学位論文要旨



No 113312
著者(漢字) 齊藤,晃宏
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,アキヒロ
標題(和) ペロブスカイト型希土類オルソアルミネート及びオルソガレートの構造相転移に関する結晶学的研究
標題(洋) Crystallographic studies on the structural phase transition of perovskite-type rare earth orthoaluminates and orthogallates
報告番号 113312
報告番号 甲13312
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3458号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀内,弘之
 東京大学 教授 大隅,一政
 東京大学 助教授 村上,隆
 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 東京大学 講師 小澤,徹
内容要旨 1.研究の背景,目的と意義

 ペロブスカイト型RAlO3及びRGaO3(R:希土類元素)は,様々な物性を示す材料の基礎的物質であると同時に,ペロブスカイト型関連薄膜物質創製の基板結晶としても重要な位置を占めている.したがって,この物質の結晶構造の変化や結晶組織に関する情報は,物性や材料研究の基礎的データとして重要である.このRAlO3及びRGaO3は,理想構造である立方晶系の格子から僅かに歪んでいる.RAlO3の結晶構造は,ランタニド収縮を反映して,Ceを除くR=La〜Ndに対する相では三方晶系,R=Sm〜Luに対する相は斜方晶系の格子を呈する.CeAlO3は,例外的に偽正方晶系となる.NdAlO3とSmAlO3の間の固溶体(Ndx,Sm1-x)AlO3ではx=0.73を境に,三方晶系から斜方晶系へと構造変化する.また温度変化による斜方晶系→三方晶系の構造相転移の様子も,高温粉末X線回折によって確認されている.さらに,三方晶系から立方晶系への構造相転移が,Ceを除くR=La〜Ndで確認されている.上述の固溶体でのイオン置換による構造の変化と,温度変化に伴う相転移での構造変化は,回折現象の上で非常によく似ている.また,温度変化による構造相転移は可逆的であり,相転移温度Tcと組成xとの間にほぼTc(℃)=-1043x+786の直線関係が成り立っている.このRAlO3の斜方晶系Pbnmから三方晶系R3cへの転移を対称という見地から考えると,低温型の空間群pbnmは高温型のR3cの部分群に属さないことから,温度変化に伴う構造相転移は一次相転移であると考えられる.一方,RGaO3の場合,Ceを除くR=La〜Luまでのすべての相が斜方晶系を示す.CeGaO3はCeAlO3と同様,例外的に偽正方晶系となる.

 本研究では,これまでの成果を更に進めて,(1)できる限り均質な粉末結晶の作成,(2)希土類元素種による生成条件と安定関係との把握,(3)放射光X線源による結晶格子の精密解析,(4)粉末及び単結晶X線回折,などにより固溶体を含む一連のRAlO3の構造変化を追跡した.さらに,6配位のAl3+をGa3+に置換したRGaO3についても,(1)希土類元素種及び合成条件,生成相との関係,(2)相安定関係,結晶構造上の問題に関しRAlO3と対比して論ずる.また,斜方晶ペロブスカイト型構造が温度.圧力の変化に応じてどのように変化するか,及び,構造相転移付近において,その原子配置がどのように変化するかについて考察する.これらの結果は,物質開発に基礎的な情報を提洪するだけではなく,地球のマントル下部を構成しているペロブスカイト型(Mg,Fe)SiO3に対し,温度・圧力に伴う可能な構造変化の一つを示唆するものである.

2.試料の合成と安定条件

 アーク溶融法によりRGaO3の合成を試みることにより,RGaO3の生成するR3+の範囲を調べ,RAlO3との比較を試みた.合成実験の結果,R=La〜Ndまでの範囲でRGaO3が得られた.R=Sm〜Luの範囲ではガーネット型構造R3Ga5O12が主体であり,ペロブスカイト相を得ることができなかった.同じ条件でRAlO3の合成を行った場合,R=La〜Tmまでの間でRAlO3が得られる.表1にR-Ga-O系及びR-Al-O系においてペロブスカイト相が生成する範囲を示す.ペロブスカイト型構造の安定性を議論する場合,通常tolerance factor(t)を用いる.ここに,であり,rA,rB及びrOは,それぞれR3+,Al3+またはGa3+,O2-のイオン半径である.このt値が理想値1に近いほどペロブスカイト型構造をとりやすい.RAlO3とRGaO3の生成をt値により比較すると,RGaO3におけるペロブスカイト相のうちで,最もR3+のイオン半径が小さいNdGaO3のt値が0.878であるのに対し,RAlO3における同様の相のTmAlO3のt値が0.878であるので,アーク溶融法ではt=0.88ぐらいがペロブスカイト型構造を保つための下限値であることがわかった.

表1 R-Ga-O系及びR-Al-O系においてペロブスカイト相が生成する範囲.P:ペロブスカイト相,G:ガーネット相.*は少量含まれることを示す.

 次に,RAlO3及びRGaO3の中で例外的に正方晶系を示すCeAlO3及びCeGaO3のうち,CeGaO3の合成条件による生成の違いとその結晶構造について調べた.合成はグラファイトとアルミナの2種類の坩堝を使用し,1000℃〜1600℃までの範囲で固相反応法により行った.その結果,グラファイト坩堝を使用した場合は,1000℃〜1400℃までの範囲でCeGaO3が生成したが,それ以上の温度では生成されなかった.CeAlO3の場合は,1600℃以上でないと,2つの出発物質のうちの一つであるCeO2がCe2O3へと還元されないため反応が生じないという事実に対し,CeGaO3は著しく低い温度で生成することがわかった.アルミナ坩堝を使用した場合は,いかなる温度でもCeGaO3は生成しない.この原因として,グラファイト坩堝使用の際に生じる還元作用が,アルミナ坩堝にないためであると考えられる.

3.希土類イオン半径に伴う結晶格子の変化-粉末X線回折による解析

 RAlO3において,R3+をイオン置換することによって起こる結晶格子の変化を詳細に調べた.斜方晶系の格子(格子ベクトル:ao,bo,co),三方晶系の菱面体格子(ar,br,cr)と理想的立方晶ペロブスカイト構造の格子(a1,b2,c3)との間には,

 

 の関係がある.ただし,RAlO3の結晶構造では、その基本格子(a1,a2,a3)は理想的立方晶の格子から僅かに歪んでおり,実際の格子(a’1,a’22,a’3)は,偽立方晶の格子をとり,

 

 のように表される.図1は,R原子種あるいはR3+のイオン半径に対するRAlO3の格子の変化を示しており,[2]の関係により得た偽立方晶の格子定数をプロットしたものである.斜方晶系を示す領域では,イオン半径が大きくなるにしたがって,次第に立方晶系の格子へと近づいて行く.最も理想構造に近づくのは,SmAlO3と(Nd0.2,Sm0.8)AlO3間であり,さらにそこから三方晶系へ構造変化する直前の(Nd0.6,Sm0.4)AlO3まで再び立方晶系の格子からの歪みが大きくなっていく.三方晶系を示すLaAlO3〜(Nd0.8,Sm0.2)AlO3の範囲では,イオン半径が大きくなるにしたがって立方晶系の格子に近づいていく.RGaO3においても,斜方晶系のRAlO3と同様な格子の変化が見られる.

図1 R原子種あるいはR3+のイオン半径に対するRAlO3の格子定数の変化(Å).[2]の関係により得た偽立方晶の格子定数をプロットしたものである.
4.希土類イオン半径に伴う原子変位-粉末及び単結晶試料による結晶構造解析

