学位論文要旨



No 113274
著者(漢字) 大城,朝一
著者(英字)
著者(カナ) オオシロ,トモカズ
標題(和) ショウジョウバエ気管系発生過程におけるFGF受容体、breathlessの転写制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 113274
報告番号 甲13274
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3420号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
内容要旨

 ショウジョウバエ胚の気管系は管状の内部連結したネットワークを形成しており、組織へ酸素を運ぶという機能を担っている。気管系の発生は細胞運命の決定、細胞運動、細胞融合といった多くの過程を含んでおり、脊椎動物の肺やvasculationといった管状ネットワーク形成を行う組織の発生を分子レベルで理解する上での大変良いモデル系の一つとなっている。

 気管系で発現しているショウジョウバエFGF受容体の一つ、breathless(btl)はその変異体の解析から気管系細胞の移動に必要であることが知られていた。またbtlのリガンドであると予想されているbranchless(bnl)は発生中の気管支の進行方向に存在する細胞で発現しており、また異所的にbnlを発現させると気管支も新しい方向へ伸長していく。また過剰にbnlを発現させると、恒常的活性化型btlを発現させたときと同様に二次気管支や末端気管支に特異的に発現する遺伝子群が気管系全体で誘導される。これらのことことから、気管支伸長及び二次気管支の発生運命決定にbtl/bnlの介するシグナル系が重要な役割を果たしている事が明らかになっている。

 bHLH-PASタイプの転写因子であるtrachealess(trh)は気管系の管状構造形成に関わる遺伝子の発現に必要であり、その変異体ではbtlと同様に気管系が形成されない。表現型の類似からbtlはtrhによって転写が誘導される遺伝子の一つであることが示唆されていたが、trhがどのようにしてターゲットとなる遺伝子の転写を活性化するかについては明らかにされていなかった。しかしHIF-1やsingle-minded(sim)といった他のbHLH-PASタイプの転写因子に関する最近の研究から、trhもそれらと同様にARNT(Aryl hydrocarbon Receptor Nuclear Translocater)と呼ばれるbHLH-PASタンパク質とヘテロダイマーを形成し、ターゲット遺伝子の転写を活性化するであろうと推定されていた。

 我々はbtlの気管系での発現を制御する機構を明らかにするために、まずbtlの気管系特異的な発現に必要な最小エンハンサーを同定することを試みた。レポーター遺伝子としてlacZ遺伝子を持つP因子ベクターを用いたエンハンサーアッセイ法により、気管系特異的な発現に必要な最小エンハンサーDNA断片、約200bpを同定した。さらにこの断片にin vitroで変異を導入しエンハンサー活性を調べるという方法で断片中に三カ所存在するTACGTGという塩基配列モチーフが気管系での発現に必要不可欠であることを見出した。我々はさらにショウジョウバエにおけるARNTホモログであるdARNTを同定し、生化学的、遺伝学的解析からTRH/dARNTヘテロダイマーがこのTACGTG配列に結合しbtlの気管系における転写を誘導していることを示すことができた。また別の遺伝学的解析からbtlの中枢神経系における発現は同じくbHLHPAS転写因子であるsingle-minded(sim)によって活性化されることを示し、さらにbtlエンハンサー上のTRH/dARNTの結合配列TACGTGは、SIM/dARNTとの共通のターゲット配列でもあることを明らかにした。

 以上のようにbtlの気管系での初期の発現はTRH/dARNTにより誘導されていることが明らかになったが、btl mRNAの分布の詳しい観察によりbtlの後期発現はTRH/dARNTとは独立な因子によって制御されている可能性が示唆された。そこで我々は気管系でのbtlの発現が異常になる変異体を探しだし、最終的にbtlの後期発現は三つの独立したシグナル経路、DPP、EGF及びFGFシグナリングによって制御されていること、さらにbtlの転写抑制化にZn fingerタイプの転写因子であるspalt、及びEtsドメインを持つ核内因子、anterior open/yanが関わることを見出した。

