高等植物の形は、堅固な細胞壁に囲まれた細胞一つ一つの形によって規定されると考えられる。細胞の形を直接決定しているのは細胞壁セルロース微繊維によって作られる"たが"であるが、セルロース微繊維の配向自体は細胞内の表層微小管の配向によって制御されていると考えられている。従って、微小管の構築の解析は植物の形態形成の解明に重要な手がかりを与えると考えられる。、-チューブリンのヘテロダイマーで構成される微小管は細胞骨格の一員として真核生物に共通に観察される構造であり、有糸分裂の際の紡錘体のように様々な生物種で共通な構造を形作る一方、細胞の種類によって特異的な構造を形成することが知られている。微小管には重合脱重合の盛んな(+)端とあまり盛んでない(-)端という方向性があるが、細胞内では(-)端が微小管形成中心(microtubule organizing center:MTOC)と呼ばれる部位に繋ぎ止められて伸長すると考えられており、特定の微小管構造が形成されるためには適切な位置にMTOC部位が存在することが重要である。しかしながら、高等植物細胞においてMTOCの機能に関わる分子の同定は、動物細胞における中心体のような構造が存在しないことも一因となって進んでいない。この点を克服するために、他生物種においてMTOCの機能への関与が示された分子の一つであるウニ51kDaタンパク質のホモローグの解析と、in vitroの系を利用した分子の候補の同定を行った。 MTOCの機能に関わる分子を解析するためには、細胞内でMTOCとして機能する部位が特定されていることが必要である。図1に示すように、高等植物細胞においては細胞周期各期で特異的な微小管の配向が形成されるが、各期の境界における微小管の動態はまだ完全に明らかにはなっていない。私の研究室では高度に同調化する方法が確立しているタバコ懸濁培養細胞BY-2を材料としてM期の間消失していた表層微小管がM期とGl期の境界において再形成される過程を解析し、phase IからIIIcのような中間構造が形成されることを見出した。このうちphase IからIIIbにかけては娘核の表面がMTOCとして機能していることがわかった(Nagata et al.,1994)。ウニ51kDaタンパク質のBY-2ホモローグは分子量49kのタンパク質であり、その遺伝子のcDNAの配列から真核生物のペプチド伸長因子であるEF-1であることが明らかとなっていた(Kumagai et al.,1995)。この分子の細胞内局在を抗チューブリン抗体と抗ウニ51kDa抗体を用いた細胞染色により解析したが、EF-1であることから予想されるように細胞質全体の蛍光が障害となり、通常の蛍光顕微鏡観察では明瞭な結果が得られにくかった。そこで焦点面の光情報のみを取り出すことのできる共焦点レーザー顕微鏡により観察を行ったところ、上述のphase I、IIIaにある細胞ではBY-2 49kDaタンパク質がこのときのMTOCと考えられる娘核周辺に蓄積していることがわかった(図2A、B)。細胞周期によってはアクチン繊維が微小管の形成に関与していると考えられており、EF-1がアクチン結合能を示すと報告されていることから、同じ時期のアクチン繊維の局在を調べたが、娘核周辺部での微小管の形成にはアクチン繊維は関与していないことが示された(図2C、D)。また、微小管は低温や重合阻害剤によって破壊されるが、処理を解除すると処理開始前のMTOC部位から再形成されることが知られている。このとき49kDaタンパク質は再形成開始直後の微小管形成部位に蓄積しており、この系においてもMTOCの機能への関与が示唆された。 微小管の(-)端に存在すると考えられている-チューブリンに対する抗体を用いた細胞染色の結果などから、植物細胞におけるMTOC部位は他生物種に比べて一カ所に集中しない傾向があると考えられ、このような性質がMTOCにあると予想される分子の局在をわかりにくくしている可能性がある。従って、より単純な系として、in vitroにおいて微小管の重合を行った際の49kDaタンパク質の挙動を調べることにした。BY-2細胞から部分精製した画分は透析により粒子を生じ、ここにブタの脳由来の精製チューブリンを加えて加温すると、図3Eに示す星状体様の構造(以下"aster"と呼ぶ)が形成される。"aster"の微小管は加温時間の経過と共に粒子を中心として放射状に伸長し(図3)、(-)端が粒子側であることから粒子表面がMTOCであることがわかった。49kDaタンパク質は"aster"の中心部の粒子に蓄積しており、この系においてもMTOCと密接な関係があることが示された(図4)。 他生物種における解析から、MTOCは複数の分子で構成されていると考えられる。そこで"aster"形成能を指標としてBY-2に含まれるタンパク質の分画を試みた。その結果、塩抽出と硫安沈殿による分画が有効であることがわかった(図5、6)。49kDaタンパク質は"aster"形成能を持つ55-70%硫安画分とこの性質を持たない画分の双方に存在していたが(図6)、このとき形成される"aster"でもMTOCとして働く中心部の粒子に49kDaタンパク質の蓄積が見られた。形成される微小管の構造は、この画分の濃度に依存しており、濃度が低いときには束化された一次元的な構造が形成され、この画分に微小管の重合能を担う因子の他に形成された微小管の束化を行う分子が存在することが示唆された(図7)。この画分をさらにホスホセルロースカラムを用いて分画したところ、非吸着画分以外の画分で"aster"が形成されたが、濃度の低い試料しか得られなかった1.0M、1.5M KCl溶出画分では図7Aとほぼ同じ濃度であったにもかかわらず星状体様の構造が観察された(図8)。これらの画分で形成されていた"aster"は微小管が細く短いもので、微小管の束化を行う分子はここから除かれていると予想された。1.0M KCl溶出画分には約95kDa、64kDa、41kDa、1.5M KCl溶出画分には約80kDa、63kDa、41kDaのタンパク質が検出されたが、49kDaタンパク質の含有量はきわめて低いと考えられた(図9)。それぞれの画分における最も主要な分子について部分アミノ酸配列の決定を行ったが、1.0M KCl溶出画分の64kDaのタンパク質、1.5M KCl溶出画分の63kDaタンパク質はいずれも新規のタンパク質であると予想された。 以上のことから、微小管の構築に関する49kDaタンパク質の関与が示され、さらに同様の関与が考えられる他のタンパク質の候補が絞られた。これらのタンパク質相互の関係とMTOCの機能への関与をin vitro、in vivo双方において解析することで、植物細胞における微小管構築の実体に迫ることができると考えられる。 Kumagai,F.,Hasezawa,S.,Takahashi,Y.,and Nagata,T.(1995)Bot.Acta 108,467-473 Nagata,T.,Kumagai,F.,and Hasezawa,S.(1994)Planta 193,567-572 図1 BY-2細胞における細胞周期の進行に伴う微小管配向変化の模式図図2 細胞周期M/G1境界期における微小管と49kDaタンパク質、アクチン繊維の局在A、B:微小管(緑)と49kDaタンパク質(赤)の二重染色像。C、D:微小管(緑)とアクチン繊維(赤)の二重染色像。いずれも二つの物質の局在が重なる部分は黄色で示されている。矢頭は細胞板の位置を示し、星印の付近では細胞表層まで伸長した微小管がアクチン繊維と共に存在している。スケールは10m。図3 "aster"の形成過程0.5M KCl溶出画分を試料として形成された、加温開始後A:0分、B:1分、C:2分、D:5分、E:20分後の"aster"の抗チューブリン抗体による染色像。スケールは20m。図4 "aster"における49kDaタンパク質の局在共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察した、0.5M KCl溶出画分による"aster"におけるA:微小管、B:49kDaタンパク質の局在。Cは透過像。スケールは5m。図5 硫安沈殿各画分の"aster"形成能A:0-55%硫安、B:55-70%硫安により沈殿する画分を用いて形成された"aster"の抗チューブリン抗体による染色像。スケールは20m。図6 硫安沈殿各画分のSDS-PAGEレーン1:0-55%硫安画分、レーン2:55-70%硫安画分。図7 試料のタンパク質濃度と"aster"の形状の関係試料の最終濃度(mg/ml)がA:0.03、B:0.17、C:0.33、D:0.67、E:1.67であるときに形成された"aster"の暗視野顕微鏡像。スケールは20m。"図8 ホスホセルロースカラム各画分による"aster"の形状A:カラム非吸着画分、B:0.3M、C:0.5M、D:0.8M、E:1.0M、F:1.5M KCl溶出画分で形成された"aster"の暗視野顕微鏡像。スケールは20m。図9 ホスホセルロースカラム各画分に含まれるタンパク質のSDS-PAGEレーン1:1.0M、レーン2:1.5M KCl溶出画分。 |