学位論文要旨



No 113310
著者(漢字) トラン・ニョク・ナム
著者(英字) TRAN,NGOC・NAM
著者(カナ) トラン・ニョク・ナム
標題(和) ヴィトナム・ザイヌイコンヴォイにおける紅河剪断帯 : 変形運動と温度-圧力-時間履歴とそのテクトニックな意義
標題(洋) THE DAY NUI CON VOI-RED RIVER SHEAR ZONE IN VIETNAM : DEFORMATIONAL KINEMATICS,P-T-t PATHS AND TECTONIC IMPLICATIONS
報告番号 113310
報告番号 甲13310
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3456号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 教授 嶋本,利彦
 東京大学 教授 玉木,賢策
 岡山理科大学 教授 板谷,徹丸
内容要旨

 紅河断層帯はチベットから南シナ海まで1000km以上にわたって延び、中国南部とインドシナを南北に分けるアジアの重要な地質境界である。現在の紅河断層帯は大規模な右横ずれ断層であるが、地質時代には縫合帯、あるいは様々な剪断センスを示す横ずれ断層であったと考えられている。紅河断層帯に沿って4つの細長い高変成度の地塊が見られ、これらの中に紅河剪断帯が定義される。これら4つの地塊は中国雲南省のXuelong Shan(スエロンシャン)、Diancang Shan(ジアンカンシャン)、Ailao Shan(アイラオシャン)、及びベトナムのDay Nui Con Voi(ザイヌイコンヴォイ;以下略してDNCV)である。DNCVは紅河剪断帯の東南端に位置し、紅河剪断帯のテクトニクスを理解する上で重要な意味を持つが、4つの変成地塊の中では最も研究が進んでいない。そこで、本論ではまずDNCVに研究の焦点を当て、さらに紅河剪断帯全体をより深く理解するため他の地塊についても議論を行う。

 DNCVは幅10km以下、長さ250km以上にわたっており、ザクロ石-珪線石-黒雲母片麻岩、マイロナイト、角閃岩、およびミグマタイトから構成され、堆積岩が強い変形と高い変成作用を被ることにより形成されたことが予想される。DNCVの岩石には強い面構造が発達し、面構造と線構造の方向は剪断帯の方向に平行である。片麻岩とマイロナイトの中には多くの運動センスの指標が見られ、これらは明瞭に左ずれ剪断を示す。また、マイロナイトの微細組織から非共軸性が10°<<20°の単純剪断に近い変形が起こったことがわかった。このことからYen Baiにおける片麻岩とマイロナイトの有限剪断歪はほぼ=25±8と概算することができ、これと剪断帯の幅10kmより左ずれ剪断の変位250±80kmが求められる。

 DNCVの岩石学的研究は変成作用のピーク時の条件が角閃岩相に相当する690±50℃、6.5±1.5kbarであり、これに続いて緑色片岩相に相当する480±80℃、3.0kbar以下の条件でマイロナイト化が起こったことを示している。K-Ar年代を片麻岩、角閃岩、およびマイロナイト中のホルンブレンドと黒雲母について測定し、その結果と温度圧力条件を地質速度計にあてはめたところ、31Ma、28Ma、及び24Maの時期にそれぞれ700℃、500℃、300℃であったという冷却史と冷却速度70-110℃/Maが求められた。DNCVの温度-圧力-時間経路は時計回りを示し、700±50℃、6.5±1.5kbarから650±20℃、3.0kbarへの等温減圧ののちにほぼ3.0kbar下で650±20℃から480±80℃への等圧冷却を経たと推定される。以上よりDNCVの23kmに及ぶ上昇過程は31Maから24Maまでの期間に起こったと予測され、その上昇速度は非線形的な減少を示し、最初の1Ma(31-30Ma)は約10mm/yrであったのが、次の2Ma(30-28Ma)には3mm/yrとなり、最後の4Ma(28-24Ma)には1mm/yr以下となったことが分かった。24Ma以降の上昇速度は非常に小さく、平均すると約0.15mm/yrである。31-28Maに起こった最初の16kmに及ぶ上昇は紅河剪断帯の左横ずれ運動がきっかけとなったのであろう。

 本研究によってDNCVは紅河剪断帯内にある他の地塊と同じく250km以上の変位をもつ第三紀の大規模な横ずれ剪断帯であることが示された。これまでの研究によるとAilao Shanにおける変位は330±30kmと求められており、さらに全体では左横ずれによるオフセットは700±200kmに及ぶであろうとする意見もあるが、100kmを越えることはないという反論もある。