図1 btlの転写に関わる因子群
審査要旨

 ショウジョウバエの気管系は、内部連結した管のネットワークであり、組織へ酸素を運ぶという機能を担っており、器官形成研究の良いモデル系の一つである。本論文は気管系形成に重要な役割を担う因子の一つであるFGF受容体をコードする遺伝子、breathless(btl)、の機能及び転写制御機構の解明を目指して行われた。本論文の最初の部分では、btl遺伝子の転写単位、変異体の作製、最小エンハンサー領域の特定等、btl遺伝子の基本的な性質が述べられている。DNAクローンの解析によりbtl遺伝子座の物理地図を詳しく作成し、さらに5’RACEによりbtl遺伝子には開始点の異なる二つの転写単位あることを明らかにした。btlの第二転写単位のすぐ上流に挿入したP因子を利用してbtl欠損変異株が作成された。これら変異体での障害はbtlのゲノムDNA断片やcDNA断片を個体に戻すことで除去された。btlの最小エンハンサー領域は、2つの転写開始点の間に位置しており、その活性化にはTrh,Sim等のbHLH-PAS蛋白質の活性が必須であった。エンハンサーの最小領域の決定には、繰り返し個体レベルのエンハンサー・アッセイを行う必要があった。最終的に約200塩基からなる領域を決定し、そこにTrh,Simが結合すると脊椎動物の実験から予測された標的配列が3つ見い出された。

 次いで本論文では、これらの標的配列が、btlの活性化に必要であることをreverse geneticsにより示し、更に実際にTrh,Simが、dARNTとダイマーを形成し結合することを生化学的に示した。またこの過程で、新にショウジョウバエarnt遺伝子darntをクローニングし、更にその欠損変異の表現型の解析を行った。3つの予想標的配列の配列を変え、それを個体に戻してみるとTrachea及び正中線特異的なbtlの活性は失われた。一方、標的配列を含む小DNA断片にレポーター遺伝子をつなぎ個体に戻すとbtlのTrachea及び正中線特異的発現を再現できることが分かった。darntをヒト遺伝子をプローブとして単離し、大腸菌で発現させ、その蛋白質を同様に得られたTrh,Sim蛋白質、標的配列と混合しゲル・シフト・アッセイを行った。その結果、dARNTとTrh,Simがダイマーを形成し標的配列を認識し結合することが明確になった。darntが生体内で実際に機能しているならば、その欠損によりTrachea及び正中線の形成が、おかしくなるはずである。実際そうであることをUAS-darntをbtl-Gal4でドライブすることで証明した。尚、胚期におけるdARNT RNAの分布を調べてみると、初期胚では一様であった。

 本論文の後半では、気管系発生過程におけるbtl転写産物の空間的、時間的発現パターンに関するまとめと、後期発現の調節機構についての実験が述べられている。btlの発現は胚発生ステージ10前後から気管系前駆細胞において始まる。まず気管系前駆細胞は内部に陥入し、6つのprimary branchを形成する。btlは胚発生ステージ11まで一様に発現し、これらのはTrh,Sim、dARNTに依存していた。ステージ13頃にbtlの発現は、6つのprimary branchの先端細胞に限局された。この後半の発現はTrh,Sim、dARNT以外の因子によって活性化されているおり、さらなる解析で、その局在的発現は、DPPシグナリング、EGFシグナリング、Branchlessシグナリングに依拠していることが判明した。前後方向に伸長するるdorsal trunkにおけるbtlの転写はSpaltにより抑制されており、さらにSpaltの発現は、EGFシグナリングにより正に、DPPシグナリングにより負に制御されていた。Branchless(Btl)は、btlのリガンドであり、primary branchの先端近傍で発現している。bnl変異体では後期btlの発現が消失した。一方、bnl異所発現でbtl発現が著しく増加した。これらの事実は、Btlの後期発現がBnlによる正のフィードバックにより制御されていることを示している。この発見は、Btlの局所的活性化の一つの機構を示しており非常に重要である。

 なお、本論文は西郷 薫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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