内容要旨 | | インド・デカントラップはインド半島北西部に位置する洪水玄武岩台地である.デカントラップは非常に大きな噴出量や噴出率を持つことから,その形成過程などに大きな関心が持たれてきている.本研究ではデカントラップの溶岩流および岩脈試料に対して40Ar-39Ar年代測定を行い,その火成活動の時期および期間に制約を与えることを試みた.デカントラップの試料では変質や過剰アルゴンの影響が指摘されているので,本研究では年代測定法として段階加熱法を用いることにより年代値の信頼性の検討が可能な40Ar-39Ar法を用いた.一方で,40Ar-39Ar法に関してはその基礎的な問題に関して未解決な点も少なからず残されている.本研究では,その点についての考察も試みた. デカントラップの試料に40Ar-39Ar年代測定を行うに当たり,新規に導入された希ガス質量分析計を用いての年代測定システムの立ち上げ,標準的な測定手順の確立を含む40Ar-39Ar年代測定システムの改良を行った.予備的な実験で使用した四重極質量分析計では,今回の目的に十分な精度で年代値を得ることが出来なかったが,1993年に精度のよい磁場型の希ガス質量分析計(VG-3600,VG-Isotech社製)が導入されたので,この精度に見合った低ブランクのアルゴン抽出精製ラインを作成し,標準的な測定手順を確立した.また,微少量での40Ar-39Ar年代測定を可能にするレーザー加熱年代測定システムを開発した.レーザー加熱法を用いることにより数mg以下の鉱物粒や試料の40Ar-39Ar年代測定が可能になるが,レーザー加熱法では得られるガス量が少ないため誘導加熱法に用いるラインでは不十分である.そのため,新規にレーザー加熱法に用いる分析ラインを作成した.更にこのシステムを用いて年代標準試料に対して実験を行い,システムの信頼性を検討した.得られた標準試料の年代値は概ね推奨値と一致し,システムの信頼性が確認された.40Ar-39Ar法では,未知試料の年代値は年代既知の試料との比較で求められるが,そのためには比較の基準となる年代標準試料の年代値が十分な精度・確度をもって決定されている必要がある.本研究で用いている年代標準試料(EB-1)の年代値は,これまで90.8+/-1.7Maとされていた.今回新たなK-Ar法による測定から91.3+/-1.0Ma,40Ar-39Ar法による国際年代標準試料との比較から91.4+/-0.5Maという年代値が得られた.K-Ar年代値と40Ar-39Ar年代値が良く一致すること,40Ar-39Ar年代測定に用いるということから,従来よりも精度・確度の高い値としてEB-1に対して本研究では91.4+/-0.5Maという値を決めることが出来た. 段階加熱法を用いることにより,得られた年代値の検討ができるのが40Ar-39Ar年代測定法の利点のひとつである.しかしながら用いる試料の状態によっては,アイソクロンや年代スペクトルは乱されたパターンを示す.実際デカントラップの試料ではそのような例が多く見られた.測定試料の鉱物組織などの特徴と得られた年代スペクトルの特徴の関係が明らかになれば,個々の年代結果に対する適切な解釈を与えることが可能になる.更に,年代測定用試料を選択する基準に制約を与えることも可能である.そのため,インド・デカントラップから採取された玄武岩試料の薄片観察を行い,鉱物組織とインバースアイソクロンプロットや年代スペクトルとの関係を検討した.デカントラップの試料に対する40Ar-39Ar年代測定結果を,インバースアイソクロンプロットでのデータの分布をもとに5つのタイプに分けた.Type1は各温度段階のデータがアイソクロン上にのり,年代スペクトルではほぼ一様の年代値を示すパターンを示す.このタイプは変質の少ない比較的細粒な結晶質の試料で見られる.Type2はインバースアイソクロンプロットでは良いアイソクロンを示すが,トラップ成分のアルゴン同位体比が大気と異なっているものである.このタイプの試料の年代スペクトルは低温部と高温部で古く,その間の温度段階で若い年代を示す,いわゆるサドル型となる.この様な試料は過剰アルゴンを含んでいることを示唆しており,このタイプは岩脈試料で見られた.Type3はインバースアイソクロンプロットにおいて,低温のデータがアイソクロンの右上に分布するパターンである.