学位論文要旨



No 113317
著者(漢字) 山口,明伸
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,トシノブ
標題(和) コンクリート補強用FRPロッドの紫外線劣化とクリープ破壊に関する研究
標題(洋)
報告番号 113317
報告番号 甲13317
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4035号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨

 高強度,軽量,非腐食性,非磁性等の特徴を有する繊維強化プラスチック(FRP)は,これまで主に航空・宇宙工学の分野で盛んに利用されてきたが,近年の土木分野において,鋼材に代わるコンクリート補強材として注目され活発な研究が行われている.しかし,コンクリート補強用として使用する場合,高応力の継続下での使用や,50年〜100年といった長い供用期間等,これまでのFRPの適用条件とは大きく異なる点が多く,それらに対する耐久性には未だ不明な点が多い.ここで,FRPのような複数の構成材料から成る複合材料の劣化を考える場合,構成材料ごとの単独劣化とそれに伴う相互劣化を考慮する必要がある.そこで本研究ではFRPロッドをコンクリート用補強材として用いる際に必要な耐久性のうち,既にその劣化現象が問題となっている紫外線照射による劣化と,持続応力によるクリープ破壊について,実験的に検討し,その複合材料としての劣化および破壊機構を明らかにするとともに,その機構のモデル化を図ることを目的としている.

 耐紫外線性に関しては以下の劣化機構が明らかとなった.まず,繊維に関しては,特にアラミド繊維に著しい劣化がみられた.その強度低下の原因は紫外線により結合能力の低い非結晶部分の微小な破壊が生じ,繊維を構成する分子構造中に欠陥が発生するためであると考えられる.そこで繊維中の欠陥の数が繊維の強度低下に影響を及ぼすモデルとしてワイブルのweakest-link理論の適用を試み,照射時間にともなう強度低下の特性を確率論的にモデル化した.繊維単体による実験結果と比較した結果,本モデルによる推定精度は極めて高いことが確認できた.一方FRPロッドの場合,マトリックスが紫外線を吸収するため,表面に近い位置に存在する繊維ほど紫外線による劣化が著しいと考えられる.そこでマトリックス樹脂について,赤外顕微分光法による紫外線照射前後の分子構造の変化の観察を行い,樹脂の紫外線吸収量と透過率を算出した.

 以上の結果に基づき,FRPロッドの紫外線による強度低下を以下のようにモデル化した.すなわち,マトリックス樹脂の紫外線透過率からロッド断面内に分布する各繊維に到達する紫外線の強度を決定し,その紫外線強度に対応して各繊維の欠陥数が増加するとした場合の各繊維の強度低下を基にロッド全体としての強度低下を推定した.さらに,より一般的な耐候性に適用できる劣化モデルへ拡張するため,屋外曝露の場合にみられた風雨等によるマトリックスの剥離とそれにともなう繊維の損失の影響を含み,マトリックスの消失によって生じる断面の減少とロッド内部への紫外線到達距離の経時変化を考慮したモデルを提案した.以上の紫外線劣化モデルによる解析結果と,実際の曝露試験結果とを比較した結果,いずれのFRPについても本モデルの推定精度が高いことが確認出来た.

 クリープ破壊に関しては以下のことが明らかとなった.FRPロッドの定量的なクリープ破壊モデルを構築することを目的として,まず,これまでほとんど検討されていなかった主なFRPロッド用各種繊維(炭素繊維,アラミド繊維,およびガラス繊維)のクリープ破壊特性をその変形特性と破断特性に分類して実験的に検討するとともに,ワイブルの確率理論に基づく定量的評価を試みた.その結果,クリープ破壊を生じたアラミド繊維およびガラス繊維の時間依存的な破壊確率は,載荷応力によって変化する破壊可能結合部数nを算出することによって推定可能であることが明らかとなった.

 さらに,繊維の強度のばらつきを考慮した場合,繊維のクリープ破壊は繊維の引張強度の低いものから生じると考えられる.ここで,クリープ破壊と静的破壊のように異なる破壊形態における繊維の破壊確率が等しいとき両繊維の引張強度は等しいと仮定すると,ワイブル理論によって求めたクリープ破壊確率を静的破壊確率へ変換することにより,クリープ破壊した個々の繊維の引張強度を推定し,それぞれの繊維の実質載荷応力比を算出することができると考えた.その結果,繊維の実質載荷応力比と破壊時間(対数)の関係は,載荷応力が異なる場合でも全てほぼ一つの近似式(クリープ破壊曲線)によって表現できることが明らかとなった.この関係をアラミド繊維の繊維束に対して適用した結果,クリープ破壊時間の推定と実験結果は極めて良く対応し,本モデルの妥当性が明らかとなった,

 最後にFRPロッドのクリープ特性は,この破壊曲線に繊維の種類に応じた要因,例えば弾性係数の分布や強度分布,分担応力の経時変化等を導入することにより表現できると考えられる.

