本論文は前章と3章からなり、前章(総論)は本研究の背景、意義および課題、第1章はトラマルハナバチによって送粉されるホタルブクロにおいて広い花冠が維持される選択圧の存在の検証、第2章はその選択圧がはたらいている繁殖段階の特定、第3章は広い花冠の機能(適応的意義)について述べられている。前章で述べられているように、被子植物は現在の地球上で最も種数(陸上植物の90%以上)が多くかつ著しく多様化している。そのようになったのは、花を訪れ花粉を運んでくれる動物(送粉者)と、送粉者を誘引する花弁をもった花との関係が非常に密接で、そのために一方の変異が他方に重大な影響を及ぼすからである。その結果、送粉者が似ていれば、花も植物の系統にかかわらず形態や色が似ることが起こる。したがって、送粉する動物とかかわり合いながら起こった花の形態の進化は、被子植物の進化を解明する上で最も興味深い課題の一つである。論文提出者は、この課題に取り組むために、マルハナバチが送粉する釣り鐘状の広い花冠をもつ植物としてホタルブクロを研究材料として適切に選んで、一連の研究に取り組んでおり、着眼点は面白く、以下のような新しくて興味深い成果を得た。 まず第1章で、花冠のサイズが異なる個体からなる実験集団を用いて得られた観察データを重回帰分析することによって、花冠幅がより大きくなる方向に選択圧がかかり、しかもその選択圧が花の雄の機能(花粉による雄性の繁殖成功)をとおして作用することを明らかにした。一方、雌(胚珠)としての繁殖成功は花冠幅によって左右されないという結果を得た。両性花をもつ植物では解析が比較的容易な雌の機能に着目した研究例は多いが、本研究はホタルブクロのようなハナバチ媒花で広い花冠が維持される選択圧の存在を実験的に初めて示した研究であり、価値が高いと判断する。また、雄の機能を通してその選択圧がかかることを示したことは、これまで研究者が気づかなかった点であり、両性花の進化を解明する上で重要な発見である。 第2章では、花粉による雄性の繁殖成功にかかわっている可能性があるいくつかの繁殖段階について、第1章と同様の実験集団を用いた観察データを重回帰分析して、第1章で示された選択圧は、花粉がマルハナバチによって花から搬出されてから雌蕊の柱頭に到達するまでの間の段階ではたらくことを明らかにした。この段階に選択圧がはたらくことを示した最初の例である。このことから、雄性繁殖成功の推定値としてこれまで提唱されてきた花粉搬出数を用いることは合理的でないことも明らかにしたことは、注目に値する。 第3章では花粉搬出に関する2因子(花粉付着数と落下数)について重回帰分析して、花粉付着率(付着数/搬出数)が花冠幅と正の相関があることを明らかにした。花粉の落下数を抑えて、送粉者への付着効率を上げるように花冠幅が大きくなる方向に進化したことをホタルブクロで示した本論文は、同じような釣り鐘状の花冠をもった多くの植物でも同様の選択が作用していることを示唆するものであり、花形態と送粉者との共進化を明らかにする上で重要な貢献を果たしたといえる。とくに、両性花の雄機能を通しての選択が花形態の進化に重要な役割を果たしたことを明らかにしたことは、花の形態進化に関する今後の研究に大きな一石を投じたと評価できる。 なお、本論文第1〜3章は井上健(信州大学)、加藤雅啓の共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究計画の設定、分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |