端側の領域からとの、複数の経路が関与すると考えられた。チロシンリン酸化部位と相互作用する可能性のあるSH2ドメインを有する分子について検討したところ、Tyr577がアダプター分子Shcのチロシンリン酸化に必須であることを見いだした。これに対し、チロシンホスファターゼSHP-2のリン酸化は、Tyr577と、a.a.590よりもC末端側の領域とが、それぞれ独立に誘導することができた。

iii)個々のチロシン残基の機能解析

 鎖のチロシンリン酸化のシグナル伝達への関与が示唆されたので、個々のチロシン残基の機能について検討を行った。まず、細胞内領域に存在する8箇所のチロシン残基(図1)全てをフェニルアラニンに置換した変異体(Fall)を作製して解析を行ったところ、JAK2の活性化は誘導されたが、その他のシグナル分子(以下に述べる)の活性化や、c-fosプロモーターの転写活性化は誘導されなかった。さらに、FallではGMによる細胞増殖の誘導も十分には引き起こすことができなかった。そこで、Fallのバックグラウンドに個々のチロシン残基を一つだけ戻した一連の変異体を作製し、種々のシグナル伝達経路の活性化に必要なチロシン残基の同定を行った(図3)。その結果、SHP-2のチロシンリン酸化と、その下流のカスケードを構成すると考えられるキナーゼRaf-1、ERK2の活性化、さらにc-fosプロモーターの誘導には、Tyr577、Tyr612、Tyr695の3箇所のチロシン残基が関与していた。一方、転写因子STAT5の活性化には8箇所全てが関与していたが、中でもTyr612、Tyr695、Tyr750、Tyr806の4箇所が、他に比べて比較的強い活性化を誘導できた。さらに、GMによる細胞増殖誘導にも鎖の全てのチロシン残基が何らかの寄与をしうることが明らかとなった。

図3. ヒト鎖細胞内領域のチロシン残基と、活性化されるシグナル伝達分子8箇所の内4箇所でよく保存された残基を四角で囲み、下にモチーフを示した。
考察

 本研究では、GMR鎖のチロシンリン酸化が、レセプター活性化とシグナル伝達における重要なステップであることを明らかにした。さらに、鎖をリン酸化するキナーゼの活性化には膜近傍のbox1モチーフが必要であること、鎖細胞内の異なるチロシン残基により複数のシグナル伝達経路の活性化が制御されることを示した。

 一般にbox1モチーフはJAKファミリーキナーゼの会合に関わると考えられているが、実際に鎖の△box1変異体でもJAK2の活性化能が失われている*1。△box1では、本文中に述べた以外にも、調べた限り全てのシグナル伝達分子の活性化、遺伝子発現等の誘導が見られない。同様に、JAK2の優性抑制変異体を発現させた場合にもGMによるあらゆる細胞応答、シグナル事象が抑制される*1ことから、box1を介するJAK2の活性化が、レセプター活性化の最初のステップであると考えられる。

 今回、鎖細胞内領域のチロシン残基の内でShc、SHP-2、およびSTAT5の活性化(リン酸化)に関与する部位を特定したが、それぞれのチロシン残基の周辺のアミノ酸配列(モチーフ)に注目すると、機能的な多面性と重複性があることに気づく(図3)。すなわち、鎖チロシン残基とこれらのシグナル分子との関係は、必ずしも「個々のチロシン残基が、それぞれ異なる、ある特定の分子を活性化する」というものではなく、「個々のチロシン残基が同時に複数のシグナル分子を活性化し(pleiotropic)」たり、「異なるモチーフを持つ複数のチロシン残基が、共通のシグナル分子の活性化を誘導し(redundant)」うるという特徴を有している。その分子的基盤や生理的な意義は不明であるが、鎖のチロシン残基に結合する何らかのアダプター(ドッキング)タンパク質の存在を示唆するのかもしれない。

 最後に、これまでの研究を踏まえた、GMRの活性化機構のモデルを示す:(1)GMの結合に伴い、まずbox1を介してJAK2が活性化されると、(2)JAK2あるいはその下流のキナーゼにより鎖のチロシン残基がリン酸化を受け、(3)鎖のチロシンリン酸化部位が下流の複数のシグナル伝達経路の活性化を制御する。

 *1:S.Watanabe,et al.(1996)J.Biol.Chem.271:12681-12686.

