学位論文要旨



No 113306
著者(漢字) 岩田,尚能
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,ナオヨシ
標題(和) 40Ar-39Ar法に基づいたデカン火成活動の年代学的研究
標題(洋) Geochronological Study of the Deccan Volcanism by the 40Ar-39Ar Method
報告番号 113306
報告番号 甲13306
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3452号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 教授 中村,保夫
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 東京大学 助教授 永原,裕子
内容要旨

 インド・デカントラップはインド半島北西部に位置する洪水玄武岩台地である.デカントラップは非常に大きな噴出量や噴出率を持つことから,その形成過程などに大きな関心が持たれてきている.本研究ではデカントラップの溶岩流および岩脈試料に対して40Ar-39Ar年代測定を行い,その火成活動の時期および期間に制約を与えることを試みた.デカントラップの試料では変質や過剰アルゴンの影響が指摘されているので,本研究では年代測定法として段階加熱法を用いることにより年代値の信頼性の検討が可能な40Ar-39Ar法を用いた.一方で,40Ar-39Ar法に関してはその基礎的な問題に関して未解決な点も少なからず残されている.本研究では,その点についての考察も試みた.

 デカントラップの試料に40Ar-39Ar年代測定を行うに当たり,新規に導入された希ガス質量分析計を用いての年代測定システムの立ち上げ,標準的な測定手順の確立を含む40Ar-39Ar年代測定システムの改良を行った.予備的な実験で使用した四重極質量分析計では,今回の目的に十分な精度で年代値を得ることが出来なかったが,1993年に精度のよい磁場型の希ガス質量分析計(VG-3600,VG-Isotech社製)が導入されたので,この精度に見合った低ブランクのアルゴン抽出精製ラインを作成し,標準的な測定手順を確立した.また,微少量での40Ar-39Ar年代測定を可能にするレーザー加熱年代測定システムを開発した.レーザー加熱法を用いることにより数mg以下の鉱物粒や試料の40Ar-39Ar年代測定が可能になるが,レーザー加熱法では得られるガス量が少ないため誘導加熱法に用いるラインでは不十分である.そのため,新規にレーザー加熱法に用いる分析ラインを作成した.更にこのシステムを用いて年代標準試料に対して実験を行い,システムの信頼性を検討した.得られた標準試料の年代値は概ね推奨値と一致し,システムの信頼性が確認された.40Ar-39Ar法では,未知試料の年代値は年代既知の試料との比較で求められるが,そのためには比較の基準となる年代標準試料の年代値が十分な精度・確度をもって決定されている必要がある.本研究で用いている年代標準試料(EB-1)の年代値は,これまで90.8+/-1.7Maとされていた.今回新たなK-Ar法による測定から91.3+/-1.0Ma,40Ar-39Ar法による国際年代標準試料との比較から91.4+/-0.5Maという年代値が得られた.K-Ar年代値と40Ar-39Ar年代値が良く一致すること,40Ar-39Ar年代測定に用いるということから,従来よりも精度・確度の高い値としてEB-1に対して本研究では91.4+/-0.5Maという値を決めることが出来た.

 段階加熱法を用いることにより,得られた年代値の検討ができるのが40Ar-39Ar年代測定法の利点のひとつである.しかしながら用いる試料の状態によっては,アイソクロンや年代スペクトルは乱されたパターンを示す.実際デカントラップの試料ではそのような例が多く見られた.測定試料の鉱物組織などの特徴と得られた年代スペクトルの特徴の関係が明らかになれば,個々の年代結果に対する適切な解釈を与えることが可能になる.更に,年代測定用試料を選択する基準に制約を与えることも可能である.そのため,インド・デカントラップから採取された玄武岩試料の薄片観察を行い,鉱物組織とインバースアイソクロンプロットや年代スペクトルとの関係を検討した.デカントラップの試料に対する40Ar-39Ar年代測定結果を,インバースアイソクロンプロットでのデータの分布をもとに5つのタイプに分けた.Type1は各温度段階のデータがアイソクロン上にのり,年代スペクトルではほぼ一様の年代値を示すパターンを示す.このタイプは変質の少ない比較的細粒な結晶質の試料で見られる.Type2はインバースアイソクロンプロットでは良いアイソクロンを示すが,トラップ成分のアルゴン同位体比が大気と異なっているものである.このタイプの試料の年代スペクトルは低温部と高温部で古く,その間の温度段階で若い年代を示す,いわゆるサドル型となる.この様な試料は過剰アルゴンを含んでいることを示唆しており,このタイプは岩脈試料で見られた.Type3はインバースアイソクロンプロットにおいて,低温のデータがアイソクロンの右上に分布するパターンである.このタイプの試料の年代スペクトルは低温部分では若い年代値を示すのでアルゴン損失が予想される.このタイプの試料は変質部分を多く含んでいる.Type4はインバースアイソクロン上で,データが楕円状に分布するパターンである.このタイプの試料の年代スペクトルは高温部になるほど年代値が若くなる逆階段状のパターンを示した.この様な年代スペクトルは,中性子照射の際に生じるリコイルによるアルゴンの再移動が起こっている可能性を示している.カリウムに富んだ細粒部分とカリウムに乏しい部分が隣接している試料でこの様なパターンが見られると考えられる.Type 5はインバースアイソクロンプロット上でデータの分散が小さいものである.この様なパターンは,試料中の放射起源アルゴンとトラップアルゴンが同じサイトに分布しており更に脱ガスにおける挙動が同じである場合に見られると考えられる.試料の組織としては特定しにくいタイプである..また,デカントラップの試料の特徴として,800℃付近で非放射起源アルゴンを多量に放出する試料が多く見いだされた.この非放射起源アルゴンは,方解石の様な二次鉱物やガラスなどに溶存していると考えられる.この非放射性アルゴンのピークが前述したような物質の存在を示しているならば,非放射起源アルゴンのピークよりも低い温度における同位体のデータはそれらの影響を受けている可能性がある.以上のことから試料選択の基準として,出来る限り新鮮で変質の少ない試料を選択すること,比較的細粒で結晶質な試料を選択することなどが挙げられる.また,非放射起源アルゴンの放出が見られる800℃付近よりも低い温度のデータは,年代計算時には除外したほうがより信頼性の高い年代値が得られると考えられる.

 これらの40Ar-39Ar年代測定システムと基準を用いて,デカントラップの試料に対して40Ar-39Ar年代測定を行った.これまでの年代学的研究の多くは,溶岩層序が確立されている西ガーツ地域で報告されており,西ガーツ地域以外では層序と対応した年代測定はほとんど行われていなかった.本研究では,デカントラップ全体の火成活動の時期と活動期間を見積もるために,最近になって層序が明らかにされたデカントラップ中央部から東部のセクションを含むデカントラップ全域での溶岩流試料の40Ar-39Ar年代測定を行った.またデカントラップでは,北部Narmada川流域および西部海岸地域ではそれぞれ系統的に東西および南北に主な走向を持つ岩脈群が発達している.岩脈は当時の水平最小圧縮応力軸と直交する方向に貫入すると考えられるので,もしそれぞれの岩脈で年代差があればそれは当時の広域応力場の変化を示すと考えられる.そのためそれぞれの地域の岩脈試料に対しても40Ar-39Ar年代測定を行った.本研究の年代測定から得られた主要な結果は次の通りである.(1)これまでの年代測定結果との比較のために行った西ガーツ地域の下位と上位の層序の年代値は67Ma〜64Maであり,従来の結果と一致している.また,デカントラップの中央部から東部のセクションでは68〜64Maの年代値が得られた.これらの結果と古地磁気による制約から,デカントラップの主要な火成活動の期間が短期間(100万年以内)であった可能性が示唆される.(2)デカントラップ北東部のMandla Trapでは,Nagpur-Jabalpurセクションにおいて76Ma〜70Maという年代値が得られた.(3)デカントラップ北部のNarmada川流域西部のアルカリ岩の産出地域では64〜60Maの年代値が得られた.(4)(1)〜(3)の結果から,デカントラップの火成活動の時期には地域差が存在する可能性があることが示唆される.(5)デカントラップの2つの岩脈群の年代測定の結果,Narmada川流域の岩脈試料と西部海岸地域の岩脈試料の年代値には差が見られなかった.このことは,岩脈の貫入方向が当時の広域応力場を反映しているのではなく,より地域的な応力場に支配されている可能性を示していると考えられる.(6)レーザー加熱法で行ったデカントラップの一部に分布しているアルカリ岩類に含まれる黒雲母試料の年代値は,デカントラップの主要なソレアイト質の溶岩の年代値と同時期およびより若い年代値を示した.これまでに報告されているアルカリ岩の年代値とあわせると,デカントラップでのアルカリ岩類の主要な活動時期は2回以上あったと考えられる.

