学位論文要旨



No 113320
著者(漢字) 増田,達
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,トオル
標題(和) 掘削時の地盤変形に与えるプレロードの効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 113320
報告番号 甲13320
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4038号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨

 本論文は、近接既設構造物に近接した掘削工事に際して、変状等を与えないために実施される「掘削時にあらかじめ切梁にプレロードを導入して、以降の掘削における土留め壁の変位を抑止する工法(プレロード工法)」の定量的な評価と解析法を明らかにする研究である。

 地盤の許容変位量が小さい重要交通施設等の既設構造物が近傍に存在する場合など、既設構造物に変状等を与えないで地盤を掘削することが要求される。そのために、プレロード工法が適用される場合があるが、この工法は、経済的で効果的な工法であるにもかかわらず、現状ではその設計法が明確でない。これは、地盤の掘削に伴う除荷・プレロード導入による再載荷応力下における土の変形特性が明確でないことが原因である。そこで、本研究において、以下に述べるように実験と数値解析に基づく実証的研究手法によって、プレロードの定量的な評価と解析法を明らかにした。

 本研究では、まず、掘削工事で切梁にプレロードを導入する場合に、掘削背面地盤に水平方向に載荷・除荷の繰返しがほぼ平面ひずみ状態で加わる応力状態の変形特性を把握することを目的として、同一の試験装置で平面ひずみ圧縮・伸張試験及び繰返し載荷が可能となる装置を開発し要素試験を実施した。従来の平面ひずみ圧縮試験機で、伸張試験を行うと中間主応力が側方拘束圧よりも小さくなるために、平面ひずみ状態を確保できないという欠点があり、平面ひずみ伸張及び繰返し試験の実施は出来なかった。本研究においては、従来の拘束板と供試体の間に新たに中間拘束板を設置し、メンブレンで供試体と中間拘束板を巻き込むことによって、平面ひずみ状態を確保した伸張及び繰返し試験の実施を可能とした。また、試験においては、微小ひずみの計測を可能とし、変位制御の微小繰返し載荷が出来るように、供試体の堆積面を鉛直方向として、水平繰返し載荷を鉛直方向の繰返し載荷で模擬した。

 そして、要素試験結果に基づいて新たな水平繰返し載荷時の砂の非線形応力-ひずみ履歴関係を提案した。GHE(General Hyperbolic Equation)に基づき、水平繰返し載荷骨格曲線のモデル化を行った。水平繰返し載荷時の砂の非線形応力-ひずみ履歴関係に適合できるように基本反転則として、Masing’s 2nd ruleを改良してExternal-Internal ruleを提案した。そして、基本反転則と実験結果との差異を説明できるDrag ruleを提案した。これら反転則では応力-ひずみ関係の物理量として、主応力比の関数であるsinmob(mob:動員された内部摩擦角)とせん断ひずみを使用している。そこで、新らたに水平繰返し載荷時のStress-Dilatancy関係を提案し、せん断ひずみと実際の地盤内の水平ひずみを関連させた。本提案モデルによって、要素試験結果が良くシュミレート出来ることを示した。

 次に、実際の工事と同様な多段切梁多次掘削を模擬できる掘削土留め工の平面ひずみ模型実験装置を新たに開発した。これにより、多段階掘削過程の模擬、プレロード導入の模擬が可能となった。プレロード導入が無い場合とプレロード導入量を変化させた実験ケースを設定し、プレロード導入の有無及び程度が変位抑止に及ぼす効果を定量的に把握することができた。従来より、プレロードの変位抑止効果は知られていたが、実証的にプレロード量の多寡による変位抑止効果の程度を示した既往研究は無かった。本研究により、それを定量的に明確にした意義は大きい。

 そして、実験結果を水平繰返し載荷における砂の非線形応力-ひずみ履歴関係を取り入れた非線形弾塑性有限要素法により、シュミレーションを行い実験結果と比較的よく一致することを示した。本研究のシュミレーション解析に使用した非線形弾塑性有限要素法は、東京大学生産技術研究所龍岡研究室における長年にわたる精緻な実験事実に基づく豊浦砂の変形・強度特性を取り込んだ既往研究に基づいている。そして、既往研究に本研究で得られた水平繰返し載荷時の非線形応力-ひずみ関係を取り込んで改良した。改良された非線形弾塑性有限要素法によるシュミレーション結果は、模型実験で得られたプレロード導入が無い場合と無し、有り、プレロード導入量を変化させた実験結果と比較的良く一致しプレロード導入の有無及び程度が変位抑止に及ぼす効果を把握出来た。また、土留め壁と切梁の剛性を変化させたパラメータスタディーを行いプレロード導入時において掘削土留め支保工の剛性の変化が地盤変位に与える影響を考察した。プレロードにより変位抑止効果を発揮するためには適切な剛性が必要であること、及び適切な剛性を有する土留め架構において、プレロード導入を行った場合、土自身が有する履歴特性の効果によって、土留め架構の剛性をさらに増加させなくても、その剛性増加と同等程度の変位抑止効果が得られることを示した。また、実際の土が有する履歴特性と異なる場合の比較解析として、1)等方線形弾性体の場合、2)除荷時と載荷時の履歴特性が同一となる場合、の2つの仮想的な材料特性を土が有する場合について解析を行い、模型実験結果とは異なる変形モード、変形量となることを示した。これらにより、本研究における土の非線形応力-ひずみ履歴関係の妥当性を示した。

 以上の研究内容によって、掘削時の地盤変形に与えるプレロードの効果を定量的に明らかにするとともに、その解析法を示した。経済的な変位抑止工であるが、現状では定量的な変位抑止効果・評価法が不明確であった、プレロード工法が本研究によって、その評価法が明確に出来た意義は大きい。これにより、地盤の許容変位量が小さい重要交通施設等の既設構造物が近傍に存在する場合の掘削工事に、よりプレロード工法が積極的に採用され、経済的に安全性向上を図ることが期待される。

審査要旨

 近年、既設構造物の近接での地盤掘削工事が非常に多くなってきている。この工学的問題における最大の課題は、殆ど場合で地盤掘削に伴う近傍の地盤と既設地表・地中構造物の変形と変位を、数ミリメータオーダーと言う極めて小さい値に保つことが要求されることである。典型的な例は、既設高速鉄道に沿った地下鉄道や高層ビルの建設のため地盤掘削である。この対策の一つとして、現場では切梁プレロード工法が採用される場合が多い。この工法では、地盤掘削前に打設した矢板を多数段の水平切梁で保持しながら地盤を段階的に掘削してゆく過程で、各段階の掘削により切梁に加わることが予想される増加荷重を前もって部分的あるいは全面的に加えておいてから、次の地盤掘削に移る。この工法は、掘削に伴う近傍地盤の変形・変位を抑制する点で有効であることが、経験的に知られている。しかし、この工法に関する現場での定量的評価および既往の土質力学的研究は殆ど無く、そのため工法の土質力学的理解が殆ど進んでいない。従って、経験工学の域を脱しておらず、情報化施工などのより進んだ現場管理手法の合理的適用が阻まれている。本研究は、このような地盤掘削工事におけるプレロード工法のメカニズムを、土の基本的変形・強度特性に基づいて解明し、この工法の合理的設計を開発する基礎を確立しようとしたものである。

 切梁プレロード工法を採用して多段階地盤掘削を行う場合、地盤掘削鉛直面のシートパイル背後の地盤内には、ほぼ一定の鉛直応力で平面ひずみに近い条件の下で、主働あるいは受働土圧状態で、あるいは両方が交番した状態で水平繰返し荷重が加わる。この時の地盤の水平応力および水平ひずみが、矢板に作用する水平土圧と切梁荷重および掘削面での水平変位に対応する。このような特殊な繰返し載荷時の土の履歴変形特性を系統時に解明した既往研究は、見あたらない。その理由の一つは、通常の平面ひずみ圧縮試験では、ひずみがゼロとなる一側方向の中間主応力が軸応力よりも大きくなれないため、主働・受働状態の両方を含む平面ひずみ繰返し載荷が実施できないことにある。また、メンブレンで覆われた供試体側面での変位を測定する方法では、精度の高い側方ひずみ測定が出来ない。これらの問題を、試験法を新しく開発することで解決している。即ち、軸・側方向の応力のどちらが最大・最小主応力になっても平面ひずみ条件を保ちつつ中間主応力が測定できるような特殊な平面ひずみ維持装置を開発した。また、重力下で作成した砂の供試体を凍結してから90度回転して実験装置に設置し、供試体作成時での鉛直方向と水平方向を、平面ひずみ実験でのそれぞれ側方向と軸方向とすることにより、原位置での水平方向に対応する供試体作成時での水平変位が実験時の軸ひずみとして精度良く測定できるようにした。

 次に、改良平面ひずみ試験装置で、豊浦砂を用いて、主働破壊と受働破壊を模擬した単調載荷平面ひずみ伸張試験と平面ひずみ圧縮試験、及び様々な繰返し載荷履歴で主働応力状態あるいは受働応力状態で、あるいは両者が交番する状態での繰返し載荷試験を行った。その結果、原位置における水平応力と水平ひずみの履歴関係には非常に特殊で複雑な非線形関係があり、それを直接履歴モデルで表現することは大変困難であることが分かった。そこで、主応力比とせん断ひずみ関係に変換することにより、通常のひずみ硬化型の非線形履歴関係が得られることを示した。一方、メイシングの第二則として知られている応力・ひずみ関係の履歴則は、今回の実験で得られたような繰返し載荷につれて履歴曲線が外側に膨張してゆくという実験事実を説明できない。したがって、この点を新しい履歴ルール(Drag rule)を導入して改良することにより、複雑な繰返し載荷履歴に対して適用できるようにした。更に、繰返し載荷時に対して見出した主応力比と塑性鉛直ひずみ増分と塑性水平ひずみの関係と、さらに弾性ひずみ増分を考慮することにより、上記履歴モデルにより実験で得られた水平応力と水平ひずみの履歴関係を、精度高く再現できることを示した。

 引き読き、プレロード工法による地盤掘削過程を出来るだけ忠実に再現できる小型模型実験装置を制作した。豊浦砂を用いた模型地盤に対して三段階の掘削を模擬して系統的実験を行い、プレロード工法が掘削鉛直面の水平変位、背後地盤の沈下・水平変位、地盤内ひずみ分布、矢板の変形と作用土圧分布、切梁軸荷重等に及ぼす影響を定量的に検討した。異なるプレロードを加えた実験を行い、プレロードを加えない場合に作用する主働土圧の50%程度まで切梁プレロードとして加えると、掘削鉛直面の水平変位、背後地盤の沈下・水平変位を効果的に抑制できること、それ以上のプレロードにより更に効果的になることを示した。現場では、プレロードがある場合と無い場合、さらにプレロード量を意図的に変化させた場合の比較検討を行うことはできないことから、このような定量的な事実は全く知られていなかった。このことから、この模型実験結果は極めて貴重なものである。また、切梁軸荷重と対応するレベルでの矢板の水平変位の関係は、地盤を線形応力・ひずみ関係を持つ物質としてモデル化した解析法では説明できないような複雑な履歴関係となることを示した。

 最後に、有限要素法に適用して模型実験結果を解析した。まず、地盤を線形体と仮定した解析では、模型実験で測定された地盤変位とプレロード効果を定量的に全く説明できないだけではなく、地盤掘削に伴い掘削位置背後の地盤面が隆起し後退すると言う模型実験結果及び現場で通常観察される地盤の変位とは逆な傾向を示し、定性的にも全く予測能力が無いことを示した。繰返し平面ひずみ試験結果に基づく砂の応力・ひずみ関係の改良履歴モデルを非線形弾塑性有限要素法に適用することにより、模型実験で得られた地盤変位とプレロード効果を定量的に説明できることを示し、この種の問題における水平繰返し載荷を受ける土の変形・強度特性の適切な履歴モデルの重要性を示した。

 以上要するに、本研究は従来明確に理解されていなかった地盤掘削工事におけるプレロード効果を定量的に示し、そのメカニズムを土質力学的に解明し、その定量的予測法の枠組みを確立したものであり、地盤工学における新しい知見を示したものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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