学位論文要旨



No 113281
著者(漢字) 宝来,玲子
著者(英字)
著者(カナ) ホウライ,レイコ
標題(和) 遺伝子欠損マウスを用いたインターロイキン-1の生理機能の解析
標題(洋) Studies on Pathophysiological Roles of Interleukin-1 Using Gene Targeting Technique
報告番号 113281
報告番号 甲13281
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3427号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 横田,崇
内容要旨

 サイトカインは、動物細胞によって産生される生理活性物質で、パラクライン、オートクライン的に作用して、炎症反応や免疫調節に重要な役割を果たすことが知られている。生体内では複数のサイトカインが、サイトカインネットワークを形成し、相乗的あるいは拮抗的に作用することにより、生体の恒常性(ホメオスタシス)が維持されている。ホメオスタシスは、サイトカインやホルモンの微妙なバランスの上に成り立っていると考えられ、このバランスが崩れると、サイトカインの異常産生や自己の抗原に反応した過剰な免疫反応が起こり、自己免疫疾患の原因となる。最近、脳と免疫系がサイトカインをはじめとして共通の情報伝達物質-受容体のシステムを持ち、ホメオスタシスの維持のため、免疫系は脳による制御を受けていることが明らかとなってきた。すなわち、脳は神経系、内分泌系を介して免疫系を修飾するのに対し、免疫系はサイトカインを情報伝達分子として脳からの中枢神経活動を修飾していることがわかってきた。このようにして神経・免疫・内分泌ネットワークの概念が生まれた。

 当研究室では、サイトカインの生理的、病理的な役割について、発生工学的な手法を用いて解析している。中でも炎症性サイトカインに注目し、自己免疫疾患、炎症性疾患の発症機構の解析を行っている。インターロイキン-1(IL-1)は、炎症反応や免疫反応のメディエーターとして知られているが、最近、神経・免疫・内分泌ネットワークにおいても、重要な役割を果たしていることが明らかとなり、ホメオスタシスの維持に重要な分子であると考えられる。

 本研究では、生体内でのIL-1の役割を総合的に理解するために、IL-1、IL-1、IL-1/、IL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1ra)遺伝子欠損(KO)マウスを作製し、これらのKOマウスを用いて、神経系、免疫系、内分泌系におけるIL-1の機能を解析した。

【材料と方法】IL-1、IL-1raKOマウスの作製

 マウス129系統由来のIL-1、IL-1raゲノムDNAを単離し、ターゲティングベクターを構築した。IL-1のベクターは成熟型をコードするN末端を欠失させ、-ガラクトシダーゼ遺伝子及びハイグロマイシンB耐性遺伝子を挿入し、IL-1raのベクターは分泌型のコード領域全体を欠失させ、ネオマイシン耐性遺伝子を挿入して構築した。129系統由来のES細胞(R1)に、電気穿孔法でベクターを導入し、薬剤耐性クローンをPCR、サザンブロット解析により選別し、相同組み換え体を単離した。キメラマウス作製は、ES細胞と25日胚をシャーレにあけた穴の中で共培養するアグリゲーション法で行った。IL-1KOマウス、IL-1/KOマウスの作製については、同様に当研究室助手の浅野博士が行った。生殖系列キメラから得られたF1マウス(ヘテロ接合体)同士を交配し、それぞれの遺伝子のホモ欠損マウスを得た。

リポポリサッカライド(LPS)投与実験

 IL-1KOマウス、及びIL-1、IL-1/KOマウス(浅野博士)を用いた実験では、各実験毎にdoseを検討し、40-60g/g体重のLPSを腹腔内投与した。またIL-1raKOマウスを用いた実験では、10g/g体重のLPSを投与し、これらのKOマウスとコントロールマウスの生存率を比較した。

ノザンブロット解析

 腹腔マクロファージはチオグリコレート培地を腹腔内投与して誘導した。4日後に回収したマクロファージを10g/mlLPSで刺激して、0、3、6、12時間後の全RNAを調製した。また脳では、全体および大脳皮質、間脳、海馬、小脳に分けて、それぞれ全RNAからpolyA+RNAを精製した。これらの臓器におけるサイトカイン遺伝子、及びプロスタグランジン(PG)の合成に関与するcyclooxygenase(COX)遺伝子の発現を調べた。

リステリア菌感染実験

 臓器内の菌数の測定には、104CFU(IL-1/KOマウス)、2x105CFU(IL-1raKOマウス)のリステリア菌を尾静脈より感染させ、2日後と5日後の脾臓、肝臓における菌数を求めた。また、生存率は、2x105CFU(IL-1/KOマウス)、2x105CFU(IL-1raKOマウス)のリステリア菌を感染させて、それぞれコントロールマウスと比較した。

