学位論文要旨



No 113295
著者(漢字) 熊谷,史
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,フミ
標題(和) 植物細胞における微小管構築機構の解析
標題(洋) Analytical studies on the microtubule organization in higher plants.
報告番号 113295
報告番号 甲13295
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3441号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 庄野,邦彦
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 河野,重行
 東京大学 助教授 馳澤,盛一郎
内容要旨

 高等植物の形は、堅固な細胞壁に囲まれた細胞一つ一つの形によって規定されると考えられる。細胞の形を直接決定しているのは細胞壁セルロース微繊維によって作られる"たが"であるが、セルロース微繊維の配向自体は細胞内の表層微小管の配向によって制御されていると考えられている。従って、微小管の構築の解析は植物の形態形成の解明に重要な手がかりを与えると考えられる。-チューブリンのヘテロダイマーで構成される微小管は細胞骨格の一員として真核生物に共通に観察される構造であり、有糸分裂の際の紡錘体のように様々な生物種で共通な構造を形作る一方、細胞の種類によって特異的な構造を形成することが知られている。微小管には重合脱重合の盛んな(+)端とあまり盛んでない(-)端という方向性があるが、細胞内では(-)端が微小管形成中心(microtubule organizing center:MTOC)と呼ばれる部位に繋ぎ止められて伸長すると考えられており、特定の微小管構造が形成されるためには適切な位置にMTOC部位が存在することが重要である。しかしながら、高等植物細胞においてMTOCの機能に関わる分子の同定は、動物細胞における中心体のような構造が存在しないことも一因となって進んでいない。この点を克服するために、他生物種においてMTOCの機能への関与が示された分子の一つであるウニ51kDaタンパク質のホモローグの解析と、in vitroの系を利用した分子の候補の同定を行った。

 MTOCの機能に関わる分子を解析するためには、細胞内でMTOCとして機能する部位が特定されていることが必要である。図1に示すように、高等植物細胞においては細胞周期各期で特異的な微小管の配向が形成されるが、各期の境界における微小管の動態はまだ完全に明らかにはなっていない。私の研究室では高度に同調化する方法が確立しているタバコ懸濁培養細胞BY-2を材料としてM期の間消失していた表層微小管がM期とGl期の境界において再形成される過程を解析し、phase IからIIIcのような中間構造が形成されることを見出した。このうちphase IからIIIbにかけては娘核の表面がMTOCとして機能していることがわかった(Nagata et al.,1994)。ウニ51kDaタンパク質のBY-2ホモローグは分子量49kのタンパク質であり、その遺伝子のcDNAの配列から真核生物のペプチド伸長因子であるEF-1であることが明らかとなっていた(Kumagai et al.,1995)。この分子の細胞内局在を抗チューブリン抗体と抗ウニ51kDa抗体を用いた細胞染色により解析したが、EF-1であることから予想されるように細胞質全体の蛍光が障害となり、通常の蛍光顕微鏡観察では明瞭な結果が得られにくかった。そこで焦点面の光情報のみを取り出すことのできる共焦点レーザー顕微鏡により観察を行ったところ、上述のphase I、IIIaにある細胞ではBY-2 49kDaタンパク質がこのときのMTOCと考えられる娘核周辺に蓄積していることがわかった(図2A、B)。細胞周期によってはアクチン繊維が微小管の形成に関与していると考えられており、EF-1がアクチン結合能を示すと報告されていることから、同じ時期のアクチン繊維の局在を調べたが、娘核周辺部での微小管の形成にはアクチン繊維は関与していないことが示された(図2C、D)。また、微小管は低温や重合阻害剤によって破壊されるが、処理を解除すると処理開始前のMTOC部位から再形成されることが知られている。このとき49kDaタンパク質は再形成開始直後の微小管形成部位に蓄積しており、この系においてもMTOCの機能への関与が示唆された。