審査要旨

 顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)は、種々の血球細胞の増殖・分化の促進、生存維持、機能亢進等の多くの生理活性を有するサイトカインである。GM-CSFの作用は、標的細胞の膜表面上に発現する特異的なレセプターを介して及ぼされる。機能的な高親和性GM-CSFレセプターは鎖と鎖より構成され、シグナル伝達においては後者が中心的な機能を担っている。本論文では、GM-CSFレセプターの活性化機構と下流のシグナル伝達経路を明らかにする目的で、ヒトGM-CSFレセプター鎖の機能解析を行った。

 本論文は全4章より構成される。序論となる第1章は4部からなり、サイトカインレセプターシグナルの概論、GM-CSFとそのレセプター、GM-CSFレセプターからのシグナル伝達について、これまでの知見をそれぞれ概説した後に、本研究の目的について述べられている。

 第2章では、ヒトGM-CSFレセプター鎖細胞内領域の種々の部分的欠失変異体を用いて、シグナル伝達に関与する機能ドメインの解析を行い、以下のような新たな知見を得た:(1)鎖細胞内領域膜近傍のbox1モチーフが、GM-CSFによる細胞増殖の誘導やc-fos遺伝子の発現誘導など、あらゆるシグナル伝達に必須である。このbox1モチーフは鎖のチロシンリン酸化の誘導にも必要である;(2)GM-CSF刺激に伴い、鎖はTyr577を含めて複数箇所のチロシン残基のリン酸化を受ける;(3)Tyr577は、GM-CSFによるShcのチロシンリン酸化の誘導に必須であり、またc-fos遺伝子発現の誘導に重要である。これらの知見と、box1がチロシンキナーゼJAK2の結合及び活性化に重要であるという事実に基づき、GM-CSFレセプターの活性化機構について以下のようなモデルを提出した:リガンドの結合に伴い、まずbox1を介してチロシンキナーゼJAK2の活性化が誘導されると、JAK2あるいはその下流のキナーゼにより鎖のチロシン残基がリン酸化を受け、これらのチロシンリン酸化部位が下流の複数のシグナル伝達経路の活性化を制御する。

 第2章において鎖のチロシン残基(のリン酸化)がシグナル伝達に重要な役割を果たすことを明らかにしたのを受け、第3章では、鎖細胞内領域に存在する8箇所のチロシン残基の個々の機能についての解析を行った。その結果、鎖細胞内領域のチロシン残基が、ShcあるいはSHP-2を介してc-fos遺伝子の発現に至るシグナル経路や、STAT5の活性化、さらにGM-CSFによる細胞増殖の誘導にも必要であることを明らかにし、またこれらのシグナル伝達に関与するチロシン残基を特定した。それぞれのチロシン残基周辺のアミノ酸配列(モチーフ)に注目し、それらをシグナル伝達分子の活性化と関連づけて比較することにより、鎖のチロシン残基に機能的な多面性と重複性があることを見いだした。このことは、鎖のチロシン残基に結合する何らかのアダプター(ドッキング)タンパク質の存在を示唆するものである。一方、チロシン残基を全て欠失する変異型鎖でもなお細胞の生存維持には十分なシグナルを伝達できることも明らかにした。このことから、GM-CSFにより活性化されるシグナルには、鎖のチロシン残基依存性のものと非依存性のものとが存在すると考えられる。

 最後に、第4章では、本研究で得られた知見の総括的な議論と、それに基づいた今後の研究の展望について記述している。GM-CSFレセプター系と他のサイトカインレセプター系とを対比しながら、レセプターの多量体化による活性化の機構、サイトカインの特異性を付与する分子的基盤、シグナル伝達経路と生理機能との関わり等について考察した。さらに、異なるレセプター間でのチロシンリン酸化を介した機能的相互作用による、サイトカインのクロストークの可能性についても考察した。

 以上の研究は、GM-CSFレセプターの活性化とシグナル伝達における鎖のチロシンリン酸化の重要性を明らかにしたものであり、GM-CSFをはじめとするサイトカインのシグナル伝達の分子機構の解明に大きく貢献した。なお、本論文第2章は武藤彰彦氏、渡辺すみ子氏、宮島篤氏、横田崇氏、新井賢一氏との、同第3章は劉睿氏、横田崇氏、新井賢一氏、渡辺すみ子氏との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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