No | 113308 | |
著者(漢字) | 山崎,大輔 | |
著者(英字) | Yamazaki,Daisuke | |
著者(カナ) | ヤマザキ,ダイスケ | |
標題(和) | MgSiO3ペロブスカイトと下部マントルのレオロジー | |
標題(洋) | Rheological Properties of MgSiO3 Perovskite and Its Implications for the Lower Mantle | |
報告番号 | 113308 | |
報告番号 | 甲13308 | |
学位授与日 | 1998.03.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3454号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地質学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地球の下部マントルは主に(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトと(Mg,Fe)Oマグネシオヴスタイトから構成されており,そのうち(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトは約8割5分程度を占めると言われている.下部マントルのレオロジー特性を考察するために,これらのうち特に(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトのレオロジー特性を理解する必要がある.(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトは高温高圧下でのみ安定な結晶であるため,物性値を測定する場合には,(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトの安定領域である約23GPa〜24GPa以上の高圧状態を再現することが要求される.下部マントルの変形機構は,地震波速度の異方性の欠如から,拡散クリープが支配的であると言われている.拡散クリープで変形する場合,変形(歪み)速度はその物質を構成している粒子の大きさ(粒径)に依存し,クリープを律速する元素の自己拡散速度の影響を受ける.地震波トモグラフィーから,沈み込むスラブが上部マントルと下部マントルを分ける670km不連続面を通過し,下部マントルまで到達していることが確認されている.この670km不連続面はマントル主要構成鉱物組成の(Mg,Fe)2SiO4のスピネル相から(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトと(Mg,Fe)Oマグネシオヴスタイト相集合体への圧力誘起相転移に対応しており,この相転移に伴い沈み込んだスラブを構成する岩石の粒径が著しく細粒になることが報告されている.下部マントルに沈み込んだスラブの強度は,細粒になった(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトと(Mg,Fe)Oマグネシオヴスタイトの粒成長に依存する.従って,本研究では,高温高圧発生装置を用いて,MgSiO3ペロブスカイトとMgOペリクレースの粒成長速度と,MgSiO3ペロブスカイトのSiの自己拡散係数を決定する実験を行い,あわせて,実験生成物の組織観察を行った. 粒成長実験は,地球深度700kmに相当する圧力約25GPaで,温度1573Kから2073Kの範囲で,数秒からおよそ31時間の加熱で行われた.回収した試料の粒径を測定した結果,それぞれ正常粒成長を示す粒径分布が得られた.MgSiO3ペロブスカイトとMgOペリクレースの2相中におけるMgSiO3ペロブスカイトとMgOペリクレースの結晶粒は時間(t)・温度(T)と共に成長し,その成長則はMgSiO3ペロブスカイトの場合でG10.6=1×10-57.4t exp(-320.8/RT)となり,MgOペリクレースの場合でG10.8=1×10-62.3t exp(-247.0/RT)となることが判明した.ただし,ここでRは1モルの気体定数,Gは粒径(m),Tは絶対温度(K)であり,温度依存性を示す活性化エネルギーの単位はkJ/molである.一方,MgSiO3ペロブスカイト単相での粒成長則度は温度1873Kで一定の場合にG5.3=10-33.3tと表され,2相中でのMgSiO3ペロブスカイトとMgOペリクレースのどちらの粒成長速度より大きい. 実験生成物の観察より,Mg2SiO4スピネルから形成されたMgSiO3ペロブスカイトとMgOペリクレースの集合体は形成された直後にはお互いに入り組んだeutectoid組織を示し,その後時間経過あるいは温度上昇により,定常的な等粒状組織に発展する.この定常組織では,MgOペリクレースが丸くなり孤立してMgSiO3ペロブスカイトに囲まれるようになり,MgSiO3ペロブスカイトはネットワーク構造を構成するようになる傾向が見られた.また,Mg2SiO4スピネルからMgSiO3ペロブスカイトとMgOペリクレース集合体への相転移において,透過電子顕微鏡(TEM)の回折パターンより,実験条件下では母相であるMg2SiO4スピネルの持つ結晶方位と新しく形成された相であるMgSiO3ペロブスカイトとMgOペリクレースの結晶方位との間,またはMgOペリクレース同士の間にはトポタキシーの関係は存在しないことが判明した.この相転移は,不整合な核形成-成長機構である.つまり,これは,沈み込むスラブを構成する結晶が上部マントル(あるいは遷移帯)において選択配向していたとしても,下部マントル中では選択配向しないことを示す.従って,下部マントルに到達した沈み込むスラブでは,塑性流動機構は,特定のすべり系が支配する機構ではなく,全体として,等方的な挙動を示す. 拡散速度を決定するための実験は,29Siを拡散種に用いてMgSiO3ペロブスカイトの多結晶体を拡散媒体として,粒成長実験と同様に高温高圧下で行われた.アニーリング後の回収試料の深さ方向の29Siの浸透濃度を測定するために2次イオン質量分析機(SIMS)を用いた.測定結果より得られた拡散プロファイルは,結晶格子拡散と粒界拡散とに分離可能であった.MgSiO3ペロブスカイト中のSiの自己拡散係数は,格子拡散の場合にDl=4.12×10-10exp(-341/RT),粒界拡散の場合にDgb=1.88×10-16exp(-310/RT)と決定された.