内容要旨 | | 1)はじめに プレート収束境界における付加体の成長は大陸地殻形成の一過程である.深さ数キロメートルより深いレベルの成長過程については,海洋調査による現世付加体の研究から情報を得ることが出来ないために,不明な点が多い.海溝斜面よりも陸側における付加体の短縮・肥厚化・上昇を伴う成長過程を理解するには,付加体内の物質移動経路の復元とテクトニクスの解明が必要であり,岩石に記録されている温度・圧力履歴の解析が有効である.現在,陸上に露出している地質時代の付加体は,その付加過程で緑色片岩相以下の変成作用を被っており,温度・圧力履歴に関する情報を記録していると考えられる.近年,四万十帯などの陸上の付加体において,低変成度領域の地質温度計を用いた変成分帯と付加体形成テクトニクスに関する研究が数多く行なわれてきている.本研究では,九州東海岸〜紀伊半島西岸に分布する白亜系四万十帯の古温度構造解析から,この問題の解明に取り組んだ.また温度構造解析にあたって,低変成度領域における地質温度計の精度の比較検討も行なった.以下に各々について,詳しく述べる. 2)低変成度領域における地質温度計の関係と有効性 近年,白亜紀〜第三紀の付加体である四万十帯において,古温度構造解析の研究が進んできており,低変成度領域における様々な地質温度計が用いられている.しかし,各地質温度計の関係が不明なため温度構造の詳細な比較は困難である.また,温度構造の獲得年代を知るために,フィッショントラック年代などの熱年代指標を併せて検討することが必要だが,フィッショントラックは付加・埋没過程における二次的被熱によって短縮・消滅するため,年代値の解釈をするにあたってその影響を別途に評価し年代値の意味を考慮する必要がある.このため本研究では古温度構造解析を行なうにあたって,まず,四国地域において複数の地質温度計を用いて温度構造解析を行い,各手法を比較し手法間の関係を求めて,各手法の精度と有効性を検討した.輝炭反射率(以下反射率と略す)を基準として,沸石相解析・イライト結晶度,さらにジルコンのフィッショントラックアニーリングゾーン(以下ZPAZ)の関係を比較した.本研究地域では反射率0.5〜7.5%の試料が得られた.以下に反射率と各温度計の関係を述べる. 輝炭反射率/イライト結晶度 四国徳島地域と高知地域で33個の岩石試料についてイライト結晶度(以下,結晶度)を測定した結果,調査地域全域から0.45〜0.83△°2の値が得られた.結晶度と反射率を比較した結果、同じ反射率を示す地点での結晶度は、±0.1°程度の広い幅を持って変化することがわかった.Underwood(1993)も,四国の第三系四万十帯で実験を行い,同様の結果を得ている.今回の実験結果から,両者のはっきりした相関関係を読みとることは出来なかった.本研究では結晶度の測定誤差を最小限にする実験を行っており,上記の結果が測定条件因るものとは考えにくい.両者の差を生じる原因はまだ明らかではないが,一つには測定反応平衡時間の違いが挙げられる.石炭化作用は,貫入岩体による接触変成作用のように地質的な時間スケールのなかで比較的短時間の熱イベントによっても十分に進行することがわかっている.イライト結晶度に関しては,反応時間に関する研究例が不十分である.今後,反応時間スケールが異なるケースにおける両者の比較研究が必要である.また松田ほか(1996)によれば,通常の結晶度測定実験で用いる2ミクロン以下のイライト試料中には,砕屑性の黒雲母が混入している可能性が高く(イライトと黒雲母の回折ピークの位置がほぼ重なっているため正確な結晶度の測定ができない可能性がある)このことがノイズの原因であることが指摘されている.以上のことから,現在までの所、従来の測定方法を用いた結晶度は,反射率と比較して地質温度計としての精度に欠けていると推定され,結晶度のみを用いた温度構造解を行なうに際には,試料数を増やすなどの対策が必要である. 輝炭反射率/沸石帯 四国地域のメランジュ帯から採取した酸性凝灰岩中には,反射率0.9〜1.3%範囲で方沸石が出現するが,いずれも曹長石と共存していた.また,1.4%以上の地点では,曹長石のみが検出され方沸石は出現していない.よって,反射率1.3%が方沸石帯の上限であることが明らかになった. 輝炭反射率/ジルコンのフィッショントラックアニーリングゾーン 本研究で得られた7試料のデータと,Hasebe et al.,(1993),Tagami and Shimada(1996)のフィッショントラック年代データと反射率を比較した.アニーリング程度の判定はフィッショントラック年代と微化石年代(堆積年代)の比較とトラック長の解析結果から判断した.この結果,反射率1.2以上でアニーリングが始まり,3.9%以上の試料は完全アニーリングをうけて岩石の冷却年代を示すことがわかった. 各手法間の関係と最高被熱温度 上記の輝炭反射率と各温度計の関係から以下の条件が決まる.Liou et al.(1992)の人工合成実験から,方沸石帯の上限は,約190〜200℃,また,ZPAZは約210〜360℃の範囲である(Yamada et al.,1995).このことから,本調査域では反射率1.1〜1.2%が200℃前後,4〜4.8%が約360℃程度の温度に相当すると推定される.しかし,この温度条件に相当する反射率/最高被熱温度の関係式は提唱されておらず,通常考えられている推定温度よりも50℃程度高い値を示す. 3)付加体の大規模肥厚機構としてのアウトオブシーケンススラスト 付加体はその成長過程を通じて,Critical taperモデルに従って自己相似的に成長し,前弧斜面の角度が一定に保たれる.付加が進行すると小規模なスラストシートの形成だけでは楔型の形状を維持できなくなり,やがて付加体全体を切るような大規模スラストによって付加体の形態を維持するようになる.このようにして形成される巨大スラストが,それまでに形成された付加体内の構造とは構造形成過程・時間的に斜交する"アウトオブシーケンススラスト(以後,OSTと略す)である.OSTによって,著しく古い年代の岩体や,埋没深度の大きな岩体が突如のし上がってくるといった大規模なテクトニクスが進行する. 