地盤上に建設された構造物基礎の沈下等の地盤工学の境界値問題での地盤・盛土の変形の数値解析は、従来から有限要素法などにより行われてきた。土の材料試験から得られた土の変形特性のデータを基礎にした構成式に基づくことにより、数値解析の精度はこの10年あまりでかなり向上してきた。しかし、実際の現象と数値解析の結果の間には依然として無視できない本質的な不一致が存在している。その原因として考えられているのは、1)数値解析手法そのものの問題、2)土の変形特性の不適切なモデル化、3)モデル化の基礎となる土の材料試験法の妥当性、である。土の変形特性を弾塑性理論でモデル化する場合は、一般的な応力履歴と応力経路に適用できる適切なひずみ硬化パラメータの選択等がまず重要である。しかし、幅広い応力履歴と応力経路に対する系統的で綿密な材料試験が困難であったため基礎データが不足していて、これらの要因について明確な結論が得られていないことが、2)の問題の原因の一つである。3)の問題は、個々の材料試験としての土の要素試験により、所定の土の変形特性に関する客観的なデータが得られるかと言う基本問題と、土の要素試験において通常採用されている応力経路とそれぞれの境界値問題における地盤・盛土内での応力経路との差及びその影響の問題等が挙げられる。本研究は、2)と3)の問題を、任意の応力経路で精密な土の変形特性が得られるような平面ひずみ圧縮試験法を開発し、詳細で系統的な砂の変形試験を行うことにより検討し、新たな知見を得たものである。 まず、全く異なる平面ひずみ圧縮試験機の間で砂の変形特性に関する共通の客観的データ性が得られるのか、と言う基本的な課題を検討した。このために、英国University College Londonの地盤研究室で確立された最大及び最小主応力面が柔で応力状態が一様になる平面ひずみ試験機(Biaxial Tester)と、本研究で主に使用した最大主応力面が剛で変位が一様になるが最小主応力面が柔である平面ひずみ圧縮試験機により、英国と我が国のそれぞれで研究用に広く用いられてきた二種類の貧配合の砂(Silver Leighton Buzzard砂と豊浦砂)を用いて詳細な比較実験を行った。その結果、全く同一のバッチの砂試料を用いれば、極めて近い変形・強度特性が得られ、従来広く疑われていた柔と剛と言う境界条件の差の影響は、非常に小さいことを示した。一方、本研究開始時には全く予測しなかったことであるが、同一の産地で同一の名前で呼ばれている砂でも、産出時期・採取場所、即ちバッチが異なると、変形・強度特性が非常に異なることがあり得ることを発見した。その差が最小・最大間隙比に反映されているのか、その差の原因が粒度分布、粒子形状・鉱物構成・粒子破砕性等の物理特性の差にあるのかを詳細に検討しているが、結論を得ていない。従って、現在の段階の結論として、砂の材料試験と模型実験において一貫したデータを得るためには、バッチの管理が決定的に重要である、としている。 次に、砂の変形特性に及ぼすひずみ速度の影響を、ひずみ速度が異なるが一定の複数の平面ひずみ圧縮試験と、載荷中にひずみ速度を急変させた試験を行い、ひずみ速度の差が10倍の範囲であれば、ひずみ速度効果は小さいことを確認し、以下応力履歴・応力経路の影響を調べた系統的試験は、10倍以内のひずみ速度の範囲で行っている。次に、平面ひずみ試験機と試験法を改良し、非常に広い応力経路内のひずみ速度の範囲で行っている。次に、平面ひずみ試験機と試験法を改良し、非常に広い応力経路の試験を自動的でかつ正確に実施出来るようにした。間隙比が非常に狭い範囲にある多数の再現性の良い供試体を用意し、a)応力経路が「拘束圧h一定で平面ひずみ圧縮」と「広い範囲で一定の主応力比での異方圧密」から成る多数の基本試験、b)応力経路が「平均主応力S=(v+h)/2一定あるいはv一定の平面ひずみ圧縮」と「R一定の異方圧密」から成る多数の特殊試験を行った。これらの実験では、軸ひずみと側方ひずみを供試体表面で局所的にかつ詳細に測定している。また、上記の異方圧密応力経路には、実際の地盤・盛土内では実現されているが、従来の平面ひずみ圧縮試験では殆ど例が無い破壊応力比に非常に近い応力経路での異方圧密が含まれている。 次に、時間効果の無いひずみは弾性ひずみと塑性ひずみの和であると仮定し、ある応力状態から他の応力状態へ移る時に砂が連続して降伏して場合、その間で生じた塑性せん断ひずみpと塑性体積ひずみvolpが、この二点間の応力経路に依存性するかを検討している。その結果、破壊面に近い応力経路をたどる程、最終応力点でのpは大きく、負のvolp(すなわち体積膨張)が大きくなり、その差は無視できないほど大きいことを示した。従来、土に対する多くの弾塑性論では、土が降伏し続けている限り、異なる応力状態の間に生じるひずみ(粘性土に対してはpvol、砂質土に対してはp)の変化量は応力履歴に依存しないと仮定し、そのひずみを硬化パラメータと用いている例が多い。本研究による実験結果は、これらの仮定が正確さにかなり欠けること、また上記のひずみの応力履歴依存性はこれまで観察されてきた砂地盤の支持力模型実験の結果とその数値解析結果の間の乖離を定性的に説明するとしている。 次に実験結果を解析して、応力履歴・応力経路に依存しない硬化パラメータを経験的に見つけ出す検討を行っている。まず塑性ひずみ仕事は、破壊応力状態に近い応力経路を含むほど強い応力履歴依存性が出てくることを示した。次に、塑性ひずみ仕事増分を平均主応力sの0.9乗で除した値の積分値は、応力履歴に依存しなくなる状態量になることを示している。更に、大きく異なる応力履歴と応力経路に対する実験結果を解析し、この状態量が応力履歴と応力経路に依存せず一定となる応力状態を見い出している。具体的には、平均主応力をs、せん断応力をtとすると、t/sと定数r(=0.09)とsの自然対数の積の和である応力パラメータが一定となる状態に対して、この状態量が応力履歴と応力経路に殆ど依存しなくなることを示している。最後に、この状態量と応力パラメータの関係が、砂の変形特性の弾塑性モデル化に適切なひずみ硬化関数としての有力であることを議論している。 以上要するに、本研究は地盤工学の基本問題の一つである砂の変形特性の弾塑性モデルに関して材料試験法の客観性とひずみ硬化パラメータについての実証的な検討を行うことにより新しい知見を示し、この分野の発展に資するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |