内容要旨 | | 砕波帯の特徴は波浪運動が様々なスケール・形態の運動に非可逆的に変換されることである.波が浅海域に進んでくるとやがて不安定となって砕波し,その結果,強い乱れが発生する.この現象はエネルギーを散逸させるだけでなく,長周期波や流れを励起させるものである. これまでに提案されてきた波動理論の多くは,波浪場と海浜流場を別々に取り扱っているために海浜流を正しく表現できていない.そのため波浪場と海浜流場の相互作用を自動的に含む手法の開発が必要である.そこで,本研究では波浪場と海浜流場を一つの要素として同時に取り扱うこととする. ナビエストークスの方程式において流速場と圧力場とを,波浪および海浜流に関する項と乱れ成分とに分け,ある時間スケールで平均を取るとレイノルズ方程式が得られる.また,ブシネスクによる渦粘性の概念をレイノルズ応力に適用することにより乱流のモデル化を行う.ここで摂動法を用いることにより基礎方程式を導く.を波高水深比,を相対水深として,ブシネスク方程式との整合性を維持するために,方程式の各項をと2のオーダーまでとることにより,以下のような方程式系が得られる. ここにhは静水深,は水位,=(,)であり,およびはそれぞれxおよびy方向の鉛直平均した水平流速成分である.また,FおよびRは水面および底面におけるせん断応力ベクトル,は鉛直平均された水平方向の渦動粘性係数である. これらの方程式をAbbottの方法に基づく陰的差分スキームにより解く.空間に関しては矩形のスタッガード格子において変数を配置し,時間に関しては中心差分とする.本スキームはADI法に基づく効率的なものであり,空間的にも中心差分を採用していることから最終的には3項対角行列方程式となり,Thomas法により簡単に解くことができる. さらに本研究では遡上帯における力学現象に関する検討を行う.遡上帯は波浪運動に伴って汀線が遡上,流下する領域であり,砕波帯と後浜との境界となっている.遡上帯における漂砂現象は地形変化を決定する上での境界条件となるため,そこでの流れ場は海浜の侵食,堆積を考える上で極めて重要である.遡上域における力学現象を解析するためには,遡上・流下する汀線の動きを計算可能とする適切な汀線境界条件のモデル化が必要となる. これまでに提案されてきたモデルのほとんどは,遡上域においては波が汀線にほぼ直角に入射してくることを仮定しているため,準平面2次元として扱われてきた.そのため,それらのモデルではy方向の運動量式をx方向の運動量式と連続式から切り離して取り扱っている.すなわちx方向の運動量式と連続式から水位とx方向の流速場が求まり,次にy方向の運動量式を解くことにより,y方向の流速場を求めている.そのため,これらのモデルでは,汀線の移動に関してy方向の運動量式による影響が考慮されていないことになる.その上,これらの方法は陽的アルゴリズムに基づいている. そこで汀線移動境界を扱う完全陰解法に基づく計算手法を新たに開発した.本方法においては,最も岸側の格子は滑らかに移動する汀線を表現するために,格子サイズは時間的に変化するようになっており,そのために基礎方程式は不等間隔格子において差分化されている.汀線においては全水深を0とし,時々刻々の汀線位置は計算により得られた水面形状により決定される.y方向の運動量式はx方向の運動量式や連続式から切り離されることなく,両方向の運動量式による寄与が遡上運動に対して適切に反映されている.沖側境界においては開境界条件が,側方境界においては周期境界条件が設定されている. 本数値モデルをいくつかのケーススタディに適用したところ,実験結果(図1)および解析解(図2)をよく再現しており,モデルの妥当性が示された.また,本研究で提案した汀線移動モデルは,汀線に対して斜めに大きい角度で入射する波に対しても,妥当な結果が得られることを確認している. 図1:1/19.85勾配斜面における無次元波高(H/h=0.019)の砕波しない孤立波の無次元時間(t(g/h)1/2)=a)30,b)40,c)50,d)60,e)70における無次元遡上波高(/h)分布.実線は本モデルによる計算結果,黒丸はSynolakis(1987)による実験データ. さらに,本モデルにより沿岸流の岸沖方向分布,特に沿岸流速の最大値がかなりよく再現できることが示された(図3).以上のことから,本モデルは人工的な粘性や摩擦項を加えることなく,遡上域における水の運動を精度よく再現可能であると結論づけることができる. さらに,本モデルによってリップカレントや循環セルについても概ね再現できることが示された(図4). 本モデルは不規則波に対しても適用可能であると考えられる.しかし,海浜流場の精度を向上させていくためには,渦粘性や底面摩擦の空間分布について改良を行っていく必要がある. 図2:遡上最高点(=/2)および最下点(=3/2)における,A=1,=1での周期運動に対する水面形状の比較.実線はCarrier & Greenspan(1958)による解析解,黒丸は本モデルによる計算値.図3:沿岸流の岸沖方向分布の時系列変化.黒丸はVisser(1991)による実験結果,実線は本モデルによる計算値.図4:周期平均した鉛直平均の水平流速分布. |