学位論文要旨



No 113298
著者(漢字) 高橋,秀典
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヒデノリ
標題(和) 原始紅藻シアニジウム類を用いた細胞質分裂の機構の分子細胞生物学的研究
標題(洋)
報告番号 113298
報告番号 甲13298
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3444号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒岩,常祥
 東京大学 教授 小池,勲夫
 東京大学 助教授 河野,重行
 東京大学 助教授 野崎,久義
 東京大学 講師 杉山,宗隆
内容要旨 〈序論〉

 細胞質分裂は、生物の持つ最も基本的かつ重要な特性の1つである。1968年に、ウニ卵の細胞質分裂がアクチン繊維の束からなる収縮リングの収縮作用により引き起こされることをSchroederが発見して以来、他の動物細胞や菌類・植物でも基本的には細胞質分裂にアクチンが関与していることが明らかにされてきた。これに対し、原核生物ではアクチンからなる収縮リングは観察されず、チューブリンに類似のFtsZ タンパク質からなるリングにより細胞が分裂する(Bi and Lutkenhaus.1991)。では、始原的な真核生物は一体どの様な分裂装置を持っているのか、また、原核生物型のFtsZ リングから真核生物型の収縮リングへの切り替わりが果たして真核生物の登場と同時に起きたのかどうか、これらの点は非常に興味深いところである。

 一方、収縮リングの構造に関して見た場合、従来の主要な研究材料である動物卵は細胞の直径が約100mと巨大で、収縮リングも幅が広く多数のアクチン繊維が入り組んでいる。そのため、収縮リングの微細構造や収縮力の発生機構などの解析は困難で、生化学的な研究はある程度なされているものの、細胞質分裂の分子細胞学的研究は進展していない。これに対して、より原始的で極めて小さな生物ならば収縮リングも小さくて単純な構造であると予測されることから、細胞質分裂の機構の研究に関しても進展が期待できる。そこで、原始紅藻のCyanidium caldarium RK-1を研究材料に選んだ。Cyanidiumは直径わずか数mの単細胞生物で、様々な細胞学的知見から最も原始的な真核生物の1つであるといわれている。また、細胞核・ミトコンドリア・色素体が1つずつしか存在しないという極めて単純な体制をしており、上記のような分裂装置の構造と進化の研究には恰好の材料である。そこでまず、Cyanidiumに他の真核生物同様、アクチンからなる収縮リングが存在するかどうかを検討することから始めた。

〈結果と考察〉1細胞質分裂の基本型の解析:Cyanidium caldarium RK-1を用いて1-1ファロイジン染色による分裂様式の解析

 Cyanidiumの細胞では分裂の進行に伴い、まず色素体が分裂し、次いで細胞核・ミトコンドリアの順で分裂して2つの内生胞子を形成する。これと同様の分裂をもう1回繰り返すことにより、4つの内生胞子を形成して増殖する(図1)。この過程に収縮リングが関与しているか否かを明らかにするために、様々な分裂段階の細胞をDAPIとFITC-ファロイジンで2重染色して観察した(図2)。間期にはアクチンからなる構造物は観察されなかったが、分裂中の細胞では分裂面に収縮リングが観察された。収縮に伴うリング中のアクチン量の変化を明らかにするために、収縮リング部分のFITCの蛍光強度を顕微蛍光測光装置で定量した(図3)。分裂の開始と終了時では蛍光強度にほとんど差がみられないことから、一度形成されたアクチンのリングは脱重合せずにそのまま収縮することがわかった。

1-2アクチン遺伝子の単離とその解析

 従来の研究では収縮リングの収縮過程に主眼が置かれており、主成分であるアクチンの遺伝子発現やリングの構築過程が注目されることはなかった。しかし、アクチンからなる主要な構造物が収縮リング以外に存在しないCyanidiumならは、これらの初期過程の解析も可能であると思われる。そこで、Cyanidiumのアクチン遺伝子を単離した。既に単離してある近縁のCyanidioschyzon merolaeのアクチン遺伝子(Takahashi et al.,1995)をプローブにしてサザンハイブリダイゼーションを行ったところ、Pst1処理した場合には5.0kbpの位置にバンドが検出された。そこで、5.0kbp付近のPst1断片をゲルから回収し、プラスミドベクターpBluescriptにクローニングしてライブラリーを作成した。スクリーニングの結果、制限酵素地図がわずかに異なる2つのアクチン遺伝子を得た(act1.act2;図4)。共に1137bpからなるORFが見つかったが、両者では9塩基が異なっていた。しかし、これらは全てコドンの3文字目に位置しており、推定アミノ酸配列は同一であった。act1とact2をプローブにした弱い条件下のサザンハイブリダイゼーションの結果、Cyanidiumにはアクチン遺伝子が2つしか存在しないことがわかった。act1とact2はともに17番染色体上に存在していた。転写されるmRNAの大きさは1.5kbであった。