 微小管の(-)端に存在すると考えられている-チューブリンに対する抗体を用いた細胞染色の結果などから、植物細胞におけるMTOC部位は他生物種に比べて一カ所に集中しない傾向があると考えられ、このような性質がMTOCにあると予想される分子の局在をわかりにくくしている可能性がある。従って、より単純な系として、in vitroにおいて微小管の重合を行った際の49kDaタンパク質の挙動を調べることにした。BY-2細胞から部分精製した画分は透析により粒子を生じ、ここにブタの脳由来の精製チューブリンを加えて加温すると、図3Eに示す星状体様の構造(以下"aster"と呼ぶ)が形成される。"aster"の微小管は加温時間の経過と共に粒子を中心として放射状に伸長し(図3)、(-)端が粒子側であることから粒子表面がMTOCであることがわかった。49kDaタンパク質は"aster"の中心部の粒子に蓄積しており、この系においてもMTOCと密接な関係があることが示された(図4)。

 他生物種における解析から、MTOCは複数の分子で構成されていると考えられる。そこで"aster"形成能を指標としてBY-2に含まれるタンパク質の分画を試みた。その結果、塩抽出と硫安沈殿による分画が有効であることがわかった(図5、6)。49kDaタンパク質は"aster"形成能を持つ55-70%硫安画分とこの性質を持たない画分の双方に存在していたが(図6)、このとき形成される"aster"でもMTOCとして働く中心部の粒子に49kDaタンパク質の蓄積が見られた。形成される微小管の構造は、この画分の濃度に依存しており、濃度が低いときには束化された一次元的な構造が形成され、この画分に微小管の重合能を担う因子の他に形成された微小管の束化を行う分子が存在することが示唆された(図7)。この画分をさらにホスホセルロースカラムを用いて分画したところ、非吸着画分以外の画分で"aster"が形成されたが、濃度の低い試料しか得られなかった1.0M、1.5M KCl溶出画分では図7Aとほぼ同じ濃度であったにもかかわらず星状体様の構造が観察された(図8)。これらの画分で形成されていた"aster"は微小管が細く短いもので、微小管の束化を行う分子はここから除かれていると予想された。1.0M KCl溶出画分には約95kDa、64kDa、41kDa、1.5M KCl溶出画分には約80kDa、63kDa、41kDaのタンパク質が検出されたが、49kDaタンパク質の含有量はきわめて低いと考えられた(図9)。それぞれの画分における最も主要な分子について部分アミノ酸配列の決定を行ったが、1.0M KCl溶出画分の64kDaのタンパク質、1.5M KCl溶出画分の63kDaタンパク質はいずれも新規のタンパク質であると予想された。

 以上のことから、微小管の構築に関する49kDaタンパク質の関与が示され、さらに同様の関与が考えられる他のタンパク質の候補が絞られた。これらのタンパク質相互の関係とMTOCの機能への関与をin vitro、in vivo双方において解析することで、植物細胞における微小管構築の実体に迫ることができると考えられる。

 Kumagai,F.,Hasezawa,S.,Takahashi,Y.,and Nagata,T.(1995)Bot.Acta 108,467-473 Nagata,T.,Kumagai,F.,and Hasezawa,S.(1994)Planta 193,567-572

図1 BY-2細胞における細胞周期の進行に伴う微小管配向変化の模式図図2 細胞周期M/G1境界期における微小管と49kDaタンパク質、アクチン繊維の局在A、B:微小管(緑)と49kDaタンパク質(赤)の二重染色像。C、D:微小管(緑)とアクチン繊維(赤)の二重染色像。いずれも二つの物質の局在が重なる部分は黄色で示されている。矢頭は細胞板の位置を示し、星印の付近では細胞表層まで伸長した微小管がアクチン繊維と共に存在している。スケールは10m。図3 "aster"の形成過程0.5M KCl溶出画分を試料として形成された、加温開始後A:0分、B:1分、C:2分、D:5分、E:20分後の"aster"の抗チューブリン抗体による染色像。スケールは20m。図4 "aster"における49kDaタンパク質の局在共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察した、0.5M KCl溶出画分による"aster"におけるA:微小管、B:49kDaタンパク質の局在。Cは透過像。スケールは5m。図5 硫安沈殿各画分の"aster"形成能A:0-55%硫安、B:55-70%硫安により沈殿する画分を用いて形成された"aster"の抗チューブリン抗体による染色像。スケールは20m。図6 硫安沈殿各画分のSDS-PAGEレーン1:0-55%硫安画分、レーン2:55-70%硫安画分。図7 試料のタンパク質濃度と"aster"の形状の関係試料の最終濃度(mg/ml)がA:0.03、B:0.17、C:0.33、D:0.67、E:1.67であるときに形成された"aster"の暗視野顕微鏡像。スケールは20m。"図8 ホスホセルロースカラム各画分による"aster"の形状A:カラム非吸着画分、B:0.3M、C:0.5M、D:0.8M、E:1.0M、F:1.5M KCl溶出画分で形成された"aster"の暗視野顕微鏡像。スケールは20m。図9 ホスホセルロースカラム各画分に含まれるタンパク質のSDS-PAGEレーン1:1.0M、レーン2:1.5M KCl溶出画分。
審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は、"The involvement of the 49kDa protein at the MTOC sites in vivo and in vitro"(訳:49kDaタンパク質のインビボおよびインビトロにおける微小管形成中心への関与)について、第2章は、"Attempts for the determination of the MTOC components of tobacco BY-2 cells"(訳:タバコBY-2細胞の微小管形成中心構成成分の決定の試み)について、述べられている。

