学位論文要旨



No 113316
著者(漢字) 井上,純哉
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ジュンヤ
標題(和) 熱力学的定式化に基づく変形の局所化の理論と解析手法
標題(洋)
報告番号 113316
報告番号 甲13316
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4034号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 堀,宗朗
内容要旨

 本研究で取り扱う変形の局所化現象とは、土木材料に限らず様々な材料の破壊を支配する現象の一つである。また、変形の局所化が発生する現象では、構造物の破壊は、載荷にともない材料中で均一であった変形が一つまたは複数の領域に集中して発生するようになり、最終的には変位の不連続面を形成すると言う共通の過程をたどる。このような変形の局所化現象は、構造物が破壊する過程のなかで特にピーク荷重を超えた後の段階において観察される現象であり、変形の局所化現象がピーク後における構造物の挙動に多大なる影響を与えていることを物語っているのである。

 そのため、ピーク後の構造物の挙動を正しく把握することが重要な課題となる構造物の安定性の評価においては、変形の局所化を数値的に解析できる解析手法を確立することは大変重要なことと考えられるのである。また、変形の局所化現象は様々な材料において、破壊のメカニズムが異なるにも関わらず共通にみられる現象であることから、様々な材料に対して共通した発生条件が存在するはずであり、変形の局所化現象に対して統一した理論を展開し、その発生および進展の説明を可能にすることは大変興味深い課題であると考えられるのである。

 そのため、変形の局所化を解析する為の理論および解析手法は古くから提案されており、理論的にはHillやRudnichi・Riceの研究が有名である。基本的な思想は、支配方程式の解の唯一性の喪失が変形の局所化の発生原因であると言うものである。この解の唯一性の喪失の為に変形の局所化現象を数値的に解析する時には『メッシュ依存性』と『安定な経路の選択』と言う問題が発生する。この『メッシュ依存性』を解消する為の解析手法は様々に提案されており、幾何学的非線形性を用いる有限変位理論、材料の非局所化の影響を考慮した非局所化理論、更には離散化の方法を最適化することにより局所化した変形を再現しようとする解析手法などがある。しかし、これらの既存の研究には分岐が発生する時に自然が常に選択する『安定な経路』に対する考察がなく、数値的に初期不整を与えることで疑似的に分岐を発生させている。しかし、このようにして得られる分岐解が安定な解であると言う保証は何処にもない。

 そこで本研究は、変形の局所化を解析する時に問題となる、『安定な経路の選択』と言う問題を解決する新たな解析手法を提案することを主な目的とした。

図1:一次元の簡易なモデル

 解析手法は、一次元の簡易なモデル(図1参照)における変形の局所化の議論を出発点とし、そこでの議論を拡張することで、最終的には熱力学の基本原理と対比することで変形の局所化を解析する手法を一般化する。本研究で提案する変形の局所化の解析手法は簡潔に説明すると、以下のようになる。まず系の機械的エネルギーUMと不可逆的なエネルギーUDを含めた全エネルギーUは不可逆パラメターiを導入することで

 

 と定義され。ここで、

 

 であるという仮定のもと、u=u(i)を定義することで

 

 が求まる。本研究で提案する変形の局所化の理論は、このように求まるエネルギー曲面U*の停留点での安定性を調べることで変形の局所化の発生が予測でき、曲面の最小値を求めることで変形が局所化した時の安定な分岐解が求まるというものである。つまり、変形の局所化は

 

 により不安定と判定された時発生し、その時の安定な分岐解は

 

 で求まる。

図2:コンクリートのひび割れ局所化の解析

 このような変形の局所化の解析手法を、コンクリートのひび割れ局所化現象と軟岩のすべり面の局所化現象の解析に適用することで、本研究で提案する変形の局所化の解析手法の妥当性を示す。コンクリートや軟岩における変形の局所化の再現は、材料の破壊を極力簡易にモデル化することで潜在的な変形の局所化のモードを数値的に計算することを試みた。そのため、得られる結果は値としての意味あいは薄く、むしろ得られる破壊の形態に重要な意味がある。

図3:コンクリートにおけるひび割れの局所化

 コンクリートのひび割れ局所化の解析では、矩形の要素試験と梁の四点載荷試験について解析を行い(図2参照)、どちらの解析においてもひび割れが局所化していく過程が再現された(図3参照)。軟岩のすべり面進展の解析では、せん断試験を解析し、円弧すべりが進展して行く過程を再現することに成功した(図4参照)。