1-3抗アクチン抗体の作成と間接蛍光抗体染色

 細胞内のアクチンの局在を明らかにするには抗アクチン抗体が必要である。そこでact1遺伝子を発現ベクターpQEにクローニングし、大腸菌内で過剰発現させた融合タンパク質を用いて抗体を作成した。ウエスタンブロッティングでは43kDaの位置に単一のバンドが検出され、推定分子量42kDaとよい一致を示した。この抗体を用いて間接蛍光抗体染色を行った(図5)。間期には細胞質に多数のアクチンドットが観察された。細胞質分裂に先立ちアクチンドットが赤道面に一列に並び、これらをつなぎ合わせるようにして収縮リングが形成された。収縮リングの収縮が始まるとアクチンドットは細胞質から消失し、分裂が完了すると再び細胞質に現れた。従って、これらのアクチンドットは収縮リングの形成に関与していると思われる。

1-4電子顕微鏡による構造解析

 分裂に伴う細胞内構造の変化をより詳細に観察するためには、電子顕微鏡による観察が必要である。従来の化学固定法ではCyanidiumの細胞は変形してしまい、細胞内構造の保持も不可能であったが、急速凍結置換法を用いることにより、これらの問題点を解決することができた。間期の細胞では、細胞核・ミトコンドリア・色素体が1列に並んでいる(図6A)。まず色素体が分裂を開始してその狭窄部に色素体分裂リングが観察されるころになると、細胞の赤道面の細胞膜直下に収縮リングが現れる(図6B)。収縮リング形成部には、ゴルジ体由来と思われる小胞が多数観察される(図7)。色素体の分裂が完了した後に細胞質分裂が開始され、色素体側からの細胞質の陥入が始まる(図6C,D)。収縮リングは内外2層からなっており、特に内層には、直径約7nmのアクチン繊維の断面と思われる構造物が20数本、筏状に並んでいる(図6E,G)。動物卵の収縮リングに比べると際立った単純さである。細胞核側からの陥入は色素体側からの陥入より遅れて始まり、ミトコンドリアの位置で両極からの陥入がおちあう(図6F)。つまり、ミトコンドリアの位置で細胞質分裂が完了することがわかった。

1-5金コロイド免疫電子顕微鏡観察

 電子顕微鏡観察の結果、収縮リング2層のうち内層がアクチン繊維からなる可能性が示唆された。この可能性を検討するためには、抗アクチン抗体を用いた免疫電子顕微鏡法が有効である。しかし、急速凍結置換時に1%グルタルアルデヒド(GA)のアセトン溶液で固定するという一般的な手法をとった場合には、抗体の反応性が乏しかった。そこで、抗DNA抗体を指標に用いて、より反応性の高い固定法を開発した(Takahashi et al.,1997)。固定液としてアセトンのみを用いたところ、1%GAのアセトン溶液を用いた場合に比べて2.6倍の検出感度を得ることができた。そこで、アセトンのみで固定したサンプルに対して抗アクチン抗体処理を行った。その結果、内層に金コロイドが多く検出され、確かに内層はアクチン繊維からなるということがわかった(図8)。収縮に伴う内層の幅と厚さを定量したところ、厚さは不変であるのに対し、幅は収縮とともに増加した(図9)。ファロイジン染色の結果も考慮すると、Cyanidiumでは収縮リングの幅を増加させることでアクチン繊維の量を保ちつつ収縮することになる。また、外層も内層と同じく厚さは不変で、幅が収縮とともに増加していた(図9)。

2より原始的な細胞質分裂の様式の解析:Cyanidioschyzon merolaeを用いて

 より原始的な細胞質分裂の様式を明らかにするために、Cyanidiumとは近縁であるが、さらに原始的であると考えられているCyanidioschyzon merolaeの分裂様式を解析することにした。Cyanidioschyzonは2分裂により増殖するが(図10)、分裂中の細胞ではファロイジン染色でも電子顕微鏡観察でも、分裂面にアクチンからなる構造物は観察されなかった(表1)。また、アクチンの重合阻害剤であるサイトカラシン処理を行っても分裂は阻害されなかった。しかし、アクチン遺伝子は存在しており、転写されていることを修士課程においてすでに明らかにしている(Takahashi et al.,1995)。そこで、Cyanidioschyzonのアクチン遺伝子を発現ベクターpQEにクローニングして、融合タンパク質に対して抗体を作成した。しかし、ウエスタンブロッティングを行ってもアクチンのバンドは検出されなかった。また、間接蛍光抗体染色でも免疫電子顕微鏡反応でもアクチンの存在は確認されなかった。従って、Cyanidioschyzonはより原始的であるために関与しているアクチンの量が極めて少ない、あるいは、アクチンとは別のタンパク質が細胞質分裂に関与しているものと考えられる。

3分子系統解析

 CyanidiumとCyanidioschyzonは最も原始的な真核生物の1つであるといわれているが、その根拠は主に細胞学的知見である。そこで、この原始性が分子レベルからも支持されるのかどうか明らかにするとともに、そこで得られた進化上の位置とこれまでに明らかにした分裂様式から、真核生物に見られる細胞質の分裂装置の進化過程を明らかにしようと考えた。アクチン遺伝子の塩基配列をもとに系統樹を作成した結果、動物・植物・菌類がそれぞれ一群をなし、アクチン遺伝子の塩基配列も系統樹作成に用いることができることがわかった。この系統樹では動物・植物・菌類の分岐以前の早い時期にCyanidioschyzonがまず分岐し、次いでCyanidiumが分岐していた(図11)。

〈まとめ〉

 (1)Cyanidiumには細胞質分裂に必須の収縮リングが存在していた(図12A)。その構造は内外2層からなるという極めて単純なものであった。抗アクチン抗体を用いた免疫電子顕微鏡反応の結果,内層がアクチン繊維であることがわかった。アクチン遺伝子は2つ存在しており、翻訳産物はアクチンドットとなってアクチンリングを構築する。ファロイジン染色時のアクチンリングの輝度を定量した結果、一度形成されたリングは脱重合せずにそのまま収縮していた。また、電子顕微鏡下で見られる収縮リングの断面を解析した結果、収縮時には内層・外層ともに厚さは不変で、幅のみが増加することがわかった。

 (2)Cyanidiumと近縁のCyanidioschyzonにもアクチン遺伝子が存在し、転写もされていた(図12B)。しかし、抗体染色などの手法を用いても収縮リングの存在は確認できなかった。従って、Cyanidioschyzonの細胞質分裂は、より原始的な様式により引き起こされていると考えられる。Cyanidioschyzonよりもさらに原始的な真核生物の存在も予想されるが、そのような生物ではCyanidioschyzonにみられる分裂様式に類似した分裂を行っていると思われる(図13)。

図1 Cyanidiumの分裂様式の模式図Cyanidiumは2回の連続した細胞質分裂の結果、4つの内生胞子を形成して増殖する。n:細胞核、m:ミトコンドリア、p:色素体。図2 様々な分裂段階にあるCyanidiumの細胞のファロイジン染色像C.caldarium RK-1の細胞をDAPIとFITC・ファロイジンで2重染色したときの蛍光顕微鏡像。上段から下段に向かって分裂の進行順に並べてある。大矢印:細胞核DNA、小矢印:ミトコンドリアDNA、2重矢頭:色素体DNA。矢頭:収縮リング。バーは1m。図3 収縮に伴うCyanidiumの収縮リング中のアクチン量の変化Cyanidiumの細胞をFITC・ファロイジンで染色し、収縮リング部分にみられるFITCの蛍光強度を、顕微蛍光測光装置で測定した。図4 Cyanidiumのアクチン遺伝子(act1、act2)の塩基配列と推定アミノ酸配列ORF中の塩基配列のみを示してある。act2の塩基配列に関してはact1の塩基配列と異なるもののみ示し、同じ配列はドット(・)で示してある。act1とact2はORF中で9塩基異なるが、推定アミノ酸配列は同一である。図5 抗アクチン抗体を用いたCyanidiumの細胞の間接蛍光抗体染色Cyanidiumのアクチンに対して作成した抗体とDAPIで2重染色を行った。抗体反応の検出にはFITCの結合した2次・3次抗体を用いてある。上段から下段に向かって分裂の進行順に並べてある。アクチンの局在は黄緑で示される。青と赤はそれぞれDAPIと色素体の蛍光を示す。大矢印:細胞核DNA、小矢印:ミトコンドリアDNA、2重矢頭:色素体DNA、小矢頭:アクチンドット、大矢頭:収縮リング。バーは1m。図6 様々な分裂段階にあるCyanidiumの細胞の電子顕微鏡像間期の細胞(A)に始まる様々な分裂段階の細胞を分裂の進行順に従ってアルファベット順に並べてある。EとGはそれぞれDとF中のアスタリスク(*)の領域の拡大像。n:細胞核、m:ミトコンドリア、p:色素体。矢頭:収縮リング。大矢印:収縮リングの内層、小矢印:収縮リングの外層。A,B,C,D,F中のバーは0.5m、E,G中のバーは50nm。図7 Cyanidiumの細胞の収縮リング形成部位に観察される小胞分裂中のCyanidiumの細胞の全体像(A)と、アスタリスク(*)の領域の拡大像(B)。収縮リング(矢頭)に沿って多数の小胞(矢印)が観察される。n:細胞核、p:色素体。A,B中のバーはそれぞれ0.5mと0.1m。図8 抗アクチン抗体を用いたCyanidiumの細胞の免疫電子顕微鏡法AとDはそれぞれ収縮リングを断面にするような切断面と収縮リングをかするような切断面に観察される細胞の全体像。B,EはそれぞれAとD中のアスタリスク(*)の領域の拡大像で、このような切片に対して抗アクチン抗体を用いて免疫電子顕微鏡反応を行った結果がCとF。n:細胞核、m:ミトコンドリア、p:色素体。矢頭:収縮リング。A,D中のバーは0.5m、B,C,E,F中のバーは0.1m。図9 収縮に伴う収縮リングの内層と外層の構造変化Cyanidiumの細胞の赤道面に垂直で、しかも細胞の中央部を通るような切断面に観察される収縮リングの断面の、内層と外層それぞれの厚さと幅の変化を測定した。図10 Cyanidioschyzonの分裂様式の模式図Cyanidioschyzonは1回の2分裂により増殖する。n:細胞核、m:ミトコンドリア、p:色素体。表1 CyanidiumとCyanidioschyzonの細胞質分裂にみられる特徴の比較図11 アクチン遺伝子の塩基配列に基づく系統樹アクチン遺伝子のORFの塩基配列のうち各コドンの3文字目を除き、最大節約法により作成した。上段の数字は各節間のステップ数を、下段の数字(斜字)は1000回繰り返したときのブートストラップ値を示す。S.cerevisiaeのactin relatedgene(act2)を外群に用いた。アスタリスク(*)は本研究による。図12 CyanidiumとCyanidioschyzonの分裂中の細胞の模式図(A)Cyanidiumには内外2層からなるという極めて単純な収縮リングが観察される。このうち内層がアクチン繊維である。アクチン遺伝子は2つ存在しており、翻訳産物はアクチンドットとなり、収縮リングの内層に相当するアクチンリングを構築する。細胞質の陷入は色素体側から開始され、細胞核側からの陷入との間には時間差がある。 (B)Cyanidioschyzonにもアクチン遺伝子が存在し、転写もされている。しかし、抗体染色などの手法を用いても収縮リングの存在は確認できない。図13 細胞質分裂の装置の進化原核生物ではアクチンとは異なるFtsZ タンパク質により細胞質分裂が引き起こされる。これに対し、真核生物では基本的にはアクチン(黒大線)が細胞質分裂に関与している。さらに真核生物には、Cyanidioschyzonにみられるような、より原始的な細胞質分裂の様式もある(点線)。n:細胞核、m:ミトコンドリア、p:色素体。
審査要旨

 本論文は4章からなり、第1章はCyanidiumのアクチン遺伝子の単離とその解析について、第2章・第3章はそれぞれCyanidiumの細胞の分裂様式の蛍光顕微鏡観察と電子顕微鏡観察について、第4章はCyanidioschyzonの分裂様式の解析と真核生物に見られる細胞の分裂装置の進化について述べられている。

