学位論文要旨



No 113318
著者(漢字) 金,益賢
著者(英字)
著者(カナ) キム,イックヒョン
標題(和) 鉄筋コンクリート骨組構造物の耐震性能評価システム
標題(洋) Evaluation System for Seismic Performance of RC Framed Struture
報告番号 113318
報告番号 甲13318
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4036号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 前川,宏一
内容要旨

 兵庫県南部地震により,阪神地域の多くの鉄筋コンクリート構造物が深刻な被害を受けた。本地震を契機として,鉄筋コンクリート構造物の耐震性能を診断することが急務となっている。この方針の下,土木学会がコンクリート標準示方書耐震設計編を1996年7月に改訂した。予期される地震動に対して所要の耐震性能を有しているかどうかを照査する方法,つまり耐震性能照査型としたのである。

 各構造形式ごとに明確に当てはめることが出来る耐震照査法の確立が望まれる。本研究は,三次元鉄筋コンクリート骨組構造物に適用可能な耐震性能照査システムを確立することを目的としている。その際,段階を踏んで耐震性能を照査するシステムが効率的であると判断し,これを提案した。すなわち,最初に簡単な手法により耐震性能を一次診断する。その診断により耐震性能が明確に判定されなかった場合に,非線形動的解析を用いた詳細な二次診断を行うというものである。

 耐震性能の一次診断は,容易に入手可能な情報を用いた簡単な方法が望ましい。このような方法を構築することを目的として,兵庫県南部地震における鉄道高架橋の被害状況を,場所ごとの地盤の状況,最大耐力応答加速度や,せん断曲げ耐力比に着目して詳細に検討した。その結果,部材のせん断曲げ耐力比が実際の被害状況と密接な関係があることが判明したため,これを用いた一次診断法を提案した。この有効性は実際の被害状況と比較することにより確認された。本一次診断法においては,部材のせん断耐力を適切に予測することが必要不可欠である。せん断耐力を正確に算定するには三次元解析が望ましいが,簡単な一次診断構築の観点からは適当でなく,簡単な算定式の方が望まれる。そこで,せん断耐力を算定する既存の経験式から適切なものを選択するため,いくつかの式から得られた結果を三次元解析の結果と比較した。比較の結果から,部材のせん断スパン比に対応した適切な算定式を選定し,これを用いて一次診断を行うこととした。

 一次診断のみでは再設計や耐震補修・補強の必要性の判定が不可能である場合には,耐震性能の二次診断として,時間領域における非線型動的解析が行われることになる。本段階においては,地震のマグニチュード,予想される震源と構造物間の距離,および構造部周囲の地質・地形学特性を考慮に入れた適切な入力波が必要である。改訂された土木学会コンクリート標準示方書耐震設計編に規定されている耐震性能IIまたはIIIに対応する,過去に観測された強震動が入手可能であれば,それを利用することも可能である。耐震性能IIまたはIIIの入力波としては,兵庫県南部地震の地震動が利用可能である。そこで,本研究では,神戸大学で観測された地震波を逆解析して入力地震動を求めた。その際,入力地震動の増幅は主に表層の地盤条件のみならず深地下の岩盤の影響をも受けることが明らかとなった。入力地震動の特性を調べるため,構造物の応答加速度を求め,他の地震動を用いた応答加速度と比較し,その大きさを震度の観点から論じた。その結果,応答加速度の大きさは,現在の耐震設計基準の耐震診断用の設計震度を大幅に上回っている強震動であることが分かった。

 二次診断の手法としては,時間領域における非線型動的解析を採用した。その際,耐震性能を適切に評価するためには,構造物の力学的モデル化が必要不可欠である。対象とする構造物の動的挙動の特性を考慮し,骨組要素を用いたモデルを三次元解析に導入した。本方法では,載荷経路に依存した交番繰り返し載荷における鉄筋コンクリートの構成則の採用により,曲げ破壊がある程度の正確さで予測することが可能となった。しかし,せん断破壊は実験式から判定することが適当であることが分かった。多方向からの力を受ける部材の終局応力が劇的に低下することが知られているため,本研究では,多方向からの力の入力を受ける部材のせん断破壊を判定する方法を提案し,地震時の各時間ステップごとにおけるせん断破壊を判定することが可能となった。提案した解析方法の妥当性を,兵庫県南部地震において実際に破壊した構造物と比較することによって確認し,さらに検討対象とした構造物の破壊メカニズムが明確となった。