テレピン油投与実験

 マウスの両後肢に各150lのテレピン油を皮下投与し、腹腔内体温を測定した。ノザン解析用のRNAは100lのテレピン油を投与して、0、6、12、24時間後に脳から回収した。また、血清中のコルチコステロン濃度は、2時間後と8時間後に血液を採取し、ラジオイムノアッセイにより求めた。

【結果】

 IL-1/KOマウスはIL-1、IL-1KOマウスと同様正常に生まれ、発育も正常であった。一方、IL-1raKOマウスは正常に生まれるが、離乳後の体重の増加が顕著に抑えられていた。また、IL-1raKOマウスは6カ月令において、有意な脾臓の肥大が認められた。

 LPSの大量投与に対する感受性は、IL-1、IL-1KOマウスが正常であったのと同様、IL-1/KOマウスでもコントロールマウスと差は認められなかった。一方、IL-1raKOマウスはLPSに対して高感受性を示した。また、腹腔マクロファージをLPSで刺激し、サイトカイン遺伝子の発現を調べたところ、IL-1KOマウスではIL-1の発現が、IL-1KOマウスではIL-1の発現がそれぞれ約1/2に低下していたが、IL-1raやTNF-、IL-6の発現には差が認められなかった。

 リステリア菌の感染においては、コントロールマウスに対して、臓器内の菌の排除においても、致死率においても、IL-1/ KOマウスは感受性が亢進していたが、IL-1raKOマウスはより抵抗性を示した(図1)。

図1.リステリア菌感染に対する生存率。A.IL-1/KOマウス、B.IL-1raKOマウス。図2.テレピン油投与後の体温の変化。A.IL-1及びKOマウス、B.IL-1raKOマウス。

 テレピン油の皮下注射により、局所的炎症を誘導したときの発熱は、IL-1、IL-1/KOマウスでは強く抑制され、逆にIL-1raKOマウスでは、コントロールマウスより亢進していることがわかった(図2)。このとき脳全体でのIL-1の発現を調べたところ、野生型では12時間後にIL-1、IL-1の発現がピークに達するが、IL-1KOマウスではIL-1の発現が抑制されており、IL-1KOマウスではIL-1の発現が検出されなかった。また、発熱中枢である視床下部を含む間脳では、IL-1KOマウスではIL-1の発現が約2/3になっており、IL-1KOマウスではIL-1の発現が1/30以下になっていた。これらの結果より、IL-1の二種の分子は互いに誘導し合っており、特にIL-1の発現はIL-1の存在に強く依存することがわかった。更に、PGの合成に関与するCOX遺伝子のうち誘導型のCOX-2遺伝子の発現誘導が、IL-1KOマウスでは抑えられていた。PGは強い発熱誘発物質であり、テレピン油による発熱にIL-1、COX-2が重要な役割を果たしていることが示唆された。

 また、テレピン油により誘導される血清中のコルチコステロンの上昇は、誘導前期ではコントロールマウスと差が認められなかったが、誘導後期では、IL-1、IL-1/KOマウスで有意に抑制されていた(図3)。

図3.テレピン油投与8時間後のIL-1/KOマウスにおける血清中のコルチコステロン濃度。*p<0.01
【考察】

 本研究で作製したIL-1KOマウスとIL-1raKOマウスを比較して得られた知見から、生体内でIL-1のシステムが感染防御や体重増加、発熱、免疫制御など、ホメオスタシスの維持に深く関与していることが示された(図4)。

図4.神経・免疫・内分泌ネットワークにおけるIL-1の役割

 IL-1/KOマウスが外見上野生型マウスと差がなかったのに対し、IL-1raKOマウスでは体重の増加が抑えられていたことから、IL-1のシグナルがIL-1raにより調節されない場合に、食欲が抑制される可能性が考えられた。またLPSによるエンドトキシンショックにおいても、IL-1/KOマウスは野生型と同様の感受性を示し、IL-1の関与が否定されたが、IL-1raKOマウスでより感受性が高くなったことから、やはりIL-1のシグナルの調節が重要である可能性が残された。あるいは、IL-1raにIL-1の阻害以外の作用があるという可能性も考えられる。また、IL-1raKOマウスで脾臓の肥大が観察されたことで、このマウスが免疫異常になっていることが示唆された。これは、生体内でのアゴニストであるIL-1をIL-1raが調節しており、このバランスが崩れると免疫不全に陥る可能性を示しており、自己免疫疾患との関連という視点からも興味深い表現型である。