 細胞の分裂という現象は最も基本的かつ重要な生命現象の1つであり、真核生物ではアクチンからなる収縮リングの収縮により引き起こされる。従来の主たる研究材料は動物卵であるが、その収縮リングは巨大かつ複雑であるため、収縮時の微細構造の変化や収縮力の発生機構の解析は困難であった。そこで、論文提出者は原始紅藻のCyanidiumとCyanidioschyzonを研究材料に選んだ。両者は動物卵の僅か100分の1の大きさにすぎない。このうちCyanidiumでは2層の極めて単純な収縮リングが観察されるため、従来の研究では欠けていたアクチン遺伝子の発現から収縮リングの構築・収縮までの一連の過程を解析するのに適している。一方、Cyanidioschyzonでは収縮リングが観察されないため、両者の分裂様式を比較・解析することで真核生物の分裂装置の進化を明らかにできる。論文提出者はこうした観点から、細胞質分裂の基本原理と分裂装置の進化の解明を目標として研究を行った。

 遺伝子発現の流れに沿って、第1章ではCyanidiumのアクチン遺伝子を単離・解析した結果、(1)アクチン遺伝子は2つ存在しているが377個の同一のアミノ酸配列をもつタンパク質をコードしており、(2)それらは同一の17番染色体上に存在することを明らかにした。そして、(3)他の真核生物のアクチンmRNAと同じ1.5kbの大きさで転写されていることも示した。

 第2章では、(1)Cyanidiumの細胞質分裂の同調系を開発し、(2)同調化された細胞のファロイジン染色を行った結果、分裂に先立って形成された収縮リングはアクチン繊維量を一定に保ったまま収縮して、徐々に太くなることを明らかにした。さらに、(3)Cyanidiumのアクチンに対する抗体を作成して細胞の抗体染色を行い、収縮リングはG-アクチンを含むドットからde novoに形成されることを明らかにした。

 第3章では、Cyanidiumの分裂様式を電子顕微鏡により詳細に解析している。その結果、(1)収縮リングの収縮過程で、内層・外層ともに厚さは不変だが幅を増加させながら滑り込むことを明らかにした。また、(2)アクチンドットは小胞の形をとっていることも明らかにした。そして、(3)細胞をアセトンのみで固定することにより、免疫電子顕微鏡法において従来の手法の2.6倍の検出感度が得られることを発見した。(4)この新手法で固定した細胞に対して抗アクチン抗体処理した結果、収縮リング2層のうちの内層がアクチン繊維であることを示した。このことから論文提出者は、外層がミオシンであり、内層のアクチンとの間で滑り込みを起こして収縮力を発生するモデルを提起している。

 Cyanidiumとは近縁であっても、Cyanidioschyzonには収縮リングは観察されない。そこで、第4章ではCyanidioschyzonのアクチンに対する抗体を作成し、(1)ウエスタンブロッティング、(2)間接蛍光抗体染色、(3)免疫電子顕微鏡法による解析を行っている。いずれにおいても反応が見られなかったことから、Cyanidioschyzonは原始的であるがゆえに極めて少量のアクチンにより細胞質分裂が引き起こされている可能性が示唆された。そこで論文提出者は、(4)アクチン遺伝子の塩基配列をもとに系統樹を作成してCyanidioschyzonの原始性を証明するとともに、(5)系統樹をもとに真核生物で見られる細胞の分裂装置の進化を推察している。まず最初にCyanidioschyzonで見られるような極めて少量のアクチンからなる分裂装置が登場し、次いでCyanidiumの収縮リングのような20数本のアクチンからなる分裂装置へと進化し、その後のさらなる進化の過程で分裂装置を構成するアクチン繊維の数は増大し、分裂装置自身も巨大化・複雑化・多様化していったと考えている。

 論文提出者は、「細胞の分裂」という生物における基本的問題を解明するためにCyanidiumという、これまで使われていないが研究を遂行する上で有利な生物に着目し、遺伝子発現の流れに沿って、分子生物学的手法と形態観察により細胞質分裂の機構を総合的に解析している。このような研究は皆無である。さらには、推測の域にすぎなかった収縮リングの滑り込みの過程を初めて経時的にとらえて定量化した研究は注目されている。一方、Cyanidioschyzonの分裂様式の解析により、真核生物の分裂装置の進化を明らかにした研究も独創的である。

 なお、本論文第1章は、高野博嘉・伊藤竜一・河野重行・黒岩常祥と、第2章は、高野博嘉・黒岩晴子・戸田恭子・黒岩常祥と、第3章は、黒岩晴子・宮城島進也・伊藤竜一・戸田恭子・黒岩常祥と、第4章は、黒岩晴子・宮城島進也・伊藤竜一・戸田恭子・黒岩常祥との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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