 粉末及び単結晶X線回折法により,様々なR3+をもつRAlO3の結晶構造を解析し,その関係を考察した.また,LuGaO3の単結晶を高圧・高温で合成し単結晶構造解析を行った.その結果,斜方晶系のRAlO3とRGaO3の構造は,空間群Pbnmでおり,三方晶系のRAlO3は,R3cである.RAlO3の結晶構造の変化を原子変位から捉えると,イオン半径が大きくなるにしたがって,R3+の理想位置からのズレは小さくなり,RO12多面体でのR-O間距離の大小の差も小さくなる.一方,AlO6八面体のAl-O間距離とO-Al-Oの角度は理想値に近く,あまり変化しない.すなわち,R3+の置換によってAlO6八面体の形状はあまり影響を受けない.しかしながら,AlO6八面体の傾きと回転によって,イオン半径の変化による結晶構造内の歪みを解消している.このAlO6八面体の傾きと回転の度合いはイオン半径が大きくなるにつれて,(Nd0.2,Sm0.8)AlO3付近までは両方とも理想構造に近づいていく.そこから構造変化する直前までは,回転はさらに理想構造に近づくが,傾きはまた理想構造から離れていく.RGaO3も基本的には,斜方晶系を示すRAlO3と同じような結晶格子の変化を示す.しかしながら,R3+のイオン半径が一番大きいLaGaO3でもRAlO3ほど理想構造に近づかない.

 CeAlO3とCeGaO3は,一連のRAlO3とRGaO3の結晶構造とは異なる挙動を示す.しかしながら,CeAlO3とCeGaO3は互いに類似した結晶化学的挙動を示す.CeGaO3の結晶構造を確認する目的で,CeAlO3の偽正方晶系での平均構造の原子パラメータを適用した粉末回折図形を計算により得,CeGaO3の測定値と比較検討した.CeGaO3は,グラファイト坩堝を使い1000℃で合成したものである.結果として,両者の回折位置と強度比は良く一致する.これらの結果から,CeGaO3の構造はCeAlO3と同構造であると考えられる.

5.結果,考察

 構造変化の様子は,配位数の大きな多面体ほど配位数の少ない多面体に比べて,一般的に温度・圧力によって膨張・収縮の影響を受けやすいという事実と一致する.R3+のイオン半径を系統的に減少させていくとR3+理想位置からのズレも大きくなり,さらにAlO6及びGaO6八面体の傾きと回転の割合が大きくなることが確認できた.Al3+をGa3+で置換した効果について考えてみると,LaGaO3の斜方晶系から三方晶系への構造相転移温度は145℃であり,RAlO3において三方晶系へ構造変化する直前の斜方晶系の構造を示す(Nd0.6,Sm0.4)AlO3は170℃で構造相転移する.また,イオン置換による格子の変化に着目した場合,RAlO3の斜方晶系を示す部分の結晶格子の変化の傾向とRGaO3結晶格子の変化の傾向は,良く似ている.そして,RGaO3においてb軸の長さが最大になるTbGaO3付近のt値が0.859であるのに対し,RAlO3において最大となるLuAlO3付近のt値は0.869と比較的近い値になっている.結論として,常温常圧下で,R3+を置換することによって見られるRAlO3の斜方晶-三方晶の間の構造変化では,温度・圧力を変えることによって生じる同様の構造変化を示唆している.また,常温常圧下において,斜方晶として存在する一連のRGaO3とRAlO3の構造変化を比較した場合,R3+を置換することによって見られるRGaO3の構造変化の度合いは,RAlO3の変化の度合いよりも大きい.したがって,RAlO3では斜方晶-三方晶の間の構造変化の詳細を議論できるのに対し,RGaO3では斜方晶の構造における広い温度・圧力範囲での構造変化を推察できる.

審査要旨

 本論文は6章からなり,一連のペロブスカイト型RAlO3及びRGaO3相(R:希土類元素)について,その生成条件とR3+イオン半径及び温度変化に伴う結晶構造変化をX線回折法により考察している。

 第1章では,ペロブスカイト型ABO3の結晶構造上の特徴をこれまでの多くの研究成果に基づいて考察し,A元素を希土類元素とすることでランタニド収縮を応用し,結晶構造の系統的変化を捉えることを提案している。また,RAlO3及びRGaO3が合成の温度圧力条件によって,ガーネット型相が生成したり,酸化物相に分解するなど,地球深部での珪酸塩鉱物の相関係とも類似する挙動を示すことから,この研究成果が地球深部における珪酸塩鉱物の可能な構造変化の形態を示唆し得る意義について述べている。

 第2章では,溶融法によりRGaO3の合成を試み,RGaO3の生成するR3+の範囲を調べ,RAlO3との比較をしている。その結果,R=La〜Ndの範囲でRGaO3が得られ,R=Sm〜Luの範囲ではガーネット型相R3Ga5O12が主体となることを示した。一方,同じ条件でRAlO3の合成を行った場合は,R=La〜Tmの広い範囲でペロブスカイト型相RAlO3が得られる。ここで,トレランス因子113312f04.gifを用いて,A3+とB3+の双方を変化させたとき,溶融法による結晶化ではt=0.88ぐらいがペロブスカイト型構造を保つための下限値であることを示唆している。ここに,rA,rB及びrOは,それぞれA3+,B3+,O2-のイオン半径である。

 第3章では,RAlO3,RGaO3の中で例外的に正方晶系を示すCeの化合物の合成条件について,特に,RGaO3ではグラファイト坩堝では1000℃〜1400℃の範囲で生成するが,アルミナ坩堝では生成しないことを示した。また,CeAlO3とCeGaO3は構造上,共に偽正方晶系で同形であることを示している。

 第4章では,固溶体(Ndx,Sm1-x)AlO3とRAlO3の結晶構造を粉末X線回折データによって解析し,イオン半径の変化と原子変位との関係を記述し、第5章では,EuAlO3,LuGaO3の単結晶により精密な構造解析を行い,前章で行った結晶構造解析結果とあわせて,原子変位の議論の信頼性を高める努力をしている。

 第6章の前半では,放射光と2結晶モノクロメータによる単色光を利用した粉末回折により,(Ndx,Sm1-x)AlO3;x=0.0〜1.0の菱面体格子,斜方格子の精密解析によって微細な格子変化の様子を適切に捉えた。これらの結果により,一連のRAlO3とRGaO3がR3+イオン半径を変化させた場合に起こる構造変化について詳述している。

 第6章の後半では,本研究を総括している。斜方晶RAlO3では,R3+イオン半径が大きくなるにしたがって,格子の歪みが次第に減少し理想的な立方晶の格子に近づくが,実際の格子形状としては正方晶に近い格子となり,さらにR3+イオン半径が増すと再び格子変形が増し,遂には菱面体格子に変化することを示した。もし,これが温度・圧力変化に対応する構造相転移に対応すると仮定すれば,格子変化にギャップがあること,構造変化での相互の空間群が超群-部分群の関係に属さないことから一次の相転移となるであろうということを示唆している。さらに,6配位イオンのAlをGaに置換し,RAlO3とRGaO3の格子,構造変化を合わせて考察することにより,より高圧側に対応するペロブスカイト型結晶構造の変化の様子を推察できることを議論している。

 以上,本研究の骨子を述べると次の通りである。RAlO3及びRGaO3は,ランタニド収縮を反映して理想構造である立方晶の格子から系統的に僅かに歪む。RAlO3では,軽希土側,重希土側で,それぞれ三方晶系の菱面体格子,斜方晶系の格子となり,斜方晶SmAlO3と三方晶NdAlO3の間の固溶体(Ndx,Sm1-x)AlO3では,x=0.73を境に,斜方晶系から三方晶系へと構造変化する。また,この変化は,回折現象上,温度上昇に伴う斜方晶系から三方晶系への構造相転移の様子と極めて類似する。これらの観察事実から,この種のペロブスカイト型構造中では,配位多面体RO12中のR3+イオン半径を変化させることによって,温度・圧力変化に対する構造変化を捉えることができ,また,適切なR3+イオン半径をもつ相の作成により,相転移温度を任意に制御できる。一方,6配位イオンAl3+をGa3+に置き換えたRAlO3とRGaO3の結晶構造を合わせて考察すると,仮想的圧力範囲をさらに広げた構造上の挙動を捉え得ることを示した。

 以上のように,本研究では希土類イオンをトリガーとした一連のペロブスカイト型化合物の生成条件と結晶構造変化を考察し,構造相転移温度の制御の可能性の提案,温度・圧力に伴う構造変化を推察するための新しい実験事実の提示,及び、構造相転移に関わる独創的な考察を行っている。なお,第3章および第6章の前半の一部は複数の研究者との共同研究によるものであるが,論文提出者が主体となって研究を進めたことを認める。以上の評価に基づき,本研究は博士(理学)の学位に十分に値するものである。

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