 記載岩石学的研究、岩石学的研究、および年代データは次の2つのことを示す。(1)紅河剪断帯内にある他の高変成度の地塊は似たようなピーク変成条件を被り、その後DNCVと同様の温度圧力条件と変形履歴を経験したようであるが、上昇は剪断帯に沿って順次起こったようである。(2)主要な上昇は剪断帯の左横ずれ運動と同時に起こっており、運動が上昇の引き金となったことが予想される。その上昇は31Ma以降10mm/yrから1mm/yr以下への非線形速度特性を示した。

 紅河剪断帯の概略的なモデルとしては成熟した横ずれ剪断帯のモデルが最も良いと思われる。DNCVとすぐ南の中生代以前、即ち片麻岩と角閃岩中のホルンブレンドが1700-2000MaのK-Ar年代を示す変成帯の構造記載や岩石学的・年代学的データは、これらの地域における原生代初期から中新世にいたる重複変成変形運動を示しており、第三紀における成熟した横ずれ剪断帯としての紅河剪断帯は、もともと存在していた縫合帯など強度の弱い変形帯が再び活動したものである可能性がある。

 紅河剪断帯の左横ずれ運動と南シナ海のオープニングは32Maから17Maに同時に起こっていて、インド-アジア衝突と関係があったことが予想される。しかし、南シナ海のオープニングは紅河剪断帯の左横ずれ運動のみでなく近隣のサブダクション帯や他の海盆の形成にも関係があるであろう。

 本研究で得られた新生代における紅河剪断帯の高変成条件下の変形と、35のK-Ar年代測定値はインドシナの原生代初期から現在にいたる4度(原生代初期、三畳記初期、白亜紀初期および漸新世初期〜中新世)の重複テクトニクスを示唆している。

審査要旨

 ナム君の博士論文は中国南部からヴェトナム北部にいたる大規模な剪断帯であるレッドリバー剪断帯を岩石学、構造地質学、および年代学的に研究したものである。その内容は1、地質構造、2、岩石学、3、年代学、4、テクトニクスから構成される。地質構造ではベトナムにおけるダイヌイコンボイ剪断帯が高温の変成作用を受けた変麻岩体のなかに局所的にマイロナイト帯がレッドリバー剪断帯に平行に分布し、さらに部分的に断層帯がほぼ平行に走っていることを示した。変成岩の片麻面はほぼマイロナイトの平行であり、岩石の塑性流動の運動軸を示す鉱物線構造は5-20度の傾斜を持ち剪断面に平行に近いことが示された。

 変成岩の鉱物組成の解析から片麻岩の温度圧力経路は殆ど断熱膨張に近い経路を示した。これは高温の変成岩に含まれる鉱物組みあわせ、ざくろ石、斜長石、黒雲母、桂線石、カリ長石などの化学組成の変化を分析し、熱力学的に推定したものである。さらに高温の変成岩が塑性流動して形成されたマイロナイトの鉱物組みあわせとそれらの化学組成から低温度の変成作用の過程で、つまり上昇過程での塑性流動であったことを示した。

 年代学的な研究は角閃石と黒雲母についてK-Ar法を用いて行われた。その結果2800万年から2400万年前の時に形成されたものであることが明らかにされた。これらの年代はそれぞれ鉱物が成長した後に400度および、300度程度を通過した年代であるので、岩体が上昇する過程の温度や圧力の時間変化を示す。すなわち変成鉱物の成長の温度圧力変化とあわせて、岩体が上昇したときの冷却過程の時間尺度や上昇の時間尺度を推定した。その内容ははじめは断熱的上昇に近いものであったが、急速に冷却速度が低下するというものである。その結果レッドリバー剪断帯にそう延性剪断-変成帯の形成が地殻下部において安定していた岩石が垂直剪断帯の形成により急速に上昇した結果であることが明らかにされた。

 テクトニクスはこの剪断帯が南中国クラトンとインドシナクラトンとの境界であるとされていたものである。またその境界がインドクラトンの衝突による横ずれによって再動したものであるとされた。しかし、本研究の結果、必ずしも明白なクラトンの衝突境界ではなく、3000万年程度の中新世の圧縮横ずれ境界で、インドクラトンのアジアへの衝突により形成された延性剪断-変成帯であることを示した。

 ナム君の論文は以上の内容を持つものであるが、オリジナルな点は

 1、変形構造の解析から延性剪断帯の流動の運動軸を推定した。

 2、変成鉱物の化学組成の変化から変成作用の温度圧力経路を決定した。

 3、変成鉱物の冷却年代を測定し、変成作用の温度圧力時間経路を決定した。

 4、新しい地殻下部急速上昇モデルを提出した。

 である。なお本論文の2章及び3章は鳥海、板谷博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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