学位論文要旨



No 113314
著者(漢字) モスタファガレバギ,アフマドレザ
著者(英字)
著者(カナ) モスタファガレバギ,アフマドレザ
標題(和) 砕波帯および遡上帯における波浪場・海浜流場の数理モデル
標題(洋) Mathematical Modeling of Waves and Currents in Surf and Swash Zones
報告番号 113314
報告番号 甲13314
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4032号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 助教授 Mohammad,Dibajnia
内容要旨

 砕波帯の特徴は波浪運動が様々なスケール・形態の運動に非可逆的に変換されることである.波が浅海域に進んでくるとやがて不安定となって砕波し,その結果,強い乱れが発生する.この現象はエネルギーを散逸させるだけでなく,長周期波や流れを励起させるものである.

 これまでに提案されてきた波動理論の多くは,波浪場と海浜流場を別々に取り扱っているために海浜流を正しく表現できていない.そのため波浪場と海浜流場の相互作用を自動的に含む手法の開発が必要である.そこで,本研究では波浪場と海浜流場を一つの要素として同時に取り扱うこととする.

 ナビエストークスの方程式において流速場と圧力場とを,波浪および海浜流に関する項と乱れ成分とに分け,ある時間スケールで平均を取るとレイノルズ方程式が得られる.また,ブシネスクによる渦粘性の概念をレイノルズ応力に適用することにより乱流のモデル化を行う.ここで摂動法を用いることにより基礎方程式を導く.を波高水深比,を相対水深として,ブシネスク方程式との整合性を維持するために,方程式の各項を2のオーダーまでとることにより,以下のような方程式系が得られる.

 

 

 ここにhは静水深,は水位,=(,)であり,およびはそれぞれxおよびy方向の鉛直平均した水平流速成分である.また,FおよびRは水面および底面におけるせん断応力ベクトル,は鉛直平均された水平方向の渦動粘性係数である.

 これらの方程式をAbbottの方法に基づく陰的差分スキームにより解く.空間に関しては矩形のスタッガード格子において変数を配置し,時間に関しては中心差分とする.本スキームはADI法に基づく効率的なものであり,空間的にも中心差分を採用していることから最終的には3項対角行列方程式となり,Thomas法により簡単に解くことができる.

 さらに本研究では遡上帯における力学現象に関する検討を行う.遡上帯は波浪運動に伴って汀線が遡上,流下する領域であり,砕波帯と後浜との境界となっている.遡上帯における漂砂現象は地形変化を決定する上での境界条件となるため,そこでの流れ場は海浜の侵食,堆積を考える上で極めて重要である.遡上域における力学現象を解析するためには,遡上・流下する汀線の動きを計算可能とする適切な汀線境界条件のモデル化が必要となる.

 これまでに提案されてきたモデルのほとんどは,遡上域においては波が汀線にほぼ直角に入射してくることを仮定しているため,準平面2次元として扱われてきた.そのため,それらのモデルではy方向の運動量式をx方向の運動量式と連続式から切り離して取り扱っている.すなわちx方向の運動量式と連続式から水位とx方向の流速場が求まり,次にy方向の運動量式を解くことにより,y方向の流速場を求めている.そのため,これらのモデルでは,汀線の移動に関してy方向の運動量式による影響が考慮されていないことになる.その上,これらの方法は陽的アルゴリズムに基づいている.

 そこで汀線移動境界を扱う完全陰解法に基づく計算手法を新たに開発した.本方法においては,最も岸側の格子は滑らかに移動する汀線を表現するために,格子サイズは時間的に変化するようになっており,そのために基礎方程式は不等間隔格子において差分化されている.汀線においては全水深を0とし,時々刻々の汀線位置は計算により得られた水面形状により決定される.y方向の運動量式はx方向の運動量式や連続式から切り離されることなく,両方向の運動量式による寄与が遡上運動に対して適切に反映されている.沖側境界においては開境界条件が,側方境界においては周期境界条件が設定されている.

 本数値モデルをいくつかのケーススタディに適用したところ,実験結果(図1)および解析解(図2)をよく再現しており,モデルの妥当性が示された.また,本研究で提案した汀線移動モデルは,汀線に対して斜めに大きい角度で入射する波に対しても,妥当な結果が得られることを確認している.

図1:1/19.85勾配斜面における無次元波高(H/h=0.019)の砕波しない孤立波の無次元時間(t(g/h)1/2)=a)30,b)40,c)50,d)60,e)70における無次元遡上波高(/h)分布.実線は本モデルによる計算結果,黒丸はSynolakis(1987)による実験データ.

 さらに,本モデルにより沿岸流の岸沖方向分布,特に沿岸流速の最大値がかなりよく再現できることが示された(図3).以上のことから,本モデルは人工的な粘性や摩擦項を加えることなく,遡上域における水の運動を精度よく再現可能であると結論づけることができる.

 さらに,本モデルによってリップカレントや循環セルについても概ね再現できることが示された(図4).

 本モデルは不規則波に対しても適用可能であると考えられる.しかし,海浜流場の精度を向上させていくためには,渦粘性や底面摩擦の空間分布について改良を行っていく必要がある.

図2:遡上最高点(/2)および最下点(=3/2)における,A=1,=1での周期運動に対する水面形状の比較.実線はCarrier & Greenspan(1958)による解析解,黒丸は本モデルによる計算値.図3:沿岸流の岸沖方向分布の時系列変化.黒丸はVisser(1991)による実験結果,実線は本モデルによる計算値.図4:周期平均した鉛直平均の水平流速分布.
審査要旨

 本論文は、沿岸域における様々な海岸過程と密接に関係する砕波帯および遡上帯における波浪場と海浜流場を対象として、それらの支配方程式を導くとともに、その方程式に基づく数理モデルを構築・提案し、更にモデルの妥当性を検証したものであり、6章より構成されている。

 第1章「序論」では、沿岸域特に砕波帯内とその近傍での波浪変形と海浜流場の特性を概説した後に、遡上域(打上げ帯)での波浪流が海浜過程において重要であることを指摘し、ついでブシネスク型方程式の導出、遡上域の取り扱い手法の提案とそれらに基づく数理モデルの構築が本研究の主目的であることを述べている。

 第2章は「ブシネスク型方程式に基づく波浪場モデルのレビュー」と題する。本研究で用いることとなるブシネスク型方程式を対象に、それに分類される極めて多岐にわたる方程式を可能な限り網羅的かつ体系的にレビューしている。その内容自体は新しいものではないが後に続く研究者に有用な情報を与えるものと評価できる。次に砕波とそれに伴う波浪減衰に関して、既存の渦粘性モデル、運動量移流モデル、圧力場モデルを比較し、ブシネスク型方程式との整合性からは渦粘性モデルが最も相応しいと結論づけている。更に底面摩擦項についても既往の研究をレビューして、その簡便性と合理性からシェジー式を採用することとした。

 第3章は「波浪・海浜流モデルの理論的展開」と題する。本章では先ず従来のブシネスク型方程式が非粘性流体に対するオイラーの方程式から出発していることの欠陥を指摘し、粘性流体に対するナビエストークスの方程式を用いることの必要性を論じている。そして砕波等に伴う乱れの影響を考慮するために、ナビエストークスの方程式から従来の方法によりレイノルズ方程式を導いた。更に非線形性の尺度と波の分散性の尺度をそれぞれ代表する2つのパラメターを用いた摂動法をそれに適用し、次いで水底面から自由水面まで積分することによって、水面変位と断面平均流速(あるいは流量)を未知数とし、渦粘性項と底面摩擦項をも含む新たなブシネスク型方定式を導くことに成功している。用いられている手法には特筆すべき新しい点はないものの、最終的に導かれた方程式は波浪・海浜流場の基礎方程式として従来のものよりも物理的厳密性の点で非常に優れていると評価できる。ただし、導かれた方程式を解くためには渦粘性係数を与える必要があり、本研究ではその与え方としては既存の式をそのまま用いる段階に留まっている。

 第4章「数値モデルの展開」においては、前章で導かれたブシネスク型方程式を基礎とした数値モデルを提案している。数値モデルとしては差分解法を基本とし、計算の効率と安定性の両者を十分に吟味した上で、空間的にはスタッガード格子スキームを用い、安定性と効率性の高いADI法とダブルスィープ法を組み合わせた手法を採用することとして、それに対応する差分式と計算の流れを明快に示している。次いで沖側入射境界条件と下手側開境界に関しては既存の方法を援用しているが、本研究の主眼の一つである遡上域の波浪・流れ場の解析のためには、最近用いられ始めている移動汀線境界の扱いを格段に改良する手法として可変サイズ格子を汀線境界に配置する方法を提示することに成功した。この可変サイズ格子の導入により波の遡上と流下に伴う汀線の周期的な岸沖移動とその周辺の波・流れ場がより合理的に解析できるようになった点は高く評価できよう。また斜め入射波の場合も扱えるようにするためには、沿岸方向に周期的な仮想領域を数値計算に付加することを提案している。

 第5章は「数値モデルの妥当性の検証」と題する。先ず本モデルの計算結果を既存の計算結果と比較することにより、採用した入射境界条件と開境界条件がともに有効に機能することを確認した。次いで斜面上の波の浅水変形計算を行い、解析解とほぼ妥当な一致が得られることを示した。遡上域を表現する移動汀線境界条件に関しては、垂直入射のケースを対象に孤立波の遡上に対する実験結果ならびに周期波の非砕波遡上に対する解析解、砕波後の遡上に対する経験式のそれぞれと比較することによって、その妥当性を検証することに成功している。更に斜め入射波の条件に対する計算を上述の周期的仮想領域法を利用して実行した結果を実験結果と比較し、波高や平均水位の岸沖変化については良好な一致が得られている。しかしながら斜め入射波に伴って生じる沿岸流に関しては流速の最大値はほぼ実験値と一致するものの流速の岸沖分布の一致度はあまり良くないことから、渦粘性項や底面摩擦項に改良の余地があると結論づけている。また沿岸方向に波高分布を持つ波が垂直入射する条件に対してもモデルを適用し、波高分布や遡上ならびに離岸流の発生・発達状況が少なくとも定性的には合理的に計算できることが示された。

 第6章「結語」では本研究の結論と残された課題をまとめている。

 以上を要するに、本論文は、海岸過程に密接に関わる砕波帯と遡上帯の波浪場・海浜流場を対象として、一般性の高い基礎方程式を導くとともに、移動汀線境界等をも導入した数理モデルを提示・検証したものであり、海岸工学上貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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