審査要旨

 高強度,軽量,非腐食性,非磁性等の特徴を有する繊維強化プラスチック(FRP)は,これまで主に航空・宇宙工学の分野で盛んに利用されてきたが,近年の土木分野において,鋼材に代わるコンクリート補強材として注目され活発な研究が行われている.しかし,コンクリート補強用として使用する場合,高応力の継続下での使用や,50年〜100年といった長い供用期間等,これまでのFRPの適用条件とは大きく異なる点が多く,それらに対する耐久性には未だ不明な点が多い.ここで,FRPのような複数の構成材料から成る複合材料の劣化を考える場合,構成材料ごとの単独劣化とそれに伴う相互劣化を考慮する必要がある.そこで本研究ではFRPロッドをコンクリート用補強材として用いる際に必要な耐久性のうち,既にその複合材料としての劣化現象が問題となっている紫外線劣化と,クリープ破壊を例に取り,その複合材料としての劣化および破壊機構を明らかにするとともに,その機構のモデル化を図った.

 「第1章 序論」においては,コンクリート用補強材としてのFRPロッドの利点および現状における適用例,また使用する際に問題となる耐久性上の問題点を列挙し,研究の背景と本研究の目的について概説している.

 「第2章 既往の研究」においては,各種FRPロッドそのものと,その主な構成材料である炭素繊維,アラミド繊維,ガラス繊維およびマトリックスとして用いられるビニルエステル樹脂の各種劣化要因に対する耐久性についての既往の研究をとりまとめている.

 「第3章 実験概要」においては,本研究でおこなったFRPロッド,繊維,マトリックス樹脂の耐紫外線性試験,およびクリープ試験の手順と方法について概説している.

 「第4章 FRPロッドの耐紫外線性」においては,まず始めに各種FRPロッド,繊維,マトリックス樹脂の耐紫外線性についての実験の結果を示している.この結果より,FRPロッドの紫外線劣化を定量的に評価するためには,構成材料の繊維・マトリックス樹脂に関して劣化現象を定量化することが必要であると考え,以下の手法によってその定量化を試みている.繊維に関しては,特に劣化の著しいアラミド繊維について,その強度低下の原因は紫外線により分子構造中に欠陥が発生するためであると考え,強度低下モデルとしてワイブルのweakest-link理論の適用を試み,劣化現象の定量化を図っている.一方,マトリックス樹脂については,赤外顕微分光法による紫外線照射前後の分子構造の変化の観察結果から,樹脂の紫外線吸収量と深さ方向の透過率を算出している.以上の結果に基づき,FRPロッドの紫外線による強度低下を,マトリックス樹脂および繊維の劣化を考慮する複合劣化モデルとして表現し,実験結果との比較によりその妥当性を示している.

 「第5章 FRPロッドのクリープ特性」においては,まず,これまでほとんど検討されていなかった繊維自体のクリープ破壊特性を実験的に検討するとともに,ワイブルの確率理論に基づく定量的評価を試みている.その結果,クリープ破壊を生じたアラミド繊維およびガラス繊維の時間依存的な破壊確率は,載荷応力によって変化する破壊対象結合部数nを算出することによって推定可能であることを提案している.さらに,クリープ破壊と静的破壊のように異なる破壊形態における繊維の破壊確率が等しいとき両繊維の引張強度は等しいと仮定すると,ワイブル理論によって求めたクリープ破壊確率を静的破壊確率へ変換することにより,クリープ破壊した個々の繊維の引張強度を推定し,それぞれの繊維の実質載荷応力比を算出することができると考えた.その結果,繊維の実質載荷応力比と破壊時間(対数)の関係は,載荷応力が異なる場合でも全てほぼ一つの近似式によって表現できることが明らかとしている.この関係をアラミド繊維の繊維束に対して適用した結果,クリープ破壊時間の推定と実験結果は極めて良く対応し,本モデルの妥当性を示している.最後にFRPロッドのクリープ特性は,この破壊曲線に繊維の種類に応じた要因,例えば弾性係数の分布や強度分布,分担応力の経時変化等を導入することにより表現できるとしている.

 「第6章 結論」においては,本論文の成果をとりまとめている.

 以上を要約すると,コンクリート補強用FRPロッドの複合材料としての劣化現象の評価手法を提案するとともに,紫外線劣化およびクリープ破壊においてその劣化現象の定量的なモデル化を試みることにより本手法の妥当性を評価したものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54626