このタイプの試料の年代スペクトルは低温部分では若い年代値を示すのでアルゴン損失が予想される.このタイプの試料は変質部分を多く含んでいる.Type4はインバースアイソクロン上で,データが楕円状に分布するパターンである.このタイプの試料の年代スペクトルは高温部になるほど年代値が若くなる逆階段状のパターンを示した.この様な年代スペクトルは,中性子照射の際に生じるリコイルによるアルゴンの再移動が起こっている可能性を示している.カリウムに富んだ細粒部分とカリウムに乏しい部分が隣接している試料でこの様なパターンが見られると考えられる.Type 5はインバースアイソクロンプロット上でデータの分散が小さいものである.この様なパターンは,試料中の放射起源アルゴンとトラップアルゴンが同じサイトに分布しており更に脱ガスにおける挙動が同じである場合に見られると考えられる.試料の組織としては特定しにくいタイプである..また,デカントラップの試料の特徴として,800℃付近で非放射起源アルゴンを多量に放出する試料が多く見いだされた.この非放射起源アルゴンは,方解石の様な二次鉱物やガラスなどに溶存していると考えられる.この非放射性アルゴンのピークが前述したような物質の存在を示しているならば,非放射起源アルゴンのピークよりも低い温度における同位体のデータはそれらの影響を受けている可能性がある.以上のことから試料選択の基準として,出来る限り新鮮で変質の少ない試料を選択すること,比較的細粒で結晶質な試料を選択することなどが挙げられる.また,非放射起源アルゴンの放出が見られる800℃付近よりも低い温度のデータは,年代計算時には除外したほうがより信頼性の高い年代値が得られると考えられる. これらの40Ar-39Ar年代測定システムと基準を用いて,デカントラップの試料に対して40Ar-39Ar年代測定を行った.これまでの年代学的研究の多くは,溶岩層序が確立されている西ガーツ地域で報告されており,西ガーツ地域以外では層序と対応した年代測定はほとんど行われていなかった.本研究では,デカントラップ全体の火成活動の時期と活動期間を見積もるために,最近になって層序が明らかにされたデカントラップ中央部から東部のセクションを含むデカントラップ全域での溶岩流試料の40Ar-39Ar年代測定を行った.またデカントラップでは,北部Narmada川流域および西部海岸地域ではそれぞれ系統的に東西および南北に主な走向を持つ岩脈群が発達している.岩脈は当時の水平最小圧縮応力軸と直交する方向に貫入すると考えられるので,もしそれぞれの岩脈で年代差があればそれは当時の広域応力場の変化を示すと考えられる.そのためそれぞれの地域の岩脈試料に対しても40Ar-39Ar年代測定を行った.本研究の年代測定から得られた主要な結果は次の通りである.(1)これまでの年代測定結果との比較のために行った西ガーツ地域の下位と上位の層序の年代値は67Ma〜64Maであり,従来の結果と一致している.また,デカントラップの中央部から東部のセクションでは68〜64Maの年代値が得られた.これらの結果と古地磁気による制約から,デカントラップの主要な火成活動の期間が短期間(100万年以内)であった可能性が示唆される.(2)デカントラップ北東部のMandla Trapでは,Nagpur-Jabalpurセクションにおいて76Ma〜70Maという年代値が得られた.(3)デカントラップ北部のNarmada川流域西部のアルカリ岩の産出地域では64〜60Maの年代値が得られた.(4)(1)〜(3)の結果から,デカントラップの火成活動の時期には地域差が存在する可能性があることが示唆される.(5)デカントラップの2つの岩脈群の年代測定の結果,Narmada川流域の岩脈試料と西部海岸地域の岩脈試料の年代値には差が見られなかった.このことは,岩脈の貫入方向が当時の広域応力場を反映しているのではなく,より地域的な応力場に支配されている可能性を示していると考えられる.(6)レーザー加熱法で行ったデカントラップの一部に分布しているアルカリ岩類に含まれる黒雲母試料の年代値は,デカントラップの主要なソレアイト質の溶岩の年代値と同時期およびより若い年代値を示した.これまでに報告されているアルカリ岩の年代値とあわせると,デカントラップでのアルカリ岩類の主要な活動時期は2回以上あったと考えられる. |