惑星の内部進化において火山活動は重要なプロセスであり、その惑星上での火山活動の産物である玄武岩は、惑星物質進化の鍵を握る貴重な試料である。惑星サイズの小さい月や小惑星では、惑星形成初期には火山活動が盛んであったが、熱源を失った段階で火山活動は停止してしまう。それらの玄武岩は、地球のような変成・変質作用を受けず、マグマの冷却直後の状態を保持しているため、初期の惑星の火山活動の情報を記録しているとされていた。しかし、太陽系初期における、惑星表面への激しい隕石様物体による衝突により、太陽系初期の玄武岩は角レキ化されたり、衝撃や熱による変成を受けていることが近年明らかになってきた。 分化した隕石(HED隕石)の母天体である小惑星では、形成初期のマグマオーシャンが分化したものの一部が表面で冷却し、玄武岩が形成され、マグマオーシャン固結後は熱源がないため、火山活動は起らなかった。これらの玄武岩は太陽系初期の激しい隕石様物体の衝突により、角レキ化されている。近年、HED隕石の母天体は小惑星4ベスタであることが明らかになった。この天体上でできた玄武岩が、本研究で取り上げられるユークライトである。 月は小惑星と地球との中間の天体サイズであるため、惑星進化に伴う火山活動もやや複雑である。月形成初期のマグマオーシャンが分化し、固結した後、放射性同位元素の崩壊熱等の熱源により、月内部が部分溶融してできたマグマが月浅部や月表面まで移動し、貫入岩や玄武岩になる。月岩石の多くは、ユークライトと同様、太陽系初期の月面への激しい隕石様物体の衝突により角レキ化されているが、39億年前(Imbrian期)以降、それらの衝突が激減したため、それ以降の玄武岩の多くは角レキ化を免れている。アポロやルナの39億年前以降の玄武岩には、「年代が古いものはチタン含有量が高い」という経験的な相関関係が報告されている。 近年、角レキ化されていない玄武岩としては最古である、39.5億年という古い結晶化年代を持つ月の海の玄武岩が南極で発見された。この玄武岩は古い年代にもかかわらず、チタンに乏しい。太陽系初期の火山活動を理解するためには、結晶化年代の古い玄武岩は重要な手がかりであるが、玄武岩形成後の、角レキ化や熱・衝撃による変成作用が岩石や鉱物組成に及ぼす影響を適切に評価することがまずは必須である。従って、本研究では、「角レキ化や変成作用がマグマ冷却後の玄武岩中の鉱物組織や組成にどのように影響するか」、「どの玄武岩試料が太陽系最初期の玄武岩の鉱物組織・組成を保存し、それらの玄武岩から太陽系初期の火山活動にどのような制約を与えられるか」をテーマに研究を行った。 本研究で研究対象とした試料は、海の玄武岩として最古の結晶化年代(42.3億年)を持つ、アポロ14号の玄武岩片、角レキ化を免れた海の玄武岩として最古の年代(39.5億年)を持つ月隕石、角レキ化された海の玄武岩である月隕石、ユークライト(〜45.5億年)である。比較のため、角レキ化していない典型的な月の海の玄武岩の代表的なものも対象として加えた。また、角レキ化や様々な度合いの変成作用が太陽系初期の玄武岩に与える影響を明らかにするため、変成の程度の違うユークライトを選択的に用いた。 輝石、スピネルは海の玄武岩、ユークライトに一般的に見られ、液からの晶出環境、晶出後の変成作用などを反映して、組織や組成が変化するため、それらの鉱物に注目して研究を進めた。鉱物の主要化学組成や二次元的な元素分布は微小領域分析装置エレクトロンマイクロプローブ(EPMA)で、微量元素組成は二次イオン質量分析器(SIMS)により測定した。さらに、マグマから結晶化作用及び冷却後の変成作用における鉱物の組成及び組織を調べるため、一気圧下で酸素、硫黄雰囲気を制御した結晶化実験を行った。 変成程度の異なる3つのユークライト玄武岩、Yamato(Y)75011,84,Juvinas,Asuka(A)881388の鉱物組織、組成を調べる事により、ユークライト玄武岩が変成の度合いにより、クロム鉄鉱、チタン鉄鉱、トロイライトなどの不透明鉱物が系統的な組織、組成の変化を示す事が解った。変成過程では、輝石中からクロム鉄鉱などが微少包有物として析出し、それらの不透明鉱物は変成の度合いが進むにつれ、再結晶により結晶サイズが大きくなることを明らかにした。Yamato(Y)75011,84は角レキ岩中の玄武岩片であるが、このような不透明鉱物の再結晶化は見られず、また輝石や斜長石もマグマから結晶した際の化学組成のゾーニングを残していた。