図4:軟岩のすべり面進展の解析

 本研究が提案する変形の局所化の解析手法は、材料が不安定となり分岐が変形の局所化という形で発生する時、構造物が選択するべき安定な分岐解を求めることを目的とした解析手法であり、コンクリートと軟岩の解析では簡易なモデルを用いることでその有効性が示された。今後の課題としては、離散化における変位の不連続面の取扱方法の改善、現象に忠実なモデルへの適用などが考えられる。

審査要旨

 本研究で取り扱う変形の局所化現象とは、土木材料に限らず様々な材料・構造物の破壊を支配する現象の一つである。また、変形の局所化が発生する現象では、構造物の破壊は、載荷にともない材料中で均一であった変形が一つまたは複数の領域に集中して発生するようになり、最終的には変位の不連続面を形成すると言う共通の過程をたどる。また、このような現象では強度に寸法効果が現れることが知られている。終局限界状態設計法への移行、阪神淡路大震災を契機とした耐震設計法見直し等の流れの中で、構造物の終局限界荷重を精度よく予測する手法が求められている。変形の局所化を数値的に解析できる解析手法を確立することは、工学的に大変重要であると考えられる。また、変形の局所化現象は様々な材料において、エネルギー散逸のメカニズムが異なるにも関わらず共通にみられる現象であることから、統一的な理論の構築が期待される問題でもある。

 本論文の目的は、熱力学的定式化に基づき変形局所化・軟化現象の統一的理論を提案し、さらにその理論を、不連続面を有する有限要素を用いた解析手法と組み合わせることにより、破壊面の発生・進展する現象に対する解析手法を構築することにある。

 第1章では研究の背景、既往の研究、研究の目的が述べられている。

 第2章では、エネルギーの散逸がある場合での解の分岐と安定性の評価に対する統一的理論の定式化を行っている。一般的理論の構築に先立ち、バネ・摩擦モデルを用いた簡単な例を用いて解の安定性の統一的判定方法を検討している。力学的トータルポテンシャルエネルギーと散逸エネルギーの和を全エネルギーと定義すれば、全エネルギーの一階の微分係数がゼロという条件はつり合い条件と等価であり、二階の微分係数からなるヘッセ行列の固有値の符号により解の安定性が判定されること、すなわち、変形の局所化は系の力学的トータルポテンシャルエネルギーと、摩擦などによって失われる散逸エネルギーの和、つまり全エネルギーの曲率の正負で判定でき、更に、破壊条件に代表される力学的エネルギーの散逸条件が満足された全ての点でエネルギーの散逸が進行する解が不安定な場合には、変形の局所化問題は制約つき最小化問題に帰着されることを明らかにしている。さらにその理論を一般化することにより、塑性変形、すべり、クラックの進展など様々な非弾性挙動に対する理論を構築している。

 第3章では、理論を適用しコンクリートのひび割れ進展問題に対する解析手法を構築している。不連続面を有する有限要素の定式化を行い、通常の有限要素解析プログラムに組み込んでいる。破壊条件等が満足された要素において変位の不連続面を加え、不連続面における変位の不連続量は不連続面の構成条件を満足するように決定されるものとする。不連続面を有する有限要素を用いた解析に変形局所化理論を応用することにより、不連続面の発生・進展・変形局所化の解析手法を確立している。コンクリートのひび割れ局所化の解析として、矩形の要素試験と梁の四点載荷試験の解析を行い、どちらの解析においてもひび割れが局所化していく過程を再現されることを示している。

 第4章では、軟岩におけるせん断帯の進展解析を行っている。せん断帯の挙動のモデル化を行い、第3章同様、不連続面を有する有限要素を用いた有限要素法と第2章の理論を組み合わせることにより、分布して発生するせん断帯が局所化し、卓越するすべり面が形成される過程の解析を行っている。

 本論文では、熱力学的定式化に基づき変形局所化・軟化現象の統一的理論を提案し、さらにその理論を、不連続面を有する有限要素を用いた解析手法と組み合わせることにより、破壊面の発生・進展する現象に対する解析手法を構築している。塑性変形、摩擦すべり、クラックの進展等を力学エネルギーの散逸として統一的にとらえ、エネルギー散逸が生ずるケースにおける解の安定性を検討するところ独創性がある。提案された解析手法は、構造物の終局限界荷重を精度よく予測する手法の構築に基礎を与えるものである。以上のように、本論文は応用力学における研究の発展と技術の進歩に貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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