顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)は、種々の血球細胞の増殖・分化の促進、生存維持、機能亢進等の多くの生理活性を有するサイトカインである。GM-CSFの作用は、標的細胞の膜表面上に発現する特異的なレセプターを介して及ぼされる。機能的な高親和性GM-CSFレセプターは鎖と鎖より構成され、シグナル伝達においては後者が中心的な機能を担っている。本論文では、GM-CSFレセプターの活性化機構と下流のシグナル伝達経路を明らかにする目的で、ヒトGM-CSFレセプター鎖の機能解析を行った。 本論文は全4章より構成される。序論となる第1章は4部からなり、サイトカインレセプターシグナルの概論、GM-CSFとそのレセプター、GM-CSFレセプターからのシグナル伝達について、これまでの知見をそれぞれ概説した後に、本研究の目的について述べられている。 第2章では、ヒトGM-CSFレセプター鎖細胞内領域の種々の部分的欠失変異体を用いて、シグナル伝達に関与する機能ドメインの解析を行い、以下のような新たな知見を得た:(1)鎖細胞内領域膜近傍のbox1モチーフが、GM-CSFによる細胞増殖の誘導やc-fos遺伝子の発現誘導など、あらゆるシグナル伝達に必須である。このbox1モチーフは鎖のチロシンリン酸化の誘導にも必要である;(2)GM-CSF刺激に伴い、鎖はTyr577を含めて複数箇所のチロシン残基のリン酸化を受ける;(3)Tyr577は、GM-CSFによるShcのチロシンリン酸化の誘導に必須であり、またc-fos遺伝子発現の誘導に重要である。これらの知見と、box1がチロシンキナーゼJAK2の結合及び活性化に重要であるという事実に基づき、GM-CSFレセプターの活性化機構について以下のようなモデルを提出した:リガンドの結合に伴い、まずbox1を介してチロシンキナーゼJAK2の活性化が誘導されると、JAK2あるいはその下流のキナーゼにより鎖のチロシン残基がリン酸化を受け、これらのチロシンリン酸化部位が下流の複数のシグナル伝達経路の活性化を制御する。 第2章において鎖のチロシン残基(のリン酸化)がシグナル伝達に重要な役割を果たすことを明らかにしたのを受け、第3章では、鎖細胞内領域に存在する8箇所のチロシン残基の個々の機能についての解析を行った。その結果、鎖細胞内領域のチロシン残基が、ShcあるいはSHP-2を介してc-fos遺伝子の発現に至るシグナル経路や、STAT5の活性化、さらにGM-CSFによる細胞増殖の誘導にも必要であることを明らかにし、またこれらのシグナル伝達に関与するチロシン残基を特定した。それぞれのチロシン残基周辺のアミノ酸配列(モチーフ)に注目し、それらをシグナル伝達分子の活性化と関連づけて比較することにより、鎖のチロシン残基に機能的な多面性と重複性があることを見いだした。このことは、鎖のチロシン残基に結合する何らかのアダプター(ドッキング)タンパク質の存在を示唆するものである。一方、チロシン残基を全て欠失する変異型鎖でもなお細胞の生存維持には十分なシグナルを伝達できることも明らかにした。このことから、GM-CSFにより活性化されるシグナルには、鎖のチロシン残基依存性のものと非依存性のものとが存在すると考えられる。 最後に、第4章では、本研究で得られた知見の総括的な議論と、それに基づいた今後の研究の展望について記述している。GM-CSFレセプター系と他のサイトカインレセプター系とを対比しながら、レセプターの多量体化による活性化の機構、サイトカインの特異性を付与する分子的基盤、シグナル伝達経路と生理機能との関わり等について考察した。さらに、異なるレセプター間でのチロシンリン酸化を介した機能的相互作用による、サイトカインのクロストークの可能性についても考察した。 以上の研究は、GM-CSFレセプターの活性化とシグナル伝達における鎖のチロシンリン酸化の重要性を明らかにしたものであり、GM-CSFをはじめとするサイトカインのシグナル伝達の分子機構の解明に大きく貢献した。なお、本論文第2章は武藤彰彦氏、渡辺すみ子氏、宮島篤氏、横田崇氏、新井賢一氏との、同第3章は劉睿氏、横田崇氏、新井賢一氏、渡辺すみ子氏との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |