安定陸塊に特徴的に存在する斜長岩体はおよそ1.7-0.9Gaの生成年代を示し、先カンブリア紀の火成活動・地殻形成過程を考える上で非常に重要な岩石である。本研究では3地方の異なる斜長岩体(Labrador,Canada;Madagascar:Ylamma,Finland)から得られたラブラドライト中に共通して、K長石-Ca長石の組成を有するミクロンサイズの包有物が存在する事を初めて発見し、その包有物に観察されるサブ・ミクロンの微細組織について、高分解能透過型分析電子顕微鏡を用いて微小領域の化学組成、結晶構造に関する詳細な記載を行った。この結果から、ラブラドライト中の微細組織の形成過程を長石中のAl-Siの拡散機構に基づいて考察し、斜長岩の生成環境の違いが微細組織の特徴に与える影響を検討した。また微細組織の生成条件を特定するために、ラブラドライトの加熱実験および長石ガラスをアニールすることによる合成実験を行い、これらの結果を天然試料の微細組織の観察結果と比較した。 三成分系の長石(NaAlSi3O8-CaAl2Si2O8-KAlSi3O8)には2つの固溶体系列、斜長石:Na長石-Ca長石およびアルカリ長石:Na長石-K長石が存在する。この2つの固溶体は不混和領域によって隔てられているため、K長石-Ca長石間には固溶体は形成されない。長石はその結晶構造からテクト珪酸塩に分類され、Al-OおよびSi-O四面体が4個の酸素を全て共有しつながっている網状構造を特徴とし、その間隙にNa、K、Caなどの陽イオンが存在している。斜長石およびアルカリ長石系列ではそれぞれAl-Siのorderingおよび間隙に存在する陽イオンのイオン半径の違いが原因となり、化学組成、生成温度により結晶構造が変化する。このことにより長石を含む岩石の生成環境に応じて多様な微細組織が形成される事が知られており、このような微細組織をX線回折、透過型電子顕微鏡等を用いて解析する事により、岩石の生成条件を考察する試みが多く行なわれている。 低温型の斜長石には三つの不混和領域が存在する。それぞれの不混和領域はperisterite gap,Boggild gap,Huttenlocher gapとよばれ、それぞれNa長石-斜長石、2種の斜長石、斜長石-Ca長石のintergrowthを形成する。斜長岩を構成するラブラドライトの化学組成は一般にBoggild gapの組成領域と一致している。このため本研究で使用したラブラドライト中には結晶全体におよそ200nm周期で離溶ラメラが互層しており、これはBoggild intergrowthと呼ばれている。この離溶組織が可視光と可干渉であるため、離溶ラメラ互層の周期に応じて赤色から青色の光学的干渉色が観察される。 高分解能透過型分析電子顕微鏡による観察の結果、全てのラブラドライト試料中にこれまで天然長石の相としては報告されていなかったK-Ca長石がミクロンからサブ・ミクロンのサイズの包有物としてBoggild intergrowthを横切る形で存在する事が明らかになった。高分解能像、制限視野回折図形の解析、およびナノメートル・オーダーの電子線プローブによる化学組成分析の結果からこの包有物は、中心部分がK長石(空間群C)からなりその周りにCa長石(空間群P)が析出した組織を持つことが判明した。K長石、Ca長石およびBoggild intergrowthからなる母相は全て結晶学的方位を共有している。そこで、このような包有物の3次元的形態を明らかにする目的で、長石の[100]、[010]、[101]に垂直な定方位薄片を作成し高分解能透過型分析電子顕微鏡による観察を行った。その結果Labrador,Canada産のラブラドライト中に見られる包有物は母相との境界が明瞭で直線的であり、筒状の形態を持つのに対し、Madagascar産およびYlamma,Finland産のラブラドライトに見られる包有物は母相との境界が明瞭でなく、特に包有物の周囲に変形作用を受けた組織が見られ、レンズ状の形態を持っている事が明らかとなった。これはLabrador,Canada地方の斜長岩体がMadagascarおよびYlamma,Finland地方の斜長岩体と比較して、変形作用をあまり受けていない事に対応すると考えられる。 三成分系長石のAl-Siの拡散機構からK-Ca長石の形成過程を考察すると以下のようになる。