ただし,ここで,Dlは格子拡散係数(m2/sec),Dgbは粒界拡散係数(m3/sec),は粒界の幅をあらわす.圧力25GPaにおいてシリコンのMgSiO3ペロブスカイト中の自己拡散係数はアナログ物質(CaTiO3ペロブスカイト)から推定されている酸素のそれよりも遅く,高圧下での融点温度より推定されるMgO中の酸素の拡散と同程度とである.また,実際に物質の変形に影響をあたえる実効拡散を算出すると,温度1000℃以上では,粒径が数10m以上の時,粒界拡散よりも格子拡散が支配的となる. 沈み込むスラブではない通常の下部マントルの粘性率は氷河の融解にともなう地殻の隆起から1021〜1023Pa・sと求められている.この値を用いると,実験により求めた拡散係数を拡散クリープの構成則に当てはめることによって,深さ700km付近での通常の下部マントルの粒径を1〜10mmと見積もることができる.この粒径では,支配的な変形機構は(格子)拡散クリープであるとされており,速度異方性のない地震学的な観察と一致する.従って,下部マントルのレオロジーは,孤立する(Mg,Fe)Oペリクレースではなく,ネットワークを構成する(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトの変形が律速し,そして(Mg,Fe)SiO3ペロブスカイトの変形はSiの格子拡散が支配する.また,沈み込むスラブが670km不連続面を通過するとき,スラブ構成岩石の細粒化のため粘性率が著しく低下することが予想されているが,その後の粒成長によって,強度は回復する.一方,沈み込むスラブには,スラブの中央部分が最も低温で,周りのマントルに向かって温度が高くなるという温度構造が存在する.このため,沈み込むスラブの温度構造と粒径の細粒化-粗粒化の効果が相まって,レオロジー的な層状構造が形成される.下部マントルに沈み込んだスラブでは,粘性率が周りの下部マントルに比べて,3〜5桁程度低くなる.特に,スラブの中央付近の最も低温部分では粘性率は1018〜1020Pa・sであり,その両側の通常のマントルとの境界付近では1016〜1018Pa・sであり,周囲の通常マントルでは前述したように1021〜1023Pa・sである.粒成長速度が低いため,このレオロジー的構造はさらにスラブが深部へと沈み込んでいくような長期間維持されると考えられる. | |
審査要旨 | 山崎君の論文は下部マントルを構成する岩石のレオロジイを明らかにするためにペロフスカイトとウスタイトの粒成長過程を超高圧高温条件で実験的に決定したこと、および主要構成鉱物であるペロフスカイトの珪素の自己拡散について実験的に研究から構成されている。 地球構成鉱物のレオロジイを研究することは地球や惑星のダイナミックスを明らかにする上で極めて重要な事柄である。そして、レオロジイの研究には直接的な変形実験と拡散や粒成長実験、転位の運動速度、回復速度、増殖速度などの実験的研究が必要である。それは変形のメカニズムには転位の運動による場合と空孔の移動による場合があり、地球や惑星の内部でどのような機構が支配しているかが観測事実の考察において決定的であるからである。 本論文ではこうした基本に立脚して地球下部マントルにおいて最重要とかんがられるペロフスカイトとウスタイト集合体の粒成長の研究を行った。その結果、集合体においては成長則の時間のべき指数が0.1以下となることが明らかにされた。また、活性化エネルギーも同時に見積もられた。この結果は次のようなオリジナルな点を持っている。 1、25GPa、での高温における粒成長実験は極めて困難で、世界で初めての実験である 2、常識的と考えられていた時間べき指数は0.3程度であるが、実際には0.1以下であることはまったく予想されていなかった新事実である。 3、ペロフスカイト単相で粒成長実験に成功したが、これも世界で初めてであるが、時間べき指数は0.2以上であり、明らかに組成依存を示す。 これらのオリジナルな点は普遍性を持つものであり、極めて重要な実験となるものである。 第2には珪素の自己拡散実験に成功したことである。ペロフスカイトの実験はもちろん世界で初めてである。拡散型クリープは基本的に珪素または酸素の拡散速度が支配してるので、その遅い方のイオン種の拡散実験が行われ、拡散速度が決定されると下部マントルでの拡散クリープによる変形速度が決定されることになる。現在のところ珪素が遅いであろうことが予測されるので、珪素の25GPa以上で拡散実験が極めて必要とされていたのである。本実験では合成されたペロフスカイトに珪素29に濃集した石英をWボードで蒸発させ、珪素をコーティングさせた試料を用いて超高圧高温実験を行った。その結果、粒界と格子拡散の活性化エネルギーおよび定数項が決定された。その値は340k jおよび380k jであった。拡散係数自体桂酸塩では研究はまったく不十分である。したがって下部マントル物質で、かつその圧力条件での極めて困難なかつ重要な実験は独創的というわけではないが、絶対に欠くべからざる研究である。 粒成長実験と珪素の自己拡散実験によってプレートが下部マントルに沈み込むときのスピネルからの分解反応のあとのプレートと周囲のマントルの間の粘性率の違いやマントルの全対流にともなう上部マントル物質の粘性を逐次その変化も含めて推定される。その結果、まず沈み込んだプレートは十分に時間が経過してもプレートと周囲のマントル境界は3桁以上プレートが柔らかくなることが推定された。また相対的にプレート中心部はやや硬くなっていることが推定される。このようにして沈み込んだプレートは下部マントルとコアとの境界に沈み、結果として極めて柔らかい境界層を作る可能性が指摘される。平均的に考えるとこうして沈み込んだマントルは測地学的に推定された下部マントルの平均的な粘性率を4から5桁したまわることが示された。この結果は驚くべきことであり、下部マントルが極めて不均質な粘性率構造を持つことを示し、そのダイナミックスに新たな展開を見えせることが予想される。 以上のように山崎君の博士論文は極めて重要な実験を行い、重要な貢献をしたこと、粒成長実験においては大変独創的な研究となっていることなど第1級の研究である。なお、本論文の第1章は大谷、加藤、鳥海博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を受けるにふさわしいと判断された。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54625 |