紅河断層帯はチベットから南シナ海まで1000km以上にわたって延び、中国南部とインドシナを南北に分けるアジアの重要な地質境界である。現在の紅河断層帯は大規模な右横ずれ断層であるが、地質時代には縫合帯、あるいは様々な剪断センスを示す横ずれ断層であったと考えられている。紅河断層帯に沿って4つの細長い高変成度の地塊が見られ、これらの中に紅河剪断帯が定義される。これら4つの地塊は中国雲南省のXuelong Shan(スエロンシャン)、Diancang Shan(ジアンカンシャン)、Ailao Shan(アイラオシャン)、及びベトナムのDay Nui Con Voi(ザイヌイコンヴォイ;以下略してDNCV)である。DNCVは紅河剪断帯の東南端に位置し、紅河剪断帯のテクトニクスを理解する上で重要な意味を持つが、4つの変成地塊の中では最も研究が進んでいない。そこで、本論ではまずDNCVに研究の焦点を当て、さらに紅河剪断帯全体をより深く理解するため他の地塊についても議論を行う。 DNCVは幅10km以下、長さ250km以上にわたっており、ザクロ石-珪線石-黒雲母片麻岩、マイロナイト、角閃岩、およびミグマタイトから構成され、堆積岩が強い変形と高い変成作用を被ることにより形成されたことが予想される。DNCVの岩石には強い面構造が発達し、面構造と線構造の方向は剪断帯の方向に平行である。片麻岩とマイロナイトの中には多くの運動センスの指標が見られ、これらは明瞭に左ずれ剪断を示す。また、マイロナイトの微細組織から非共軸性が10°<<20°の単純剪断に近い変形が起こったことがわかった。このことからYen Baiにおける片麻岩とマイロナイトの有限剪断歪はほぼ=25±8と概算することができ、これと剪断帯の幅10kmより左ずれ剪断の変位250±80kmが求められる。 DNCVの岩石学的研究は変成作用のピーク時の条件が角閃岩相に相当する690±50℃、6.5±1.5kbarであり、これに続いて緑色片岩相に相当する480±80℃、3.0kbar以下の条件でマイロナイト化が起こったことを示している。K-Ar年代を片麻岩、角閃岩、およびマイロナイト中のホルンブレンドと黒雲母について測定し、その結果と温度圧力条件を地質速度計にあてはめたところ、31Ma、28Ma、及び24Maの時期にそれぞれ700℃、500℃、300℃であったという冷却史と冷却速度70-110℃/Maが求められた。DNCVの温度-圧力-時間経路は時計回りを示し、700±50℃、6.5±1.5kbarから650±20℃、3.0kbarへの等温減圧ののちにほぼ3.0kbar下で650±20℃から480±80℃への等圧冷却を経たと推定される。以上よりDNCVの23kmに及ぶ上昇過程は31Maから24Maまでの期間に起こったと予測され、その上昇速度は非線形的な減少を示し、最初の1Ma(31-30Ma)は約10mm/yrであったのが、次の2Ma(30-28Ma)には3mm/yrとなり、最後の4Ma(28-24Ma)には1mm/yr以下となったことが分かった。24Ma以降の上昇速度は非常に小さく、平均すると約0.15mm/yrである。31-28Maに起こった最初の16kmに及ぶ上昇は紅河剪断帯の左横ずれ運動がきっかけとなったのであろう。 本研究によってDNCVは紅河剪断帯内にある他の地塊と同じく250km以上の変位をもつ第三紀の大規模な横ずれ剪断帯であることが示された。これまでの研究によるとAilao Shanにおける変位は330±30kmと求められており、さらに全体では左横ずれによるオフセットは700±200kmに及ぶであろうとする意見もあるが、100kmを越えることはないという反論もある。 記載岩石学的研究、岩石学的研究、および年代データは次の2つのことを示す。(1)紅河剪断帯内にある他の高変成度の地塊は似たようなピーク変成条件を被り、その後DNCVと同様の温度圧力条件と変形履歴を経験したようであるが、上昇は剪断帯に沿って順次起こったようである。(2)主要な上昇は剪断帯の左横ずれ運動と同時に起こっており、運動が上昇の引き金となったことが予想される。その上昇は31Ma以降10mm/yrから1mm/yr以下への非線形速度特性を示した。 紅河剪断帯の概略的なモデルとしては成熟した横ずれ剪断帯のモデルが最も良いと思われる。DNCVとすぐ南の中生代以前、即ち片麻岩と角閃岩中のホルンブレンドが1700-2000MaのK-Ar年代を示す変成帯の構造記載や岩石学的・年代学的データは、これらの地域における原生代初期から中新世にいたる重複変成変形運動を示しており、第三紀における成熟した横ずれ剪断帯としての紅河剪断帯は、もともと存在していた縫合帯など強度の弱い変形帯が再び活動したものである可能性がある。 紅河剪断帯の左横ずれ運動と南シナ海のオープニングは32Maから17Maに同時に起こっていて、インド-アジア衝突と関係があったことが予想される。しかし、南シナ海のオープニングは紅河剪断帯の左横ずれ運動のみでなく近隣のサブダクション帯や他の海盆の形成にも関係があるであろう。 本研究で得られた新生代における紅河剪断帯の高変成条件下の変形と、35のK-Ar年代測定値はインドシナの原生代初期から現在にいたる4度(原生代初期、三畳記初期、白亜紀初期および漸新世初期〜中新世)の重複テクトニクスを示唆している。 |