まず、斜長石およびアルカリ長石系列を隔てる不混和領域の存在により、ラブラドライト母相中におよそ750℃でアルカリ長石の包有物が析出する。分相の過程に伴い母相中のNa長石成分およびCa長石成分はアルカリ長石の周囲で上昇する事が予想される。しかし先カンブリア紀の斜長岩のうちラブラドライトにより構成されるものは変成作用の影響により非常に徐冷された環境で生成した事が知られており、このような環境下で形成された長石中の微細組織を考察するためには元素の再分配を検討する必要がある。そこでラブラドライト母相-アルカリ長石間におけるNa、K、Caの拡散によるイオン交換を考える。Ca-Kのイオン交換はNa-Kのイオン交換と異なりAl-Siの拡散を伴うが、長石中でのAl-Siの拡散速度は非常に遅く、およそ650-800℃で拡散はほぼ停止してしまう事が知られている。したがって変成作用により、アルカリ長石中および斜長石母相との境界領域に存在するNaはラブラドライト母相中に、そしてラブラドライト母相中のKはアルカリ長石中に拡散していくのに対して、Caは平衡状態での組成勾配を維持し続ける。この拡散速度の差の結果、平衡状態で晶出したアルカリ長石はK成分の上昇によりK長石へと変化し、K長石とラブラドライト母相の境界領域ではCa成分が過飽和になりCa長石の析出が起こる。 K-Ca長石の高温による安定性を検討するために、ラブラドライトの加熱実験を行った。K長石の析出温度であると考えられる800℃およびラブラドライト中のK長石の均質化が起こり得る温度と予想される1050℃においてそれぞれ7日間、大気中で加熱した。この結果K-Ca長石は組織、化学組成、結晶構造において変化せず、上記の実験条件ではラブラドライト中に安定に存在する事が判明した。つづいてK-Ca長石を合成する事を目的に、アークメルト溶融法により2種類のNa-Ca-K長石組成のガラス(Na長石5mol%、Ca長石47.5mol%、K長石47.5mol%およびCa長石50mol%、K長石50mol%)を作成し、これを1300℃で5時間、大気中でアニールする事によりK-Ca長石の結晶成長を促す実験を試みた。この結果天然のラブラドライト中に観察されるK-Ca長石とは異なり、両試料中にCarlsbadおよびCarlsbad-albite式双晶から成るCa長石が微量のKを含んだ状態で晶出した。この試料についてさらに850℃および1050℃で12時間、大気中でのアニールを試みたが、K長石の晶出は制限視野回折図形および化学組成分析からは確認されなかった。Car1sbadおよびCarlsbad-albite式双晶は高温から冷却されて生成した火山岩中の長石にしばしば観察される事が知られている。このような長石はAl-Siがdisorderした状態にあると考えられる。Al-Siのorderingの度合いが進むにつれalbite式双晶が安定になる事が知られており、上記の実験で得られたCa長石は高温から冷却して生成した結果、Al-SiがdisorderしているためCarlsbadおよびCarlsbad-albite式双晶が生成したと考えられる。 結論として、先カンブリア紀の斜長岩を構成するラブラドライト中にK長石を中心にその周囲にCa長石が存在するという、これまで報告例のないミクロンサイズのK-Ca長石の包有物を発見し、このK-Ca長石の包有物は異なる地域の斜長岩体から得られたラブラドライト中に共通して存在している事を明らかにした。そしてこの包有物の形成過程を変成作用による元素の再分配により説明した。長石ガラスのアニールによる合成実験からはK-Ca長石の生成は起こらなかった。これはAl-SiのOrderingに必要な時間的スケールが実験室レベルでは再現できない事が原因だが、天然ラブラドライトの加熱実験におけるK-Ca長石の安定性、K-Ca長石と母相の結晶学的方位が一致している事は、K-Ca長石がラブラドライトの結晶化過程で晶出した事を示す。それぞれの斜長岩は、形成年代当時の大陸の分布から考えるとLabrador,CanadaとYlamma,Finlandは北半球のベルト、Madagascarは南半球のベルトに位置するが、形成された地域によらず斜長岩の形成過程はラブラドライトの晶出に関して同じ傾向を有すると考えられる。 |