 高等植物の形態を規定するのは細胞壁のセルロース微繊維であるが、その配向を決定するのは細胞膜直下にある表層微小管である。従って、表層微小管の構築は細胞の形態を決定し、究極的には植物全体の形態も決定する重要な構造体であるが、その構築機構については未だほとんど明らかにされていない。そこで熊谷は、微小管の形成の中心にあると想定されている微小管中心の構築に関わるタンパク質の同定とその機構解明を研究課題として研究を行い、本博士論文を作成した。

 微小管中心タンパク質の候補として、まず第一に注目したのはウニ卵のセントロソーム周辺物質として同定された51kDaタンパク質の植物ホモローグであるタバコ培養細胞BY-2の49kDaタンパク質である。このタンパク質は、その遺伝子のcDNAの塩基配列の解析によりペプチド鎖伸長因子(EF)1のホモローグと同定することができたが、その細胞内局在は微小管と常に共存していることを、このタンパク質に対する抗体を用いた蛍光顕微鏡観察で示すことができた。しかも高度に同調化した細胞系を用いて細胞周期のM-G1期を追跡すると、その抗原は核膜の表面に局在し、そこはまさに微小管の構築の場であることを共焦点レーザー顕微鏡で示した。しかも、しばしば微小管と共存することが知られているアクチン繊維はそこには存在せず、EF1の微小管構築への密接な関与が示唆された。また、微小管は通例低温で破壊されることが知られているが、植物細胞の場合低温だけでは不十分であるが、微小管重合阻害剤であるプロピザミドを組み合わせると完全に破壊することができ、その後細胞を通常の培養条件に移すと直ちに再構築することを示した。この条件下で、細胞周期の各期において微小管が構築される場所には、必ず49kDaタンパク質が存在していた。すなわち、微小管の再構築の場には各周期を通じて、49kDaタンパク質が密接に関わっていることが示された。

 以上のような、インビボの状況を更にインビトロでも再現することを試みたが、熊谷はタバコBY-2細胞より調製した分画にブタ脳の精製チューブリンを加えると星状体様の構造を形成する条件を見出した。この場合も微小管の形成の中心部にやはり49kDaタンパク質が存在することを共焦点レーザー顕微鏡で確認することができた。さらに構築に際して、微小管の向きは形成中心部をマイナス端にしていることを、蛍光標識したチューブリンを最初に加え、次に非標識のチューブリンを加えることによって明確に示すことができた。

 しかしながら、インビトロの微小管形成条件においても、その分画に含まれるタンパク質の構成成分は極めて多いので、続いて微小管構築に際してより基本的な役割をするタンパク質の同定をめざした。このため細胞成分をホスホセファロースカラムで分画した後、さらに硫安によって分画して、構成成分が限定された分画によっても星状体様構造が形成されることを確認し、なおかつこの分画を再度カラムにかけて高塩濃度で溶出される分画でも星状体様構造が形成されることを示した。この分画に含まれるタンパク質の種類は限定されていることから、分子サイズ63kDaおよび64kDaタンパク質の部分アミノ酸配列を決定したが、それらはいずれも新規のタンパク質であると予想された。

 このように熊谷は、植物微小管の形成中心に関する初めての本格的な研究を行い、形成中心解明に関する理解を深めた。

 なお、本論文第1章、第2章は、馳澤盛一郎氏、高橋陽介氏、長田敏行氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究のデザインを設計し、遂行したので、論文提出者の寄与が十分であると評価する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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