審査要旨

 本論文は5章からなる。第1章は本論文の研究目的と背景、第2章は年代測定法としての40Ar-39Ar法の概要とその実験方法における改良、第3章はレーザー加熱を用いた40Ar-39Ar法による年代測定の試み、第4章は岩石試料の状態と40Ar-39Ar年代パターンとの関係、第5章はデカントラップの玄武岩および岩脈の40Ar-39Ar年代とその地球科学的意義について記載している。

 第1章では、年代測定の対象としたデカントラップが世界的に見ても最大級の噴出量や噴出率をもつ洪水玄武岩台地であり、その年代学的な研究の重要性を説いている。また年代測定法としての40Ar-39Ar法の利点を強調している。

 第2章では、40Ar-39Ar年代測定を行うに際し、アルゴン抽出・精製装置の製作および改良から、質量分析計の調整、年代標準試料に対する精度の高いK-Ar年代値の測定などを行い、それらについての詳細な検討を行っている。

 第3章では、新たに導入したアルゴンレーザーを用いて段階加熱に相当した試料加熱を行い、40Ar-39Ar年代値の年代パターンやアイソクロン法による年代測定の可能性を追求している。デカントラップ地域から産出した酸性火山岩中の黒雲母を分離し、それらの鉱物粒に対して40Ar-39Ar年代パターンやインバースアイソクロンプロットを行った。その結果、岩石試料では変質などできちんとした年代値が求められない場合でも、レーザー加熱法ではきちんとした年代が得られることを明らかにしてその有効性を示した。

 第4章では、測定試料の鉱物組織などの特徴とアイソクロンプロットなどとの関係を詳細に検討した。その結果、塩基性火山岩の場合にはインバースアイソクロンプロットにおいて5つの型に分類することができ、鉱物組織との関係もある程度まで推定を可能とした。年代として最も信頼性の高い年代パターンを示すType1の試料は、変質の少ない比較的細粒の結晶質の試料に見られる。過剰アルゴンの存在が示されるType2の試料は岩脈試料にみられ、粗粒な結晶を示す。変質などにより低温での放射性起源40Arの損失を伴う試料はType3に分類され、インバースアイソクロンプロットにおいて他の試料とは異なったデータ分布を示す。中性子照射の際にリコイルの影響を受けた試料はType4に分類され、カリウムに富んだ細粒な部分とカリウムに乏しい部分が接触しているような試料で生じることが示唆された。Type5の試料は、放射性起源40Arと捕獲Arが同じような構造内に位置していることが予想される。

 第5章では、第4章で定めた基準に基づいてデカントラップ全地域から得られた岩石試料に対しての40Ar-39Ar年代測定値の信頼性を検討し、以下のような結果を得た。これまで主に年代測定結果が報告されてきた西ガーツ地域の試料の年代値は67-64Maとなり、従来の結果と一致した。年代値の報告値の少なかったデカントラップ中央部から東部のセクションでも68-64Maの年代値が得られ、デカントラップの主要な火成活動の期間が短期間であったことが推定された。しかしデカントラップ北東部の試料に対しては76-70Ma、デカントラップ北部に産出したアルカリ岩では64-60Maの年代値が得られ、デカントラップの火成活動の時期には地域差が存在する可能性のあることが示唆され、その活動期間も従来考えられてきたよりも長期にわたることが明らかになった。またデカントラップに分布する南北と東西方向の岩脈群の間に系統的な年代差が見られないことが明らかになり、その方向は地域的な応力場に支配されている可能性を指摘した。

 このように、岩田氏は40Ar-39Ar年代測定を行うための測定装置を自ら設定し、火山岩に対する40Ar-39Ar年代の信頼性の評価法を確立した。それに基づいて自ら測定したデカントラップの年代結果を検討して、その火成活動の時期や期間に関してこれまで一般的に考えられてきた形成期間等に修正を要請する新しい結果を得た。これは洪水玄武岩生成のメカニズムを考察する上で大きな制約条件を与え、地球科学的な観点からみても重要な貢献である。よって本審査委員会は、本論文は本学の博士(理学)の学位を授与するのに値すると認定した。

 なお本論文の一部に関しては瀧上豊、兼岡一郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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