従って、Y75011,84は極めて変成度の低い、冷却後の状態を保存する原始的玄武岩であることが解った。 アポロ14号の角レキ岩14305に産する、月最古の玄武岩片(42.3億年)を含む3つの岩石薄片の鉱物組織・組成をEPMAで調べた結果、これら3つの玄武岩片は鉱物の量比、鉱物組成が系統的変化を示していた。カンラン石(Fo[=Mg/(Mg+Fe)]=73-33)、斜長石(An[=Ca/(Ca+Na+K)]=92-67)は幅広い組成変化を示しており、非常に小さい規模(Cm規模)でのマグマの結晶分化作用が起こったことを示唆している。一方、海の玄武岩に特徴的な、輝石の化学組成ゾーニングは見られず、ほぼ均質なピジョン輝石のコアとオージャイト輝石のリムが見られた。このような輝石の組成分布は海の玄武岩の中でも例外的に冷却速度の遅いアポロ12号の玄武岩等にのみ報告されている。また、オージャイト普通輝石にはミクロン規模のラメラ(離溶組織)が見られ、ラメラに沿って不透明鉱物の析出が確認された。これは、上述の変成を受けたユークライトに特徴的な現象である。従って、これらの最古の玄武岩片はマグマから徐冷された後、角レキ化され、変成作用により鉱物組織や組成が局所的に再結晶化したことが解った。 それに対し、39.5億年の結晶化年代を持つA881757は角レキ化を受けず、粗粒な組織にもかかわらず、輝石やスピネルは、マグマからの結晶した時の初生化学組成ゾーニングを保存していた。輝石はFe、Caに富むコアからCaの組成はあまり変化せずにFeのみが増えるという結晶化傾向を示していた。この傾向はA881757と同等のチタン濃度のアポロのLow-Ti(LT)玄武岩とは異なり、固有なものである。 A881757はスピネル鉱物としてクロム鉄鉱(FeCr2O4)を含まず、化学組成ゾーニングを示すウルボスピネル(Fe2TiO4)のみを含む。このようなスピネル晶出はアポロのLT玄武岩では非常に稀である。そのため、A881757の組成からのスピネルの晶出及びクロム鉄鉱とウルボスピネルとの相関係に着目し、A881757の全岩組成を用いて結晶化実験を行った。その結果、冷却実験では、A881757に見られるウルボスピネル組成を再現できた。これらのウルボスピネルは輝石や斜長石に囲まれた局所的にチタンに富んだ液からのみ晶出していた。従って、A881757のウルボスピネルは、クロム鉄鉱と液が反応し、クロム鉄鉱が消え、ウルボスピネルのみが晶出するというペリテクチック反応によるものでなく、マグマ冷却時の結晶分化作用により形成されたことがわかった。 A881757とY75011,84中の輝石、はマグマから晶出したとき化学組成のゾーニングを保存しているため、マグマから最初に晶出した、最もMgに富み、希土類元素(REE)濃度に乏しい輝石のコアの組成から、本源マグマのREE濃度を計算した。その結果、本源マグマのREE濃度、パターンはA881757、Y75011,84共に全岩濃度とほぼ一致した。A881757の本源マグマはコンドライトの約20倍の濃度を持ち、ほぼ平らなパターンを示し、Euの負の異常がほとんど見られなかった。Y75011,84の場合は、コンドライトの約30倍と、ユークライトの中で最も高く、Euの負の異常が見られた。従って、この二つの玄武岩が本源マグマの組成を保存していることが証明された。また、これまでアポロやルナの玄武岩試料に共通してEuの負の異常が見られることから、海の玄武岩の本源マグマが、月形成初期のマグマオーシャンで斜長岩の形成と同時期に生成されたと考えられてきた。しかし、A881757が、Euの負の異常を持たないという結果は海の玄武岩の本源マグマが斜長岩の形成以前に形成されたものである可能性を裏付けるものである。 以上のように、年代の古い月や小惑星4ベスタからの玄武岩が受けた、角レキ化や衝撃・熱変成などの影響を鉱物の微細組織、化学組成から推定を行った。そして、それら二次的変成を免れたユークライト玄武岩Y75011,84と月の海の玄武岩A881757はマグマの組成やマグマからの晶出時の鉱物の化学ゾーニングを保存する、真の太陽系最初期の玄武岩であることを示した。また、輝石・スピネルの組成、相関係、冷却過程、本源マグマの組成から、A881757は新しいタイプのLT玄武岩であり、海の玄武岩の本源マグマに対する新たな可能性を提示するものであることがわかった。従って、月の海の火山活動がこれまでに考えられてきたよりも組成、活動時期に関して、多様であるという結論を導いた。 |