四万十付加体の古温度構造の解析の結果,各域の四万十帯北帯中にはOSTによって形成されたと考えられる古温度構造のパターンが記録されている事が明らかになった(図1).九州・四国の四万十帯北帯は古温度構造から二つの温度構造ブロックに分けることが出来る.これに対し紀伊半島の東岸では温度構造ブロックは一つである.しかし,四国・九州および紀伊半島の各温度構造ブロックは,地質学的な背景が異なる地質体に生じているにも関わらず,南北約10km,各ブロックの高温部低・温部の温度差は約50℃程度を示し,類似した規模を持っている. そこで,各地域のスラストの規模を比較するためにスラストの形態復元を試みた.上記の温度構造のパターンが付加体の成長過程の最終段階に生じた大規模なOSTの活動によって形成されたと仮定し,各温度ブロックをスラストシートと見立て,単純な幾何学モデルを採用した(図2).まず,埋没深度の推定のために輝炭反射率を最高被熱温度に換算した(Sweeney&Burnham,1990;Easy Ro%,有効被熱時間=40m.y.;Tmax.(℃)=172(log Ro)+129).さらに,当時の地温勾配を,九州の同帯の変成鉱物相から推定された地温勾配(Toriumi&Teruya,1988;20-30℃/km)と現在の南海トラフ付加体の推定地温勾配(Ashi&Taira,1993;20-30℃/km)を元に,高く見積って30℃/kmとした.上記の数値をモデルに当てはめてスラストシート全体の厚さ(T),断層変位量(D),断層角度()を求めることが出来る(表1).その結果,調査地域全体に角度15°前後のスラストの運動によって,少なくとも付加体の数kmオーダーの短縮と上昇が生じており,OSTが付加体の大規模な成長機構として大きな役割を担っていると考えられる.また各地域における断層形態規模の類似性は,スラスト発生活動時のスラストシートの規模が地域やシートの違いよらず特定の規模を持っていることを意味しており,"一定量の堆積物の付加が,スラスト発生のトリガーになっている"という可能性を示唆している.また,スラスト形態と規模の試算結果から,温度構造に記録された付加体肥厚過程としてのアウトオブシーケンススラストによる大規模再配列運動は付加体内に残されている構造地質学的な情報に大きく影響を及ぼした運動の一つであると考えられる. 表1 アウトオブシーケンススラストの形態復元図1 四国四万十帯北帯の古温度構造図2 古温度構造形成モデル文献Ashi,J.,and Taira,A.,1993,Thermal structure of the Nankai accretionary prism as inferred from the distribution of gas hydrate BSRs,in Underwood,M.B.,ed.,Thermal evolution of the Tertiary Shimanto Belt,southwest Japan:An example of Ridge-Trench interaction,Volume 273:Boulder,Colorado,G.S.A.special paper,p.137-149.Hasebe,N.,Tagami,T.,and Nishimura,S.,1993,Evolution of the Shimanto accretional complex:A fission-track thermochronologic study,in Underwood.M.B.,ed.,Thermal evolution of the Tertiary Shimanto Belt,southwest Japan:An example of Ridge-Trench interaction,Volume 273:Boulder,Colorado,G.S.A.special paper,p.121-135.Sweeney,J.L.,and Burnham,A.K.,1990,Evaluation of a simple model of vitrinite reflectance on chemical kinetics:American Association of Petroleum Geologists Bulletin,v.74,p.1559-1570.Tagami,T.,and Shimada,C.,1996,Natural long-term annealing of the zircon fission-track system around a granitic pluton:Journal of Geophysical Research,v.101,p.8245-8255.Toriumi,M.,and Teruya,J.,1988,Tectono-metamorphism of the Shimanto Belt:Modern geology,v.12,p.303-324.Underwood,M.B.,Laughland,M.M.,and Kang,S.M.,1993,A comparison among organic and inorganic indicators of diagenesis and low-temperature metamorphism,Tertiary Shimanto Belt,Shikoku,Japan,in Underwood,M.B.,ed.,Thermal evolution of the Tertiary Shimanto Belt,southwest Japan:An example of Ridge-Trench interaction:Boulder,Colorado,G.S.A.special paper,p.45-62.Yamada,R.,Tagami,T.,Nishimura.S.,and Ito.H.,1995b,Annealing kinetics of fission tracks in zircon:an experimental study:Chemical Geology,v.122,p.249-258. |