 リステリア菌の感染においては、IL-1/KOマウスが感受性、IL-1raKOマウスが抵抗性を示し、IL-1が感染防御に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。リステリア菌の感染防御にはサイトカインの重要性が示されているが、今後、この作用がIL-1の直接作用か、IFN-、TNF-などのサイトカインを誘導することによるのかといった問題についても検討し、感染防御のメカニズムを明らかにしたい。

 テレピン油による局所的炎症反応においては、IL-1が重要なメディエーターになっており、IL-1raがこれを調節していることが示された。またIL-1KOマウスでは、IL-1だけでなくIL-1mRNAも検出されず、IL-1の発現がIL-1に強く依存しており、その結果、発熱やグルココルチコイドの誘導が抑制されている可能性が示唆された。

 以上の結果から、IL-1は局所で炎症反応を誘起するだけでなく、発熱や視床下部-下垂体-副腎軸の活性化に伴うグルココルチコイドの分泌促進といった生体のホメオスタシスの維持、また全身的なレベルでの免疫調節に深く関わっており、その活性は転写レベルやアンタゴニストによって複雑に制御されていることが示された。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章はインターロイキン-1(IL-1)とIL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1ra)遺伝子欠損マウスの作製、及びそれらの表現型の解析、第2章は炎症反応時のホメオスタシスの維持におけるIL-1の役割、第3章はIL-1ra遺伝子欠損マウスにおけるリウマチ様慢性関節炎の発症について述べられている。

 IL-1は炎症反応や免疫応答のメディエーターとして知られているが、神経・免疫・内分泌のネットワークにおいても重要な役割を果たし、ホメオスタシスの維持に重要な分子であることが、明らかとなりつつある。論文提出者は、炎症や免疫応答における個体レベルでのIL-1の役割の解明を目的として、標的遺伝子組み換えによりIL-1及びIL-1ra遺伝子欠損マウスを作製し、同時に研究室で作製されたIL-1、IL-1/遺伝子欠損マウスとあわせて用いることにより、神経系、免疫系、内分泌系におけるIL-1機能を解析した。

 第1章では、これらの遺伝子欠損マウスの作製について述べ、表現型を解析している。IL-1/遺伝子欠損マウスは、IL-1及びIL-1遺伝子欠損マウスと同様、外見上の異常が認められなかったが、IL-1ra遺伝子欠損マウスは離乳後の体重増加が抑えられていた。エンドトキシンショックに対する感受性は、IL-1遺伝子欠損マウスでは変化が認められなかったが、IL-1ra遺伝子欠損マウスでは亢進していた。これらの結果は、IL-1raがIL-1のシグナルの調節に重要であることを示すと共に、IL-1raにIL-1の阻害以外の機能がある可能性を示した。また、リステリア菌の感染防御においてIL-1が重要な働きをしていることを明らかにした。

 第2章では、テレピン油を用いてこれらの遺伝子欠損マウスに局所的炎症反応を誘導し、その際の発熱反応、及びグルココルチコイドの分泌におけるIL-1の役割について検討した。その結果、両反応共にIL-1が重要なメディエーターとなっていることを明らかにした。またこれは、脳におけるIL-1の発現がIL-1に強く依存しており、その結果IL-1遺伝子欠損マウスでは、IL-1がIL-1の機能を相補できないためであることを示した。

 第3章では、IL-1ra遺伝子欠損マウスがリウマチ様慢性関節炎を発症することを見いだし、その関節局所の病理像がヒトの関節リウマチに酷似していることを示した。これにより、ヒトにおける関節リウマチに本遺伝子の変異が関与している可能性を示した。

 本研究で論文提出者は、IL-1の単独及び両遺伝子欠損マウスとIL-1ra遺伝子欠損マウスというユニークな材料を用いて、IL-1の機能を総合的に解析している。その結果、IL-1が局所で炎症反応を誘起するだけでなく、体重増加や感染防御、発熱、視床下部-下垂体-副腎軸の活性化に伴うグルココルチコイドの分泌促進といった生体のホメオスタシスの維持や全身レベルでの免疫調節に深く関わっており、その活性は転写レベルやレセプターアンタゴニストによって複雑に制御されていることを明らかにした。以上の知見は、神経・免疫・内分泌ネットワークの中でIL-1が主要なメディエーターとなっていることを示唆するものであり、本研究で作製された遺伝子欠損マウスを用いた解析から、初めて明らかにされたものである。

 なお、本論文は、岩倉教授、浅野博士、須藤博士(以上、東大医科研実験動物)、高橋教授、西原助教授、嘉糠氏、鈴木氏(以上、東大農学部)、中根教授(弘前大学)、谷岡氏、岡原氏、生瀬氏(以上、参天製薬)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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