 本研究ではさらに,現状の制約条件を考慮し,耐震性能の二次診断における二次元動的解析の有効性についても検討した。壁やせん断補強筋の無い桁の挙動は二次元でシミュレート可能であることが知られているが,側方鉄筋を有する柱の挙動を二次元解析で予測することは,面外方向のせん断ひずみ分布の非線形性により困難である。この非線形は,柱幅が大きいほど側方鉄筋のせん断ひずみの不安定な伝播を抑える能力が小さくなるため,大きくなる。従って,幅が大きい柱は低い応力レベルで破壊する傾向を見せる。この傾向を二次元解析において考慮すると,柱も精度良くシミュレート可能となった。鉄筋によってひびわれが制御される鉄筋コンクリートと,制御されない無筋コンクリートは,ひびわれ後のエネルギーの解放において違う特性を見せることが報告されているが,この特性の違いは,異なる引張せん断軟化曲線によって表現可能である。柱は一般的に側面に鉄筋が配置されている。従って,面外方向に鉄筋コンクリート領域と無筋領域が混在する柱部材に対しては,混在領域の引張せん断軟化曲線が,分散ひびわれモデルをもとにした有限要素解析において部材の最大耐力と破壊モードを予測するために必要である。側方鉄筋と柱幅の引張せん断軟化曲線における効果を検討するために,系統的に設計した3つの供試体を用いた実験を行った。二次元解析に必要不可欠な,三次元引張せん断軟化曲線効果を効果を考慮に入れた二次元等価引張せん断軟化曲線を,面外方向におけるせん断ひずみ分布の非線形性を基にして得た。二次元等価引張せん断軟化曲線を用いた解析結果は実験結果と良く一致した。従って,二次元等価引張軟化曲線を適切に考慮することにより,二次診断を簡便に行う見通しが得られたものと考えられる。

 骨組鉄筋コンクリート構造についての耐震診断法については本研究によってほぼ確立されたと考えられる。今後は,他形式の構造物についても同様の耐震診断法を構築することが必要である。

審査要旨

 鉄筋コンクリート構造物の耐震性能を定量的に評価するシステムを構築することは,新設構造物の合理的な設計と既設構造物の耐震診断に,欠く事のできない技術課題ある。社会基盤施設の設計体系が性能照査型に移行しつつある趨勢を鑑みれば,地震時における構造物の動的挙動を詳細に再現するとともに,震後の残存性能を定量化することが益々重要となっている。また,極めて多くの既存構造物の保有耐震性能を短時間に判定する技術も緊急を要する耐震補強に不可欠である。本研究は,鉄道高架橋に多用されている鉄筋コンクリート骨組構造物を対象とした,崩壊に対する安全性能評価に資する一次診断法の開発と,任意の要求耐震性能に対応可能な二次診断法の構築を行ったものである。

 第1章は序論であり,既往の耐震設計法の変遷と1995年兵庫県南部地震の被害の概要に触れ,本研究が目標とする簡易な一次診断法と,詳細な二次診断法の開発の意義について述べている。特に新設構造物の設計と既設構造物の耐震診断にこれらの技術を展開する論旨と,実際の地震被害データを耐震性能評価システムの検証に使用する方法を論じている。

 第2章では,鉄筋コンクリート骨組構造物の一次診断法を提案している。本論文では一次診断法を,容易に入手可能な情報を用い,簡易な算定方法によって短時間に耐震性を判定する方法,と定義している。兵庫県南部地震における数十の鉄道高架橋の被害状況と構造詳細,地盤条件,最大応答加速度などを詳細に検討した。その結果,柱部材のせん断耐力と曲げ耐力の比が構造物の崩壊に対する安全余裕度と密接に関連していること見いだすとともに,その力学的根拠を明確にした。一次診断では,詳細な入力情報や地盤条件,構造物の境界条件等を用いず,構造詳細と材料の設計強度から判断を下すので,実被害データを基に診断法の確度を検証するとともに、判定が覆らないように大きめの安全余裕を設定している。一次診断で判断を下せない構造に対しては,次の段階として,詳細な解析に基づく二次診断法を適用する枠組みを提案している。

 第3章は,二次診断を行う際に必要となる地震動入力の決定方法について述べたものである。地盤条件や構造物の立地条件を勘案できる性能評価システムとするには,基盤における地震動と,それに連なる堆積地盤の非線形応答を算定しなければならない。本研究では,地盤の鉛直方向の地震波伝搬を取り扱い,地表面での地盤振動をもって構造物への入力とした。

 第4章では,3次元動的非線形応答解析法に立脚した詳細な二次診断法を提示している。構造物の3次元形状と配筋,材料特性と地盤条件,境界条件などの詳細な情報と,3章で確定した人工地震動の二者を用い,地震時および震後の構造挙動を時間と空間軸で逐一追跡することで,対象骨組構造が要求性能を満足するか否かを総合的に判定する方法を,二次診断法と定義している。動的応答には,せん断変形を許容する3次元はり・柱有限要素を採用し,全ての断面においてコンクリートと鉄筋の経路依存型の非線形構成式を適用している。付着の効果が及ぶRC領域と,ひび割れが離散・局所化する無筋領域で,それぞれ異なる破壊エネルギーの開放を考慮できるように配慮されており,大型部材にも合理的に適用できる枠組みを与えている。この手法は3次元解析において新たに考案された解析法である。せん断破壊に対しては,別途,静的3次元固体要素解析の結果を適用することで,柱部材の限界状態をチェックできるようにした。この手法は,第2章の一次診断で判定不可となった構造物に適用され,実際の地震被害と照合することで,精度の確認を行っている。

 第5章では,鉄筋コンクリート柱部材に対する固体3次元有限要素解析法の適用性を,実験的に検証するとともに,3次元的に配置された鉄筋の効果を2次元解析に縮退させて取り扱う方法について,検討を行ったものである。

 本研究は以上に述べたように、鉄筋コンクリート骨組構造の耐震性能評価システムの構築を通じて,新設構造物の耐震性能確保と既設構造物の耐震診断に貢献することろが大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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